15刻-あなたと微睡む



寝起きからこれほど仰天したのは初めてかもしれない。パドキアを出発してから続いていた寝不足と緊張のせいか。爆睡していたが目覚めた時、隣には密着したように眠るイルミがいた。これは夢?と思うほど混乱したものの、互いにしっかり服は着ている。別に何をされたわけでもないと気づきホっとしたのもつかの間。

「おはよう、

何とも寝起きがいい人だと感心するほど普段のテンションでイルミが言った。

「お……はよう…御座います」

つい挨拶を返してしまったは、それでも何となくかけていたブランケットを自分の方へ引き寄せた。イルミの自分を見る目が、どことなく前とは違う気がしたのだ。優しい。そう、一言で言ってしまえばそんな感じだ。前も冷たいというわけではなかったけれど、今朝のイルミはそれにも増して穏やかでいて柔らかい眼差しをに向けていた。

「え、えっと…すみません…私、寝ちゃったみたいで…」
「何で謝るの。も疲れてただろ。まだ寝てもいいよ」
「え、あの…」

何気に距離を取ろうと少しずつ体を離していたのに、イルミは一気にその距離を縮めての体を抱き寄せて来た。強引にされていたら驚いて騒いだだろう。でもイルミはふわりと壊れ物を包むかのようにの体を自分の腕の中へ納めた。

「もう少し寝よう。まだ暗い」
「…は…はい。でも…くっつきすぎでは…」
「この方がよく眠れる気がするし…ダメ?」
「……」

ダメかと聞かれたらダメとは言いにくくなってしまった。けれども、イルミは突然キスを仕掛けて来たという前科があるだけに、は警戒心から少しばかり体を硬くした。その緊張感が腕から伝わったのか、一度目を瞑ったイルミが再び目を開けた。

「ああ、心配しなくても変なことはしないよ」
「え?あ、いえ…その…はい…」

自分の考えていることを見透かされた気がして、は少しばかり焦った。イルミは自分が以前にキスをしたことは知らない。が時を戻してしまったからだ。でも空気的にあの時と似ている気がして、何もしないと言われたものの、その言葉を鵜呑みには出来ないとあれこれ考えた結果、はやはり離れて寝ようとイルミへ声をかけようとした。

「え…」

顔を動かし仰ぎ見ると、そこには気持ち良さそうに眠るイルミの寝顔。良く聞けば小さな寝息まで聞こえて、は呆気に取られた。

「寝てる…」

警戒してたことがバカらしくなるくらいあっさりと眠ったイルミを見て、襲われるかも、と心配していた自分が恥ずかしくなった。

「イルミも疲れたのかな…」

パドキアを出てからは殺し屋を探す作業や、見つけたあともそれなりに対処をし、全てひとりで考え行動していたはずだ。一つの仕事が終わって今はほんのひと時、警戒を解く時間なのかもしれない。

「…綺麗な寝顔」

イルミが無防備に眠る姿は、名高い暗殺者にはとても見えない。普段はあまり感情を表に出すタイプではないから時々怖くも見えたりしていたが、こうして見ていると年相応の青年に見える。それもとびきり極上の美しい男だ。そのイルミに包まれるようにして寝ている現実に気づいた途端、の鼓動が次第に速くなっていく。しかしそれは先ほどの緊張とは違う、穏やかなときめきにも似た旋律だ。

(暖かい…何かホっとする)

人の体温は何故にこうも安心するのか。こんな風に抱きしめられながら眠るのは随分と久しぶりだ。どこか懐かしいと感じた。

(前にも…こんな風に誰かと一緒に眠ってたっけ…あれは…クロロ?)

ふと頭に浮かんだ幼馴染の元カレの顏。でも少しばかり違う気がした。この懐かしさはもっと幼い頃の記憶。とうに忘れ去っていた過去の中の埋もれた記憶のような気がした。

(子供の頃…こんな風に誰かとくっついて…眠ったような…あれは…誰…?)

そんなことを考えていたら再び睡魔が襲って来て、心地いい体温に包まれながら微睡む。
が幼い頃のことを思い出すのは、もう少し先のお話。