05-1:そのリングを密葬しておいて [ ring ]




初めて × ノ × デート


8月29日―――朝。

「じゃあ今日一日さんをお借りします」
「……ああ」

朝早くに現れたクロロに、カノイは寝起きの目を擦りながら隣にいるを見た。はすでに着替えも済ませ、軽くメイクもしている。どことなく普段よりめかしこんでいるその姿に、カノイはそっと目を細めた。

「デートだからってあまり遅くなるなよ」
「カノイさんこそ、私がいないからってお酒ばっかり飲まないで、ちゃんと食事もして下さいね。冷蔵庫にランチ用のドリア作ってありますし」
「分かってるよ。――あ、じゃあクロロさん、こいつのことよろしく」
「任せて下さい。それじゃ――行こうか」

へ腕を出す。その意味が分からず、は「はい?」と首を傾げたが、クロロは笑いながら彼女の腕をとると自分の腕へと絡めた。

「デートだからね。やっぱりこれくらいしないと」
「え、あ、いや、でもこれは――」
「さ、行こう」

クロロはの抗議すら無視してそのまま歩きだす。カノイは面白くなさそうな顔で腕を組んで歩いて行くふたりを見送っていたが、再び睡魔に襲われ欠伸をしながら店の中へと戻って行った。
何故こんな状況になったのかというと、話は昨夜に遡る――。




「は?……デート?!」

突如店内にカノイの素っ頓狂な声が響き、常連客達が一斉にカウンターへと目を向ける。スツールには若い男がひとりで座っており、隣にはこの店の歌姫。彼女の方も何故か鳩が豆鉄砲といった表現が正しいほどの顔で隣の男を見ている。

「あ……何でもないですから」

カノイは客達の視線に気が付き愛想笑いを振った後、再び目の前に座る男、クロロを見た。クロロはここ最近、常連のようにこの店へ通って来ている。

「あ、あの今……デートって言いました?」
「うん」
「えーと、それって――」
「彼女、さんを明日一日お借りしたいと思ってね」

堂々とした様子で言いのけた後、クロロはカノイに爽やかな笑みを見せた。カノイが驚くのも無理はない。そしてクロロの見た目の爽やかさに誤魔化され、そういった危険があることを頭の中に入れておかなかった自分を呪う。クロロはここ最近、店を開けるたび顔を出すようになっていた。その間、の歌を聴き、カノイの作ったカクテルを飲んで、最後はと軽くおしゃべりをして帰る。それが日課となっていた。他の常連同様、に気があるような素振りだが、いつもと違うのはもまた、クロロが来ると嬉しそうな顔をする。――カノイはコレが気に入らない――カノイはそんなふたりの雰囲気に気づいてはいたが、まさかデートの約束をする間柄になっていようとは想像すらしていなかった。はこれまでも何度か客の男に言い寄られたことがあるものの、一度として誘いを受けたことはない。ヒソカのことも気に入っていたような雰囲気には見えたのだが、カノイが心配したほど発展もしなかった。だからこそカノイはクロロが来るようになった時もそれほど心配はしていなかったのだ。それが今日、また来たと思っていた矢先「マスターに頼みがあるんだけど」といつもの笑顔で言われた。何事かと聞いてみれば、

さんをデートに誘いたいんだけど、いいかな?」

と何とも爽やかに尋ねられた。そんな流れであの冒頭に繋がる。

「ちょ、クロロさん。何言ってるんですか?」

カノイだけでなく、この誘いには当人も驚いたのか、クロロを肘でつつきつつ小声で何やら文句を言っている。そんな態度など気にもしないといったように、クロロは魅力たっぷりの笑みを浮かべてを見つめた。

「オレとじゃ嫌かな?」
「は?え、い、いえ、そういうわけじゃ……」

も釣られて微笑んだものの、内心この演技派め…と思わず突っ込んでいた。

「どうかな、マスター。彼女もこう言ってるし明日、デートしてきていいかな」
「は?あ~そ、そう……ですね、ええ、まあ……ボクとしましてはその……」
「なーによ、カノイ!その煮え切らない返事は!」
「ミ、ミリヤ……っ」

