ふたりだけの夏休み③



お袋が出かけてから3日目。どうにかこうにかと二人で過ごしていた。は思ってた以上に家のことをやってくれるし、意外なほど作ってくれる飯も美味い。それもこれも忙しい母親の為に覚えたってんだから、どこのいい子ちゃんだと思うほどにシッカリしていた。中身と外見がチグハグ過ぎて混乱するが、聞けば元々は普通の女子中学生だったと本人は話してた。どうやら田内と仲良くなってから悪いことを覚えたようだ。まあ別にメイクしたりして自分を着飾ることは悪いと思わねえけど、田内はパパ活してるというし、付き合う友達ってのも考えもんだなとは思う。いやオレも人のことは言えねえけど。

今夜もそんなことをボーっと考えながら眠りについた。でも深夜になってふと目が覚めた。何となく、室内の気配というか空気が変わった気がしたせいだ。目を瞑りながら気のせいか?とも思ったが、かすかに甘い香りがすることに気づいて、オレはぱちっと目を開けた。

「……っ?」
「圭介…起きた…?」

ベッドの脇にがしゃがんでいた。ビックリして飛び起きると、彼女はベッドの端へ腰を掛けてオレの頬に手を伸ばしてくる。ドキッとしたものの、慌ててその手を掴んだ。

「な…何してんだ、テメェは…」
「…ひとりじゃ眠れない…」
「…ハァ?」
「一緒に寝ていい…?圭介」
「……な…」

は眠そうな顔でベッドへ上がると勝手に隣に寝転んだ。あげく手首を掴んでいたオレの手をぐいっと引き寄せてくる。自然と並んで寝転ぶ形になって、薄暗い中、と向い合わせになった。彼女の大きな瞳が揺れて、その中に驚愕してるオレのアホ面が映っている。

「何考えてんだよ、オマエは――」

寝ぼけてんのか?と思いつつ、頭がカオス状態で考えが定まらない。とにかくこのままじゃ何かとマズい気がして再び起き上がろうとした時、の腕がオレの背中に回ったのを感じた。ついでにぎゅっとしがみつかれたせいで、胸の辺りに柔らかい感触がある。それがの胸だと気づいた時、腰の辺りにずんとくるもんがあった。

「…っおい!こういうこと好きでもねえヤツにすんなって言っただろーがっ」

性懲りもなく誘惑してからかう気かと思った。なのには潤んだ瞳でオレを見上げると、

「好きならいいでしょ…?」
「…は?」
「わたし……圭介のこと好きになっちゃったみたい。だから……キスして」
「……な…に言って…」

言葉通り唖然とした。何を言ってんだと怒鳴りてえのに頭の中が一瞬にして男の煩悩に支配されていく。密着している場所全部が熱く火照ってきて、目の前にはとろんとしたの顔と、暗闇でも分かるほど艶めいている小さな唇。思わず喉が鳴ったと同時に、前にキスをした時の感触まで思い出していた。

「…圭介」

の手が頬にかかり、彼女の方から口を寄せてくる。脳内が沸騰するほど熱くなった気がして、オレも自然にを抱き寄せていた。互いの唇同士が触れあって、そこから甘い痺れが広がっていく。

「…ん…ふ…」

の鼻から抜けるような小さな声がやけに生々しく鼓膜を刺激してきて、オレの体はどんどん熱く昂っていく。夢中で唇を合わせながら、無意識に動いた手がの胸の膨らみを弄っていた。

(柔らけえ…)

巨乳とまではいかずとも、しっかり弾力のあるその感触に、完全にオレのものが勃ってしまった。そうなれば服の上からじゃ物足りなくなるのは男の性としか言いようがない。今度は直に触りたくなり、服をまくって中へ手を忍ばせると、徐に彼女へ覆いかぶさった…つもりだった。でもその瞬間、ぐらりと体が傾いたのを意識的に感じて、次にはドタンという嫌な音とオデコに痛みが走る。

