禁断の果実―後編

禁断の果実⑵
※⚠性的描写あり


いつも抱き合うのはイルミの部屋だった。どうせ寝る時は一緒だ。昔から寝付けない夜は私がイルミのベッドに潜り込んでた。イルミの部屋がある屋敷は両親や弟達のいる邸宅とは別の敷地にあった。長男の特権なのか、イルミは10歳くらいでそこへ移った。当時の私はそれが寂しくて、よくイルミの部屋に忍び込んでは一緒に寝てもらってた。多分、お父さんもお母さんもイルミと寝てたことは知ってると思う。でも何も言われなかった。今も一緒に寝てるとは思っていないのかもしれないけれど。
あの日、いつものように、仕事を終えた私はイルミの屋敷へ向かって真っすぐイルミの部屋に行った。ここにも数人の執事が通っていたけど気にしたこともなく、幼い子頃から見ている彼らは私にとって風景と同じだ。

「…イルミ?」

軽くノックをしてからイルミの部屋のドアを開けた時、中には女の執事がいた。ベッドメイクをしていたらしい。イルミは不在だった。私を見て彼女の顏がサっと青くなったのを見逃さなかった。

「…イルミは?」
「は、はい。イルミ様はお仕事で昼頃お出かけに…そろそろお戻りになられると思います」
「そう…」
「では私はこれで」

執事は少し慌てたように私の横を通り過ぎようとした。彼女の手には取り替えた古い方のシーツが抱えられている。私は思わず彼女の腕を掴んだ。

「あ、あの……さま?」
「あなた…さっき何してたの?」
「……っ」

そう尋ねただけなのに、彼女の顔はさっき以上に青ざめていく。それを見ていたら私の見間違いじゃなかったんだと気づいて思わず彼女の手からシーツを奪いとった。

「もういいから下がって。あなたにはイルミの担当から外れてもらう」
「ま、待って下さい、さま…!私は別に何も――」
「何も?なら、どうしてイルミのシーツに顔を埋めていたの?頬なんか赤らめて」
「――ッ」

決定的な言葉を放つと、彼女の顏から更に血の気が引いた。ぶるぶると唇を震わせ、今にも倒れてしまうんじゃないかと思うほどに冷や汗が額に浮いている。彼女はきっとこれまでも同じようにしていたに違いない。決して叶うことのない想いをイルミに募らせ、浅ましくイルミの感じられるものをコッソリと愛でていた。私の中に嫉妬という感情がはっきり芽生えたのはこの時だったのかもしれない。
――私のイルミに近づかないで。勝手にイルミの物に触れないで。
強く、そう思ってしまった。その女にもそう告げた。
――今回だけは見逃してあげる。
本来、主に恋慕するなどゾルディック家では死に値する。でも腹は立ったものの、その執事を殺すことまでは考えていなかった。それはきっと、ほんの少し彼女の気持ちが理解出来たからかもしれない。愚かにも、私は同情してしまったのだ。叶わぬ想いに身を焦がしていた、あの執事に。そう、それで、終わるはずだった。なのに――その女は震えた唇で言ったのだ。

「わ、私がイルミさまをお慕いするのが罪なら……さまとイルミさまが…しておられる行為は禁忌です…っ」
「何のこと?」

思わず振り返ると、執事の女は涙のたまった瞳で私を睨みつけた。これまで執事にこんな目を向けられたことはない。ゾルディック家で主は絶対的な存在だ。逆らう人間などいないはずなのに、目の前の女は頬を赤く染め、充血した目で私に敵意を向けて来る。そして訳の分からない言葉を吐いた。

「家族と…血の繋がった兄と抱き合っているあなたは大きな罪を犯してると言ったんです…っ」
「…罪を犯してる…?私が?」
「世間では許されない行為です…近親相姦など…!」

その言葉の意味は知らない。けれど、私を責める女の顔は真剣で、胸がやけにざわついた。

「…そんなの知らない。早く出てって…私の気が変わらないうちに」
「…っ失礼します」

頭の中を整理する必要があった。執事が一礼して部屋を出て行く。扉の閉まる音を聞いて、私は何故かホっと息を吐いた。息苦しい。何か聞いてはいけないものを聞かされたようで、酷く落ち着かなかった。
――その日の夜遅くに、イルミは仕事から帰って来た。

