06-4:追憶の果てのブルー [ blue]




1.


「うわー。ホントに凄い人!こんな朝から来るんですねー」

競り市場に到着したはあまりの人の多さに唖然とした。あちこちでテントが張られ沢山の品物が並び、その前には大勢の人、人、人。さすがは最大級のお祭りだ、と感心する。

「掘り出し物とかも沢山あるからな。早めに探して値段をつけときたいんだよ」
「へえ。あ、ほんとだ。紙がいっぱい貼られてる」

近くの店を覗けば品物一つ一つに値段の書かれた紙が何枚も貼られている。

「この中で一番高い値段を付けた奴が買えるんだ。も何か気に入った品でもあればやってみろよ」
「わーやりたい!どれにしようかなあ」

は子供のようにはしゃいで色々な店を覗いて行く。カノイはその後を歩きながら、ふと先ほどのの様子を思い出していた。

(あれは見間違いとかじゃなく、誰か知ってる奴を見た時の反応だった。何故それを隠すんだ?)

あの時は話を合わせたカノイだったが、微妙な違和感を感じ己の能力での≪声≫を探ってみた。そこで気づいた――嘘。

(無銭飲食した奴がどうとか言ってたが明らかに嘘の"音"だった。オレに嘘をつかなきゃならない相手って誰だ?)

最近の様子がおかしいのも気づいていたカノイは多少心配になった。

がおかしくなったのは、あのクロロとかいう客が来るようになってから…。デートに誘ってはいたが普通の恋愛って感じでもない。)

そんなことをあれこれ考えていると、がある店で立ち止まり品物を眺めている。そして笑顔で振り向くとカノイに手招きをした。

「カノイさん!これ欲しがってたCDじゃないですか?」
「マジで?」

色々気になる事はあるがそのうち本人に直接確かめればいい。カノイはそう思いながらの方へと走って行った。





2.


「あー疲れた!ついでに腹減った」

あちこち歩いて2時間ほど経った頃、カノイのその一言で、ふたりは近くのオープンカフェへと入った。朝から何も食べずに来たので朝食兼昼食をとる。その間もは何度となく時計を確認していた。

「さっきから時計ばっか見て何だよ。約束でもあるのか?」
「え?あ、ううん。ほら値段つけた品物どうなったかなあと思って」
「決まるのは午後から夜にかけてだろ。まだまだ人が来るからな」

パスタを頬張りながらカノイも時計を見る。今はちょうど10時になるところだった。

「そっか。ならいいけど……」
「しっかし手あたり次第に値段つけてたけど、もし他に買い手が現れなかったらどうする気だ?全部持ちきれないだろ」

が選んだ品物は骨とう品や本。アンティークな小物だったりと幅広いが、中にはドレッサーだったりと大きな物もある。初めての競り市だからかは目についた物にすぐ値段をつけてしまったのだ。

「大丈夫ですよー。私以外にも結構頻繁に値段書き込んでる人がいたし。私はあの中の何個か買えればいいし」
「って誰がそれ運ぶか分かってる?」
「もしドレッサーを競り落とせたら送ってもらうんで大丈夫ですよ。あれトランクに入らないから」
「そうしてもらえると助かるよ」
「自分だって珍しいCDに値段つけまくってたじゃないですか」
「CDはどれだけ多くても手で持てるから平気なの。それよりあのジャポンのオーディオセットは絶対競り落としたいな」

カノイはそう言いながらケータイで映した写真を眺めている。ジャポンの電化製品は高性能でサウンドもすこぶる良いせいか、値段が高額で普通の店で買うのはかなり大変のようだ。しかしこの競り市では定価の半額以下からスタートされていてカノイも慌てて参加し値段を書きこんだのだ。

「どうでもいいですけどアレ、どこに置く気ですか?カノイさんの部屋にそんな場所ありませんけど」
「そんなの手に入れてから考えるって。まあ、いざとなれば物置に置いてるの荷物を寝室に移してくれれば何とかなる」
「……そ、そうですけど」

荷物を移す、と言われ一瞬ドキっとした。あの中の荷物は夕べのうちに片づけてあるのだ。いざクロロについて行くと決めた段階で困らないよう多少の整理もしてある。

(でもそうか。私がいなくなればカノイさんはまた自由に部屋を使えるし好きなCDだって買えるのよね…)

そんなことを考えながら時計を見る。約束の正午まであと1時間半ほどだ。その時、突然カノイの背後に誰かが立った気配がしては顔を上げた。

「凄い偶然!」
「あ、ミリヤさん」

カノイの肩をポンと叩き、隣に座ったのはピアノ担当のミリヤだった。

「おうミリヤ、どうしたんだ?一人か?」
「うん。バイトの帰りに通りがかったから競り市でも覗いて行こうと思って」
「バイトって、ああ。この近くのホテルの受付だっけ」
「そ。今は夜勤明け。誰かさんが気まぐれでしか店開けないし他で働かないと生活できないもの」
「……悪かったな。そういう店だって知ってて入ってきたの誰だよ」
「あれ?是非うちでピアノ弾いてくれって言ったの誰だっけ」

