04-1:ニアミス以上でも以下でもなく [ near miss]



真実 × ノ × 迷路



「――ああ。彼女の過去を洗いざらいだ。どこで生まれ育ったか、母親が女優になる前から遡って調べて欲しい。それと誘拐されてから保護されるまでの間、奴らとどこにいたのか何をしていたのか、もだ。分かる範囲でいいから全て報告してくれ」

カノイはそう告げると相手の返事を待ってから電話を切った。その後しばし手の中のケータイを見つめていたが、ふと顔を上げ二階の方へ視線を向ける。午前3時過ぎ。まだ深夜と言っていいくらいの時間だ。は何の夢を見ているのだろう。多少酒が入っていたせいか、それとも何かの力・・・・のせいか。は突然話の途中で意識を失ったのだ。多少驚いたものの、カノイは仕方なく寝室までを運びベッドへと寝かせた。

(あの、眼――。いったい何だったんだ?)

突然のことでカノイは頭が混乱していた。これまでがあんな風になったことはない。カノイは初めての出生に疑問を持った。ここに来てからというもの、が自分の過去について詳しく語ったことは一度もなかったし、カノイが聞いたのはあの事件の被害者だったという一点のみ。ニュースで取り上げられ誰でも知っている情報だけだった。時折バンドのメンバー達と雑談している時も、何気に聞かれた故郷のことやその他の過去に関する話をは殆ど語りたがらなかったように思う。曖昧に誤魔化しすぐに話題を変えていた。カノイはそれが悲惨な事件で母親を亡くしたせいだと思っていた。だからこそ敢えて何も聞かないようにしていたのだ。なのにあの言葉――。


「人殺しでもいい、か……」

カノイは溜息交じりで呟くと、店の冷蔵庫から缶ビールを取り出し無造作に開けた。次から次に沸いて来る疑問に頭がいっぱいで、飲まなければとても眠れそうにない。

"例え人が人を殺したとして、それで一人でも救われた人がいたのなら――私はいいと思う"

先ほどに言われた言葉の意味を、カノイは考えていた。――とても母親を殺された娘の言うセリフではない。

目の前で母親を殺されたのだ。普通なら怒りや悲しみ、悔しさといった感情が残るものではないのか。大した目的もなく人を殺せる人間に対して嫌悪感を持つものではないのか。少なくとも――母を殺し、自分を誘拐した幻影旅団への恨みがあるのではないのか。

しかし――の目にはそれ・・がなかった。大切な者を殺された人間だけが持つ憎悪、憤怒、絶望。そういった感情が知らず知らずのうちにその人の表情や目に現れる。しかしにはそれらのものが一切ないようにカノイは感じた。そこで初めて抱いた疑惑。

正直カノイはの過去をテレビのニュースや新聞でしか知らなかった。本人がカノイに語った内容とも一致したし、それ以上知る必要もないと思っていた。過去に何があっても彼女は彼女だ。何も変わらない。そう思っていたのだ。だからこそ詳しく調べることもしなかったし、時々が悲しそうな顔をしていても気づかないフリをしてきた。

けどもし違ったら―――?これまで世間が信じて来たような事件じゃなかったとしたら。
カノイは初めての過去を知りたくなった。

"人が人を殺したとして、それで一人でも救われた人がいたのなら――"

その救われた人、というのが自身だったとしたら?母親を殺されたことで救われたという意味だったとしたら。世間が思っているような"幻影旅団に母を殺され誘拐された可愛そうな少女"という図式は成り立たなくなる。といって幻影旅団がに頼まれ親を殺したのとも違う気がした。あの残酷無比な幻影旅団が一少女の願いを聞くとも思えない。ありえない。あの事件後、劇場から出た死体の山。人の形を保っていた者は一人もいなかったという。母親一人を殺す為に無関係の人をあんな風に巻き込んで殺すなど、が望むとは到底思えなかった。

(あの事件はやはり幻影旅団が何かの目的の為に実行したもの…か?)

そして理由は分からないが偶然だけが助かった。にとって幻影旅団の襲撃はたまたま遭遇したものだとして。ならその後の誘拐劇は――?

ニュースや雑誌で見た限り、は警察の事情聴取で誘拐されていた間のことを殆ど覚えていないと話していたようだ。カノイに過去の話をした時も敢えてそのことを語ろうとはしなかった。あの空白の一日は未だに解明されることはなく、謎として残ったままだ。警察は少女が記憶を失うほど怖い思いをしたのだろう、とし、それ以上深く追求しなかったらしい。

惨殺された母親、幻影旅団、幼い少女、誘拐、空白の一日、そして保護。――幻影旅団は少女に何をした?

それらの事がカノイの頭をぐるぐると回る。

(オレの想像だがは幻影旅団を恨んでいない。何故?母の死では救われたと感じている。何故?)

やはりの過去を解明するのは母親との関係にあるような気がした。

と母親の間で何か・・があった。そう、きっとあの事件が起こるずっと前から。娘が母親を憎むような出来事が――)

母親と娘の確執、幻影旅団の襲撃、そして誘拐。これらの点と線がどう繋がるのかカノイは考える。

が本当に母親を憎んでいたとして、そこにあの襲撃が偶然行われたんだとしたら――)

幻影旅団はにとって恩人ということになってしまう。

「そんなバカな……」

つい言葉が洩れる。しかしの言っていたことを考えれば辻褄が合うような気がしていた。なら、あの誘拐劇は何だったのだろう?空白の一日に何があった?その後を解放した意味は――?


