「今夜、と一緒に寝てもいいですか?」
真夜中、部屋に来るなり唐突にそう言った世界的に有名な名探偵の顔を、私はマジマジと見つめてしまった。
いつもは自信たっぷりの強気の眼差しも、今はどこか憔悴しきっている。
こういう顔をしている時の彼を見るのは久しぶりだ。
今の彼は名探偵というよりも、私が昔から知っている"L"という、ただの男に他ならない。
「…いいよ」
そう言って布団を捲る。
いい大人なのに、子供のような顔で私の隣に潜り込んできたLも、こんな真夜中に女性の部屋を尋ねて来た男をすんなり受け入れる私も、どうかしてる。
さっきまで私一人の体温しかなかった、少し冷たいベッドも、Lが潜り込んだ事で一気に温まった気がした。
「久しぶりだね。Lとこうして寝るの」
「…迷惑でしたか?」
律儀にも少し私から距離をとっていたLが、ふと私の方に顔を向けた。
女性のベッドに潜り込んでくるくらい大胆なクセに、どこか遠慮がちに距離を取るLが少しおかしかった。
「ううん。このベッド、一人じゃちょっと広すぎるし」
「なら良かったです」
ホっとしたように笑みを浮かべるその顔は、世界で評されている"名探偵"の面影はない。
幼い頃から知っている、寂しがり屋な一人の男の子だ。
最近はなかったけれど、子供の頃はよくこうして私のベッドに潜り込んできた。
でもそれはLがどうしようもなく寂しい時。
天才と言われ、あらゆる勉学を学んだLは、ハウス皆の憧れだった。そんなLが、私にだけ見せる素顔。それがたまらなく愛しく思う時がある。あれから何年経ったんだろう。
ハウスを出てからも、こうしてLのパートナーとして隣にいられる事は、私にとって幸せなことだ。私の世界は、全てLで染まっている。埋め尽くされている。
男と女というよりも、真のパートナーとして深いところで繋がっている。
「もう少し…傍に行ってもいいですか?」
どこか遠慮がちに呟いたLの声。
僅かに跳ねた鼓動を見抜かれないよう、「寒いの?」と尋ねる。
薄暗い部屋の中、男と女が一つのベッドに寝ている。
そんな事が今更ながらに、少しの羞恥心を煽った。
「いえ…に触れたくなりました。ダメ…ですか?」
Lはまるで欲しい物をねだる子供のような顔で、私を見つめてきた。
その顔は遠い昔、一度見たことがある。
一緒に過ごしてきた長い年月、互いに触れ合うことなどなかったけれど。
一度だけLが私に触れた日の夜の事を、こんな時に思い出していた。
「ダメじゃ…ないけど…」
「では…傍にいきますよ?」
いちいち確認するLに、私は頷く事しか出来なかった。
モゾモゾと動いた気配がして、不意に体温が近くなる。
頬にLの髪が触れ、また小さく鼓動が跳ねた。
「…」
「…何?」
「こっち、向いてください」
すぐ近くで聞こえる声。Lは私の方に体を向けているようだ。と言う事は、私が彼の方を向けば、互いの顔が更に近くなる。それはまるで、あの夜のよう。
なかなか動かない私に痺れを切らしたのか、Lは強引な手段に出てきた。
私のお腹に腕を伸ばし、そのまま背中へと移動させると、力いっぱい自分の方へ引き寄せる。
唐突に視界に映ったLの顔に、また過去の記憶が蘇った。
(何もかも…あの夜と同じ)
Lが固まったままの私の前髪を、そっと指ではらう。
次の行動は、鮮やかに蘇った記憶のせいで、手に取るように分かる。
露になった額に優しく触れる唇。その柔らかな感触に、頬が熱くなった。
「…覚えてますか?こうしてに触れた日のこと」
「……二人でハウスを出て行く前の日だったよね」
明日から外の世界で生きる。そんな時、Lがいつものように私の部屋へとやって来た。
一緒に寝てもいいですか、と言われ、私はそれを受け入れて。でもいつもと違ったのは…
「…あの日と同じ…はあったかいです」
「Lもあったかいよ…」
背中に回ったLの腕に、ほんの少し力が入る。
更に体が密着して互いの吐息が、また近くなった。
あの時は子供だったけど、今は違う。
私もLも大人で、男と女で、その違いが、鼓動を早くしていく。
これ以上、Lが傍にきたら、きっと私の理性なんてあっけなく崩れ去ってしまうに違いない。
「…明日から日本だね」
