07:きみが囚われたフィルター [ filter]




仲間 × ト × 再会



が競り市で歩き回っていたのと同じ頃、クロロは先にアジトへ着いていた。先日のスーツ姿ではなく、今は素肌に黒のロングコートを羽織り、下ろしていた前髪は後ろへとなでつけ額の十字をさらしている。

(必要なものは全て揃ったな)

前に来た時よりも荒れ果てたビル内に足を踏み入れ、ゆっくりと見て回る。奥には先日盗んできた"必要な物"が置いてあった。瓦礫が散乱していて足場は悪いが、街の人間でもこの場所へは滅多に来ない。盗んだものを隠せるこの廃墟は盗賊のアジトにはピッタリの場所だった。時計を見れば午前10時過ぎ。全員が集まるのは正午なのだから、たっぷりと時間はある。クロロは一番奥の瓦礫の山に上り、安定した場所へと腰を下ろした。朝の静かな空気。クロロはこんな時間が何より好きだった。

(みんなが来る前に読んでしまうか)

手に持っていた本を開き、夕べ読んだページまでめくる。ある快楽殺人者の自分の犯行を書き記した日記が、逮捕後に表沙汰となり本になった物だ。犯行は残忍かつ非道なもので、この犯人は被害者をバラバラにした後でその肉を食べていたとされている。この本には犯人のイカレた犯行の感想が綴られていて普通の人間なら吐き気を催すような内容だった。しかしクロロは興味深げにそれを難なく読み進めていく。何故人を殺したくなるのか。何故その肉を引き裂き食したくなるのか。彼なりにタラタラと理由めいたものを書き記してあったようだが、結局本人にもよく分かっていないような印象をクロロは受けた。

――何故殺し、何故食すのか。この本のあとがきには取材した記者がタイトルと同じ疑問を投げかけている。バカらしいとクロロは思った。何故?答えは至極簡単。そうしたい・・・・・からだ。快楽殺人者はいちいち理由など考えない。

それがこの本を読んで自分と比べた時のクロロの感想だ。拷問や人殺しといったものにクロロは特に理由を見つけているわけではない。それは欲しいものを得る為の方法でしかない。ためらう事もなく、ただ殺す。相手を屈服させる楽しさもあれば、より強い者と戦う時の昂揚感も確かにある。
といって拷問好きで必要以上に相手をいたぶるフェイタンほどではないが――。
幻影旅団の一番の目的は盗むこと。殺しは二の次だ。

(まあウボーのように戦闘狂もいるにはいるけどな)

本を読みながらクロロはかすかに笑みを浮かべる。その時――静かな朝の静寂を壊すような大声が建物内に響いた。

「団長!!来てるんだろ?!どこだよ!」

あまりの反響に思わず顔をしかめ、クロロは本を閉じた。同時に入口から大きな体が姿を現す。

「お、ここにいたのか!」
「ウボーは静かに来れないのか」
「あーわりぃわりぃ」

呆れ顔で言うクロロにウボォーギンは笑いながら頭を掻いた。その後ろからもう一人が顔を出す。何ともせっかちな団員達だと、クロロは苦笑いを浮かべた。

「久しぶりー!団長」
「シャル。お前も一緒だったか。ふたりともずいぶん早いな。約束の時間は正午だっただろ」
「オレもそう言ったのにウボーが途中何があるか分かんないから早めに行くとかワケ分からないこと言うからさー」
「ワケ分かるだろうが!ギリギリにつく予定で出て、もし途中の飛行船で事故とかあったら遅刻するだろ!オレは遅刻は絶対にしない主義だ」
「あのね……たとえ飛行船が落ちたとしてもウボーだけは無傷だと思うけど?」
「オレは死ぬとか怪我する設定で話してんじゃねえっ。もし海のど真ん中に落下してみろ。泳いでヨークシンまで来るところだぜ?」
「……ね?意味不明な設定作ってワケ分からないでしょ」

シャルナークはうんざりしたように肩を竦めた。クロロはふたりのやり取りを聞きながら笑っていたが、再び本を開く。

「みんなが来るのはまだ先だ。ふたりとも休んでろ」
「休むほど疲れちゃいねーよ。で、団長。この街で何を盗る気だ?」
「それは全員集まったら話すさ」
「それもそうか。んじゃあオレはこの辺、散歩でもして来るぜ。ついでに腹減ったし何か盗ってくる」
「あ、ならオレに弁当盗ってきてよ。ウボーが急かすから朝食抜きだし」
「わーったよ!ってかお前も来ればいいだろが。店員操作して店中の食いもん盗れるしよ」
「オレはウボーと違って疲れてんの」
「チっ!やわな奴だな」

ウボォーギンは溜息交じりで肩を竦めると、そのまま外へと飛び出していく。その元気な姿に目を細めていたシャルナークだったが、ふと再び本を読みだしたクロロへ視線を向けた。

「そういえばの足取りは分かった?オレもハンターサイトであれこれ調べてたんだけど――」
はこの街にいる」
「えっ!!」

本から目を離さないままアッサリと応えたクロロにシャルナークは目を丸くした。頼まれたわけではないものの、シャルナークも個人的にを探していたので、すでに居場所が分かっていることに驚いた。

