05-2:そのリングを密葬しておいて [ ring ]




白昼 × ノ × 密室


部屋に入るなり徐にジャケットを脱ぎ、シャツのボタンを外し始めたクロロを、は信じられない思いで見ていた。

「あ、あの、クロロ…?何故服を――」
、お前――」
「あ!この部屋ってもしかしてスイートルームってやつ?凄い!こんな部屋とれるなんて、さすが幻影旅団の団長!リッチ!」
「………そんなに大声出さなくても聞こえる。それより――」
「わー窓からの景色が最高だよ、クロロ!さすが最上階!うちの店、見えるかな――」

この予想外の展開について行けていないは何とか場の空気を壊そうと思いきりはしゃいで見せた。窓に張り付いたままクロロの方を振り向く事も出来ず、は頭の中で次はどんな話を持ち出そうかと必死に考える。クロロが「お前も脱げ」と言えないような雰囲気にして、この場をどうにかやり過ごしたかったのだ。だが背後に気配を感じた瞬間、気付けば体は宙に浮いていた。クロロがを抱き上げたのだ。

「ぎゃっな、何する――」
「いいからもう黙れ」

反論は許さないというクロロの威圧的な声色に、思わずも口を閉じる。クロロはを抱いたまま奥のベッドルームへと入って行った。

「あ、あのちょっと待って――」
「黙れと言っただろ?」
「………(こ、怖い……)」

睥睨するように見下ろされたは僅かに首を窄める。これから何をされるかと思うと心臓が口から出そうになった。

(っていうか何でいきなりホテルなの?!さっきまで普通に食事してただけなのに!)

クロロの謎の行動にの頭は混乱していた。何かの間違いではないかとも思ったが、ベッドに寝かされた瞬間は金縛りにあったかのように動けなくなった。

「あ、あの――」
「こういう時は静かにするものだ」
「こっこういう、時って……」

尋ねる前にクロロがの上に覆いかぶさって来る。上から見下ろすクロロの目は真剣で、はまさに蛇に睨まれた蛙――いや、蜘蛛の巣の罠にかかり、忍びよる蜘蛛に怯えている蝶の如く固まっていた。ボタンを全て外したシャツから覗くクロロの胸元や、下ろした前髪から見える鋭い目がやけに色っぽく見えての頬が熱くなる。こういう状況はにとって初めてではない。でもそれは母親が生きていた頃に強要されたおぞましい記憶だ。望んでもいない相手との最悪な時間。どれだけ高級なスイートルームでもにしてみれば全てが拷問部屋のようだった。だからこそ男という生き物が怖かった時もある。体が知っているわけではなくても、男性に触れられるだけで嫌な気分になったこともある。だけど――今こうして過去と同じような状況でも、不思議なことには不快に感じなかった。それどころか胸の奥がドキドキして、男性に触れられるのが初めてだとでもいうような緊張感を抱いている。そんな自分に驚いていた。

「……そんなに緊張するな」

不意にクロロが言った。顔には笑みすら浮かんでいる。

「そう言えば――初めて会った時もこんなことがあったな」
「え……?あ――」

クロロに言われては小さく息を呑んだ。

(そうだ……あの時…私はクロロに見捨てられるのが怖くて…)

あの時の行為を思い出し、は一気に赤くなった。確かに一度、クロロに触れられたことがある。しかしあの頃のはそうすることでしか誰かに縋れなかった。相手が望むものを差し出すことしか出来なかったのだ。クロロもその中の一人と同じに思ってあんなことを言ってしまった自分が急に恥ずかしくなった。

「――何でもする。お前はそう言った」
「あ、あれは……」
「だからオレはこうして、に触れた」
「――――っ」

クロロの手が頬を撫でる感触に、の鼓動が跳ねる。クロロはそのまま首筋、胸元へと手を滑らし、

「この後、何をしたか覚えてるか?」
「……っ」

覚えている。しかしは思い切り首を振ってクロロを見上げた。その目は薄っすら潤んでいる。その瞬間、クロロは小さく息を吐き、僅かに笑った。

「クロロ……?」

体を起こして肩を揺らしながら笑いを噛み殺しているクロロに、は何度か瞬きをした。不意に腕を引かれ体を起こされる。それでもは何が起きたのかさっぱり分からず、目の前のクロロを見つめた。クロロは僅かに微笑むと「悪い。冗談だ」と、一言。

