目つきの悪い男―02




最初に顔を合わせた時、あまりに目つきが悪いからちょっとだけビビった。涼子さんから少し話は聞いてたけど、彼女の息子は本当に不良だった。

「ごめんねー?アイツ、愛想なくてさー」
「全然。気にしてないよ。それより涼子さん、わたし、マジで居候していいの?」
「もっちろん!あたしもちゃんみたいな可愛い娘欲しかったんだよねー。それにあたしのとこなら多香子も安心すっから」
「うん。ママ、いっつも涼子さんとの悪事を楽しそうに話してたもん」
「げ、そんな話までしてんの?多香子ってば」

涼子さんは「恥ずかし~」なんて笑いながら「あ、コーヒー飲む?」と訊いて来た。

「あ、ちゃんくらいだとコーラの方がいっか。確かケースケのが冷蔵庫に――」
「コーヒーでいいよ。勝手に飲んだら圭介くんに怒られそうだし」
「そん時はあたしが拳で黙らせるよ。そろそろアイツにもレディファースト教え込まないといけないしねー」

涼子さんはあっけらかんと言い放ってコーラを注いだグラスをわたしの前に置いた。本当に飲んでも大丈夫か?とあの目付きの悪い男の顔を思い出す。でも、まあ。ここは涼子さんを信じようと思いつつ、「頂きます」とひとこと言ってからコーラを流し込む。暑い中、ずっと病院でママに付き添ってたから、本当のことを言えば喉がカラカラだった。

「そう言えばちゃんのネイル、ほーんと綺麗だねー。可愛い。メイクも上手いしさー」

グラスを持っているわたしの手を見ながら、涼子さんは煙草に火をつけた。その仕草が色っぽくて、今度、例のバイトする時にマネしてみようかなと思う。

「これ自分でやるの?」
「うん。友達とネイルしあったりもするし」
「へえ。やっぱ今時の子って感じだねー。うちはケースケ一人だし、最近の女の子が何を好きかなんて全然分からないからなー」
「でもママも似たようなこと言うから、娘いても変わんないかも」
「あはは、多香子もそんな感じなんだ。昔は色々とお洒落してたけどなぁ。ちゃんと一緒にネイルしたりしないの?」
「仕事あるから普通にマニキュア塗ってあげるくらいかなぁ」

うちのママと涼子さんはわたしが生まれるずっと前からの友人らしい。時々涼子さんが家に来てママとお酒を飲んでいくから、わたしは小学校の頃から知ってるけど、二人の会話を聞いてると、ママ達も若い頃はかなりヤンチャしてたんだなと笑ってしまう。男にモテた話とか、よく聞かされてた。ママは可愛らしい人だけど、涼子さんは美人顔だ。なのに性格は男みたいにカラっとしてて、わたしは涼子さんが昔から大好きだった。息子がいるのは聞いてたし、今回この同居話をされた時はちょっとだけ会えるのを楽しみにしてた。でも笑いかけてもニコリともせず、怖い顔で出かけて行っちゃったし、わたし的にはちょっとだけサゲの気分だ。

(まあ…涼子さんの息子だけあって想像通り、ワイルド系イケメンではあるけど…わたしは怖い男ムリ。しかも松野と友達ってことは圭介くんも必然的に……不良ってことになる)

これまた目つきの悪いクラスメートの顔を思い出しながら内心ウンザリする。今時、不良とか暴走族やってるなんてダサいと思ってしまう。不良はすぐキレて暴力に訴えようとするから好きじゃない。松野だって最近は大人しくなったけど、一年の頃は最悪だった。ケンカばっかして毎日顔に傷作って。痛い思いをしながら何を証明したいんだと思ってた。
ケンカなんて暇人のやることだ――。

「そーだ、ちゃん。今夜の夕飯何食べたい?あ、お寿司でもとろっか!」

涼子さんは楽しそうにデリバリーのメニューを引っ張り出してきた。「ケースケのヤツ、食い損ねるなんてかわいそ~」と、全然そう思ってない顔で笑ってる。こんなことを言ってるけど、あの息子と仲がいいのは空気的に伝わってきた。

(涼子さんの為にも…仲良くはしないとなー…怖いけど)

そう思いながら涼子さんの明るい笑顔を見てると、不意にママのことが恋しくなった。







「おい、

次の日、学校に来たら松野に呼び出された。カツアゲでもされるのかと身構えながら廊下に出ると、松野は怖い顔で「ちょっとツラかせよ」と階段を上がっていく。どこに行くんだとついて行ったら不良の大好きな屋上へ連れ出された。

「何だよ、松野。何の用~?朝からだるいんだけどー」
「チッ…オマエ、場地さんちにしばらく世話になるんだって?」
「は?何で…って、ああ…涼子さんの息子に聞いたんだ」

友人とは聞いたけど、何で敬語?と思いながら柵によりかかると、松野はジロリとわたしを睨みつけて来る。だいたい何もしてないのに何でそんなに睨むわけ?不良って睨まないと死んじゃう病?マジでだるい。

「言っとくけど…オマエがいつも相手してるような男と違うからな、場地さんは。変なことすんなよ、オマエ」
「……わたしが相手してるのって?」
「だ、だから……オマエにデレてくっついてるよーな男だよっ」

