03-3:ソファに日溜りが落ちていた [ sofa ]




警告 × ト × 忠告


「はあー。今日はちょっと飲みすぎちゃいました」

午前0時30分。最後の客が帰り、店内の片付けを終えた後、はフロアにあるソファに寝転がる。カノイは最後のグラスを拭きながら「呑気な奴だな」と小さくボヤいた。

(さっきまで楽しげに話してた男がどんなに危険な奴かちっとも分かっちゃゃいない……)

ヒソカはに言われた通り最後のステージを見た後で「また来るよ」と言って帰って行った。
いつの間に出したのか、最後に一輪のバラをへ差し出して。

(キザな奴だ。まさか本気でに惚れてるわけでもないだろーに)

カノイはヒソカの企みを含んだ笑みを思い出し、徐に顔をしかめた。一体何の目的でに近づいたのか、今更ながらに気になる。

「おい、早く上に行って着替えろよ。ドレスが皺になる」
「分かってるんですけど……何かふわふわして眠くなって来ちゃった……」

はソファに寝転んだまま動こうとしない。これではいつもと逆じゃないか――。カノイは溜息交じりで歩いて行くと、今にも寝てしまいそうなの両腕を思い切り引っ張った。

「起・き・ろ」
「もうー痛いですよ…。カノイさんだって、いつもソファで寝ちゃうじゃないですか」
「それを怒ってるのは誰だっけ?――それより大事な話がある。先ずは酔いを覚ませ」
「話……?何ですか?」

カノイの言葉には不思議そうな顔で首を傾げた。

「先ずは酔いを冷ましてからだ。シャワーにでも入ってスッキリして来い」
「……分かりましたよーだ」

は渋々立ちあがると、フラつく足を何とか踏み堪えながら大げさに溜息をついた。仕方なくカノイが腕を支え、ふたりで二階へと上がる。

「ホント飲みすぎだ。お前はそもそも酒弱いんだから量を少しは控えるとか――」
「だって……酔うと楽しいじゃないですか。テンション上がるし嫌な事も忘れられて些細な事でも笑えるし、何か楽しいんですよー」

はだいぶ酔っているのか楽しげに笑いながら、そんな事を言う。だからカノイは何も言えなくなるのだ。そして何も気づかないフリをする。

「嫌な事でもあるのか?今の生活で」
「そういう意味じゃなくて…今は毎日が楽しくて仕方ないですから。だいたい私ってばこんなに笑った事なかったし…カノイさんのおかげですね」

ふと一瞬だけ寂しげな顔を見せたに、カノイは黙って彼女の肩を抱く。

「ったく、この酔っぱらい。早くシャワー浴びて冷まして来い」
「はいはい、分かってますー。っていうか今夜は私が普段カノイさんに言ってる事、言われてますね」

苦笑交じりではカノイから離れると、フラつく足でバスルームへと向かう。カノイが「転ぶなよ」と声をかけると少ししてシャワーの音が聞こえて来た。どうにか無事に入れたようだ。

「さて、と。どう伝えたもんかな」

仕事用につけていたネクタイを片手で緩めながら、カノイは自分の部屋、兼リビングへ歩いて行く。が文句を言っていたように、部屋の中はCDや音楽雑誌、はたまたギターにベースといった楽器類までが散乱していて、お世辞にも綺麗とは言い難い。前は多少の掃除をしていたがと住みだしてからは整頓しようにも場所がなく、結局は隅っこにどんどん積んでいくという状態だった。がマメに掃除をしてくれてはいるが、そもそも物を置くスペースがないのだから限界がある。

「はあ。やっぱ読まなくなった雑誌は捨ててCD類はの方に置かせてもらわなきゃダメだな、こりゃ」

毎晩ここへ戻って来るたびに思うのだが、つい疲れを理由に後回しにしてしまう。次に店を休みにした時はやろうと思うのだがそれも忘れる。気まぐれかつ呑気な性格は昔から変わらない。しかし必要な物を出したい時に手間がかかるのはカノイも悩みどころだった。

