05:そのリングを密葬しておいて [ ring ]



復讐 × ノ × 連鎖


「私を――覚えているか?」

緋色の眼を持つ少年は静かな口調で言った。

「あなた……誰?」

ありえない。クルタ族は消滅したはずだ。は目の前に現れた少年の眼に驚愕しながら力なく床の上に座り込んだ。
――誰?誰?誰?必死に記憶を呼び起こす。

(……歳は?私と同じ?違う。こんな少年はいなかった。なら下は?サイと同じ?パイロは?)

必死に里の子供達を思い出しながらは震える足で何とか立ち上がった。過去の亡霊と顔を突き合わせてるような、何とも言えない感覚。

「その様子では覚えていないようだな」

不意にそう呟き、少年は小さく息をつく。

「私はクラピカという。お前と同じクルタ族の生き残りだ」
「……クラ……ピカ……?」

突然名乗った少年には僅かに息を呑む。今のところ殺意は感じられない。そこに気づいた時、は全身の汗が引くのを感じた。

「生き残りが……いたなんて知らなかったわ」
「私は知ってた。ずっとお前を探していた」
「……何故……?」

不意にクラピカと名乗る少年の目が細められる。僅かな敵意を感じ、は咄嗟に身構えた。

「我々の同胞が襲われる日の前、お前の母親は別の場所で幻影旅団に殺されただろう。そしてお前は誘拐された」
「…………」
「その後でクルタ族は襲われている。こんな偶然はありえない。お前は幻影旅団と何を交わした?」
「何のこと……?」
「命を助けてもらう代わりに里への道案内でもしたか」
「―――ッ」
「違うとでも言いたいか?だが――幻影旅団に関わってお前だけ生き残ってるのは不自然だ」

静かな怒りが伝わって来る。はクラピカが復讐しに来たんだと思った。しかしクラピカはただを見つめているだけだ。その視線はどこか責めるようでいて、物悲しい目だった。

「答えたくないならいいだろう。だが…お前に一つ聞きたい」
「……何?」
「クモはどこだ」

クラピカの眼が再び赤みを増して行く。それは激しい怒り――憎悪の眼だ。

「し、知るわけないでしょ……」

そう言いながらもの脳裏に先ほど別れたクロロの顔が浮かぶ。咄嗟に渡されたメモを手の中に隠すと、クラピカから見えないようにジーンズのポケットへと押し込んだ。

「本当か?嘘をついているなら――」
「何で嘘つく必要があるの?彼らと私は何も関係ないっ」
「私はそうは思っていない。少なくともお前はクモに加担し里のみんなを死に追いやった。そう思っている」

責めるような緋色の、眼――。その眼には見覚えがある。里にいた頃、は毎日のようにこの眼を向けられていた。浮気相手の子供。一族の恥さらし。そう言われ続けて来た。優しかった近隣の家族も、友達も、にとって里を出たあの時、あの瞬間に消えてなくなったのも同然だった。

「お前は何故同胞を裏切った。何故そんな残酷な事が出来る?――お前は、一族の恥さらしだ!」

「――――」

その言葉を耳にした瞬間、の中でぷつりと何かが切れた気がした。ゆっくりとクラピカの方に歩を進め、真っすぐにその眼を見つめる。の瞳も緋色に染まっていた。

「……同胞?そんなもの私には一人だっていなかった」
「何だと?」
「残酷?なら里のみんなが私にしたことは残酷じゃなかったって言うの?!」

あの日、里を襲ったあの夜。全てが終わった気がしていた。なのに――まだ私を責めるの?はそう叫びたかった。

「みんなは私のことを浮気相手の子供だって言っていつも笑ってた。友達だった男の子からは出て行けって言われ続けた。あんただって同じように私を笑ってたんでしょう?!」

思わずクラピカの胸倉を掴む。あの頃は幼すぎて出せなかった感情が一気に爆発した。

「私が里を出た後どれだけ酷い目に合ったか知らないクセに!毎日殴られて知らない男達の相手させられて……!あなたに私を責める権利なんかない…!」

の言葉にクラピカは驚いたようにその目を見開いたが、すぐに「違う!」と声を荒げた。

「私は笑ったことなど一度もない!里のみんなにも中傷するのはやめろと言っていた!」
「嘘!!そんな子ひとりも――!」

そう言いかけた瞬間、の記憶の隅にいた少年と、目の前のクラピカが重なる。金色の髪、金色――?

