予想外の破壊力―05(千冬視点)



人の噂って奴は事実であった試しがない。少しだけ大きく膨らませ盛った話に、面白おかしく尾鰭が付きまくって誰かの耳に入る。または誹謗中傷しようとする悪意によって勝手な噂を作る奴もいる。そんな仕組みがほとんどだ。については"パパ活で金を稼いでる"とか"誰とでもヤってる女"。そんな噂が実しやかに流れていて、実際オレも信じていた部分はある。そもそもは見た目も派手で、クラスの中でもかなり浮いていた。だからこそ、その噂は真実味があるように見えた。
ただオレが唯一尊敬している場地さんちにが居候することになり、その場地さんから「んな噂なんてアテになんねーよ」と言われ、彼女にまつわる事情を教えてもらった時、大きく見方が変わってしまった。

「そんなことが…あったんスか…」
「おう。だから千冬も下らねえ噂は信じんな。アイツはパパ活とか誰とでも寝るなんて出来るような女じゃ――」

と場地さんが言いかけた時、玄関のドアが開く音の後にドタバタと賑やかな足音、そして…

「きゃははは!マージでー?あのオッサン、何勘違いしてんだよって感じー」
「ってか、ここー?がお世話になってる家ってー」
「うん。あ。ちょっとここで待ってて。すぐ着替えて来るから」

その賑やかさで場地さんの顏が盛大に引きつっている。そしてオレは今の声だけで誰が来たのか分かってしまった。

「うっせぇな…アイツ、誰連れて来たんだ?」
「…すんません。多分…オレのクラスの女どもです」
「げ…マジか…やべぇじゃん」

場地さんは今、学校じゃ真面目なフリをしてる。だから外見も変えてるし、誰も場地さんのことを東卍の幹部だとは知らない。ここで顔を合わせれば、また面倒なことになると思った。とりあえずオレと場地さんは互いに顔を見合わせ、いないフリをしておこうという空気になったから場地さんの部屋でジっと声を殺していた。その間もバカ女どものお喋りは続く。

「ハァ~。ってかさぁ~。私の推しの彩人が知らない間に彼女とか作ってて~。今ちょー病みなんだがー…ツラ、ムリ」
「マージで?彩人って、あのインディーズバンドのギターでしょー?アンタが追っかけしてた」
「そーそー。ああ…でも推しの幸せは私の幸せ…?いや、ムリ」
「え~でも打ち上げ入れてもらって少しは親しくなったって言ってなかったっけ」
「そーなんだけどっ!ハァ~こんなことなら一回くらいエッチしてもらえば良かった~!」
「無理だろ。ルイはいっつも恥ずかしいつって顔見て話せない言ってたじゃん。ってか聞いて。爪どっか行ったんだが。度し難~」

恐ろしい。アイツらの会話が全く理解できねえ。隣を見れば場地さんも白目剥いてフリーズしてるし、きっとオレと同じ気持ちのはずだ。最近のJCはこんなに乱れてんのか?同じクラスでヤベェ女どもだと思ってたけど、学校の外じゃもっとヤベェ。

「あーっじゃあ今日どーするー?パパがさー。友達連れてくから皆でカラオケでも行かないかって言ってんだけどー。ルイがへこんでんなら一発カラオケで発散しにいく?」
「希子のパパのお友達も金持ち多いもんね~!ラッキー」
「じゃあ行く?」
「行く行く~!もー彩人なんか推すのやめて、ベースのルーシー推しになる!」
「出たよー。彼女出来たくらいで推し変えるとか。リアコはこれだからさー」
「あ、パパが皆にお小遣いくれるって。だから今夜はカラオケの後にご飯もいかなーい?」

「「………(何語喋ってんだ、コイツら」」

オレと場地さんはすでに脳内がクエスチョンマーク地獄だ。このバカみたいな提案をした女は田内希子というの悪友の女だ。コイツも悪い噂しか聞かねえし、場地さんの話じゃパパ活してるのは田内の方だって話だった。この会話でハッキリ証明された。ってことはマジでオレは誤解してに酷い態度をとってたことになる。

「あ、ねー!はー?行かなーい?お小遣い貰えるよー!」
「あーうん、カラオケくらいなら行こうかなー」

田内の誘いにギョっとした瞬間、の返事が部屋の方から聞こえたと思ったら、後ろにいた場地さんの口から「は?」という声が洩れた。

「アイツ、もう変なバイトはしねえっつったのに、また――」
「ちょ、場地さんどこ行くんスか!」

部屋を出ていこうとする場地さんの腕を慌てて掴む。あの3人の中に場地さんが出て行ったら余計にややこしいことになっちまう、と必死に引き留める。でも場地さんはがアイツらと遊びに行くのが心配のようで「アイツに何かあったら困るんだよっ」と強引に歩いて行く。こうなったらオレが行くしかない。

「オ、オレがを引き留めるんで…場地さんは隠れてて下さいっ!アイツらにバレたら学校中に場地さんの仮りの姿が知れ渡る可能性あるんでっ」
「…う……そ、それもまじぃな…」