松野は何故か顔を真っ赤にしながらプイっとそっぽを向いた。どうせコイツも噂とか信じちゃうタイプなんだろうなと少しだけ呆れる。そもそも変なことって何だ。

「わたしが圭介くんに何するっていうの?」
「あ?馴れ馴れしく圭介くんなんて呼ぶんじゃねえよっ」
「ハァ?もー松野ウザい。何なのさっきから。圭介くんはアンタにとって何なわけ?随分とお節介じゃない。ただの不良仲間じゃないの?」
「う…そ、それは……」

威勢の良かった松野は急にしどろもどろになって視線を泳がせ始めた。いったい何なんだ、コイツは。

「とにかく!場地家にお世話にはなるけど、アンタの大事な圭介くんには近づかないから安心して。わたし、不良って嫌いなの。こうやってすぐ絡んで来るし!じゃーね」
「…な、お、おい!」

松野が何か言ってたけど、それを振りきって校舎内へ戻る。何となくイライラして階段を一つ飛ばしに駆け下りていくと、ちょうど曲がった時に上がってこようとする誰かにぶつかってしまった。

「ご、ごめん!大丈夫?」
「……あっ」
「え?」

随分とデカい人にぶつかったようだ。ついでに何か叫ぶから顔を上げると、ダサい黒ぶち眼鏡をかけて黒髪を後ろで一つ縛りにしている男子生徒がギョっとしたような顔でわたしを見下ろしていた。時々廊下で見かける顔だったけど、一度も話したことはない。

「あ、ちょっと!」

その男は何故か狼狽える素振りを見せて、慌てたように階段を駆け上がっていく。呆気にとられたものの、特にケガもさせてないみたいだから放っておくことにした。

「はー朝から気分わる。サボっちゃおうかな…」

だいたい今のわたしは学校に来るよりやることがある。

~!」
「あ、希子、おはよー」

階段の下から上がって来るのはクラスの中でも仲良くしてる女の子だ。メイクだったりファッションだったり、その辺の趣味が合うから話してても楽しい。それに色んな裏のバイトを教えてくれるし、相手も紹介してくれるから、いつも助かってたりする。

「何、サボんの?」
「うーん、まあ。ちょっと朝からウザいことづくしで」
「そっか。あ、じゃあ私のパパ誘って遊びに行かない?今日会社休みで暇してるって言うし」
「あーでも出来ればバイトしたいかな。ちょっと入り用でさ」
「マジ?あ、じゃあパパの友達でも紹介してもらう?可愛い子とご飯したいってのがいるみたいだし」
「ほんと?助かる!」
「じゃあ決まり~!行こ行こ!」

希子は楽しげに言いながらわたしの腕を引っ張っていく。最近はこれがわたしの日常で、皆がやっているからと、あまり深くは考えないようにしていた。
学校内でわたしが"パパ活"なるものをしてるなんて噂があったりするみたいだけど、それは半分嘘で半分は本当だ。パパはいないけど簡単なバイトはしてるから、否定するのも面倒でそのままにしてたら、どんどん噂は大きくなって、いつしか"誰とでも寝る女"なんて言われるようになっていた。でも実際パパ活をしてるのは希子の方で、わたしは彼女の紹介してくれる人と、もっと別のことをしている。ただ、ご飯に行ったり、映画を観たり、デートをするだけでもお金をくれる人はいる。中学生と恋愛ごっこをしたがる社会人は、地味に多い。

「パパ、オッケーだって。その人、同じ会社の人だから信用していいよ」
「うん、ありがとね、いつも」
「これくらいしかしてあげられないしさー。普通のバイトじゃしんどいっしょ、も」
「まあ…中学生雇ってくれるとこないし」
「だよねー。あ、そう言えば今お世話になってる家の人は平気なの?夜に出歩いても」
「うん。涼子さん仕事で遅いこと多いみたいだし、深夜にならなければ大丈夫。それに話分かる人だから」
「そっか。でも良かったじゃん。いい人そうだし」
「うん。いい人だよ、涼子さんは」

希子とアレコレ話しながら校舎裏の門から抜け出す。ここなら先生の見回りも少ないし、意外と簡単に抜け出せるようになっていた。

「そーいえば息子いるって言ってなかった?もう会った?」

希子がふと思い出したようにわたしを見た。その顏は何かを期待してる顔だ。

「会ったけど…希子が思ってるような感じじゃないし」
「マジで?ぶさお?」
「ううん。普通にイケメン。でも目つきも態度も悪い」
「げーマジか。でもイケメンならプラマイゼロかな」
「いや、不良だし」
「は?そーなん?、無理ゲーじゃん」
「まあでもそんなに絡むことないと思うし…」
「一緒に住んでんのに?」
「向こうも家にいないこと多いから」
「へーさすが不良」

希子はそう言ってケラケラ笑っている。でも夕べもわたしと涼子さんが寝た後で帰ってきたっぽいし、あんな感じなら例え一緒に生活しててもそれほど絡まず楽勝でスルー出来る。この時のわたしはそう思っていた。バイト後にホテルから出て来るところを、彼に見られるまでは。