そういって笑いながらミリヤも何も食べていないと言うので一緒に食事をすることになった。

「で、今夜は開けるの?オーナーさん」
「ん~。どうすっかな。とりあえず夕方までは競売してっから…」
「どうせ歩き疲れて休むって言い出すんじゃない?」
「…あるかもな。もし手に入ったら早速使いたいものもあるし」

とカノイが笑う。それにはミリヤも苦笑しつつ、テーブルの上に身を乗り出した。

「じゃあ今日は私も一緒に回っていい?なら店を休みにしてもいいけど」
「お前、夜勤明けで疲れてんだろ」
「大丈夫よ、仮眠はとったし!――ね、いいでしょ?
「もちろんいいですよ」
「なら決まり!さっさと食べて早く店を見て回りましょ!」
「飯くらいゆっくり食わせろよ」

運ばれてきたサンドイッチにかぶりつくミリヤにカノイは文句を言いながらコーヒーを口に運ぶ。はハンバーガーを食べながらミリヤの嬉しそうな顔を見ていた。

(カノイさんに彼女が出来れば私も少しは安心なんだけどな…)

何となくそんなことを思う。ミリヤを見ているとカノイのことを本当に好きなようだし一緒にいると幸せそうに見えるのだ。

「――ぉいっ、!聞いてるか?」
「え?」

不意に名を呼ばれはハッとしながら顔を上げる。見ればカノイが訝しげな顔でを見ていた。

「何ボーっとしてんだよ。食ったなら行くぞ。値段が気になるし」
「…あ、うん。でも…私はまだ紅茶が残ってるしまだいようかな。ミリヤさんとふたりで見てきたら?」
「でもお前――」
「そうしようよ、カノイ。ケータイもあるし後で合流すればいいじゃない」
「まあ、そうだけどさ」

カノイはミリヤに腕を引かれながらも心配そうにを見る。

「ホントに行かないのか?」
「これ飲んだらすぐ行くし大丈夫。子供じゃないんだから」
「分かった。んじゃーオレはさっき回った店を巡ってくるから後で合流しろよ?」
「了解!」

は笑顔で頷くとふたりに軽く手を振った。ミリヤは嬉しそうにカノイの手を引いて人ごみの中へと消えていく。ミリヤの嬉しそうな顔を見ていたら何となくふたりきりにしてあげたくなったのだ。ふたりの姿が人ごみに消えるのを見送るとは軽く息をついて時計を見た。午前11時。――残り1時間。

(…迷いながらも、本当はクロロのところに行きたいんだろうな、私は)

時間ばかり気になる自分に内心苦笑しながら、は空を見上げた。今日は朝から晴天で少し暑いくらいの陽気だ。

(さっきのは絶対にウボーさんだった。一緒にいたのはシャルナークだったかも…)

あの日、優しくしてくれたふたりを思い出しながら自然と笑顔になる。不安げなを肩車してくれたウボォーギンや、それを笑って見ていた仲間たち。あの光景を思い出すたび胸の奥が小さな音を立てる。世間では恐ろしい盗賊集団と呼ばれていたとしても、にとってはあのおぞましい生活から救ってくれた掛けがえのない恩人なのだ。

(パクノダさんは元気かな…。クロロも会ってないから分からないって言ってたけど…)

優しくしてくれたパクノダの顔が頭をよぎる。優しく握ってくれた手の温もりは今でも覚えていた。会いたい――。素直にそう思った。正午の約束なら、もうこの近くにいるかもしれない。そう思うだけでいてもたってもいられなくなる。

(――行こう。やっぱり迷っていたら二度とみんなに会えない気がする…)

は支払いを済ませ人ごみを抜けると大通りへと出た。一瞬カノイに黙っていこうかとも思ったが姿が見えなくなれば心配するだろうと思い直してケータイに電話する。

「あ、カノイさん?」
『おう。カフェ出たのか?今どこだよ』
「あ、あのね。やっぱり私一人で回るからカノイさんはミリヤさんと一緒に回っててくれる?」
『はあ?何でだよ』
「ひとりでゆっくりと見て回りたいの。みんな見たいものが違うし一緒にあちこち付き合わせるより別々で回って後で合流した方が何かと楽でしょ?」

苦しい言い訳かと思ったが今はこれしか思いつかない。の言い分にカノイは『そう言われればそうだけど』と悩んでいるようだったが少しすると分かったよ、と渋々ながらも応えた。

『じゃあ一通り見終わったら電話しろよ?』
「うん、分かった。じゃあまた後で――」

ケータイを切るとはすぐにタクシーを拾った。せっかく連れてきてくれたのに申し訳ないと思いながらも気持ちばかりが焦る。タクシーで一度店まで戻ると、はそこから徒歩でアジトのある場所へと向かった。時計を見れば午前11時半を少し過ぎたところだ。地図の書かれたメモは置いてきてしまったが、大体の場所は記憶している。――急げば間に合う。は大通りから中道に入ると、アジトのある廃墟ビルへと向かって走り出していた。


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