点 × ト × 線
「昨日はどこに行ってたんですか?昼帰りなんかして」
はまたも店のソファで眠りこけていたカノイを叩き起こした後で、開口一番文句を言った。
「朝になっても帰って来ないし昼過ぎに帰って来たかと思えば死んだように眠って何回起こしても起きないし……もう夜の8時ですよ!」
カノイは大欠伸をしながら呑気に腕を伸ばしていたが、目の前で仁王立ちしているを見て慌ててソファに座りなおす。
「い、いや夕べはちょっと友達と飲み過ぎてさ……」
「せめて連絡くらいしてくれてもいいじゃないですか。何度もメールしましたよね」
「わ、悪い…。ケータイの電池切れで……」
「なら友達の携帯借りてしてくれたら良かったのに…。何の連絡もなしで昼帰りなんて心配します!いつも私の心配してるクセに自分の事は何でこうも――」
「わ、分かった!オレが悪かったからそう怒るなって」
いつもの小言が始まり、カノイは慌てて立ちあがるとの両肩に手を置いた。身長差があるせいで下に向いていたの視線が上の方へと移動する。その目は未だ怒っているようで若干細められていた。
「ごめん。心配かけて……」
「……ホントにそう思ってます?」
「思ってるよ。ホント悪かった」
カノイもそこは真剣に謝る。しかしは納得いかないような顔でカノイを見上げた。
「じゃあ誰と何をしてたのか説明してくれますか?」
「え……っ?」
「カノイさん最近良く出かけて行きますよね。前はこんな事なかったのに……」
「あ~えーと、それはさ……」
の問いかけにカノイは一瞬言葉に詰まる。その様子には眉をひそめながら「言えない事でもしてるんですか?」と一言。カノイは慌てて首を振ると、
「そうじゃなくて……。前に言ったように久しぶりにこの街に来てる友人と会って飲んでるだけだって」
「じゃあここで飲めばいいのに。お酒なんか売るほどあるんですから」
「い、いや…ここで飲んだらほら、に色々面倒かけるだろ?散らかすだろうし片づけとかさ…。それに男同士でゆっくり飲みたいっていうか――」
カノイの説明には訝しげな表情を崩さない。カノイも確かに苦しい言い訳だとは思うが本当のことを言うわけにもいかず、ただ笑って誤魔化すしかなかった。暫し沈黙が続く。が、不意にが溜息をついてカノイを見た。
「じゃあ……ヒソカさんのこととは何も関係ないんですね?」
「ヒソカ?」
「カノイさん、ヒソカさんのことを良く思ってないみたいだったし、この頃過剰なくらい心配するし、ハンター仲間と一緒になって彼に何かしようとしてるんじゃないかと心配してたんです」
「あ、ああ……そのことか」
「他に何があるんですか?」
逆に問われたカノイは「別にないって」と慌てて首を振った。
「っていうかヒソカのことは確かに気に入らない。本音を言えば店にも来ないで欲しいと思ってる。でもそれだけであいつに何か仕掛けるほどバカじゃないよ」
「……どういう意味ですか?」
「言ったろ?あいつは相当ヤバい。下手に手を出したらこっちも大なり小なり必ず被害が出る」
「被害って……」
「ヒソカの戦闘能力はずば抜けてるってこと。――そうだな…あのA級首とされる幻影旅団と同格って言えば分かるか?」
「…………」
「悪い。にとっちゃ二度と思い出したくない相手だよな。でもそれくらい危険な奴なんだ。ヒソカとは出来れば関わりたくないね」
カノイはそう言いながらの反応を伺っていた。幻影旅団の名をわざと口にしたのもその為だ。は何も言わなかった。表情すら変えなかった。しかしカノイは、その僅かな反応を見逃さない。
(表情に目立った変化はなかったが……僅かに呼吸が乱れた……)
カノイは相手の呼吸音や言葉を発する時に出る"音"を聞き分けることが出来る念能力、≪Absorption of sound≫を発動していた。人の声も含め全ての"音"にもオーラがあり、カノイはそれを聞くことで相手の状態を探ることも出来る。いわば話してる相手の発音だけで相手が何を感じ、考えているかを読み取れるのだ。――普段は意識して聞こうとはしない限り、その力が発動する事はない――
幻影旅団と口にした際の僅かな呼吸の乱れは恐怖からくるものではない、とカノイは結論付けた。
(怖がるどころかは意図的に幻影旅団との何かを隠そうとしている節がある。だからこその沈黙……)
だがそれは却ってカノイに情報を与える結果となってしまった。
(あれは意図的に感情を押し殺す"音"だった。オレに悟られないよう本当の感情を殺すような……。何故そんなことをする必要が?)