「あー!分かんねー!分からな過ぎて頭ん中がグチャグチャだ……」

盛大な溜息と共にカノイはビールを煽った。

(それにの出生も気になる。あの赤い眼。あれは何だったんだ?)

ふと先ほど見たの異変を思い出し、カノイは溜息をついた。カノイもハンターとして世界中を旅してきたが、あの眼はこれまで見たこともないものだ。

「あれはの生まれに関係している……いや、待てよ……?もしかして幻影旅団は彼女のあの眼を見て連れ去ったのか?」

幻影旅団は普通の盗賊とは違う。必ずしも金目の物だけを奪うわけではない。これまでも貴重とされていた珍しい絵や本、美術品などそういった物も好んで盗んでいたはずだ。

(だとすれば……のあの眼に興味を持っても不思議じゃない、か。確かに珍しいものだしな)

しかしの眼がどういった理由で赤く変化するのかカノイには分からない。出生に秘密があるのなら、やはりそう――生まれ持った"血"だ。そこでふと、カノイの脳裏に過ったもの。以前ハンター仲間から聞かされたある民族・・・・の話。どこかの森の奥地でひっそりと暮らすその民族は、感情が昂ると瞳が赤く染まるという。それは世界七大美色とされているが、彼らの居場所を特定するのは困難で誰も見たことがないという。眼が赤くなるという特異な体質ゆえに外界との接触を避け、何年かに一度移住しながら生活をしていると言われていた・・。その民族の名はクルタ族――。4年前、何者かに虐殺され全員がその緋の眼を盗まれた悲劇の民族として知られている。

「まさか……が?」

池に小石を投げいれた時に出来る波紋のように、カノイの頭の中がゆっくりと動き出し次第に鮮明になっていく。一つの小さなヒントのおかげで少しづつ答えに向かっているような感覚。

「そうだ……。確かネットに載ってたな」

カノイはすぐにパソコンへ向かうと電源を入れハンター専用サイトを開く。そこでクルタ族と検索すれば過去のニュースの記事がいくつか表示された。

「これだ……」

当時世界中に報道された記事をカノイは一つ一つ確かめて行く。そこに載っている情報は想像以上に悲惨な内容で次のように記されていた。

【発見したのは森に迷い込んだという旅の女性。村人は128人全員が殺されていた。 家族はそれぞれ向かい合わせに座らされて体中に刃物を刺され生きた状態で首を切られていた。 純粋なクルタ族は両眼がえぐり取られていた。外から嫁いで来るなどして入村した者は眼球は残っていたが潰されるなどしていた。 傷の数も一族の者よりはるかに多く無残であった。(成人男性の傷も多かったが、これは捕われる前に賊と争い抵抗した際に生じたものとみて間違いない) その事から推察するに、まずクルタ族の血族以外の者をみせしめに傷つけ、怒りと悲しみで緋の眼に変わった者の首を次々と落としていったものと思われる。 これは怒りによって達する緋の色が最も深く鮮やかであるとして、闇の世界では高値がついている事からもうかがえる。 子供の方が傷の数も多く無残であったのも親にその苦しむ様子を見せつける事で、より鮮やかな緋色を発せさせようと賊がもくろんだものと考えられる。 惨殺体のそばには賊が残したと思われるメッセージがあった。
"我々は何ものも拒まない。だから我々から何も奪うな――】

この記事は当時大々的に報じられ、その賊が裏世界の人間だと世界中で噂されていた。
流星街の住人――。彼らならやりかねない、と。

(もし母親とがクルタ族だったとして、唯一の生き残りだから幻影旅団は彼女達を襲ったのか?いや…ならが無傷で解放されるのはおかしい。眼が目的なら彼女も殺され緋の眼を奪われていたはず。何故彼女だけを連れ去り解放した?それに母親の眼は奪われたという話は聞いていない…)

「母親と娘、か……。先ず考えるべき原点はそこかもしれないな……」

脳裏によぎるのはの悲しげな表情。カノイが母親のことを話題にするたび、いつもあんな顔をしていた気がする。それは母を殺されたという残酷な現実を思い出したくないからだと思っていた。
けれどあれは――母親のことを思い出したくもなかった・・・・・・・・・・・からなのかもしれない、とカノイは改めて思った。

(これ以上、一人であれこれ考えても無駄だな。とりあえず奴からの報告を待つか……)

カノイはハンター仲間の男にの調査を頼んだ。の過去全てをあらうよう依頼してある。未だ謎の多い幻影旅団が絡んでいることで全ての調査は限界があるだろうが、と母親の生まれた場所、それにふたりの間に何があったかくらいはハッキリするだろう。

(ヒソカのせいで、とんでもないことになって来たな……)

ヒソカから守ろうと些細な忠告をしたことで、こんなにも大きな疑問にぶつかるはめになろうとは思いもしなかった。

(よく考えるとオレはのことを何も知らなかったんだな…。いや、知ろうともしてなかっただけか)

普通とは言えない過去を持った少女。気を遣って何も聞こうとしなかったことが逆にを遠ざけていたような気がして、カノイは酷く後悔した。
もっと知ろうとすれば良かった。聞けば良かった。今なら知りたいと思う。の過去を何もかも。幻影旅団と彼女の間に何があったのか、ということも全て。

「幻影旅団か……。不気味な奴らだ」

誰も、彼らの名前や顔を知らない。その姿をハッキリと見た者はたいがい殺されているからだ。その中でたった一人、生き残った少女。20世紀最大のミステリーだ、とカノイは溜息交じりで呟いた。

「――あの空白の一日、お前と奴らの間で何があったんだ?」

窓の向こうで白々と明けて来た空を見ながら、カノイは静かに目を閉じた。



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