「ごめん。遅くなった」
「…イルミ!」

部屋に入ってすぐベッドの方へ歩いて来たイルミに思い切り抱き着いた。ひとりで待っていた時間は孤独で、不安でたまらなかったのだ。イルミの首にしがみついてぎゅっと腕に力を入れた。イルミも私の腰に腕を回して強く抱きしめてくれる。その後に背中をポンポンとされた。もう子供じゃないのに。

「今夜はいつも以上に甘えん坊だね」
「寂しかったから…」
「ごめん」

イルミは少しだけ体を離して私の額に唇を押しあてた。この温もりが、私を安心させてくれる。

「シャワー浴びて来るからは先に寝てて」
「…待ってる」
「…そう?じゃあ、待ってて」

イルミは含みを帯びた笑みを残してバスルームへ消えた。静寂が戻ってひとりになると、また不安が押し寄せて来る。

"血の繋がった兄と抱き合っているあなたは大きな罪を犯してる"

執事に言われた言葉が頭から離れない。何を言われたのかも分からない。大切な人と抱き合って何が罪なの?そう言い返せば良かったのか。それともイルミに恋慕を抱いた罰でも与えれば良かったんだろうか。別に執事の一人を殺したところでお父さんもお母さんも怒ったりしない。彼女がしたことを告げればきっと「よくやった」と褒められるだろう。なのにそう出来なかったのは、イルミの部屋を血で汚したくなかったからだ。そう、それだけだ。

、寝ちゃった?」

ベッドに潜って鬱々としていたらイルミがバスルームから出て来た。バスローブのままベッドに潜り込んで、すぐに抱き寄せてくれる。

「ん…イルミ…髪乾かさないと…」
「いい、そんなの」

言いながらイルミは私に覆いかぶさった。バスローブがはだけて、逞しい胸元が私の視界に晒されると、すぐに頬が火照って来る。

「…ん、イル…」

性急なキスをされ、口内でイルミの舌が私のに絡みつく。同時に手が器用にボタンを外して下着を身につけていない肌が冷えた空気にさらされた。

「…ぁっ…」

首筋から下がっていく唇が胸の膨らみへ到達し、硬くなったところを舌先で舐られた。ちゅっと軽く吸われるだけで全身が疼いていく。最初の頃よりも体の反応が早く感じる。それはイルミも気づいていたのか「今日は特に敏感だね」と吐息と共に呟いた。

「…もう濡れてる」

するりと太腿へ滑らせた手が、すぐに敏感な場所へ辿り着く。すでに潤みを帯びたところを指が何度も往復していくたび、ジンジンと下腹の奥が熱くなって再び濡れるのが分かった。

可愛い。オレに触れられて感じてるんだ」
「ん…っイル…」

すっかり蕩けている場所にイルミの指が埋まっていくと、腰から背中にかけてぞくりとしたものが走る。中を解すように動く指が時々強く奥を突くたび、足のつま先まで震えて、快感の波が全身を襲う。イルミのくれる刺激は、とても甘い。甘すぎていつも溺れそうになるくらいの熱に包まれる。太腿を押し広げられ、濡れた場所にぬるりとした舌が這う。ゆっくりと蜜を舐めとられれば、自分の口から普段の声とは程遠い高い声が洩れた。執拗に舌と指で解された場所のもっと奥から、ズクリとした疼きが生まれる。膨らんだ突起を舌で弄びながら、根本まで埋められた指が私のいいところを探すように中でかき回され、同時に与えられる甘い刺激でどうにかなってしまいそうだった。内壁を擦られるたび腰が跳ねてしまう。呼吸もままならないくらい、次から次に快楽が襲ってきて、目の前が真っ白に弾けた瞬間、全身の力が抜けていく。

「ダメだよ、まだ寝ちゃ」
「…イル…」

体を起こしたイルミが再び私に覆いかぶさり、唇を塞ぐ。また快楽に溺れそうになった時、ふと執事に言われた言葉を思い出した。

"世間では許されない行為です…近親相姦など…!"

