悪い噂の女―01



中2の夏休み直前。お袋が突然、知らない女の子を家に連れて来た。色白で細身、薄茶色の長い髪をふわふわに巻いて、派手なメイクをしたその女の子は、オレと目が合うとニコっと懐っこい笑顔を見せた。

「この子の母親…あー私の昔のツレの娘なんだけどさー。体壊して入院しちゃって。でも元旦那には頼りたくねえっつーからしばらくウチで預かることにしたから」
「…………は?」
「あ?何か文句あんのか、ケースケ!」
「……うっ」

いや、普通にあんだろ。いきなり知らねえ女を預かるとか言われたら!そう言いたいけど言えば鉄拳が飛んで来るのは分かっている。お袋はだいたいが理不尽で、自分の意見はぜってえ曲げねえし無駄に信念が強い。そのくせ物事をあんま深く考えねえ単純さ――オレそっくりだけど――でごり押してくるとこがあるから結果、オレが最終的には折れることになる。という女の子はオレの一つ下らしいが、歳の近い男女を一緒に住まわせるということを、お袋はやっぱり深く考えてないようだ。

「…ケースケ?」
「あ?」

いきなり知らない声に名前を呼ばれてお袋の後ろに立ってる女へ視線を向けると、お袋が「そーそー。コイツがさっき話した私のバカ息子のケースケ」とオレのことを指さした。ってか誰が、バカ息子だ。

「ケースケ。この子はちゃん。知らない?アンタと同じ中学なんだけど」
「は…?…いや。知らねえ」
「え、マジ?ちゃんも知らない?ケースケはダブってっから同じ学年なんだけど」
「おい!余計なこというんじゃねえよっ」

って女はオレの顔をジっと見てきたが知らないといった様子で首を振った。そりゃそうだろう。今の学校じゃオレは分厚い眼鏡をかけて優等生風に体裁取り繕ってるし、今の姿を見たら余計に分からないはずだ。

「千冬の方が知ってんじゃねーの」
「あーそっか」
「…ちふゆ?」

その名前にって女が初めて反応した。

ちゃん知らない?松野千冬って、こんくらいの身長で金髪の目つき悪い――」
「知ってる。千冬はわたしと同じクラスだもん」
「………っ?」

初めてって女が応えた。まさかアイツと同じクラスとか最悪じゃね?って言葉がぐるぐると回る。クラっとしたのはオレの血の気が一気に引いたせいだ。

「え、そーなの?なーんだ!縁があるね~!千冬はケースケのダチでさー」

お袋はそんなことを言って喜んでっけど、オレは全く喜べねえ。学校が同じヤツと住むなんてことになれば、色々とメンドクセェ気がする。だいたいあんなクソだせぇ恰好して誤魔化してるってのに、アレがオレだってバレたら最悪だ。処方箋・・・にも響く!

「って、ちょっとどこ行くんだよ、ケースケ!」
「千冬んとこ。あー夕飯いらねーから」
「おい、こらあ!―――ごめんな?ちゃん」

背後からそんな声が聞こえてきたけど、オレは無視して同じ建物の二階にある千冬の家に向かった。どうせ夜は一緒にバイクで流す約束をしている。

「…クソ!勝手に決めて勝手に連れてくんじゃねえよっ」

コッチの都合も考えねえで同じ学校の、しかも女なんか連れて来やがって。とにかく千冬には今まで以上に学校でオレに近づくなと釘を刺しとかねえとソッコーでバレる。松野と書かれた部屋のチャイムを鳴らすと、中からドタバタと賑やかな足音が響いて来て、すぐにドアが開いた。

「場地さん、お待たせっす!」
「おー。つーか走りに行く前にオマエに話あんだわ」
「話…?」

とりあえず団地の近くの公園に二人で移動して、オレは適当にベンチへ腰をかけた。千冬は家から飲み物を持って来たのか、オレに缶コーラを差し出して隣に座った。

「さんきゅー」
「いえ。ってか話って何すか?またどっかのチームと――」
「あーいや、そんな話じゃねえ。女の話だ」
「ぶほ……ッ?!」
「きったねーな!吹くなっ」

いきなりコーラを噴水並みに吹いた千冬は「す、すんません」と言いながら公園の水飲み場でベタベタになった口元を洗って戻ってきた。漫画みてーなリアクションするとこは相変わらずだ。

「ってか、場地さんの口からありえねえ言葉聞いたんでビックリして…」
「は?ありえねえって何だよ」
「いや、だって場地さん、女にあんま興味ないっすよね」
「ハァ?テメェ、バカにしてんのかっ」

カチンと来て睨みつけると、千冬は例の如くあたふたしながら首を振っている。まあ確かにコイツといる時はどこのチームとモメたとか騒動な話にしかなんねーから、女に興味ないって思われても不思議じゃねえけど。でもオレだって年頃っつーことで、こっそり雑誌の中のグラビアアイドルを見るくらいには興味がある。いや、待て。違う。今はそんな話をしようとしたわけじゃない。

「オマエのクラスにっつー女いんだろ?」
「…って…あのっスか!え、場地さんて、ああいう女がタイプとか?!」
「いやそうじゃなくて!……って、ちょっと待て。あのってどういう意味だよ」

言葉のニュアンスが気になって尋ねると、千冬は「いや、アイツあんまいい噂がねえっつーか…」と苦笑いを浮かべた。

「何かパパ活してるとか、大学生風の男と腕組んで歩いてたとか…まあ…ギャルっぽい恰好してるし、そんな噂が多いんだろうけど……って、場地さん?」

ガックリと項垂れているオレを見て、千冬は「どーしたんすかっ」と顔を覗きこんでくる。仕方ねえからオレもさっき知ったばっかの事情を話すと、案の定千冬は驚愕の声を上げた。夜の公園に野郎の悲鳴なんて響いたところで誰も顔を出しやしない。ったく、千冬はリアクション王になれるなと内心苦笑が洩れる。

「ママっママジっすか!それ!」
「……うるせー。つか、こんなことで嘘つくわきゃねーだろ」
「え、マジでのヤツ、場地さんちに住むんすか?!副隊長のオレを差し置いて?!」
「いや、オマエの驚くとこ、そこかよ?」

ムンクの叫びみたいな動作で青くなった千冬はその後も「ずりい」だの「オレの母ちゃんも場地さんのお母さんと仲良くなって場地家にオレ預けてくんねーかな」などと、ほざいてる。でもオレは明日からのことを考えると憂鬱で、半分も聞いてなかった。とりあえず「学校では今以上にオレに話しかけんなよ」と釘は刺しておく。今の学校でオレが東卍の幹部だと知ってるのは千冬と周りのヤツくらいのもんだ。

「で、でも場地さん、気を付けて下さいね、には!」

ひとしきりブツブツ言った後、千冬は至って真面目な顔で言って来た。

「アイツ、誰とでも寝る女だって噂なんで」







場地くんとひと夏の同居。