流星街の人間は殆どが孤児だった。その中でも家族がいるのは流星街の住民同士で結婚した人間くらいだ。の祖父ナキも、流星街の中では数少ない家族を持った人間だった。そこで生まれたの両親もまた等しく。は生まれた時から流星街に住み、成長するにつれ、そこでのルールを学んだ。学校はなくとも周りには同じ歳くらいの子供たちが大勢いる。遊び相手には困らなかった。その遊び相手の中にひときわ目立つ少年がいた。端正な顔立ちのその少年は、いつも数人の仲間を引きつれては瓦礫の中の物を拾い集めていた。も何度かその遊びにつき合ったことがあるが、外世界の物は不思議なものばかりで、好奇心がそそられた。
「これはどこから来たんだろう」
「外側の世界からでしょ」
ボロボロの本を手にした少年の独り言に、つい応えると「は大雑把だな」と笑われた。
「外のどこでこれが生まれて、何故ここに辿り着いたのか気にならないのか?」
「そりゃ気になるけど…」
確かにここに捨てられたものたちは何故こんな末路を辿るはめになったのか、気にならないわけじゃない。けれども、この砂に囲まれた雑多な街が、の全てであり、落ちている物を見てそのルーツを知りたいとは考えたことがなかった。物心ついた時から周りにあるゴミ達は当たり前にある物として育って来たからかもしれない。
「オレはいつかここを出て外に行く。欲しい物を全て手に入れる為に」
「…クロロは何が欲しいの?」
遠い場所を真っすぐ見つめる少年に尋ねながら、も一緒になって街の外側を見る。吹きつける風に砂が舞い上がり、遠くなど全く見えない。しかし、あの砂嵐の向こう側に、まだ自分の知らない世界がある。
「全てさ。オレが欲しいと思った物、全て手に入れる」
どこか誇らしげに微笑む少年の瞳は、期待と好奇心に溢れているように見えた。
「その時はも連れてってやる」
「ほんと?」
「ああ」
「約束ね」
には少年ほど外の世界に興味があったわけではない。ただ遊び気分で約束をした。子供同士の他愛もない約束だった。しかし、その約束が果たされる前に、は流星街を出ることになった。
"お父さん!お母さん!"
目の前で肉塊になった両親を視界に捉えながら、は外の世界に来てしまったことを、酷く後悔した――。
祖父のナキはとある民族の生き残りで放浪癖のある人だった。流星街に流れついた後も、しょっちゅう外の世界へ出かけて行っては数年ほど戻らない。しかし旅先で知り合ったというゼノ・ゾルディックと親しくなり、誘われるままゾルディック家のある国へ家族を連れて移り住むことにしたのは、娘夫婦の為だった。孫も生まれ、すくすくと成長していく姿を見ているうちに、もっとまともな環境で生活を立て直したいと思うようになったのだ。そこでパドキアに自身の力を生かした店を出すことにした。ただ放浪癖はなかなか直らない。数年もするとナキは娘夫婦に全てを任せ、再びどこかへ出かけて行った。娘夫婦――の両親が殺されたのは、ナキが家を出てから半年後のことだった。
「…夢…」
両親を呼びながら飛び起きたは、深い息を吐くと額の汗を拭った。久しぶりに"あの日"の夢を見た気がした。
「何で…」
無意識に呟いた時、脳裏に浮かんだのは闇をまとった男の顏。
ふらりと現れた暗殺者――イルミ・ゾルディック。店の主と客。たったそれだけの話だったのだが、過去へ飛ばした後で再びの前に姿を現したのは夕べのことだ。
あんな客はイルミだけだった。
「で、誰を殺すの?」
「え…?」
「どこのどいつで今いる場所を教えてくれたら、すぐにでもオレが殺してあげる」
一歩、一歩ゆっくりと近づいて来るイルミを見て、ゾクリとしたものがの背筋を走った。人を殺すと言う話をしていてもイルミの表情は何の変化もない。まるで世間話でもしているかのようだ。しかし、それは当たり前か、と内心思う。悪名高い暗殺一家の長男で、ゼノ曰く極めて優秀という話だ。人をその手にかけることなど、彼にとっては道を歩いているアリを踏み潰すのと同程度のことなのだろう。
「あ、あの…どうなさったんですか?こんな時間に…」
イルミの言葉には応えず、気になったことを先に聞いた。自分のことを覚えているということは無事に彼も過去へ戻れたのだろう。だが何をしに戻って来たのかが分からず、は少しだけ警戒していた。いくらゼノの孫とは言っても聞いていた性格を考えれば、家族の知り合いとて攻撃対象にならないとは言い切れない。
「もしかして…私、ミスでも…」
今まで失敗したことはないが絶対ないとも言い切れない。この力は念ではなく祖父の一族だけが持つと言う、いわば特殊能力。そこに念能力が合わさり、初めて時空を超える力を使える極めて繊細でコントロールの難しい力だ。もしかしたら多少のタイムラグでも発生し、イルミの願いは叶わなかったんだろうか、とは心配になった。
(まさかそれで報復に来たんじゃ…)
がそんな心配をしてしまうほど、ここにイルミがいるのは彼女の中であり得ないことだった。だがイルミは「まさか。はミスなんてしてないよ」とあっさり言った。
「むしろオレの望む時間に戻って仕事も無事に終わった」
「そ…そう、ですか。なら良かったです」
はホっと息をつき、なら何故彼はここへ来たんだろうと疑問に思う。その空気をイルミも感じたのか「ああ」と抑揚のない声を上げた。
「正直、過去に戻れたことにかなり驚いた。おかげでやり直すことが出来たし、君に直接お礼を言いたくてね。でも来たら物騒な独り言が聞こえたからさ」
つらつらと自分が戻って来た理由を話しているが、イルミの表情は一切変わらない。
