04:ニアミス以上でも以下でもなく [ near miss ]



計算 × ト × 駆け引き


蝋燭の明かりだけが灯る薄暗い部屋。そこへ突如、静寂を破るように着信を伝えるメロディが響いた。流れる曲はオペラ――魔笛"夜の女王のアリア"。読んでいた本から視線を外し、クロロは暫しそのメロディに耳を傾ける。あの夜の惨劇を思い出すかのように。

「ふん……思ったよりも早かったな」

クロロはディスプレイに表示された名前を確認し、かすかに笑みを浮かべた。そして徐に本を閉じると、ゆったりとした動作で通話ボタンを押す。

「何の用だ」

この電話を待っていたことなど、おくびにも出さず開口一番言えば、受話器の向こうからは含み笑いと共に良く知った声が聞こえて来る。

『冷たいなあ。用がないとかけちゃいけないのかい?』

耳に残るねっとりとした声。その声の後ろから歓声と共にジャズのような曲が流れている。

「随分と賑やかな場所にいるんだな。――ヒソカ」
『お気に入りのバーを見つけてね』
「…で?用は何だ?次の仕事に来れないという話なら却下だ。今回は全員集合。マチに聞かなかったか?」
『もちろん聞いたし行くつもりだよ』

楽しげに話すヒソカをよそにクロロの顔に僅かな笑みが浮かぶ。本当に意味のない電話なら大切な読書の時間を邪魔されたくはない。だが――。

「なら――やっと話す気になったのか?」

その一言でヒソカが妖しく笑う。クロロの欲しい物は分かっているとでも言うように。


クロロがマチから"ヒソカの伝言"を聞いたのは約一カ月ほど前だった。

「団長の"探し物"が見つかるかもしれない。ヒソカの奴がそう言ってた」

その一言だけでクロロには"探し物"が何を意味するか察しがついた。ヒソカが団員達に少女の話を聞いて回っていたことも知っている。その点を考えれば安易に想像がつく。クロロはマチからの伝言を聞いた後、すぐにヒソカへ連絡を取った。しかし探し物はどこか、と尋ねるクロロに、ヒソカは「ハッキリしてから教えるよ」としか言わず、そのまま連絡を絶つと行方をくらましていた。そこでクロロはヒソカがどう出て来るか暫く様子を見ようと考え、敢えて彼を探そうとはしなかった。必ずヒソカの方から接触してくる。――クロロはそう確信していた。

そして今夜の電話。クロロはすぐに問い詰めるようなことはせず普段通りに接した。少しでも情報を欲しがる素振りを見せればヒソカを喜ばせるだけだということは分かっている。待つのは嫌いじゃない。待った分だけ欲しい物が手に入った時の満足感が増すから。しかしクロロは十分すぎるほど、待った。これ以上待つ気はない。


話す気になったか?と問うクロロに、ヒソカはしばし沈黙した後、静かな声で一言、告げた。

『――――"探し物"を、見つけた♡』

予想通りヒソカの方から"ソレ"の事を口にした瞬間、クロロの口端が僅かに上がる。

「どこにいる?」
『今、ボクの目の前さ。聞こえるだろ?この素晴らしい歌声・・が』

小さく息を呑む。確かにヒソカの声の後ろで先ほどから綺麗な歌声がクロロの耳に届いていた。ジャズを歌う女。歓声。歌う、その、声――。彼女・・だ。ほんの僅かな動揺。しかしそれは一瞬でクロロはすぐに平静を取り戻した。

「そこの場所は?」
『今度ボクらが集合する街、とだけ言っておくよ』

ヒソカは敢えてハッキリとした居場所を言わなかった。クロロがどう動くのかを見たいからだ。クロロならこの情報だけで十分だろう――?薄く笑う彼の声はそう言いたげだった。

『この街で君に会えるのを楽しみにしてるよ』

そこで電話は切れて、再び静けさが戻る。しかしクロロの耳にはいつまでも、彼女の歌声が響いていた――。



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