そこへカウンターを手伝いながら話を聞いていたミリヤが口を出す。

「デートくらいいいじゃない。ふたり、とってもお似合いだもの」
「い、いやダメって言うんじゃないけど――」
「じゃあいいのかな?」

ミリヤの後押しでクロロもニッコリと微笑む。この場の空気を和やかなまま終わらせるには、カノイも頷く他なかった。

がいいなら……いいんじゃないですか」
「ありがとう。さんは?」
「えっ?あ、はあ。あの……私で良ければ……」

クロロの嘘臭い笑顔を横目で見ながら、は笑顔を引きつらせながらもそう応えた。カノイとミリヤの前なのでクロロに真意を問いただすことも出来ない。クロロはの返事を聞くと嬉しそうに「良かった」と微笑むと「じゃあ明日の朝にでも迎えに来るよ」と早めに帰ってしまった。

「何なんだ、あいつは……」

言いたいことだけ言ってサッサと帰って行ったクロロに、カノイがそうボヤくのも仕方のないことだった。

「ホントに行くのか?
「えっ?あ、う、うん。せっかく誘ってくれたんだし……」
「だけどお前、今までは店の客に誘われても全て断ってただろ。何であいつはいいんだよ」

カノイに突っ込まれたは言葉に詰まった。ですらクロロの狙いが分からないのだ。まさか本当にデートをするわけでもないだろう。

「オイ。聞いてるのか?」
「え?あ、あのほら、クロロさんってカッコいいし来た時から素敵だなあと思ってたっていうか、その…私もそろそろ恋愛とかした方がいいかなって……」

思いつくことを片っ端に言ってみたが自分でもしっくりこないセリフだと思う。これでは変に疑われるかもしれない。はそう思ったが、当のカノイは信じたのか驚いた顔でを見ていた。カノイがこの時、自身の力を使って彼女の言葉の≪音≫を探っていれば、あるいは嘘を言っていると気づいたかもしれない。しかし今のカノイにはそこまで考える余裕がなかった。

「あいつのこと好きになったのか?」
「へ?あ、す、好きっていうか……その……」
「カノイったら口うるさすぎよ。そんなの察してあげればいいじゃないの。ちゃんは彼に一目惚れしたのよね」

そこでまたもやミリヤが口を挟む。これもカノイの唯一の心配種であるとクロロがくっつけば、カノイも自分とのことを考えるんじゃないかという計算だろう。はそんなミリヤの思惑に気づきながらも、ここは便乗するように笑って誤魔化した。

――その結果、とクロロはデートをする、という設定で出かけることになったのだ。


「あ、あの…クロロ……」
「何だ?」
「そろそろ腕、離してもいいんじゃ…カノイさんもいないし」

は未だしっかり組まれているクロロと自分の腕を指差しながら言った。こんな明るい時間に、それも男の人と腕を組んで歩いたことのないにはどこか照れ臭いのだ。しかも相手がクロロなので少しだけ緊張している。カノイの前ではそれこそ爽やかな好青年を演じているが、その素顔は世間から恐れられている盗賊集団"幻影旅団"のリーダーなのだ。いつになったら普段の顔に戻るのかとはそっとクロロを見上げた。だがの思惑とは違い、クロロは殊の外、楽しそうな笑みを浮かべている。

「まだいいだろ?デートなんだし」
「デデデ、デートってっ!ただの理由づけでしょ?他に何か用事が――」
「それは後からのお楽しみだ。先ずはドライブがてら食事にでも行こうか」
「え、食事……?」
「朝、何も食べてないだろ?」
「た、食べてないけど……」
「なら行こう」

クロロは近くの駐車場へと入り、その中の一台へと歩いて行く。そして助手席のドアを先に開けると「どうぞ、歌姫」と笑みを浮かべながら手を差し出した。

「じ…自分で乗れるし――」
「デートは男に任せるものだ。いいから手を貸せ」

クロロはそう言うとの手を引き、助手席へと座らせドアを閉めた。自分も運転席へ素早く乗り込むと慣れた手つきでエンジンをかける。その横顔を見ていると本当に別人のようで、は少しだけドキドキしてきた。

(何か…ホントにデートしてるみたい…)

不意に照れ臭くなり俯くと、クロロがちらりと視線を向けてくる。

「どうした?もぞもぞして。トイレか?」
「……ッ!違いますっ」

あんまりな質問にがむっと口を尖らせれば、クロロはかすかに笑みを浮かべながらアクセルを踏み込む。まだ早い時間帯のおかげで道は空いているようだ。は暫し窓の外を流れる街並みを見ていたが、ふと思い出したようにクロロを見た。