「……んぁ…?」

そこでオレは二度目・・・の覚醒をしたらしい。目を開けると薄暗い室内が薄っすら見えて、やっぱり頭が混乱する。今まで腕の中にいたがいない。慌てて振り返ると、そこにはベッド。どうやらオレはベッドの下に転がり落ちたらしい。しかもヒリヒリ痛むことを考えるとオデコから。そしてやっぱりベッドの上にもはいなかった。ということは――。

「……夢かよ」

溜息交じりでボヤくと抱きしめていたらしい枕へ顔を押し付ける。ってことは何か?オッパイを揉んだ気がしてたのも――。

「……枕かよ」

腕の中にある普通サイズよりも大きめのそれを見下ろし、俺は再び深い溜息を吐いた。そもそもはオレのところに来て「一人じゃ眠れない」とか言うような女じゃない。頭では分かってるのに、やけにリアルな夢を見てしまった自分に呆れてしまう。しかも…

「マジで勃ってるし…」

自分の下半身の異変に気付き、更に悶々としてきた。

「眠れねえ……」

どうにかベッドへ戻り、再び寝ようと試みたものの。あんなエロい夢を見た後じゃすんなり眠れるはずもなく。結局朝方まで寝付くことが出来なかった。







「―――はっ」

目覚ましの音で目が覚めて飛び起きたら、カーテンの隙間から太陽の日差しが室内を薄っすら照らしているのが見えた。寝起きだと言うのに何故か心臓がバクバクしていて、でも見慣れた涼子さんの部屋で寝ていることにホっと息を吐く。

「…な、何であんな夢見るわけ…?」

かぁぁっと頬が一気に火照って来て頭を思い切り振る。でも寝起きのせいで頭がクラクラした。
ありえない。わたしが圭介のベッドに潜り込んであんな――。

――好きになっちゃったみたい。

(…あんなこと言うなんてありない)

涼子さんが旅行に行って以来、二人きりという状況を変に意識してしまってたから、あんな変な夢を見たに違いない。頭ではそう思うのに何故か変なドキドキが襲ってきて、わたしは布団から飛び起きた。

「…朝ご飯…作らないと」

動揺しつつもすぐに着替えて普段通りの行動をする。歯を磨いて顔を洗って朝食の準備。体を動かし何かに集中していると夢のことなんか忘れてしまうはずだ。

「えっと…今日は和食にしようとご飯炊いてあったんだっけ…」

ならば味噌汁を作ってだし巻き卵でも焼いてしまおうと冷蔵庫から材料を出していく。その時何となく圭介の部屋の方を見たけど、まだ寝ているのか物音はしなかった。夕べは0時頃にお互い部屋に戻って、わたしはすぐに寝ちゃったけど圭介はどうかは知らない。学校がある時でもチームの集会だとか、漫画を読んで夜更かしなんてしょっちゅうだ。でもそこで気づいた。

(あれ…そう言えば圭介…夏休み入ってから夜、出かけてない…?というか涼子さんが出かけてから、夜はずっと家にいる気がする)

前はよくバイクで出かけたりしてたのに、ここ最近、夜はずっと家にいる。せっかくの夏休みなのに仲間とやらと出かけたりしないんだろうか。そんなことを考えながら朝食の準備をしてるとアッと言う間に作り終えてしまった。

「…8時か。圭介まだ寝てるのかな」

一向に起きて来ない圭介を待っていたものの、お腹が空いて来た。先に食べてしまおうかとも思ったけど、片付けが二度手間になるし、出来れば一緒に食べて欲しいと思いつつ、部屋のドアをノックしてみた。

「圭介。朝ご飯できたよ」

そう声をかけても何の反応もない。やっぱり寝てるみたいだ。

「まーた朝まで漫画読んでたな…」

溜息交じりでぼやきつつ、ドアを開ける。文句を言われるかもしれないけど、一度直接起こしてみて、それでも起きないようなら先に食べてしまおうと思った。

「圭介?もう8時だよ」

カーテンが引かれたままの薄暗い室内。目を凝らせばベッドの上で圭介がタオルケットを被って寝てるのが見える。部屋の中はエアコンが高めの温度で設定されたまま付いていて少し涼しいといった程度だ。