「えっと…アレは確かここに入れたはずだったな……」

部屋の隅に重ねて置いてある大量のCDをどけると、クローゼットが現れた。手前のCDが邪魔で毎回開けるのに苦労する。常に使う場所に物を置くなとに散々言われているので、こんな時は「今度からちゃんと言う事を聞こう」と思う。いや思うだけだ。明日になれば今夜のこの苦労など綺麗さっぱり忘れてしまうのがカノイの悪いクセだった。何とか扉を開けられる程度に荷物を端へ追いやると、カノイはクローゼットの中に顔を突っ込んで目当ての物を探し出す。中には大量の服、そして下の棚にはDVDとCD、本といった物までが入れてあった。部屋が狭い分クローゼットは奥行きがあり、これはこれで重宝している。カノイはその棚を避けて更に奥へ手を突っ込むと小さな箱を取り出した。

「そろそろ話しとかないといけないよな」

独り言ちながら、カノイはクローゼットを元に戻すと箱の中身を取り出した。――ハンターライセンス。
ハンターにとっては命の次に大事なモノだ。

「久しぶりに見たな…。最近サボってたからなあ……」

ソファに寝転びライセンスを天井へと翳す。カノイは今夜、に自分のことをきちんと話すつもりだった。特に意識して隠して来たわけではない。いちいち「オレ、ハンターなんだ」と説明する必要を感じなかっただけだ。話そうと思い立ったのはヒソカのせいだった。
あの男がどれだけ危ない奴なのかを分からせるには、先ずカノイがどこでヒソカと知り合い、あの男を危険だと感じたのか説明しなければならない。には「何で知ってるってこと黙ってたんですか?」と言われそうだが、正直カノイ自身も今日までヒソカだと気づかなかったのだから仕方がない。前に会ったことがあるのを故意に黙っていたわけでも、わざと知らないフリをしていたわけでもないのだ。ただ単に外見の変化で気づかなかっただけなのだが、そのこともきちんと順序立てて説明しないとも納得しないだろう、と思った。

(あんな危ないヤローに気づかないなんてオレもたいがい呑気だよな……。サボってたせいでハンターとしての感も鈍ったか?)

とは言ってもカノイの知るヒソカは今日みたいに髪をおろしてもいないし、スーツを着こなす紳士でもなかった。ある意味、変態オーラ全開の普段は奇術師のような格好であり、ついでに顔には変なペインティングを施している。あれだけイメージが変わっていたら最初の印象通り「どこかで会ったような気がする」といった曖昧な判断しか出来かった。それでもヒソカだけが持つ、あの異様とも言えるオーラ。カノイがヒソカを「要注意人物」と感じていたのはそれに気づいたからで、あれを抑えていたらきっと「キザで嫌な奴」くらいにしか思わなかっただろう。

「ってか、あの変態ヤロ―でも髪下ろしてスーツ着るだけで、あんなに変わるんだな……。もしや女引っ掛ける為か?」

ブツブツと下らない想像をしていると、不意に人の気配を感じカノイは慌てて起き上がった。

「誰が変態で女引っ掛けてるんですか?」
「……い、いや……出るなら出るって声くらいかけろよ。ビックリするだろ」
「すみません。でもカノイさん一人で何かブツブツ言ってたし……」

少し酔いが冷めたのか、は苦笑交じりでカノイの隣に座った。メイクも落としパジャマに着替えたせいで、さっきより随分と幼く見える。ここへ来た頃よりは大人っぽくなってはいるが、まだ表情があどけない。

(そう、普段はシッカリしてるし大人びた事も言うが……はまだ20歳なんだよな。普通なら友達と遊んだり、恋愛なんかも楽しんでる年頃だ…)

隣で欠伸を噛み殺しているを見ながら、カノイはふとそんな事を考えていた。

「……って何シミジミしてんんだ?親父かオレは」
「え?」

突然おかしな事を口走るカノイに、はギョっとしたように顔を上げた。

「親父って……誰がですか?」
「えっ?あ、ああ、いや別に……今のは独り言だから」
「今日は独り言が多いですね。何かありました?」
「ん?あーあったと言えばあった…ない、と言えばない……」
「何ですかそれ。やっぱり今日のカノイさん変ですよ」

慌てるカノイの様子には訝しげな顔をする。そしてふと思い出したように切り出した。

「そう言えば話があるって言ってましたよね。何ですか?」
「え?あ、ああ……アレね。そうそう、そうだった」
「……大丈夫ですか?実は私以上にお酒飲んじゃいました?」
「大した量は飲んじゃいないって。それより――」
「はい。話ですね」

はカノイの方に体を向けて、真っすぐ見上げて来る。カノイは何と言って切り出そうか暫し悩んだ。いきなり「あいつは殺人狂の変態だ」などと言っても信じてはもらえないだろう。

