Who is that?―16



「へえ、じゃあはその圭介って人のことが気になってるってことか。ほーほー」
「ち、違…っ!そ、そーいうのじゃない…っ」

ニヤリとする幼馴染の爆弾発言に、ついムキになって大声を出してしまったわたしは、周りの視線を感じてすぐに口を閉じた。
この幼馴染で隣人のユウタとママの入院している病院へお見舞いに行った帰り道、久しぶりに会ったということでお茶して行こうという話になり。病院近くの駅前のカフェで互いの近況などを報告し合っていた。そこで何となく圭介の話をしたらユウタが殊の外食いついてきたのだ。

「いいじゃん、いいじゃん。王道じゃん」
「…は?何が」

ワクワクした様子で身を乗り出してくるユウタに、ちょっとだけ引き気味になった。コイツはわたしより先に茶髪デビューするくらいチャラくて、ノリが軽い。昔から男女のアレコレが好きらしく「4組の高田が2組の猪原さんに告ったらしいぞ」などというソッチ系の噂話が大好物なのだ。

「最初は険悪、でも少しずつ仲良くなっていって、お互い良いところに気づいて惹かれ合っていく!少女漫画の王道だって言ってんの」
「バッカじゃないの!ユウタ、相変わらず男のくせに少女漫画読みすぎて頭がお花畑」

女の子を口説くヒントは少女漫画にあり、という持論を持つユウタは、少年漫画よりも少女漫画を好む。女のわたしより詳しいんだから嫌になる。

「あーそういう男のくせにとか今じゃもう差別用語だから。そもそも男が少女漫画読んじゃダメって法律ある?」
「またすぐ法律とか持ち出してウザ…。だいたい圭介とわたしはユウタが食いつくような関係じゃないし」

すっかり薄くなったコーラをストローでかき回しながらそっぽを向く。でも頬には痛いくらい視線が突き刺さるから、チラっと視線を向けると、ユウタは更にニヤニヤしてわたしを見ていた。ほんとウザい。

「でもオマエの口から男の話が出るの珍しいじゃん。前はいけないバイトで知り合ったオッサンの愚痴しか言わなかったような奴がさー」
「うるさいあなぁ…。あんなバイトとっくにやめたって言ってるでしょっ」
「でもやめたキッカケくれたのがその圭介って奴なんだろ?いや~これはマジであるな、うん」

ユウタは一人で納得しながら云々と頷いている。コイツに圭介の話をしたのが間違いだ。何でも恋愛に結び付けたがるとこはお節介女子かと突っ込みたくなる。

「で、その圭介って何組のヤツ?」
「…何でよ」
「いや、だって気になんだろ。男前過ぎんじゃん。監禁されかかったオマエを助けに来たり、お祭りでも庇ってくれたり。不良って言うけど、世間的に言われてるような不良とイメージ違い過ぎだし」
「それは…そうだけど…圭介が何組かなんて知らないもん。そこまで聞いてないし」
「ハァ?でも松野のツレなんだろ?じゃあ、あのグループにいんのかな」

ユウタは隣のクラスだけど、ウチのクラスの松野は不良で目立ってるから学校中の人間が知っている。でも松野にくっついてる男達の中に圭介はいない。そう記憶している。

「いないよ。っていうか学校で見かけたことないし」
「何だよ、それ。じゃあサボってるってことか?」
「それは…ないと思う。ちゃんと朝は制服着て学校に行ってるし。ただ会ったことないだけで」
「じゃあ学校に来てるのか分かんねーじゃん。制服着て出たとしても遊びに行ってるかもしんねーだろ」
「……そうだけど。でもあの圭介が毎日サボってるとは思えない」
「何の信頼だよ。あーやっぱ、ソイツのこと――」
「だから違うってばっ」

途端にニヤっと笑うユウタを無視しつつ。やっぱり圭介が涼子さんを悲しませるようなことはしないという結論に達した。ただでさえダブってるのを気にして苦手な勉強を頑張ってるのを知ってる。その圭介がサボるとは思えない。

(まあ夏休み明けたら圭介のクラスは松野にでも訊いてみよ)

何となく本人は教えてくれない気がした。

「それにしてもあっちーなー。窓際の席、失敗じゃね」
「まあねー」

今日も日差しが強くて、軽く目を細めながら待ちゆく人々を眺める。夏休み中の渋谷近辺は、どこもかしこも人、人、人だらけだ。昼間ともなると高校生らしい集団や、わたしと同じくらいの女の子や男の子ばかりが目立つ。ボーっとその道行く人を眺めていたわたしは、ふと人より一つ頭が出ている人物へ自然と目を向けた。

