04-2:ニアミス以上でも以下でもなく [ near miss]





誤解 × ノ × 嫉妬


8月中旬――この日、はバンドのメンバーと練習を行っていた。メンバーはそれぞれ仕事を持っている為、全員のスケジュールが合った時を練習日にしている。

「少し休憩にしましょうか」

何曲か演奏した後、ピアノ担当のミリヤが言った。他のメンバーもそれぞれ同意しギターやベースなどを置く。はそれを見て素早くキッチンに行くと、みんなの為に飲み物を用意しだした。

「私も手伝うわ」

そこにミリヤがやってくる。は「ありがとう」とお礼を言って彼女にグラスを出してもらうようお願いした。

「今日は暑いからアイスティーでいいですよね」
「そうねぇ。他の連中はビールがいいんじゃない?」

ミリヤが言った途端「賛成!オレはビール」「オレも」といった声が飛ぶ。

「オーケー」

は苦笑交じりに冷蔵庫を開けると数本のビールを取り出し、みんなへと放った。それぞれ喜びながら缶ビールを開けると美味しそうに飲んでいる。それを見ては何か軽食でも作ろうと材料を確認した。

「軽くパスタでも作ろうと思うんですけどミリヤさんも食べますか?」
「私はいいわ。それより練習終わった後、みんなで食事にでも行かない?」
「え、それでもいいですけど……」
「じゃあ決まり。カノイも来れるのかしら」
「さあ。今日は朝から出かけてますし戻って来るかどうか…」

はそう言いながら時計を見た。今は午後の2時。カノイからは何の連絡もない。

「電話かけても通じないしメールすら返事が来ないんですよねー。どこに行ったんだろ」

そんなの様子にミリヤは小さく息を吐いた。

「あなたとカノイ、何かあった?」
「え?何かって…?」

不思議そうに首を傾げるに、ミリヤは少々目を細め不満げな表情を見せた。

「少し前からカノイの様子がおかしいじゃない」
「おかしいって……」
「あなたに対する態度よ。前以上に過保護になってる気がするわ。さっきも出かける際、私達にがひとりで出かけようとしたら止めてくれなんて言いだすし」

それにはも言葉に詰まる。確かにここ数日のカノイの過剰な心配ぶりは自分も感じていた事だ。

「ねえホントに何もないの?」
「何があるって言うんですかー?別にケンカもしてないですし、いつも通りですけど」

ミリヤがカノイに特別な感情を持っているのはも知っている。ここは何とか誤魔化さないと、とは大げさなくらい明るく笑ってみせた。しかしの意に反してミリヤは言いにくそうに視線を泳がせる。

「そういうんじゃなくて……その……ほら、アレよ」

彼女が何を言いたいのか、聞きたいのか、には薄々分かっていた。ミリヤはカノイとの間に男女のソレ・・があったかどうかを知りたいのだ。彼女がそう勘違いするのも仕方がない。確かに最近のカノイはに対して過剰な反応をする。特にが一人で出かける時――主に買い出し――なんかは「オレも行こうか?」と慌ててついて行ようとするし、がアッサリ断れば「帰りに電話しろ。迎えに行く」などなど、まるで恋人を心配する彼氏のようだ。――といってもは、娘を心配する父親みたいだと言ってしまったことで、カノイに「せめて兄貴と言え」と怒られた――

そんなこんなで最近のカノイはに対しての心配度が以前より上がっていることは確かだ。ミリヤがふたりの間に何かあったと勘違いするのも当然といえば当然だった。それが何故なのかと考えた時に思い当たるのはヒソカのことだが、はそこまで過剰に心配することないのに、と思っていた。確かに最初「あいつは人殺しだ」と言われた時は驚いた。物腰の柔らかいヒソカが殺しを楽しんでいる殺人狂には見えなかったし信じられなかった。でもそれ以前にカノイからその話を聞いた時、怖いと感じていない自分自身に一番驚いたのだ。そして思い出した。死を受け入れていた過去の自分を。そんな自分を救ってくれた、クロロの事を――。