「それで…は誰を殺したいの」
「え…」
またふり出しへ戻るかのように話が戻ってしまい、は言葉を詰まらせた。個人的な話を会ったばかりのイルミに話すのはやはり躊躇われる。それに彼にとって暗殺は仕事なのだ。親の仇を仕事と称してさっくり殺されても何となく気が収まらない気がした。
「い、いえ。そんな物騒なことは考えておりません。さっきのは…行きつけのバーで聞いた最近この辺で起きた事件の話です」
咄嗟に思いついたことを口にする。ついでに店の主としての態度も崩さない。これで納得して欲しいと思いながら、も笑み浮かべたまま、イルミを見つめた。
「そう…」
イルミの表情にはやはり変化は見られず、軽く頷いただけだった。何とか誤魔化せたかと、も内心ほっとする。それにこの辺で起きた殺人事件というのは嘘ではない。最近頻繁に通り魔事件が発生しているのだ。10代の若い少女ばかりを狙ったもので、実際に先ほどいたバーでも常連客の話題はもっぱらその話だった。
「そう言えば執事の誰かが騒いでたな。確か狙うのは女ばかりで遺体はバラバラにされてたって。解体屋ジョネスの再来かって盛り上がってた」
「そ…そうなんですか…(盛り上がってた…?)」
暗殺一家とはいえ、この国の人達からは名門ゾルディック家と慕われているし、執事がいるのもあの大きな山の上のお屋敷を見れば頷ける。それにしても執事が殺人事件の話で盛り上がるとはさすが、伊達に暗殺一家の面倒を見てないなとは内心苦笑した。
「も気をつけてね。こんな時間に出歩くのは危険だよ」
ふとイルミがを見下ろした。綺麗な黒髪が、さらりと肩から滑り落ちる。まさか暗殺者からそんな言葉をかけられるとは思わない。は苦笑しながら首を振った。
「私は大丈夫です。狙われるのはまだ10代の女の子。私は23ですから」
「分かんないだろ?殺人鬼の考えてることなんて」
「はあ…」
暗殺者でも殺人鬼の考えてることは分からないんだ、との頭に小さな疑問が浮かんだが、やはりそれを口に出すのはやめておいた。
「気をつけておくのに越したことはないよ。じゃあ…」
イルミはそう言って帰って行った。「また、来るよ」という言葉を残して――。
「変な人…だったな」
そう、変な男だ。話に聞いていた以上に――。
イルミの祖父ゼノはこの店の裏メニューを何度か注文しに来たことがあり、の祖父のナキとも仲がいいので時々は一緒にお茶を飲んだりもする仲だった。その時に出るのはゼノの孫の話が多い。それは老人の世間話にありがちな単なる孫への愚痴とも取れる他愛もない内容だ。その中でも長男のイルミのことはゼノも「よぉ分からん」と話していた。暗殺者としては極めて優秀。弟の面倒もよく見ているし可愛がってもいるが、その愛情は酷く歪んでいる、とゼノは笑いながら話していた。特に三番目の弟はゾルディック家の中でも特別秀でた才能があるそうで、イルミはその弟が幼い頃から目をかけ、一般人には理解できないやり方で熱心に教育しているという。どんな教育をしているのかと尋ねたが、「が聞いたら腰を抜かす」とゼノは教えてくれなかった。しかし、一言――。
「ありゃブラコンじゃな」
ゼノは苦笑交じりにそう話していたのを思い出す。
「元々イルミは家族以外の人間にあまり興味がない子じゃった。だがキルア…ああ、三男坊じゃが、キルアが生まれてからは特にその愛情は全てキルアに向けられている。キルアはいい迷惑だろうがの」
ゼノの話を聞きながら、暗殺一家のエリートも大変なんだと思ったものだった。初めてイルミと顔を合わせてゼノの話になった時、つい弟の話を口にしてしまいそうになったが、咄嗟に誤魔化しておいて正解だったかもしれない。実際にイルミと会ってみて、ゼノの話以上にヤバい男だと感じたのだ。ゼノは家族以外の他人がイルミの興味の対象から外れると言っていたが、に対して何等かの興味を持ったのは明らかだった。お礼を言いに来たと言っていたが、わざわざ仕事帰りに来たのもおかしい。他人に興味のない人がすることじゃない。
(私の能力に興味があるのか…。それともゼノ様と親しくしている他人が気に入らないのか…どっちにしろ気をつけて接しなくちゃ…)
それにしても、とは首を傾げた。
「オレが殺してやろうかなんて…何であんなこと言ってきたんだろ」
確かに暗殺者としてエリートのイルミが手伝ってくれるなら、あの仇を殺すのは赤子の手をひねるより簡単だろう。ふとクロロから聞いた話を思い出し、はどうしたものかと溜息をつく。ああは言ってもクロロはアテに出来ない。念能力を封じられていては念能力者相手に戦うのはどうしたって危険が伴う。いくらクロロが化け物並みに強くても生身の身体で念攻撃を受ければただでは済まない。
「出来ればウボー辺りに頼みたかったんだけど…どこにいるんだろ。クロロに聞いておけば良かったな…」
旅団のウボォーギンも当然幼馴染だ。先ほどそのことで相談だけでもしてみようと電話をかけてみたが出る気配はなかった。
「仕方ない…明日はシャルかフィンクス辺りに電話してみよう…」
と言って、団長のクロロがあんなことになっている今、旅団メンバーも呑気にしてはいないだろう。すでにヨークシンから離れていることも考えられる。
「徐念師か…私も探してやるか…」
見つかったら借金に上乗せしなくちゃ、と何とも商売人らしいことを考えながら、は再び布団に潜り込んだ。
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イルミは短い時より長い髪の方が似合いますね笑