「この車、どうしたんですか?」
「買ったと思うのか?オレが」
「……いえ」

口元に意味深な笑みを浮かべるクロロを見て、盗賊相手にバカな事を聞いたと反省する。の様子を横目でこっそり盗み見たクロロは軽く吹き出した。

「心配するな。ただのレンタカーだ。別に盗んだわけじゃない。まあ他人名義の免許証を使ったけどな」
「え、そうなの?」
「別に盗んでも良かったが、この街には暫く滞在する予定だしな。盗難車で走っていてパトカーに追いかけられるのだけは避けたい」
「……クロロさんでもそんなこと考えるんですね」
「当然だ。オレ達は物を盗みはするが早々にバレるようなやり方を避けた方が楽なこともある。まあ派手にやることもあるし時と場合によってだな」
「…大変なんだ、盗賊っていうのも」

感心したように頷く。クロロはちらっとを見た後で盛大に吹き出した。信号が赤に変わりすぐに車を停止したものの、ハンドルに両肘を乗せ、そこに額をつけながら楽しげに笑っている。その無防備な笑顔には思わずドキっとした。

「そうだな、大変かもしれない」

クロロはひとしきり笑った後で、不意にを見た。

「その大変な盗賊の一味になる覚悟は出来たか?」
「……え?」
「その顔じゃ、まだって感じか」

信号が青になり、クロロは静かに車を発車させた。はクロロの横顔を伺いながらどう答えようか迷った。考えていたもののハッキリとこうだと言えるほど答えは出ていないからだ。その時、突然鼻先を突かれて目を丸くした。

「別に返事は急いじゃいない。と言っても…猶予はあと10日ほどだけどな」
「……10日?それが過ぎたらどこに行くの?」
「さあ。先のことは考えてないな。今回の仕事が終われば考える」
「今回の仕事って……?」
「それはみんなに会った時に説明する」

クロロはそれだけ言うと「着いたぞ」とハンドルを切った。窓の外へ目を向ければこの街の中でもダントツに高いと言われているセメタリービルへと入って行く。このビル内の上層部には高級ホテルやレストラン、その他有名ブランドショップなどが多数入っていて、大きなイベントも開催できるホールまである。
はこの街に来てから一度も入ったことがなかった。

「食事って……こ、ここ、ですか?」
「ああ。この上に美味しいレストランがある。嫌か?」
「い、嫌っていうか……私なんか場違いだし……こんな格好だからちょっと……」

そう言っては自分の格好を見下ろした。本当にデートをするとは思っていなかったはそれでも外出用の黒いミニワンピースを着ている。ただこのビル内は煌びやかでお世辞にも合った服装とは言えない。クロロはビルの駐車場に車を止めると、改めてを見た。

「そうだな……。オレも黒いスーツでお前まで黒じゃ葬式みたいだ」
「そ、葬式って――」
「なら服を買いに行こう」
「えっ?」

驚く間も抗議する間もない。クロロはすぐに車を降りると助手席のドアを開けてを引っ張りだした。

「ちょ、ちょっとクロロ…服なんていいってば」
「何故だ?この恰好じゃちょっと……と言いだしたのはお前だ」
「…っていうか服を売ってる店でも場違いだってばーっ」

ぐいぐいと腕を引いて歩いて行くクロロには必死に抗議した。しかしまるきり無視され、遂にブランド物がずらりと並んだショップまで連れて来られてしまった。

「うわ、眩し……」
「好きな物を選べ。こんなに揃ってるんだからどれか一着くらい似合うのがあるだろ」
「……何か言う事にいちいち棘がある」
「そうか?」

口を尖らせ睨んでみても、クロロはどこ吹く風といった顔で店の中へと入って行く。朝の時間帯と言うことで客もまばら。暇そうな店員がすぐに嘘臭い笑みを浮かべてふたりの方へ近づいて来た。

「本日は何をお探しでございましょう」
「ああ、この子に似合う服をね」
「まあ可愛らしいお嬢さんだこと。どんなドレスがお好みですか?」
「ド、ドレス?いえ私はホントにフツーの服で――」
「いいから選んでもらえ。腹が減ってるんだから早くしろ」
「……っ!(自分で連れて来たクセにー!)」

心の中で抗議の声を上げたも店員に無理やり連れて行かれ、煌びやかなドレスのコーナーに立たされる。そのずらりと並んだ高級な服を前に、も顔が引きつった。

(こんなドレス、朝から着るバカいないってのに…)