答えは一つだ。は幻影旅団との関係を他人に知られたくないと思っている。カノイにはそう感じた。
「、お前は――」
思い切って問いただそうとした瞬間、カノイのケータイが鳴り響いた。仕方なくディスプレイに目をやり、表示された名前に小さく息を呑む。
「カノイさん?」
「悪い。ちょっと友達から電話だ」
カノイはそう言って店の外へと出た。に内容を聞かせるわけにはいかない。
「もしもし」
『オレだ』
電話はハンター仲間であるニクスからだった。主にマネーハンターとして活動していて金さえ払えば仕事内容は拘らない、という男だ。カノイは店の方に視線を送ってから裏手の方に歩いて行った。
「どうだ、何か分かったか?」
『当然だ。女優なんて派手な仕事をしていたからな。その活動中の情報は簡単だった。だがそれ以前のことを調べるのはなかなか苦労した。高いぞ?』
「分かってるさ。それ相応の報酬は払う。で?ふたりは女優になる前、どこにいた」
『ルクソ地方の奥地にあった里だ。聞いたことはないか?――――クルタ族』
「……"緋の眼"を持つ民族だろ?4年前、何者かに虐殺された」
その名を聞いた時、自分の推測が当たっていた、とカノイは思った。
『そうだ。彼らは数年に一度、移住を繰り返し外界とは殆ど繋がりを持たない民族だった』
「では…ふたりはそこの?」
『出身だったようだな。しかし母親は違う。彼女は街の劇団で歌っていた時にクルタ族の男に見初められ嫁いで行ったらしい』
「何だって?じゃあ――」
『母親の方はクルタ族の血を引いていない。娘の方は父親の血を半分受け継いでるから緋の眼を持ってると思うけどな』
それを聞いてカノイも納得した。やはりあの夜に見た赤い瞳はクルタ族の血からきているもの――。
「それで?二人は何故外界に出た?」
『残念ながら何故ふたりが里を捨て外界に戻ったのかハッキリ知る者はいなかった。クルタ族は全滅してるからな。だが…ここからが面白い』
「どういう意味だ?」
『この先は会って話そう。実は母と娘の関係を知っている業界の奴も呼んである。ふたりの話はそいつから直接聞いた方がお前もいいだろう?』
「……分かった。場所は?」
『午後9時にべーチタクルホテルの2015号室へ来い』
ニクスはそう言って電話を切った。
「はー」
カノイは壁へ凭れかかると、星一つない夜空を見上げ深い息を吐く。自分の推測が一つ一つ当たって行くことで多少不安を感じていた。
(やっぱりはクルタ族だった…。彼らは4年前に虐殺され里も消滅している。そして彼女が幻影旅団に誘拐されたのも4年前。――偶然か?)
またもや新たな謎が出てカノイはの過去に更なる興味を持った。自分の想像とそれらの話を結ぶ糸がどう繋がるのか知りたい、と強く思う。最近に嘘をついて出かけていたのも、独自に調べていたからだ。が警察に保護されたことまではニュースの報道で知っていたが、その後に彼女がどうなったかまでは知らない。保護されてからこの街に現れるまでの間、はどこにいたのか――?
そこでカノイはハンター協会に協力を得て、警察の情報を聞き出してもらった。その結果、が証人保護プログラムを受けていたことを知る。しかもはその施設から飛び出し行方不明とされていた。
(まさかそこでオレんとこに来るとはな……)
がこの街に来るまでの経緯を知りカノイは苦笑を洩らした。少しづつ繋がって行く点と線。ニクスの情報も合わせると他の線も繋がるに違いない。パズルのピースが徐々に埋め込まれていくように謎や疑問が解かれていく。ハンターとしての習性か、カノイはその瞬間が好きだった。
「さて、と。行くか」
腕時計を確認し、べーチタクルホテルまでの道のりを計算する。ここからなら車で15分といったところだ。
「またに文句を言われそうだな……」
店に戻りながら、今夜の言い訳はどうしようかとカノイは溜息をついた。