さすがにそれは困ると思ったのか、場地さんは深い溜息をついて「千冬に任せるわ」と言ってくれた。

「ウス!じゃあ、オレ追いかけて連れ戻すんで」

このやり取りの間には着替えを済ませたのか、アイツらと出ていく音がする。さっきまでは騒がしかった室内が一気に静けさを取り戻した。

「わりぃな、千冬。アイツに何かあればお袋の責任問題だ。ぜってー行かせんな」
「ウっス!じゃあ行ってきます!」

場地さんのお母さんにはオレも世話になってるし、のことで心を痛めて欲しくはない。急いで家を飛び出すと、アイツらの後を追いかけて一気に階段を駆け下りた。

「きゃははは!マジでー?」

するとすぐにバカみたいなデカい話し声が聞こえてきた。を含めた4人は駅前の方に向かって歩いてる。オレはすぐにその後から走って行った。本音を言えばあの連中に関わりたくはない。男相手なら拳ひとつで済むものも、女相手じゃ殴るわけにもいかねえし、ムカついてもコッチが折れるしかねえからだ。口でアイツらに勝てる気が全然しねえ。

「オイ!!」

それでも場地さんに頼まれたという気合いで思い切って声をかけると、4人が一斉にコッチへ振り返った。う、すでに挫けそう。ケバイ女こええ。

「あ?松野じゃん。何でここにいんの」
「あーもしかしての世話になってる家の同中の男って松野~?」
「え?いや…そうじゃないけど…」

が明らかに困った顔をした。

「バーカ、表札、松野じゃなかったし。確か…ば…ばち…?」
「何それ、バチって苗字聞いたことねーわー」

女どもはケラケラ笑ってやがる。この時点でぶん殴りたくなったけど、グっと拳を握り締めて堪えた。するとが怪訝そうな顔でオレの方へ歩いて来る。いつものバッチリメイクに露出の高い恰好。ホントに中学生かと疑ってしまうくらいに大人っぽくしてる。

「何よ、松野。何でアンタがここにいんの」
「どうでもいいだろ、んなこと!それより……場地さんにオマエを連れ戻せって言われたんだよっ」

そこは小声で言うとは「圭介に?」と少し驚いた顔をした。ってか、け、圭介?!いつから呼び捨てするような仲になったんだ、コイツは!

「アイツらと遊びに行かせたくねえつってる。さっきパパがどーの言ってたろ?田内が」
「ああ…別にわたしのパパじゃないけど?」
「う…」

は意味深な笑みを浮かべた。それはきっと前にオレが疑ったせいでもあるんだろう。確かに噂に踊らされて酷いことを言ったのはオレだ。はただ母親の為に簡単なバイトをしてたって場地さんは言ってた。まあ、それもまともな内容ではなかったみてーだけど、少なくとも体を売ってたわけじゃないって話だった。

「この前は……悪かったよ」
「は?」
「オマエが…売りしてるようなこと言って…」

そこは自分の非を認めて謝罪する。とにかく今、コイツをアイツらと行かせるわけには――。
その時、が思い切り吹き出した。

「何、急に謝罪とか。ウケる」
「あぁ?!人が素直に謝ってんのに何だよっ」

の態度にカチンと来て思わず怒鳴ってしまった。でもは怒った様子もなく、溜息交じりで顔を反らす。

「別に松野にどう思われてようと気にしてなかったし。それに似たようなことしてたのは確かだから松野が謝るようなことでもないよ」
「……あ?」
「あと…カラオケ行ったらちゃんと帰るからって圭介に言っておいて。こういう付き合いも大事なの。不良にだってあるでしょ?そーいうの」

はそれだけ言うと、オレを見上げてかすかに笑みを浮かべた。その笑顔は今までオレに見せてたようなバカにしたものじゃなく。ごく自然に出た笑顔だった。

「ちょっとー!、まだ~?」
「今いくー!」

後ろで待っていた奴らが痺れを切らしたように叫んでいるのを見て、は片手を上げている。そして最後に「じゃー圭介に伝えてね」とオレに手を振っては走って行った。

「おっそーい!」
「ごめーん!それより暑いから行く前にコンビニでアイス買おうよー」
「いいねー。私、ガリガリくーん」

「…………」

そんな会話が遠ざかっていくのを、オレはバカみたいに立ち尽くして見送っていた。ってか何でドキドキしてる?
ただ、普段からムカつくと思ってた女が、いつもオレにはしかめっ面しか見せなかった女が、あんな風に笑いかけてくるのは反則だ。破壊力がハンパねえ。

「………結構、可愛いじゃん、

さっきの笑顔を思い出し、ボーっとしながらボソリとそんな言葉が零れ落ちる。でもそこでハッと我に返った。

「…ってか連れ戻せてねーじゃん!オレのバカ!」

この後、手ぶらで帰ったオレが場地さんにゲンコツを喰らったのは言うまでもない…。