(あいつ、の前では紳士ぶってるからな……)

赤いバラのサプライズに喜んでいたの顔を思い出すと、どうも切り出しにくい。でも説明もしなければ、はヒソカが来るたび何の警戒心も持たないまま更に親しくなってしまう気がした。それはダメだ、保護者(?)として、ここは彼女を危険にさらすわけにはいかない。とカノイは徐に口を開いた。

「あのな……今日来てたあいつの事なんだけど――」
「あいつ?」
「ああ、ほら。赤い髪にスーツの」
「あ、ヒソカさん?彼、優しいですよね。約束通り来てくれたし最後はお花までくれて。ああいうのが大人の男って言うのかな」
「優しい…?(あの戦闘狂で人殺し大好きの変態全開なあいつが?)」
「何か妖しいムードもあって、かなりのイケメンだし、男の色気って良く分からなかったけどヒソカさんて何かセクシーですよねー」
「………イケメン?…セクシー? (いつも顔に変なペイントしてて、時々興奮すると人前で××しちゃうあいつが?)」

心の中で突っ込みつつ、の発言にピクリと頬が引きつる。だがその誤解を解くには、きちんと説明しなければ、とカノイは軽く咳払いをした。

「いやあいつ……ヒソカは危険な男だ。だからもう関わるな」
「……はい?」

突然言われた言葉を理解出来ないと言った顔では首を傾げた。そのキョトン、とした顔に挫けそうになるが、カノイはもう一度「あいつは危険なんだ」とハッキリ告げる。の視線が何度か瞬きをして、一度左右に彷徨わせた後、再びカノイの視線とぶつかる。
その瞬間――「……ぷっ」と小さく吹き出した。

「やだ、危険って何の冗談ですか?カノイさんてば」
「……そう来ると思った」

呑気に笑いだしたにカノイはがっくりと項垂れ盛大な溜息をつく。

「笑い事じゃない。オレは本気で言ってる」
「だから何が危険なんですか?ヒソカさん凄く優しいのに」
「あれは上辺だけだ。あいつはな……平気で人を殺すし、それを楽しめるような奴なんだよ」

今度こそ確信をつく。が再び固まり「人……殺し…?」と確認するように呟いた。

「ま、まさか!何言いだすんですか。悪い冗談は――」
「冗談じゃないし嘘でもない。オレは知ってるんだ。この目で見た。あいつが平気でオレの仲間を半殺しにしたのをな」

去年の一月。カノイはハンター試験会場にいた。そこで見た光景は今思い出しても悔やまれる。どうして止められなかったのか、と。

「…見たって……どこで?」

いつの間にかの顔から笑みが消えていた。伺うようにカノイの顔を見つめている。普通の女の子なら顔見知りの相手を"人殺し"と言われた場合、なかなか受け入れられないだろうがは違う。
過去に目の前で親を殺され、その殺した相手と共に行動していた過去がある。"死"を間近で感じた者だけが持つ、確信。カノイは自分の言った事をが理解してくれた、と感じた。

「ハンター試験会場。オレは試験官としてその場所にいた」
「……ハンター試験?」
「聞いた事があるだろう?この世界にはハンターという者達が存在する事を」
「それは……知ってます。ジャンルは様々で色んな物をハントしている人達でしょ?」
「かなり大雑把な知識だが……まあそういう事だ」
「え、じゃあ……そのハンターになる試験の試験官って事は……」

まさか、といった顔で自分を見つめるに、

「オレもハンターって事」

そう言って手の中にあるカードをの手に放り投げた。

「これ……」
「ハンターライセンス。それがあれば世界中どこに行っても困らない」
「世界……中……?」
「民間人が入国禁止の国90%は入国出来るし公的施設の95%は無料で使用可能だ。銀行からの融資も並み以上に受けられるしな」
「ホントに?!」
「ああ。ついでに言うと売れば一生分使っても使いきれないくらいの大金が手に入る。ま、持ってるだけでも何不自由なく暮らせる」

カノイの説明にはまじまじと手の中のカードを見つめた。

「何で……今まで黙ってたんですか?」
「わざわざ言う必要はないと思っただけだ。オレはオレだしな。それに最近サボってたっつーか……」
「サボってたって……ハンターの仕事を?」
「ハンターってのは常に世界中飛び回ってるもんなんだ。自分の望む物を探して見つけて保護したり…まあハンターと一口に言ってもいろいろ分野があってさ」
「じゃあカノイさんは――」
「オレはいわゆるミュージックハンターってやつ。分かりやすく言えば歴史上語られてない異人が残した楽譜とかを探してた」