いつもよりずっと早い心拍数を誤魔化す為に、そんな事を口にする。
今のこの世の中は狂っていて。そのいい見本がキラだった。
正義を気取った殺人鬼は、当然のようにLの興味を引いた。
Lが興味を持ったのなら、私は全身全霊で彼をサポートしなければならない。
そのスタートが日本へ行くこと。
「怖いですか?」
「ううん。Lがいるもの」
Lが本気になれば、どんな事件もたちまち解決してしまう。そういう結末になっている。
まるでラストシーンが決まっているドラマや映画のように、それだけは確かなこと。
Lは私を見つめながら、そうですか、と小さく呟いた。
どこか弱気な瞳を見せる今のLは、私だけが知っているLだ。
「…私は怖いですよ。ほんの少しですけど」
「うん。知ってる」
「そうですか」
得体の知れない殺人鬼を恐れない人間などいない。
それに立ち向かう勇気が欲しいなら、私があげる。
Lはどこか安堵の表情を浮かべると、私を強く抱きしめた。
彼の本音は私だけが知っていればいい。Lもきっとそう思っている。
どうしようもなく寂しい時、不安になった時、こうして求めてくれたら、私は何だってする。
「もっと…近くに来て下さい」
「これ以上いけないよ」
「これますよ」
Lの胸に顔を押し付けるような体勢で、これ以上どう近づけばいいんだろう。そんな事を思っていると、不意に膝を割って、私の両脚の間にLの足が入り込んだ。
腰を抱き寄せられ、下半身が更に密着する感触に、全身の神経が敏感になる。
「ほら、こうすれば」
「う、うん」
子供の頃、よくこうしてくっつきながら眠った事は何度もある。それは兄と妹のような関係。だけど今の私達は子供じゃない。血の繋がらない、大人の男と女だ。
その証拠に、太腿に当たる異物感はLが私の知る"男の子"ではなくなり、"男"へと変化した事を示している。
「すみません。私も男ですので」
「う、うん」
男の人の生理現象くらい、知っている。
いちいち説明してくる律儀なLに、内心吹き出しそうになった。顔を押し付けているLの胸元からは、私と同じくらいの速さで打っている鼓動の音がする。
Lの臭い。鼓動の音。自分以外の体温。その全てが頬の熱を上げていく。
「…」
「ん?」
「キス、しましょうか」
私の答えはあの夜と同じ。そんなものは決まっている。
「…うん」
一気に加速する鼓動。Lの吐息。ボーダーラインを超える事は容易いくらいの、熱。
Lの細い指先が私の顎を捉え、上を向かせるのと同時に一度だけ触れたことのある唇が、私のそれと重なった。
何もかも、あの夜と同じ。
他人の唇の柔らかさを知ったのはあの夜、Lから齎された甘い口付け。
ただ、あの夜と違うのは、少しづつ深く交わる、互いの吐息。
「…舌、挿れてもいいですか?」
「き、聞かないで、そんなこと」
濡れた私の唇を、指でなぞりながら囁くように確かめてくる。
恥ずかしくて目を伏せる私を見て、Lは辛そうな表情で呟いた。
「…確認せずにそんな事をして、嫌われたくないですから」
でも我慢も、もう限界なんです、と、子供のような顔で囁くと、Lは言葉どおり、余裕のない顔で唇を塞いできた。
だけど、余裕がないのは私も同じ。我慢の限界なんて、とうに超えている。
侵入してくるLの舌が、どこか遠慮がちに私の舌を突付くように動く。それでも初めての行為に恥ずかしさを覚え、逃げ惑う私の舌を、Lは甘く拘束する。
向かい合っていたはずが、気づけば私の上にLが覆いかぶさっていて。私の口内を余すとこなく舐め上げる。そんな卑猥な口付けを、受けていた。
「…もう我慢しないでもいいですか」
長い長いキスの後、乱れた吐息の合間にLが呟いた。
不安と焦燥、そんな表情をしていたはずが、今は欲情している一人の男の顔になっている。
「…いいよ」
「…何度でもに触れたいです」
「いいよ…」
「本当にいいんですか?私、もう我慢はしませんよ」
「うん」
二人の間にもう距離はない。ただの男と女になりたかった。こんな混沌とした世界で、唯一信じられる存在を受け入れる理由なんて、簡単でいい。
寂しいから、不安だから、とそんな曖昧なもので十分だ。
幼い頃から、Lだけが私にとって、男の人だった――。