店員はこれも似合うあれも似合うと何着もドレスを出して来る。その中から一枚手に取り、こっそり値段を見てみた。

「んな―――」

思わず叫びそうになり慌てて口を押さえた。そして何かの間違いじゃ?と思いつつ、もう一度確認してみる。しかしそこには10万ジェニーとしっかり金額が表示されていて、は軽い眩暈を感じた。

「いかがです?あ、そちらのドレスがよろしいですか?ならご試着でも――」
「と、とんでもないです!あの、ありがとう御座いましたっ」

は咄嗟にドレスを店員に押し付けると、急いで店の入口へと逃げた。あんなにバカ高いドレスなんて買えるわけないじゃない!と内心突っ込みながらクロロを探した。

「あれ……クロロ?」

入口付近にいたはずのクロロの姿が見当たらず、は辺りを見渡した。するとレジの横にある少しだけ開いたドアの隙間から甲高い笑い声が聞こえて来る。ドアには"VIP"と彫られた金色のプレートが飾られていた。こっそり覗いてみると中にはセレブ感溢れるVIP用のソファ。そこへ座って優雅にコーヒーを飲んでいるクロロの姿が見えた。

(な、何をしてるんだ、あの人はっ)

は思わず「クロロ!」と大きな声を出してしまった。

「ああ、終わったか?」
「終わったかじゃないよ…何してるの?」
「何って……"彼女を待っている間、コーヒーは如何ですか"と薦められたから飲んでいるだけだが?」
「か、彼女……?っていうか…い、いいから早く行こうっ」

呑気なクロロの態度を見て呆れたように目を細めると、は腕を引っ張りながら早々に退散した。後ろからは女性店員の名残惜しげな「またのご来店をお待ちしております」という声が聞こえて来る。二度と来るもんか、と思いながらはホールに出ると思い切り息を吐きだした。

「何だ、何も買ってないのか」

手ぶらのを見てクロロが呆れたように言う。それにはも抗議の意味を込めた目でクロロを睨んだ。

「買えるわけないじゃないっ。いくらすると思ってるの?10万ジェニーよ?しかもあんなゴージャスなドレスを着て歩く勇気ないですから!」

一気に文句を言い終えは息苦しくなった。それでもクロロは表情を変えずに「だから何だ」とシレっとした顔で言い放った。

「だから何だって――」
「誰がお前に払えと言った?」
「……へ?」
「デートなんだし当然オレが払うつもりだったんだが――」
「……クロロ…が?」
「まあいい。いらないならサッサとレストランに行くぞ。空腹で倒れそうだ」

文句を言う間もなく、クロロは自然にの手を繋ぐ。その行為にまた鼓動が大きく跳ねた。

「あ、あのクロロ……っ」
「今度は何だ」

歩を緩めずクロロは溜息交じりでを見下ろした。その呆れたような視線に「う…」と言葉を詰まらせ「何でもない、です」と素直に手を引かれていく。繋がれた手からはクロロの体温が伝わって来る。その熱は初めて会った頃と何も変わらない。の胸に沁み入ってくるような温もりだ。

(こんな風に誰かと手を繋いだのは何年ぶりだろう?子供の頃は……あんなことがある前は里のみんなとこうして手を繋いでたのに……)

ふと過去の楽しかった思い出が過り、は無意識にクロロの手を強く握り返していたらしい。一瞬、クロロはに視線を向けたが、何も気づかないフリをしてそのままレストランへと入り、ウエイターに席まで案内させる。その店はこの街でもここしか入っていない"ジャポン"という国の料理がメインのレストランだった。

「どうした?暗い顔だな。ジャポンの料理は嫌いだったか?」
「え?あ、そうじゃなくて……」

は珍しげにメニューを眺めながら、すでに注文しているクロロを見た。

「クロロは好きなの…?」
「好きかと聞かれればそうだな。この"スキヤキ"という料理はなかなか美味かった」
「"スキヤキ"……?変な名前。あまり美味しそうなネーミングじゃないけど……」
「食べてみれば分かる。ジャポンの肉は世界一だって言うだろう?牛の餌に秘密があるらしい」
「クロロって何でも知ってるんだね」

手際良く注文していくクロロを見ながらは素直に感心していた。

(そう言えばさりげなく色々と教えてくれるし凄く頭が良さそう。もし普通の暮らしをしてたらカノイさんが思ってるような青年実業家にだってなれたかも)

ウエイターに出された一輪差しのような小さな陶器の壺に興味を向けながら、ふとそんなことを思う。陶器の横には小さなカップが添えられていた。

「何ですか、これ……」
「ジャポンの酒だ。日本酒と言う。ライスから作られてるんだ」
「ライス?!え?それってチャイニーズフードのデリバリーとかで良くあるアレですか?」
「まあ、そうだな。味はジャポンの方が美味いが」