「――?聞いてるの?」

不意に肩を叩かれはハッとしたように顔を上げた。隣には不満そうに自分を見ているミリヤの顔。は慌てて笑顔を作った。

「ミリヤさんが思ってるようなことは何もないですよ」
「え?」

不安を取り除いてあげようとは苦笑交じりで言った。

「実は私、この前痴漢にあっちゃって」
「は?痴漢?」
「はい。一人で買い出しに行って帰る途中、もうすぐ店ってところで後ろからガバーっと」
「ええ?!」
「もうビックリしちゃって叫びまくっちゃったんです」
「だ、大丈夫だったの?」
「その声でカノイさんが飛び出してきてくれて。だからきっと同じ目に合わないよう心配してくれてるだけですよ」

もちろん今の話はの作り話だ。ミリヤの誤解を解くにはこれが一番いいと、咄嗟に思いついたものだった。案の定、ミリヤはの話を信じたのか「そうだったの……」と安堵の息を漏らしている。

「それは怖い思いしたわね」
「いえ、意外と私はけろっとしてて。怖いっていうより驚いた方が大きかったし。でもカノイさんは呑気すぎる!だから痴漢が寄って来るんだって怒っちゃって」
「そっかー。だからあんなに心配してたのね。納得したわ」
「もう大丈夫だって言ってるんですけどね」

はそう言って笑いながら、内心カノイが帰って来たら文句の一つでも言ってやろうと思っていた。カノイが心配してくれるのはありがたいが周りに変な誤解をされても困る。(特にミリヤ)それと同時に、あの夜いったい何があったのかも聞いてみたかった。カノイに話があると言われ、ふたりで話をしていたのは覚えている。その話が常連客でのファンだというヒソカの話だったということも、カノイがハンターだと言っていたことも。そこで多少の言い合いをしたのかもしれない。はヒソカが何者でも良かったし言ったことは本心だった。しかしその後、どう話を終わらせたのかまでは記憶になかった。気がついた時、は自分のベッドで寝ていたのだ。

(そんなに酔ってたのかな、私。話してる途中ですーっと意識が遠のく気がしたとこまでは覚えてるんだけど……)

次の日カノイに聞いても「ったく、話の最中に酔って寝るなよ」と文句を言われたくらいで別に変わった様子もなかった。

(――ううん、ある。あの日を境に変わったことが一つだけ…)

それはカノイが頻繁に出かけるようになったことだった。以前は店の買い出しに行くか、趣味であるCD屋に行くくらいだったカノイが、ここ最近行き先も告げずフラリと出かけて行くようになったのだ。が「どこに行くんですか」と尋ねても「ちょっと友人と会って来る」と言うだけ。が知る限り、カノイが友人の話をしたことなど一度もなかったし、時々知り合いが、という流れで人の話をすることはあっても「友人」という存在は話に出て来たことがなかった。

(今思えばカノイさんが言ってた知り合いってハンター仲間のことなのかも……)

そう思ったのと同時に、最近会っているのもハンター仲間なんだろうか、とふと思う。でも前はこんなことすらなかったのに何故急に?という疑問が残る。それにには自分がハンターだということを話したのだから何も「友人」と誤魔化す必要もない。

(まさかヒソカさんの件でじゃないよね……)

ヒソカはカノイの先輩であるハンターを半殺しにしたことがあると言っていた。その積年の恨みを今更――。

「どうしたの?ボーっとして」
「え?あ…。ちょっとお腹すいちゃったなあと思って。あ、あの今日はもう練習やめにして食事に行きませんか?」

不意にミリヤに話しかけられ、は動揺を隠しながら微笑んだ。ミリヤは特に気にした様子もなく、腕時計に目をやり溜息をついている。

「そうねえ……。カノイも帰って来ないし……。メンバーだけで行く?」
「カノイさん待ってたら日が暮れちゃいますよー。きっとまた珍しいCDでも見つけて店に入り浸ってるんだと思うし」
「そうね。じゃあそうしましょうか」

ミリヤも諦めがついたのか、仕方ないといった顔で立ちあがるとバンドのメンバーに声をかけに行った。それを横目で見ながらは小さく息を吐き、そっとケータイを取りだす。未だにカノイからのメールの返事は来ていない。いったいどこへ行ってるんだ、と思いつつ出かける用意を始めた。


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