触れるだけの優しいキス。啄ばむような甘いキス。奪うような激しいキス。
それらを何度も繰り返し、Lは私の熱を上げていく。
「…こんなことしてたら寝不足のまま日本入りだよ…」
「いいんです。こういう事がしたかったんですから」
求められる恥ずかしさに言った私に、Lはやっぱり余裕のない顔で答えた。
「――あの夜、出来なかった事をしましょう」
大人の顔でそんな事を囁くと、Lは私の体を拘束しながら、舌を何度も絡ませる。
今日までの時間を埋めるようにLの唇が私を求める。
そして私も、きっとそれを望んでいた。
服の中へ撫でるように優しく侵入してくるLの手に、心がざわついて。
触れられた場所、全てに熱を持っていく。
深いキスを繰り返しながら、胸の膨らみを包み、揉みしだく。
壊れ物を扱うような優しい動きに、私の呼吸も乱れ始めて。
いつもはキーを叩いているLの長い指が、太腿へと滑り落ちた。
「…ん、ん」
「…」
耳元でLの声がする。たっぷりと受けた口付けで全身の力が抜けて、その余裕のない声を朦朧としたまま聞いていた。
その間もLの細くて長い指が太腿を這い回り、自分でも触れたことのない場所へと吸い込まれていく。
「…直接、触りますよ?」
一瞬で体中の熱が上がるような台詞を囁き、返事も待たずにそこへ触れられた。全身に電気が走り、息を吸い込んだ私の喉から、音にならない音が漏れる。
同時に唇は塞がれ、僅かな抵抗の声すらLに飲み込まれていった。
「んん、」
そこを優しく愛撫してくるLの指先に応えるように、身体中の蜜がその場所から溢れ出していく気がした。
何度も擦られるたび、Lの呼吸も、私の呼吸も一つになって乱れていく。すでにどちらのものとも分からない汗が、シーツを濡らして行った。
限りない欲情をぶつけられ、それに身体が反応していく。男と女の行きつく先はこれでいい。これは互いを求め合う者同士の行為なのだ。
「…のここ、凄く濡れてきましたよ」
「…や…言わないでよ」
何度も行き来する指先にビクビクと身体を揺らしながら、それでも恥ずかしさだけは消せない。
羞恥で頬を染める私を見て、Lは恥ずかしいんですか、と嬉しそうな笑みを零した。
その笑顔を視界の端で捉えながら、いつからこんな顔をするようになったんだろう、と頭の隅で考える。
世界の名探偵も、ただの男でしかないのだから、そんな答えなど子供にでも分かるのに。
「…指、挿れますよ?」
艶のある声に囁かれ、全身が反応する。僅かな恐怖を感じる間もなく、熱くなった場所にLの指が挿入された。
それまでの愛撫で潤った場所は、すんなりとそれを受け入れる。それでも多少の異物感があり、小さく声が跳ねた。
、と吐息交じりの声で名を呼ばれ、深い口付けを受ける。その間もLの指が繊細な動きで私を翻弄した。
呼吸が苦しくて、Lから齎される愛撫に意識が朦朧とする。この行為がこれほど苦しくて愛しいものだとは知らなかった。
Lはキスの合間に私の名を呼び、行為に夢中になっていた。そのうち動く指の先が卑猥な音を立てはじめ、私の呼吸を更に乱していく。
散々弄ばれた場所は、すでに十分なほど濡れていて、痛みもいつの間にか引いていた。
「…」
「…ん、」
「…愛してます」
――ずっと前から、愛してました。
Lが私の中へ入ってくる瞬間、初めてその言葉を口にした。
私も、と言う余裕などなく、Lに貫かれた痛みに耐えるだけで精一杯で。
腰を動かされるたび、悲鳴にも近いような声が零れ落ちる。
それでも、この痛みも、熱も、全て愛しい――。
「……痛い、ですか?」
「…平気…Lは…?」
「私は……気持ちいいです、凄く」
「Lが気持ちいいなら……私も気持ちいいよ」
強がる私に、Lは嬉しそうな顔で微笑むと、軽いキスを唇に落とした。
その笑顔とキスだけで、十分に耐えられる。
この先、日本で何があろうと、この熱があれば、Lさえいれば。
「…言い忘れてた」
「……何、ですか?」
「私も、Lを愛してる」
今も脳裏に焼き付いて離れないのは
そんな夜の出来事――
皆様に楽しんでいただければ幸いです。
日々の感謝を込めて…【Nelo Angelo...Owner by.HANAZO】