「全く…また付けっぱなしで寝たんだ。タイマー使えばいいのに」

そう言いつつベッドの方へ近づくと、もう一度「圭介、起きて」と声をかけた。すると「んー…」という声と共に体が寝返りをうち、横向きになる。そこで初めて寝顔が見えた。その時、さっき見た夢が一瞬脳裏によぎる。わたしがこんな風に圭介の部屋に忍び込んで一緒に寝て欲しいと現実なら絶対にしないお願いをしてた。

(ありえないし…ってか夢だから意識するな)

軽く頭を振りつつ、圭介の肩を揺さぶり「起きて、圭介」と声をかける。ここまでしても起きないのは相当遅くまで起きてたんだろうかと首を傾げつつ、これじゃ起きそうにないかと諦めた時だった。肩に置いてた腕をガシっと掴まれ、ギョっとした瞬間、強引に引き寄せられた。

「わ…っ」

予期すらしてなかったせいで簡単に体は圭介の方へ倒れ込む。すると腕が背中に回ってぎゅっと抱きしめられた感触がした。

「ぎゃっ!ちょ、ちょっと圭介!寝ぼけてんの?!」

気づけば仰向けになった圭介にわたしが覆いかぶさるような体勢になっている。慌てて離れようとしたのに腕の力が強くて起き上がれない。こうなったら耳元で叫んでやる、と両手をベッドについてグっと力を入れた。おかげで少しだけ上半身が離れる。真下に見える圭介は案の定、まだ眠っているようで目は瞑ったまま、かすかに口が開いて寝息が聞こえてくる。その呑気な寝顔を見てイラっとした。

「もー!圭介、起きてってばっ」
「…んー…るせぇ…」

声をかけると僅かな反応があった。でも抱きしめる腕の力は緩まず、ベッドについている手が疲れてきた。

「もう…圭介っ起きろ!」

次第に互いの体温が交じり合っていく感覚と、今の体勢がかなりエッチなことに気づき、だんだん焦って来た。容赦なく大きな声を出すと圭介の眉間が少しずつ中心に寄っていく。声は届いているみたいだ。

「ほんっと寝起き悪いんだから…」

しかも人のことを抱き枕か何かと勘違いしているらしい。またしても寝返りを打ったと思った瞬間、わたしごと横を向いた。いくらわたしが踏ん張ってても男の圭介の力には敵わず、呆気なくベッドに倒される。しまいには圭介の足がわたしの腰辺りに乗って挟まれる形になった。完全に抱き枕状態だ。

「は?ちょっと!わたしは枕じゃないっ」

抱きしめられてるだけでも大変だったのに、足まで乗せられれば重たくて動けない。それでも必死に暴れて騒いでると、圭介はやっと「…んぁ…?」という変な声を上げながら薄っすらと目を開けた。

「バカ圭介、起きろっ」
「……あ…?」

一瞬至近距離で目が合う。圭介は眠たそうに何度か瞬きをしていたけど、わたしがムスっとしながら「起きた?」と声をかけた途端、「うわっ」という声と共に体から腕と足を放した。

「な、何でテメェがここに寝てんだよっ?コレも夢か?」

よほど焦ったのか、圭介は飛び起きて壁の方まで体を後退させている。

「はぁ?寝ぼけてんの?アンタがわたしを引っ張りこんだんでしょーっ?」

起きあがって文句を言えば、圭介は「は?」と混乱したようにわたしをマジマジと見てる。そして室内をキョロキョロ見渡し、深い息を吐いた。

「…クソ…夢とごっちゃになった」
「え?」
「……何でもねえよっ」

どこか不機嫌そうにそっぽを向くからこっちもムっとしてしまう。人をベッドに引きずり込んで抱き枕にしたくせに何て奴だと文句を言いたくなったけど、その前にわたしと圭介のお腹がぐうぅぅっと派手に鳴った。同じタイミングで鳴るとか恥ずかしすぎる。互いに顔を見合わせ、しばしの沈黙の後で同時に吹き出した。