「この街って……じゃあ団長見つけたんだ!」
「ああ。まあオレが、というよりはヒソカが見つけて連絡してきた」
「ヒソカが?何であいつが?ヒソカはのこと知らないのに」

思ってもいなかった名前が出て、シャルナークが僅かに顔をしかめる。クロロは本をめくりながら僅かながらに首を傾げた。ヒソカがどういう理由でに興味を持ったのかは知らないが、あまりいい兆候とも思えない。

「さあな。何かしら興味があるような感じではあったが…理由は知らない」
「そっか。だからオレにあれこれ聞いてきたのか。で……がこの街にいたのは偶然?」
「まあ、そうだな」
「へえー。何かしら運命感じるね」

とシャルナークは一人頷いている。クロロはふと本から目を離し「運命、か」と独り言ちた。運命というなら皮肉なものだ。を迎えに行くと約束したあの夜。警察さえ来なければ、今頃はすでに旅団として行動を共にしていただろう。だが世界中を探し回っても見つけられなかったが、次の仕事と決めたこの街に住んでいたのは、やはり必然的なものを感じる。

「それではどこ?もう会いに行ったんでしょ」
「ああ。昨日はデートした」
「デート?!」

またもや素っ頓狂な声を出すシャルナークにクロロは苦笑いをこぼした。

は今、この近くのバーに住み込みで働いている。そこの雇い主に怪しまれず連れ出す為だ」
「な、なーんだ。びっくりした。ってか、どこ行ったの?」
「セメタリ―ビル。下見もかねてな」
「今度の仕事に関係してる場所なんだね」
「そういうことだ」

クロロはそう言いながら笑みを浮かべると「今度の仕事は大仕事になる」と奥の方を指さした。そこには今回の仕事で使う"必要な物"が置いてある。シャルナークは奥まで歩いて行くと、その大きな布を捲ってみた。

「うわ、これ何っ?団長」
「気球だ」
「気球?!すげ!これ団長一人で盗んで来たの?」
「かなり大変だった」

苦笑気味に言うクロロにシャルナークも一緒に笑う。相当な大きさで重量も当然ある。確かにクロロとはいえ、一人でこれを運ぶのは大変そうだ。クロロは大仕事をする時、いくつものシミュレーションをして前準備をしておく。予想外は常にあると頭に入れておかなければ、盗賊など出来ない。これもそのうちの一つといったとこだろう。

「久々の大仕事だし、ウボーじゃないけどオレもテンション上がって来たかも」
「全員での仕事は久しぶりだからな」
「で、も来るんだろ?もちろん」

シャルナークがワクワクしたように訊いて来る。しかしクロロは一瞬言葉をつまらせ「どうかな」とだけ応えておいた。――本音を言えば昔、約束した通り一緒に連れて行きたい。しかし今のはあの頃とは違う生活を送っている。あの平凡で平和な普通の暮らしをがしたいと言うのならクロロは無理に一緒に来いとは言えなかった。

(だが…もしオレ達と来ると決めたなら…もう遠慮はしない。旅団メンバーとして鍛えながらも、とことん甘やかして平凡な生活では見れないような夢を思う存分、見させてやる)

4年前、縋るようにクロロの手を握り返して来た少女の面影を思い出しながら、クロロはふと笑みを漏らした。あの時、迎えに行くと言った約束を果たせなかったことが、クロロの中に今も苦い思いとして残っている。

「え、は旅団に入るんじゃないの?約束しただろ」
「あの時と今のの状況は違う。だからに決めさせる。一緒に来るかどうかはな」
「…が今の生活を続けたいって言うかもしれないってこと?」
「そうだ」
「それでいいわけ?団長は」
「当人がそう言うのなら仕方ないだろ」

昔は例えが嫌がろうと傍に置いておこうと思っていた。の念能力にも興味があり、欲しくもあった。しかしと再会して、楽しそうに歌っている姿を見た時、あの歌声を聴いた時。クロロは何故かホっとした。死を受け入れながら生きていたあの頃の少女の面影はなく、笑顔の似合う女になっていたからかもしれない。それは少し寂しくもあった。自分の懐から何か大切なものが、零れ落ちたような感覚だった。

「団長らしくないなあ」

不意にシャルナークが笑った。

「…そうか?」
「欲しいものは奪う。オレ達そうやって今までやってきたじゃん」
「……」

あっけらかんと言い放ったシャルナークに、クロロもなるほど、と苦笑が洩れる。あまりに単純明快な答えではあるが、一理ある。ゴチャゴチャ考えたところで自分は何も聖人君子せいじんくんしではない。ただの盗賊なのだから――それでいい。

「まあ…小さな種は撒いてある」
「…種って?」
「それは秘密」

クロロが苦笑交じりで本を閉じると、シャルナークは「何だよー」と言いながら顔を覗き込んで来る。その時「団長…!!」というウボォ―ギンの賑やかな声が聞こえて来た。

だ!そこでとバッタリ会った!」

「「………」」

ウボォ―ギンの雄たけびを聞いたふたりが顔を見合わせ、同時に笑みを浮かべた。

「どうやら蕾くらいは咲いたようだな」

ふたりの方へ走って行くシャルナークを見ながら、クロロは静かに本を閉じた。


*NAME

◆感想などお待ちしております。レスはMEMOでさせて頂きます。(不要の方はお知らせ下さい)