04-6:ニアミス以上でも以下でもなく [ near miss]






緋の眼 × ト × 盗賊


次の日、カノイは久しぶりに店を開けると言ってに買い出しを頼んだ。その間に自分は店の準備を済ませると、缶ビールを片手にパソコンへと向かう。契約している銀行のサイトを開きパスワードを入力すると、振り込み画面を表示した。そこに昨夜聞いた口座番号を入力。相手の名前を確認して同時にケータイで電話をかける。

「ああ、オレだ」

ケータイ片手にビールを煽ると、カノイはもう片方の手で相手の希望通りの金額を入力した。

「今から振り込む」
『分かった。――また何かあれば連絡しろ』

ニクスはそれだけ言うと電話を切った。カノイは苦笑交じりで送金ボタンを押すと残りのビールを一気に飲み干した。
振込み完了――画面に表示された文字を確認するとカノイはパソコンを閉じる。これでカノイが依頼したニクスの仕事は全て終わったのだ。

「……はあ。参ったな……」

ソファの背もたれへ頭を乗せ天井を仰ぐ。夕べから胸の奥のもっと奥が痛くて苦しい。

(まさかそんな事情があったなんて……)

カノイは軽く目を瞑ると、昨夜ニクスが紹介してくれたポルカと言う女性の話を思い出していた。彼女は業界で働く女性で、一時の母親のマネージャーをしていたこともある女性だ。そのポルカから聞かされたの過去はカノイが想像していた以上に残酷なものだった。

"ちゃんの母親は本当に酷い人でした。あの男と一緒になってちゃんの心と体をボロボロに傷つけたんです。あんな人達、殺されて当然なんです"

ポルカは涙ながらに話した。自分が傍に居ながら何も出来なかったことを今でも悔やんでいると言って。

「母親を憎むわけだ……。オレだって殺してやりてーよ……」

強く拳を握りしめると、カノイは吐き捨てるように呟く。そして自分の推測した通り、幻影旅団はにとって救いの神だったに違いない、と確信する。偶然だったにしろ母親とその男が殺されたことで、は地獄から救われたのだ。あの誘拐劇の裏は幻影旅団かに直接聞かなければ分からないが、それでも双方の関係は加害者と被害者という世間が思ってるようなものではないというのは間違いない。そしてニクスから聞いた"面白い話"。それはが浚われたあの空白の一日の事だった。

「クルタ族が襲撃された時期とあの女優の殺された時期が重なるんだ」

それを聞いた時、カノイは内心嫌な予感が当たったと思った。

「襲ったのは幻影旅団だって話だ。これは今年ハンター試験を受けた奴から聞いた話なんだが――」

ニクスは今年ハンターになった者の裏ハンター試験官として選ばれたようだ。試験に合格してもその後に念の使い方を教える裏の試験というものが存在する。ニクスはある男の担当となった。その時その男からクルタ族のことで質問を受けたと言う。簡単に説明してやると、その男は今年一緒に試験を受けた奴の中に生き残りがいたと言い、その男が復讐する為にハンターになったようだと言っていたらしい。

「そいつはその生き残りが話してたのを近くで聞いてたらしいんだが……話をまとめるとクルタ族が襲撃を受けたのが4年前で、襲った相手は幻影旅団だと話してたそうだ。だとすればひょっとしてその娘もその場にいたんじゃねえか?」

クルタ族の虐殺。幻影旅団、そして。それを聞いてカノイは全ての点と線が一気に繋がるのを感じた。

(恐らく……劇場の襲撃が先、そしてクルタ族の襲撃はそのすぐ後に行われた……?)

クルタ族である少女と幻影旅団が関わった時期にクルタ族への襲撃があったのだ。必ず繋がりはある。カノイは必死に謎を繋ぎ合わせ分かったことを頭の中で整理した。母親からの虐待、劇場襲撃、そしてクルタ族の全滅、二つの事件に関わったとされる幻影旅団、そして傷を持つ少女。

「奴らのおかげでは救われた。その後にの故郷とも言える里を襲撃した……?」

ニクス自身は母娘が何故里を出たのかまではつかめなかったと言っていたが、その答えは意外なところで発覚した。ポルカが母娘の事情を聞いていたのだ。

"母のユリアナには愛人がいたようなんです。そしてちゃんが生まれた…。ユリアナはその子供が夫の子なのか愛人の子なのか分からなかったようです。その事で里のみんなから追い出されたと…。よくちゃんにお前なんか産まなければ良かった、とかお前のせいで追い出される羽目になったと文句を言ってました……。"

これらを繋ぎ合わせれば一つの答えが出てきそうでカノイは勢い良く立ちあがった。

(母親の不貞のせいでクルタ族の同胞からが迫害を受け、最終的に里を追い出され、それが恨みとなっていたらどうだ?クルタ族の襲撃の時、もその場所にいたかもしれない理由に繋がる…。そう、幻影旅団と共に自分の里を襲ったのなら……)

は復讐……。だが幻影旅団の真の目的は――緋の眼だ」

生き残りの少年は「仲間の眼を取り返す」とも言っていたという。やはり幻影旅団の目的は緋の眼しか考えられない。を浚ったのもクルタ族を襲撃したのも、幻影旅団にとってはただ"獲物"を手に入れる為だけの行為。緋の眼が手に入ったからこそ、を無傷で解放したのかもしれない。里まで案内した"報酬・・"として。

(どっちにしろは自分を救ってくれた奴らに感謝している。だからこそ真実を誰にも言わないでいた……)

漠然とした答えではあったが、カノイは大方予想は当たっているだろうと思っていた。

(しかし……まさか幻影旅団が流星街の人間だったとは……)

現場に残されたメッセージ。あれがその証拠だ。クルタ族の襲撃の一年前、ある事件現場に同じ言葉が残されていたのをカノイはニュースで見て知っている。

(まあ幻影旅団が流星街の生まれなら、危険度Aクラスというのも頷ける。なかなか実体を掴めないのも……)

――奴らは何の躊躇いもなく人を殺せる。それこそ空気を吸うみたいに。殺しは奴らの日常。はそういう奴らと一日だけとはいえ一緒に行動していた。

「人殺しに救われた人が一人でもいたら――か。その気持ち分からなくもないけどな……」

普段の明るい様子からは想像も出来ない過去を持っていたの気持ちを思うと、カノイはまた胸が苦しくなるのを感じた。興味を持ってここまで調べてみたものの、それを本人に確認する気には到底なれない。

「……参ったな。こんなことなら知らないままいりゃ良かったよ」

溜息交じりで呟き、カウンターへと入る。冷蔵庫の中からもう一本缶ビールを取り出すと、徐に開けた。

は……いったい何が欲しくてこの街に来たんだ?」

母親から無理やり教わった歌を歌いながら、毎回どんな思いでステージに立ってたのか。その胸中を思うとカノイはやりきれない気持ちになり、思い切りビールを煽った――。



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