「……あなた…パイロの……?」

サイと仲の良かったパイロ。そしてパイロにはもう一人親友が、いた。は聞いたことがある。

"やめろ!母親の不貞とその子は何の関係もないじゃないか!"

その子が一度だけ、をいじめるサイに怒ってくれたのを――。

「やっと……思い出したようだな」

クラピカは溜息交じりで言うとの手を胸元からそっと下ろした。

「パイロは私の親友だった」
「……知ってる。いつもあなたの後ろをついて歩いてたもん」

は力なく言うと、ソファへ座り凭れかかった。そしてふと胸元にあるネックレスに触れる。あの夜、"楽しかった頃の思い出"としてサイから奪って来たものだ。

「でも、なら。私の気持ちが分かるでしょ……。私は里のみんなを同胞だなんて思ったことはなかった」
「だからってクモに居場所を教え、襲撃させるなど許せるものか……っ!」
「私が襲わせたわけじゃない!だけど里の場所を教えたことも後悔なんかしてない」
「……貴様……っ」

クラピカの眼が一気に赤く染まる。はそれを見上げると「私を殺す?」と赤い眼を射抜くように見つめる。

「クモの居場所を知りたいみたいだけど、復讐する気なんでしょ?だったら先ずは…私を殺すべきだよ。一族の裏切り者として」
「……くっ……」

の言葉にクラピカは強く拳を握りしめ、必死で怒りを収めようとした。仲間を失った時から続く胸の痛みも悲しみも、全てが目の前にいる少女のせいだと思うと憎しみが爆発しそうになる。しかしクラピカはゆっくりと拳を収め、深い息を吐く。クラピカは、自ら死を受け入れているを殺すことは出来なかった。

「……殺さないの?」
「どんな奴でも……お前は同胞だ……同じクルタ族の生き残りだ」
「私はそう思ってないって言ったでしょ……?」
「だけど私は…!もう――仲間を失いたくない…」

それはクラピカの悲しい思いだった。憎しみをぶつけるべきは――幻影旅団クモ。例え原因を作ったとはいえ、クラピカには同じ血を持つをその手にかけることは出来なかった。

「本当にクモの居場所は知らないんだな?」
「……そう言ったでしょ。四年前のあの日から会ってない」
「……分かった」

クラピカはふと力を抜いてゆっくりと歩きだす。にはその後ろ姿が孤独に包まれているように見えた。

「……待って」

ソファから立ちあがり声をかけると、は首から下げていたネックレスを外し、そこにぶら下がっている指輪をクラピカに差し出した。

「……それは?」
「私の友達だったサイがつけてた。形見として持ってきたの。だけど……これをサイにあげたのはパイロだから」
「……っ」

クラピカが驚いたようにの手からネックレスを奪う。そして指輪に彫られた名前を見て息を呑んだ。

「パイロ……」
「それ、あげる」
「……何?」
「私より……あなたが持つべき物だと思ったの」

がそう言えばクラピカはその瞳を揺らし、手の中にある指輪を握りしめた。

「……分かった。受け取ろう」

クラピカは慈しむように指輪を見つめている。は返すべき人に指輪を返せたような気がして、何故かホッとしていた。

「私を殺す気がないならもう帰って……。ここには二度と来ないで」

そう言って背中を向けるに、クラピカは何かを言おうとしたが一瞬躊躇すると無言のまま静かに店を出て行く。その気配を感じながらは溢れる涙をぬぐうこともせず、その場に座り込んだ。もうこの世のどこにもいないと思っていた同胞が現れたことを、心のどこかでホッとしていたのかもしれない。

「復讐、か……」

憎しみが憎しみを生む。それはどうすることも出来ない悲しみの連鎖だ。
の復讐は終わったが、クラピカの復讐はこれから始まるのだろう。

(復讐を終えても…自分の心が受けた傷が癒えることはないんだよ、クラピカ……)

そのことを、ちゃんと伝えれば良かった――。

そう思いながらはクラピカの出て行ったドアを暫く見つめていた。



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兎曖さま


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