思わずイルミを抱く腕に力が入った。こうしていることが許されない行為だなんてあるんだろうか。大事な人と体を重ねることが罪になるはずがない。

「……こんな時に考えごと?」
「…え」

私の異変に気づいたのか、イルミが大きな目を僅かながら細めていた。慌てて首を振る。どうでもいい。あんな女の言うことなんて。

はオレのことだけ考えてなよ」
「…考えてるよ。今日だってずっとイルミのこと考えてた」
「そう?オレもだよ」

仄かに笑みを浮かべたイルミはとても綺麗だ。イルミには夜が似合う。漆黒の中で透き通るような白い肌が輝く、まるで宝石のようだ。

「…ん、ぁあ…っ」

熱く疼いたところへ硬いものがずぷりと埋められていく感触に肌が粟立ち、私は喉をのけぞらせた。イルミを受け入れた場所がたまらなく熱い。イルミは余裕がないように性急に腰を打ち付けてくる。繋がってるところから卑猥な音が洩れ、恥ずかしいのにそれ以上の快感が私を包んでいった。たまらずイルミにしがみついて、汗ばんだ肌に口付けた。

「…イル…ミ、大好…き…っ」
「…煽るなよ、。止まらなくなる」

イルミの口から切なげに洩れた吐息で、私の身も心も疼いていく。こんなにも繋がっているのに。元々ふたりで一つだったのかと思うくらい、ピタリと合うのに。この感情が罪になるなんて、そんなはずがない。、と囁くイルミの切羽詰まったような声が、闇にかき消されていく。私もイルミも溺れそうなほどに、互いの熱を貪っていた。
だから、気づかなかった。あの執事が部屋に潜ませた、隠しカメラがあることに。

次の日の夜、私に食ってかかって来た元イルミの担当の執事が、姿を消した。もう一度、きちんと話を聞こうと思って探していた私に、ゴトーが言ったのだ。

「彼女は重大な違反をしたとのことで、イルミ様に処刑されました」

それを聞いた時、ざわりとしたものが胸に走った。重大な違反。それは私と関係あるものなのか、それともイルミに関係することなのか。とにかく胸の奥がざわざわと音を立てた。何かに追い立てられるように自分の部屋へ戻って、これまで怖くて調べることの出来なかった言葉をパソコンに打ち込んだ。

"近親相姦"

それは禁忌なのだと、そこで初めて自分の罪に気づいた。あの執事が言っていたことは、真実だった。何故、ダメなのか理解をする前に涙が溢れた。一番大切な存在なのに、一番触れてはいけない人だった。それが、酷く悲しかった。
その日の夜、イルミを問いただした。どうして彼女を殺したのか、と。瞬間、イルミのオーラが濃くなった。ざわりと鳥肌が立つほどに。私の前で、イルミはいつもとは違う反応を見せた。

「あの女はオレの部屋を盗撮してた。だから殺したんだ」
「…本当に…それだけ?」
「他に何があるっていうのさ」
「そこに映ってたんでしょ…?私とイルミのこと…」

私の問いに、イルミは応えなかった。その反応を見て、私は初めてイルミが知っていたことを知った。そう、イルミは知っていたのだ。私との関係は、侵してはいけない領域だったことを。

「何で…言ってくれなかったの…!」
「別にいちいち説明する必要ある?オレはが大事で、もオレが大事。それだけで十分だろ」
「許されることじゃない…」
「誰に許してもらいたいの」
「イルミ…っ」

泣いて責めたところで何も変わらない。受け入れたのは私で、今もイルミが大切なのは変わらない。なのに、何でこんなに悲しいのか。

「もう…私の部屋には来ないで。私も行かない…」

そう告げて私はイルミから離れようとした。でもその後もイルミは何一つ変わらなかった。同じように愛を囁き、私を求めて来る。でも私は妹という立場で接し続けた。
そして――あの夜、イルミが遂に針で私を操ろうとした。いくらイルミでも心を操られたくはない。だから、逃げた。イルミの想いから。自分の想いから。逃げることでしか、イルミへの想いを断ち切れない。そう思ったから。

「…イルミのバカ」

零れ落ちた言葉は、シャワーの水と共に流れて消えた。




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