「……は?」
が何か勘違いしてるようだったから、ちょっとからかっただけだ」
「な――っ」

あっけらかんと言い放つクロロには呆気にとられたのと同時に顔全体が真っ赤になった。デートという名目があったこともあり、一瞬でも本気でドキドキしてしまったことを後悔する。

「何それ!ひどい…!嫌なことまで思い出させて…っ」
「お前が変な勘違いするからだ。ひとりでパニくってただろ」
「だ、だってそれはクロロがいきなり脱ぎだすから――」
「お前の力を自分の身を持って知りたいと思っただけだ」

恥ずかしさのあまり振り上げた手を掴まれ、はドキっとした。

「私の、力……?」
は無防備すぎるからオレが力の使い方を教えてやる」

クロロはそう言うとの手を自分の胸へと押し付けた。さっきの余韻もあるのか、直接肌に触れたことでの鼓動が早くなる。するとクロロは呆れたように「…そんな顔をするな」と言った。

「オレが普通の男だったら確実に襲われてるぞ」
「……え?」
「男ってのは女のそういう顔に欲情する」
「な…で…でもどんな顔してるか自分じゃ分からないし――」
「目が潤んでるし頬も赤い。単純な男なら確実に誘われてると勘違いするだろうな」
「さ、誘ってなんか……!だいたいクロロが人をからかうから――」
「……だから悪かったと言ってるだろう。それより……集中しろ」

クロロはそう言って再びの手を自分の胸にあてた。

「な、何するの……?」
「今から意識してオレの記憶を読んでみろ」
「え……記憶?」
「そうだ。お前が子供の頃から無意識に使ってた力だ。出来るか?」
「た、多分……でも意識してやったことはないから……」
「やるんだ。これからは自分の力を把握し、緋の眼も瞬間的に使えるようにしろ」

クロロは真剣な表情でを見つめる。しかし力と言われても自身、ハッキリとは理解できていない。傷を治すのとは違い、記憶を読むのはどうすれば出来ていたのか、それが自分でも分からない。緋の眼も意識して発動したことはなかった。クロロはそんなの気持ちを察したのか「傷を治す要領と同じだ」と言った。

「同じ?」
「ああ。オレのことを知りたいと強く念じろ。強い意志があれば心は高揚する。そうすれば自然と力が発動してくれる」
「クロロの……こと?」
「念能力とは己の意思、思いが強ければ強いほど発動しやすくなる。分かるか?」

クロロの問いには小さく頷いた。確かにこれまで何かを強く念じた時にこの力が使えてた気がした。でもそこではふとクロロを見た。何故こんなにも助けてくれるのか。初めて会ったあの日も、あの後も。この世の不条理に飲み込まれても抗うことすら出来なかった少女を、クロロは受け入れてくれた。

「どうした?やりたくないのか?」
「そうじゃなくて……どうしてクロロは私を助けてくれるの…?」
「………」
「初めて会った時も…今この瞬間も……。私の為にしてくれてるんでしょう?」

の問いにクロロは何も応えなかった。それでもは言葉を続ける。何か目的があるのなら、それを叶えたいとすら思う。

「どうして…私を助けてくれるの?私はまだクロロについて行くって決めたわけじゃないのに。何か目的があるなら言って。私、クロロになら――」

不意にの目から涙が溢れて、その濡れた頬にクロロはそっと指で触れた。

がオレと一緒に来ても、例え来なかったとしても、オレはお前に強く生きて欲しい。――ただ、それだけだ」

の目にまた涙が溢れたその瞬間、クロロはの手を引きよせ、強く抱きしめた。



ソレハ、理由ナキ渇望――





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