闇の世界 × ノ × 住人
「とクロロさんは先に行って席を取っておいて。私とカノイで片づけてすぐ行くから」
ミリヤにそう言われ反論の余地もないまま店を追い出されたは、無言のまま前を歩くクロロを見た。クロロは多少酔っているのか、楽しげに鼻歌を口ずさんでいる。
「……急に来るなんて……驚くじゃないですか」
やっとふたりになったところで抗議するに、クロロは楽しげな笑みを浮かべて振り向いた。
「言っただろ?また来るって」
「だからってお客として来るなんて……。ビックリして歌詞飛んじゃいました」
「ああ、そうだったな」
クロロは思い出したように苦笑すると、の歩調に合わせてスピードを緩めた。
「いい店だな」
「……はい」
「あのカノイって雇い主はちょっと油断出来ないがな」
「……ハンターみたいです。それにいいんですか?本名なんか教えちゃって……」
「別に名前を言ったからってオレがクモだなんて思わないさ。まあ、あの男、オレのことをかなり警戒してるようだったが」
「それには訳が……っていうかクロロさん、何かカノイさんやミリヤさんの前だとキャラ違いすぎ。スーツなんか着ちゃってるし最初誰かと思った」
ふと先ほどのやり取りを思い出し、は苦笑した。の中のクロロは常に冷静でいて、どこか冷めた空気を持っているイメージだった。それがあんな爽やかなキャラを出されると少々戸惑ってしまう。
「オレだって常に団長キャラ全開にしてるわけじゃない。で……何で急に敬語なんだ?」
「だ、だってお客さんとして来たからつい……っていうか団長って何か懐かしい。そうやって髪をおろしてるのも昔に戻ったみたい。――みんなは元気ですか?」
「さあな。ここ数年は会っていない。だがこの街で近々集まる予定だから、その時に会えるだろう」
「え、ホントに?」
が驚いて顔を上げると、クロロは普段の顔に戻っていた。
「それで?どうするか決めたのか?」
「……え?」
「オレ達と来るかどうか、だ」
「あ……」
不意に足を止めて沈黙するに、クロロは僅かに目を細めた。
「あの店がお前の"居場所"になったのなら無理にとは言わない。――お前が決めろ」
「クロロ……」
そうハッキリ言われては何も言えなくなった。無理に来なくていいんだと突き放されたような気がした。
「クロロは意地悪です」
「何がだ?」
「私は……クロロ達に救われた。一緒にいた時間がとても楽しくて、初めて笑うことが出来た…」
言いながら涙が溢れて来るのを感じ、は慌ててそれを拭う。クロロは無言のまま、ただを見下ろしその濡れた頬に手を伸ばせば、指先がかすかに濡れた。
「なら一緒に来い。それとも――無理やり浚って欲しいのか?絶対に来いと言って欲しいのか?」
「……そ、それは――」
「お前の意思がそこになければ意味がない。オレ達と来ればお前は世間で言うところの犯罪者になる。その覚悟がなければ一緒にはいれないな」
クロロの言葉がの胸に深く突き刺さる。それはあの夜と同じ痛みだった。
(クロロは少しも変わっていない。冷たいようでいて優しい。凄く残酷だけど、でも私にとっては慈愛のある人……)
無邪気について行くと決めた過去の自分を思い出しながら、は胸の奥が苦しくなった。
「オレはもう暫くこの街にいる。ゆっくり考えろ」
「あ、あの……飲みに行かないの?」
ひとり歩きだしたクロロの後をは慌てて追いかけた。
「今夜は止めておく。も雇い主の前でオレみたいに嘘はつけないだろう?すぐバレそうだ」
「そ、それは……。あ、じゃ、じゃあクロロはどこに泊ってるの?連絡先教えて」
今、別れれば今度いつ会えるか分からない。そんな不安に駆られはクロロのジャケットを必死に掴む。その子供のような行動にクロロは僅かに目を細めると、再び立ち止まった。
「……引っ張るな。あの頃と少しも変わらずガキだな、は」
「ひ、酷い…これでも20歳になりました…けど」
冷ややかな目で見下ろして来るクロロを上目で見上げ、小さな抗議を口にする。しかしクロロは「まだ十分ガキだ」とばっさり切り捨てた。それでもポケットから紙を一枚取り出すと、
「何かあればこの番号にかけて来い」
「これ…ケータイの?」
「ああ」
は手の中にある番号の書かれたメモを見ながら、すぐにクロロを見上げた。
(もしかして私に渡そうと思って……?)
クロロは何も言わない。でもは嬉しそうにそのメモを握りしめた。
「分かったら早く行け。そろそろお前の雇い主が来る頃だ」
「うん…。でもミリヤさんに怒られそう。一緒に飲みたがってたし」
「ミリヤ?ああ……あのピアノの女か。あれはお前の雇い主に惚れてるんだろ?」
「え!そんなことまで分かっちゃうの?クロロってば凄い」
「…ハッキリ態度に出ていたしな。どうせオレに気がある素振りをしてあの男の気を引きたいんだろ」
「そうだったんだ…。そこまでは分からなかった。私はてっきりクロロに乗り換えるつもりだと思って、ちょっと嫌だったっていうか――」
そこまで言うとはハッとしたようにクロロを見た。クロロは意味深な笑みを浮かべながら屈むと、の目線に己の視線を合わせる。
「それはヤキモチか?あ~だからずっとムスッとした顔で黙ってたのか」
「ま、まさか!そ、そういうんじゃなくて――」
「冗談だ。何でも真に受けるな」
またしても呆れ顔で目を細められ、は頬が赤くなった。
「ま、あいつらにはオレがかなり酔って先に帰ったとでも言っておけ」
「……その辺は何とか誤魔化しておくけど……」
「ああ、それと。あまり知らない奴に心を許すな。お前は無防備すぎる」
「え?それって誰の――」
「じゃあな。お休み、」
クロロは何も答えず、の頭に軽く手を乗せると、再びゆっくりと歩きだす。思わず追いかけたい衝動に駆られたが、気づけばどこにもクロロの姿はなかった――。