そこでカノイは言葉を切ると、の手にあるライセンスを自分の手に戻した。

「今は?」
「今は店をやってる方が楽しいんだ。それよりヒソカの話だ」

カノイは本来言おうと思っていた話に戻した。

「あいつはオレが試験官を務めていた試験中、オレの先輩を半殺しにした」
「……試験官を?でも……どうして?そこにいたって事はヒソカさんもハンターになる為に試験を受けに来てたんでしょう?」
「さあな。本気で受ける気が合ったのかどうか。ハンターの資格もあったら便利ってくらいの気持ちだったんだろ。先輩を攻撃した理由もただ気に入らないっていう些細な理由だったからな」
「気に入らないって……そんな事で?」
「言ったろ?あいつは殺人狂なんだ。先輩は死なずに済んだがヒソカはその時、他の受験生20人を殺してる。いずれも大した理由じゃない」
「そんな……そんなことして捕まらないの?」

もっともな疑問だがハンター試験においては別次元の話だ。カノイはそう説明しながら肩を竦めた。

「ハンター試験で起こった事は免除になる場合が多い。ヒソカがハンターになろうとした理由も確か人を殺しても免責になる場合が多いからってことだった」
「あのヒソカさんが……信じられない……」
「オレだって驚いたよ。うちの常連客があのヒソカだって気づいた時はね」
「カノイさん、気づかなかったの?今日まで?」

当然の疑問を投げつけられカノイは苦笑するしかなかった。何故気づかなかったのかを順序立てて説明すれば、は呆れ顔でカノイを見上げた。

「……格好と髪型が違ってたからって普通気づくんじゃないですか?自分の先輩を傷つけた相手くらい」
「いやあ……分からないってマジで。あいつ普段はあんな紳士風じゃないしね」
「じゃあどんな感じなんですか?」

の素朴な疑問に何とも説明しがたいヒソカの風貌を思い出し、カノイは溜息をついた。

「言葉では説明しにくい。それより…ヒソカが危ない奴だって分かったろ?だったら次に来ても話しかけるな。っていうか話すな。目すら合わせるな」

まるで心配性の父親みたいな事を言ってると、自分でもおかしくなる。それでもヒソカの危険性を思えばこれくらい言わないとダメだ、とカノイは真剣な顔でを見つめた。は一気に色々聞かされたことで多少の混乱をしていたが、カノイが思っていたほど驚いてもいないようだ。普通の感覚なら身近に殺人者がいたというだけで怯えた表情くらいはするものだ。しかしの顔にはそれがない。代わりに困ったような目でカノイを見上げた。

「でも……次店に来た時、急にそんな態度をとったら逆におかしくないですか?」
「今日オレが軽く忠告しておいたし大丈夫だろ。あいつが何の目的でに近づいて来たのかは知らないが、どうせロクな事じゃないだろうし親しくする必要はない」
「そうですけど……」
「何だよ?これだけ言ってもまだあいつが優しい奴だって信じてるのか?」

カノイは呆れたように言った。普通の女の子ならば人を平気で殺すような男とは絶対に関わりたくはないだろう。しかしの態度はカノイの予想外の反応だった。

「信じてるとかじゃなくて……人殺しだからって全ての人が私にとって危険な人って事はないと思います」
「は?何言ってんだ、お前」

の発した言葉がカノイには理解出来ない。ただ彼女の悲しげな表情だけが脳裏に焼き付いた。

「本当に私に何かする気なら、とっくにしてると思います。けどヒソカさんは歌を聴きに来てくれてるだけですよね」
「何かされてからじゃ遅いから言ってるんだけど?」
「分かってます。カノイさんが心配してくれてるのも……。でも私は――」

の瞳が少しづつ赤みを帯びて行く。その赤い眼が、真っすぐカノイを見つめた。

「例え人が人を殺したとして、それで一人でも救われた人がいたのなら――私はいいと思う」

の紡いだ言葉は誰に向けられたものなのか。カノイは言葉もなく、その緋色に染まった瞳を見つめる事しか出来なかった――。



過去二隠サレタ真実トハ――?




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