懐かし × ノ × 面影
ウボォ―ギンはアジトを出て一番近い繁華街へと向かった。こういった大きな街では食べ物に困ることはない。15分ほど歩いた辺りでちょうどいいスーパーを見つけた。身体の大きなウボォ―ギンは目立つ。店内に足を踏み入れただけで中にいた客達の視線を独り占めしてしまった。しかしウボォ―ギンは気にすることなく、その大きな手で買い物カゴを持つと目につく食べ物を片っ端からカゴへ放り込んで行った。
「シャルが弁当って言ってたっけ」
ふと思い出し、ランチ用に作られたペンネや洒落たサンドイッチも入れていく。ついでに酒コーナーでは大好きなアルコールを手あたり次第にカゴへ放り込んだ。
「こんなもんかな」
これ以上は入らない。ウボォ―ギンはパンパンに食べ物と酒の詰まったカゴを見下ろし、満足そうな笑みを浮かべた。金を持っていないウボォ―ギンは当然レジカウンターへは向かわず、視界に入った"スタッフオンリー"と書かれたドアを開ける。だいたいの店はこの奥に裏口があるからだ。堂々と表から出てもいいが、そうなるとすぐに店員が集まって来る。ウボォ―ギンにしてみれば一般人など敵ではないが、クロロがこの街で大仕事をすると言うならば、なるべく目立たないに越したことはない。そう考えて裏口を見つけたウボォ―ギンはそこから外へと出た。しかしスタッフオンリーというからには中に当然スタッフが二人ほどいた。突然、スタッフでもない大男が商品を入れたカゴを持ち、裏口から出て行くのをただ黙って見ているはずもなく。普通に「おい、待て!」とウボォ―ギンを追いかけて来た。しかし店員が外に出た時には、あれほど目立っていたはずの大男は忽然と姿を消した。
「あれ…?どこ行きやがった…っ」
辺りをキョロキョロ見渡しても、それらしき人物がいない。まさに狐につままれたような顔で店内へと戻っていく。それをスーパーの屋根の上から見ていたウボォ―ギンはニヤリと笑みを浮かべると、素早くその場から立ち去った。
「ま、あのくらいなら大した騒ぎにもなんねーだろ」
店員よりも店内にいた大勢の客達に騒がれる方がよほど目立つのだ。
「あー腹減った…サッサと戻って食わねえと餓死すんな、こりゃ」
ソーセージをかじりながらボヤく。この場にシャルナークがいれば"ウボォーは一ヶ月食べなくても死なないよ"と突っ込まれるに違いない。元来た道を戻りながらウボォ―ギンは屋根伝いで移動することにした。そうすればスーパーのカゴを持っていることで目立つこともない。
「…ん?」
ソーセージを摘まみながらも身軽な動作で移動していたウボォ―ギンは、もうすぐアジトと言う辺りで下へ飛び降りた。人影が見えたからだ。すでに繁華街からは離れ、辺りは廃墟ビルしか建っていない。その間の道を走っている人間がいるのを見て、僅かに警戒した。この場所には何もなく、普通の人間ならば近づかないはずだ。なのにその人物は明らかに目的があるような走り方だった。
(…誰だ?)
団員ではない。団員なら目視しなくても気配で分かる。しかし目の前を走っている人物はウボォ―ギンの知らないオーラをかすかに放っていた。
(女だ…。歳は20代前半…何しにここへ?まあ…見た感じ戦闘能力は皆無といった感じだが…)
オーラを確認しても脅威になるような力は持っていないことが分かる。一見、普通の一般人のようだ。そんな人間がこの廃墟地区に何しに来たんだとウボォ―ギンは首を傾げる。
(どうする…?このまま見過ごすか…いや、でもアジトには団長とシャルがいる。顔は知られていなくても、こんな場所に潜んでいるところを見つかれば怪しまれるな…)
短い時間の中でそう結論付けたウボォ―ギンは絶を使いながら前を走る女の後を追いかけた。殺すとまでは考えていないが、あまり奥へ行かれても困る。脅すくらいなら大丈夫だろう、と思いながら一気に距離を詰めた。その時、僅かに動いた風で気づいたのか、前を走っていた女が走る足を緩めて振り向いた。
「……ッ?」
絶で近づいたはずが気配を悟られたことでウボォ―ギンも驚いた。慌てて立ち止まったものの、振り向いた女と目が合う。女はウボォ―ギンを見た瞬間、酷く驚いたようにその瞳を大きく見開いた。
「……ウ…ウボ―さん?」
「…あ?」
いきなり名前を呼ばれたことでギョっとした。ウボォーギンは警戒しつつも、目の前の女をマジマジと見つめる。見覚えのある顔だった。
オレはこの女を知っている――。
女は綺麗な顔立ちで、胸元まである長い髪がふわりと風に揺れている。その時――記憶の中の幼い面影と目の前の女が、ウボォ―ギンの中で完全に一致した。
「お、お前………か?」
女が頷く。その綺麗な瞳が涙で潤んでいた。
「マジかよ!久しぶりだな、おい!何でここにいるんだ?!」
ウボォーギンは思わずへ駆け寄り、その身体をひょいっと抱き上げた。
「わわ、ウボーさん?!」
奇しくもそれは以前にしてもらった"高い高い"と同じ。まさか20歳にもなってそんなことをされるとは思わず、は顔が赤くなった。だがの羞恥が大きくなる前にウボォ―ギンはすぐにを下ろしてくれた。相変わらず力持ちみたいだ、と苦笑が洩れる。
「大人になったなー!」
「そ、そりゃ…4年も経ってるし…」
まるで子供にするようにウボォ―ギンの大きな手に撫でられ、は恥ずかしそうに笑った。しかしウボォ―ギンはふと撫でていた手を止めると、指を顎にかけ「4年か…」と呟く。それは早いようでいて、長い年月のようにも感じる。
「色々話を聞きたいが…まずは団長のところへ行こうぜ。きっと喜ぶ!ああ、シャルもいるんだ」
「うん。あ、あの…クロロにはもう会ってるの」
「…はあ?いつだよ」
ウボォ―ギンは詳しいことを知らないらしい。そう感じたはクロロと再会した話や自分の今の仕事場を簡単に説明した。
「なるほどなあ…何だよ、団長ちゃっかりを探してたんだな」
ウボォ―ギンは感心したように言いながら「ってことなら尚更サッサと行くか!」と再びを抱きかかえる。それにはも驚いた。
「あ、あのウボーさん?!」
「お前の足に合わせて走るよりオレが担いだ方が速い。舌噛まねえように口閉じてろよ?」
「……え?」
とてつもなく嫌な予感がした。その瞬間、ウボォ―ギンは物凄い速さで跳躍し、一気に廃ビルの中を飛んだり駆けたりしていく。静かな廃墟にの悲鳴が響き渡った。