06-3:追憶の果てのブルー [ blue]



1.


空が白々と明けてきたのを感じ、はゆっくりとボストンバッグのジッパーを閉めた。
結局あれこれ考えているうちに一睡も出来なかった。時計を見れば朝の7時になるところ。
はいつものように頭をスッキリさせようとバスルームへ向かった。

(カノイさん、また店で寝たのかな)

リビングにカノイの姿はなく、はため息をついた。夕べはクロロに送ってもらい、0時頃に帰宅したが、当然電話に出なかった事をカノイにはブツブツ文句を言われた。「何で電話に出なかったんだ」とか「こんな時間までふたりでどこにいたんだ」などと追及されたものの、は適当に誤魔化しておいた。それでも本当の家族のように叱ってくれるカノイには感謝している。

(もし私がクロロについて行ったら…もうそんな事もなくなるんだな)

ふと寂しさが襲う。カノイの世話になり、普通の生活というものを一からスタートさせたにとっては、ここへ来てからの毎日がいつの間にか楽しい思い出となっていたようだ。でもここに残ることを決めてしまえばクロロには二度と会えないということも分かっていた。一睡もせず考えた結果、にとってはクロロに会えないことの方がつらいと思った。何度も荷造りをしては手が止まり悩みながらまた荷物をつめる。そんなことを繰り返しながら気付いたころには朝になっていた。

(荷物はカノイさんに見つからないようにしなきゃ)

先ずは今日の正午、どうやって店を抜け出すかそれを考えなければいけない。はポケットからクロロに渡されたメモを取り出した。この場所に行くには店から徒歩で15分ほど――。

"オレは…明日が来ることを望んでる。それだけだ"

ふとクロロから言われた言葉を思い出し、無意識にくちびるへと触れる。その感触でクロロにキスをされた時のことが鮮明に頭に浮かんで慌てて首を振った。

「何であんなこと…」

思い出すだけで一気に顔の熱が上がる。まさかクロロにあんな風にキスをされるなんて思ってもいなかった。ホテルへ連れて行かれた時は一瞬だけ勘違いをしそうになったが、やはりそれは勘違いのまま終わったはずだった。なのに――。

「ドキドキ、する…」

クロロのことを考えると、とくんとくんと心臓が速くなっていくのが分かる。会えなくなってから、一瞬たりとも忘れたことのない相手だ。それは自分にとっての救世主だったからなのか、それとも違う感情があったからなのかは分からない。けれども、今この胸に芽生えている感情はハッキリと分かる。

「私…クロロのこと…」

今日まで恋などしたことがない。それがどんなものなのかさえ分からない。ただ、クロロと離れたくないと思う強い感情は、胸の奥から確かに生まれて来るものだ。とめどなく溢れて来る愛しさと、この胸の高鳴りに名前を付けるなら、それは恋と言うのかもしれない。ふと、そう思った。






2.


「…カノイさんに何て言って誤魔化そう」

シャワーを浴びてスッキリすると、は朝食の用意をするため、店へと下りた。

「――おう、もう起きたのか?」
「カノイさん?!ど……どうしたんですか?こんなに早起きして」

店へ行くとカノイはすでに起きていたようでコーヒーを淹れている。その姿には目を丸くした。シャワーも済ませたのか、いつものボサボサ頭でもなく、きちんと着替えも済ませている。

「オレが早起きしたからってそんなに驚くなよ。ほれ、コーヒー」
「あ、ありがとう」

カノイからカップを渡されは苦笑交じりで受け取る。

「だっていつもならお昼まで寝てるじゃないですか」
「オレだってたまには早起きくらいするさ。今日から競り市も開催されるし、ちょうどを起こしに行こうと思ってたところ」
「え?競り市……そうだったっけ」

ヨークシン・ドリームオークション。毎年開催される最大の競り市祭りだ。去年行けなかった分、今年は絶対に行こうと楽しみにしていたはずなのに、最近は一気に色んな事がありすぎてすっかり忘れていた。

「何だ、忘れてたのか?去年はあんなに行きたがってたのに」
「あ……ちょっと色々考え事してて……」
「ふーん。誰のこと考えてたんだ?」

カノイが徐に目を細める。はうっと言葉につまり「別に誰ってわけじゃ……」と言葉を濁す。どうせカノイはクロロのことを言いたいだけなのだ。夕べも散々デートのことを聞かれ大変だった。しかしカノイはそれ以上追及する事はせず「まあいいけど」と肩を竦めた。

「んじゃあ今日は競り市行ってみるか?」
「え?」
「去年は何だかんだで行けなかったろ。だから今年は連れて行ってやろうかと思ってさ」
「え、今から、ですか?」
「ああ。ホテルでやるような本格的なオークションは入場料ですら高額だけど、一般人向けの競り市は誰でも参加できるから楽しいんだ」