クロロは壺のような容器を傾け、添えられてきた小さなカップへと酒を注ぐ。それを不思議そうな顔で見ていたにクロロが飲んでみろと言った。しかし、一口飲んだ瞬間「うえっ」と徐に顔をしかめる。

「何この味……苦いような甘いような…鼻にツンとくる…」
「嫌いか?美味いんだけどな」

顔をしかめ水を呑むを尻目にクロロは酒を一気に飲み干す。それを見たはふと顔を上げた。

「クロロさん車なのに飲んでいいの……って愚問ですね」
「その通り」

クロロは澄ました顔で言うと、酒の追加を頼んでいる。そうこうしている内に料理が運ばれて来た。

「うわぁ、綺麗。コレって――」
「サシミの盛り合わせ。要は生の魚だ」
「え、生?!」

生の魚と聞いて顔をしかめただったが、初めて見る綺麗に盛られた葉や花の飾りの方に目がいった。クロロはそんなを眺めながら笑いを噛み殺すと、料理に箸を伸ばす。は箸を使えないので仕方なくフォークを使って食べ始めた。

(何か変な感じ……クロロとこうして向かい合ってご飯を食べてるなんて……)

目の前で黙々と食事をしているクロロを見ながらはそんなことを思った。こうして男の人と外で食事というのは初めてでどこかくすぐったい。

(いきなりデートなんて言われて驚いたし朝から振り回されてる感たっぷりで最初はどうなることかと思ったけど…来てみたら意外と楽しいかも。それに……話したいこともある。聞きたいことも――)

はクラピカのことをまだクロロに伝えていなかった。いつも会えるのはクロロが店に来た時くらいで、常にカノイが傍にいる。電話をかけて話そうかとも思ったが、やはり直接会って話した方がいいと思った。

「どうした?食べないのか?」
「え?あ……コ、コレどうやって食べるのかなと思って……」

最後に運ばれてきた鍋を見ては苦笑した。中には黒いスープが入っていて別の皿に盛られて来た野菜と肉。これがクロロの言っていたスキヤキらしい。

「これはスープの中に好きな野菜と肉を入れて――」

律儀にもの問いに答えてくれる形でクロロが説明しだした。それを聞きながら出来た肉を摘まんでみる。

「……おいひい」
「だろ?」

の一言にクロロが得意げに言う。しかしこの時ばかりはクロロに同意せざるを得ないくらいの感動を覚えた。大きな、それでいて薄い霜降りの肉はの想像以上の味だった。

「こんな美味しいお肉食べたの初めて……」
「オレも最初そう思った。だからにも食べさせてやろうと思ってここにしたんだ」
「……私の為に……?」
「ためにってほどじゃない。オレも食べたかった。一人じゃ食いきれないしな」

クロロはそう言って笑ったが、はそれでも嬉しかった。クロロの気持ちに泣きそうなくらい嬉しくなった。

「ありがとう……」
「礼なんていいから早く食べろよ。煮えすぎたらもったない」

泣きそうになったのを何とか堪え、は頷きながら肉を頬張る。今が生まれてきて一番幸せだと感じた。同時に過去の自分と同じ眼をしたクラピカのことを思い出す。クラピカはこんな風に誰かと笑顔で食事が出来ているんだろうか。あの夜以来クラピカは店に来ていない。クロロが店に来るたび出くわさないかとヒヤヒヤしたが、クラピカと顔を合わせることがなくて――顔を合わせたとしてもクロロが旅団とまでは分からないだろうが――はホッとしていた。クラピカはクロロ、いや幻影旅団そのものを憎んでいる。復讐しようとしている。クラピカの気持ちは痛いほどに分かるが、にはどうすることも出来ないのだ。双方を会わせないようにするしかない。

「あの、クロロ…」
「ん?」

食事もそろそろ終える頃、は意を決して口を開いた。

「この前ね、クロロが初めてうちの店に来たあの夜…私を訪ねて来た人がいたの」
「……オレと別れた後に?」

静かに酒を飲んでいたクロロだったが、の話に驚いたような表情で顔を上げた。

「うん。カノイさん達と飲んでたけど、私だけ先に帰った時…気づけば彼は店に入って来てて…」
「…それは…この前みたいなブラックリストハンターか?それとも――奇術師みたいな格好の奴か?」
「え?ううん…どっちも違うけど…どうして?奇術師…って?」
「いや…違うならいい。続けろ」