「だっせ…」
「そっちこそ。お腹空いたならサッサと起きてご飯食べてよ」
「…あ?できてんの?」
「出来たから起こしに来たの。早く顔洗ってきたら」
「おー。あ~腹減ったあ~」

すっかり目が覚めたのか、圭介は両腕を伸ばしつつ、欠伸をしながらベッドから飛び降りた。洗面所に歩いて行く後ろ姿を眺めつつ、ホっと胸を撫でおろす。気まずい空気が出る前に普段のノリに戻って良かったと思った。

(ったく……抱き着くとか反則だから)

後になって思い出すとジワジワ頬が熱くなる。大ちゃんに添い寝してた時は何とも思わなかったけど、同じ歳のせいなのか、あんな風に抱き着かれるとどうしていいのか分からない。ただでさえ二人きりという今の状況を意識しちゃうのに、やけに逞しい腕の感触が体に残っているから余計に照れ臭い。

――圭介のこと、好きになっちゃったみたい。

その時、ふと夢の中の自分の台詞が頭に浮かび、慌てて打ち消した。

「違う違う…!そんなわけないし…不良なんてタイプでも何でもないしっ」

かといって、じゃあどんな男がタイプなのかと聞かれても答えられない。小学校の時は同じクラスでも人気のあった男の子を好きになってバレンタインデーには友達と一緒にチョコをあげた記憶もあるけど、あれは単なる憧れ的なものだった。学年に一人はいるスポーツ万能な男の子で、顏がタイプとかでもなく。あの頃は運動神経がいい男の子は何でもカッコ良く見えただけだ。中学に入ってからは希子の影響で一時お金を持ってる男がいいなんて思ったりもしたけど、そういう男は金で女をどうとでも出来るとか思ってるタイプが多い。裏バイトをしてた時に何人もそういうのに会ってウンザリしたから、結局は本当に好きなタイプでもなかったってことだと思う。あとママの入院のこともあって恋愛とかしてる場合じゃなくなったってのが大きかった。そう考えるとなんて寂しい青春を送ってるんだろう、と自分で愕然とした。

――今日は彼と映画に行ったんだー♡
――今日、彼氏とドライヴ行って、横浜デートしてきた~うえーい♡。

夏休みに入ってからケータイに毎日のように届く友達からの彼氏自慢メールを思い出し、普通に焦って来た。わたしなんて休みに入ってから監禁されたくらいで(!)警察署で事情聴取をされるという特殊な思い出は出来たものの、楽しい思い出なんか何一つ作ってない。毎日家事をして過ごしてるだけなのは、ちょっと寂しい気もしてきた。

「と言って…デートする相手もいないしな…」

そうボヤいた時、圭介の部屋からケータイの着信音が鳴り、洗面所から出てきた圭介が誰かと話し出すのが聞こえた。会話の感じからしてチームの仲間とやらだろう。最近集会なるものに出かけてなかったし、今夜あたりバイクで暴走族でもしに行くんだろうか。

「っていうか暴走して何が楽しいんだろ」

不良の男の子はよく分からない。そう結論づけていると、不意に部屋から圭介が顔を出した。

「おい、今夜、近くの神社で祭りがあんだけどさ。オマエも行く?」
「……え、お祭り…?」

いきなりの誘いにビックリした。だけどお祭りと言う夏らしいワードにときめいたのも事実で。思わず「連れてってくれるの…?」と聞いていた。

「幼馴染の奴らとか数人で行くんだけどさ。もしも予定がねえならと思って。夜、家にひとりでいんのイヤだろ」
「……幼馴染…え、わたしも行って…いいの」
「あ?あたりめーだろ。つーか何らしくねえこと言ってんだよ」

笑いながらからかってくる圭介にムっとしつつ、でも家に一人でいるのはやっぱり寂しいと思った。

「で?どーする?」

だから再度そう聞かれた時、「行きたい」と素直に言えたのかもしれない。