もうこの時間からやってる、と言われは一瞬迷った。正午にアジトへ行かなければならない。と言って今この場でカノイの誘いを断る理由も見つからず、は結局競り市へ行くことにした。

「じゃあ早く支度しろよ。車で待ってる」

と、外に出ていくカノイを見送った後ではすぐに部屋へと戻り、着替えを済ませた。ふと部屋の隅にあるボストンバッグに目を向けたが、クロロは10日間の猶予があると言っていた。例え今日行けなくても焦らなくて大丈夫、と言い聞かせ、先ほどのメモをバッグの中へとしまっておく。そこでふと気になった。

「そういえば……このオークションも10日間の開催だったっけ。何か関係あるのかな」

クロロ達が一体何を狙っているのか昨日は教えてもらえなかったが、よく考えればこの時期にわざわざヨークシンに来たのだ。やはりオークションに関係しているのかもしれない。

(今日行けば教えるって言ってたけど…)

そんなことを考えていると外でクラクションが鳴らされた。カノイが早くしろと言ってるのだろう。仕方なくはバッグを手に急いで部屋を出た。

「遅いぞ!」

外へ行くと案の定カノイが窓から顔をだし早くしろと叫んでいる。は慌てて助手席に乗り込むと、カノイは朝日避けのサングラスをかけてすぐに車を出した。

「ったく。女は何で用意するのに時間がかかるんだ?」
「そんなに言うほど遅くないですよ。それよりクラクション鳴らしすぎ。近状迷惑です」
「こんな朝っぱらから人なんか歩いてないよ。この辺の店はうちも含めて殆どが夜開店の店ばかりだから昼間は閉まってるし、この先に行っても無人のビルがあるだけだ」
「そうですけど――」

そう言いかけ、ふと廃墟ビルの方角を見た。ここからでも高いビルの屋上辺りは僅かに見えるのだ。

(あのビルのどこかにクロロがいる……)

以前この辺は興業地域にしようと開拓していた土地らしく、沢山のオフィスビルが建ち並んでいる。しかしこの一帯を買い占めた企業が急に倒産し、結局建てられたビルも売りに出される事なくそのままの状態で放置されているのだ。だからこの辺りは廃墟ビルが多いんだ、と以前カノイが教えてくれたことがあった。盗賊が隠れる場所にはもってこいの土地だと思いながら何気なくコンチネンタル通りから入った奥の道へと目を向ける。そして思わず目を見張った。

「―――っ?」
「どうした?」

窓の方へ身を乗り出したに、カノイが訝しげな顔をする。しかしは窓の外から目が離せなかった。

(一瞬しか見えなかったけど今の…もしかして旅団の……?)

人気のない奥の道を男がふたり歩いていたのが見えた。しかも一人はひときわ大きな体の男。その男はが昔会ったことのあるウボォーギンのように見えたのだ。

(まさか……まだ正午じゃないのに。でも歩いて行った方向はあの廃墟ビル方面だった……)

カノイが言ったようにこの辺りを朝から人が歩くことは殆どない。は今のがウボォーギンだと確信した。

「おい?どうしたんだよ。誰か知ってる奴でもいたのか?」
「え?あ……ううん。人違いだった……」
「……誰と間違えたんだよ」
「あ、ほらあの……前に無銭飲食して逃げた人いたでしょ?あの人に似てた気がしたんだけど違ったの」

は以前にあった出来事の中から適当な人物をあげて誤魔化した。

「ああ、あいつならもうこの街にはいないだろ」
「そうですよね。違う店も何件か被害があったみたいだし見つかったら捕まるんだから」
「しかし良くあんな奴のことなんか覚えてたな。あー顔はいい男だったから覚えてたんだろ」
「そ、そんなわけないじゃないですかっ。いくらカッコいい人でも無銭飲食するような人は嫌ですよ」
「どうだかなー?はヒソカとかクロロって奴とか顔のいい奴とばかり仲良くしてるし」
「人を顔で判断なんかしてません!カノイさんこそ、この前セクシーなお客さんにデレデレしてたクセに。こーんなに鼻の下が伸びてましたよ」
「あ?誰が鼻の下伸ばしてたって?」

いつもの調子を取り戻しがカノイをからかう。カノイもカノイで普段通りの調子で返した。そんなやり取りをしている間に、競り市場が見えてきてカノイはスピードを上げた。

「ほら見えてきたぞ」
「うわ、凄い人……。車止められるかな」
「あの近くに臨時の駐車場が出来てるはずだ。この時間ならギリギリ間に合う」
「あーだから早起きして行こうなんて言ったんですね」
「そういうこと。――とりあえず急ぐとするかな」

カノイはサングラスをかけなおし思い切りアクセルを踏み込んだ。


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