ホッとしたような顔で酒を飲み始めるクロロの良く分からない質問に首を傾げつつ、は話を続けようと軽く深呼吸をした。クラピカのことをクロロに話してしまっていいものか分からないが、もしクラピカがクロロ達を狙っているなら無防備なままでいない方がいいとも思う。

「…誰?と聞いた私にその人は"私を覚えているか?"と聞いて来て…その時、彼の目が――赤く染まったの」
「……何?」
「自分はクルタ族の生き残りだって……」
「……生き残りがいたのか」

それにはクロロも多少は驚いた。しかし襲撃の日は夜だったのだ。逃げた奴が一人くらいいても不思議じゃない。

「それで何故のところに?」
「クラピカは里が襲撃された時、私もその場にいたことを感づいてた。里の場所をクモに教えた裏切り者だって私を責めた……。それでクロロ達の居場所を教えろって言ってきたの」
「ふん……復讐、か」
「そう、言ってた……」
「で?」
「で、って…命を狙われてるんだよ?心配だから…話したの。もちろん彼にクロロのことも旅団のみんなのことも話してない」

の話を黙って聞いていたクロロは表情一つ変えないまま、小さく息を吐いた。

「一つ言っておく。オレ達は常に誰かから命を狙われている。そいつみたいに復讐で狙う者、賞金目当てで狙う者。つまり日常茶飯事ってやつだ」
「……そうかも…しれないけど…」
「こうしてる時だってどこから狙われてるか分からないし、そんな奴らをいちいち気にしてたら身が持たない」
「でも……」

クロロの言うことはもっともだ。しかしはどこか不安だった。そんなの様子にクロロは軽く息をつくと、腕を伸ばし彼女の額を指で突いた。

はオレがそいつに殺られると思ってるのか?」
「……え?」
「心配してると言うならそういうことだろう?」

そう言われてしまうともどう応えていいのか分からない。クロロの、いや旅団メンバーの強さは嫌と言うほど知っている。あの劇場で全てを見ていただからこそ分かるのだ。ウボォーギンやフランクリン、フェイタンなどはそれこそ派手に暴れていたが、クロロは音もなく静かに標的を倒していた。その光景をカーテンの隙間から見ていたは何がどうなって人が倒れたのかさえ分からなかった。

(クロロたちは強い……私が心配することじゃない、か)

そう思ったは目の前で不満そうに目を細めているクロロを見て「ごめんなさい」と謝った。しゅんと項垂れたの頭を、クロロは苦笑いを浮かべながらクシャリと撫でる。初めて出逢った時もこうして頭を撫でてくれたことを思い出し、もやっと笑顔を見せた。

「オレ達のことは心配しなくていい。それよりは大丈夫なのか?そいつはがオレ達に里の場所を教えたことを知ってるんだろ」
「うん…でも大丈夫。きっと彼は私を殺せないと思う」
「何故そう思う?」
「…彼に、復讐するなら旅団より先ずは私を殺すべきだって言ったの。でも彼は…私を殺さなかった」
「……本当に殺されてたらどうする気だったんだ?」

クロロは呆れたように溜息をついた。

「そこまで考えてなかったけど――」
「考えろ。自分のことだ。お前は昔いつ死んでもいいというような目をしてた。けど死ぬのは最後まであがいた後でいい」
「どういう、意味……?」
「人が死ぬのは神が決めたわけじゃないということだ。自分次第でどうとでも変えられる時もある。死を受け入れて生きるのと、いつ死んでもいいと思って生きるのは似てるようで全然違う」

はクロロの真剣な目を見て小さく頷いた。それが彼なりの優しさだということはにも分かっている。

「……分かった。ごめんなさい」
「…オレに謝られてもな。――ってことで行くぞ」
「え?!ちょ、あのクロロ…?」

突然席を立ち、サッサとレジへ歩いて行くクロロをも慌てて追いかけた。クロロは支払いを済ませると、再びの手を引きエレベーターへと乗り込む。そして上層階のボタンを押した。

「あ、あの……どこ行くんですか?この上はホテルになってますけど…」
「知ってる。そのホテルに部屋を取ってるからな」
「そ、そうなんだ……って、え…!部屋?」

その一言にが飛びあがらんばかりに驚いて顔を上げれば、クロロは意味深な笑みを浮かべながら、ルームキーを手の中で揺らした――。


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