ここに私がいて貴方がいてそれが幸せだと気付いたのは貴方がいなくなってから


      


昔から腐れ縁の男は、懲りもせず、たった今、すれ違った女の尻を見ている。
それを横目で見ながら、溜息をついた。
これ、いつもの日常。


「ちょっとマット!目がいやらしいんだけど」
「んー?ああ、だって今の子、すげーナイスバディじゃん?」
「…あんたはオヤジか…」


荷物を抱えなおし、そう言い捨てると、私はサッサと歩き出した。
モタモタしてたら、またメロに怒鳴られる。


「なーんだよ、待てって、!」
「近寄るな。エロがうつる」
「うつるかよ。ってかお前だって、イケメンがいたら見ちゃうだろ?」
「…見ないわよ。借りに見たとしても、マットみたいにスケベ全開な目で見ないし!」
「うーそつけー。この前、風呂上りのオレの裸、ジロジロ見ちゃってたクセに!」


そう言いながら私の頭を小突いてくる。
コイツはホント、憎たらしい。


「それはあんたがキスマークなんかつけてたからでしょ!だいたい風呂上りにバスタオル一枚で出てくるって、どういう神経してんの?」
「お前、普通風呂上りはバスタオル一枚だろ。あちーもん」
「…あのね…。メロと二人きりなら、それでも結構だけど!今は私も一緒なんだから少しは気を遣ってよね!」
「何で?お前だってメロと同じだろ?」
「…ッ(ムカッ!)」
「いてっ!蹴るなよ!」


あまりの言いように頭に来て、思い切りマットのスネを蹴ってやれば、マットは大げさにしゃがみこみながら文句を言っている。


「おっまえ普通蹴るかー?ホント女かよ」
「れっきとした女です!見れば分かるでしょ?このナイスバディ」
「ぶはは!どこがナイスバディーだっつーの。ガリガリのクセして。胸だってねーし」
「スレンダーって言ってよ!胸だって脱げばそれなりにあるんだから!見たことないくせにっ」


未だしゃがみこんでるマットの前に仁王立ちして、そう叫んだ瞬間、ハッと周りを見渡せば、通りすがりの人たちがこっちを見て笑っている。
思わず赤面しつつ、バカ男は無視して、再び歩き出した。


「おーい、待てって!」


マットは苦笑しながら追いかけてきて、私の横に並ぶと、意味深な笑みを浮かべながら顔を覗き込んでくる。


「何よ…」
「ふーん。って胸、あるんだ」
「…は?」
「どう見てもそれ、Bカップだろ?」
「…!(ムカッ!)Cカップです!!」
「嘘だろ?!どこにそんだけあるんだよ」
「失礼ね!ここにあるでしょ?ほら!」


マットの無神経な言葉にカッとなり、思わず胸を突き出して見せると、キャミソールの胸元を少しだけ開いた。
てっきり、また笑われると思っていた。
なのにマットはバカヅラ下げて(鼻の下を伸ばして?)私の胸元をマジマジと覗き込んでいる。


「ちょ、ちょっと!何ガン見してんのよっ」
「はぁ?だってお前が見ろっつったんだろ?」
「だからって覗き込む事ないでしょっ」
「だったら、どうやって見るんだよ。わけわかんねー」


真っ赤になった私をよそに、マットは呆れたように笑っている。
ホントにスケベな男だ。


「まあ、でも……思ったよりはあるな、お前」
「……はぁ?」
「なかなか美味しそうだったよ」
「な…っ」


マットはそう言って、いきなり私の胸を指で突つくと、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。


「もう少し熟したら、食べてやってもいいぜ?」


得意げに、そう言って笑ったマットに、私は首まで赤くなった。


「マットのスケベ!変態!」
「ぎゃっ」


その後はいつものようにマットのお尻を蹴っ飛ばして、メロが待つアジトに一気に駆け出す。
これが私達の、日常。


こんな日が―――いつまでも続くと思ってた。
















「楽しかった、あの頃は」
「そうですか」
「毎日マットと下らないことでケンカして、メロに怒られて…それが当たり前で」


墓標に書かれている名前をなぞりながらそう言うと、二アはまた、そうですか、と呟いた。


「幸せだったんだなぁ…私…。あの頃はそんな事に、気づきもしなかった」
「…そういうものですよ。人間なんて」


二アはそう言って微笑むと、そっと花束を置き、墓標を見上げる。
彼の横顔にはほんの少し、悲しみの色が浮かんでいるように見えた。
彼もまた、寂しいのかもしれない。


「結局…また二アが勝っちゃったね」
「…そんな事ありません」
「そう?」
「ええ。二人がいてくれたからこそ、成し遂げられた結果です」
「そっか…。二アにそう言ってもらえると…私も嬉しい」


そう言って微笑むと、二アもまた笑顔になった。


「あーあ、マットに食べ損ねられちゃったかな」
「…なんです?」
「何でもない」


訝しげな顔をする二アに苦笑を漏らし、ゆっくりと立ち上がる。
あの頃の事を思い出していると、二人が私の隣で笑っているような錯覚に陥るけど、でも彼らはもう、ここにはいない。
いつも気づけば傍にいてくれた人の笑顔は、二度と、見ることは出来ないのだ。


…大丈夫ですか?」


急に黙った私を、二アが心配そうな顔で見ている。
でも、もう隠す事が出来ない。
涙が、止まらない。


「…二ア…私ね、マットの傍にいれた事…幸せだったって、今頃気づいたよ」
「…はい」
「私…ね…。マットが好きだったみたい」


私の告白に、アイツは今頃、どんな顔してるんだろう。
そんな想像をして、ちょっとだけ笑えた。


「私は……気づいてましたよ?の気持ちに」


泣き出した私を抱きしめ、二アが優しく囁いた。
その声はとても暖かく、私を包んでくれる。


まるで、彼らの笑顔のように。