「え、嘘」
「あ?何が」

人の流れに合わせて歩いて来るのは、どう見ても圭介だ。今日は約束があるとかでわたしよりも先に出かけて行ったことを思い出した。どうせまた不良仲間と遊びに行くんだろうと特に気にも留めなかったけど、ちょっと驚いたのは圭介の隣に可愛らしい女の子が歩いていたからだ。

「おい。どうした?誰か知り合いでもいた?」

窓の外を食い入るように見ているわたしに、ユウタまで外を眺め出した。すると何か視線を感じたのか、目の前を通り過ぎようとしていた圭介がふとこっちへ視線を向けたからバッチリ目が合ってしまった。その時の圭介の顔と言ったら。ギョっとしたように足を止めて頬を引きつらせている。

「え、誰、コイツ。の知り合い?」
「え?だ、だから…圭介」
「は?同居中の?すげー偶然だな、おい。つーか、かっけーじゃん!でもやっぱ見ねえ顔だわ」

ユウタは一人盛り上がり、何故か笑顔で圭介に手を振っている。知らない相手にもフレンドリーに接するコイツの度胸はある意味尊敬する。だけど圭介もユウタのことを知らないのか、怪訝そうに眉をひそめた。その時、彼の隣にいた女の子が圭介の腕を引っ張って何やら言っている。

「あ…行っちまうぞ、いいのか?」
「べ、別に!向こうはデート中みたいだし、邪魔しちゃ悪いじゃん」

言いながらソファに座り直すと、すっかり味の薄くなったコーラをストローで飲む。でも殆ど飲み終わっていたのか、ズズズっと間抜けな音が鳴るだけだった。いや、そんなことよりも。何だ、今のは。圭介って彼女いたっけ?そんな言葉がグルグルと頭の中を回り出す。

(う、腕なんか組んじゃって…)

女の子が圭介の腕を引っ張りながら何かを言った後、その子は自分の腕を圭介の腕に絡めて、早く行こう的なノリで歩き出した。圭介の視線はこっちに向いたまま、彼女に引かれるまま行ってしまったけど、あれはどう見てもデートだ。

「おい」
「………」
「おい、!聞いてんの?」
「…え?」

目の前のテーブルを指でトントンと叩かれ、ハッと我に返る。顔を上げるとユウタは少し驚いた顔で「大丈夫か、オマエ」と苦笑した。

「な、何が」
「いや…何か泣きそうな顔してるし」
「…は?そんな顔してないよ」
「いや、してんだろ。鏡見てみろよ」
「…う、うるさいなあ。そろそろ帰るよ。わたし、夕飯の支度もあるし!」
「まだ3時じゃん」
「…か、買い物行くの。食材ないし」

言いながら財布を出していると、ユウタが「ふーん」と頬杖をついてニヤリと笑った。何だ、その顏は。

「…気になってんだ。圭介ってやつのこと」
「…は?」
「何か機嫌悪くなったじゃん。さっきのアレ見てから」
「べ、別にそんなんじゃ…」

ユウタはますますニヤついた顔でテーブルに両腕を置くと、身を乗り出してきた。

「ヤキモチ、妬いたんだろ」
「な…何言ってんの…」
「誰よ、あの女!とか思ったんじゃねーの」
「そ…そんなわけないでしょっ。圭介の彼女なんか…どうでもいいもん」
「あっそ。でもまあ…は昔からそーいう素直じゃねえとこあるけど、自分の気持ちに変化が起きたら、そこは素直に認めてやればいいんじゃね。一度芽生えたもんはなかなか消えないんだし」

ユウタはいきなり真顔でそんな話をするから言い返せなくなった。気持ちの変化って何だ。自問自答しながら、それでも何となく、自分でも薄々は感じていたのかもしれない。ユウタが言ったように、圭介が女の子とあんな仲良さげに歩く男だったんだと知って、何故かショックを受けたのだから。圭介を盗られたような感覚に近い。アイツはわたしのものでも何でもないのに。

(っていうか…誰よ、あの子…)

わたしの知らない顔を見せるから、急に圭介が遠い存在になったように感じた。







次から次へと客が来店する中、オレはウンザリしつつも店内の同じ場所をずっと歩かされていた。

「おい、まだかよ」
「ん~。もう少し待って。いいの見つからない」
「早くしろよ。オレ、腹減ったわ」
「さっきソーメン茹でてあげたじゃない」
「……ソーメンだけで足りるか」

軽く舌打ちをしながら、前を歩く幼馴染についていく。エマは棚から棚へ目当ての商品を探して、さっきから延々と悩んでいるから、それに付き合わされてるオレとしては溜息しか出ねえ。

「やっぱコッチの色の方がマイキーに似合うかな」

最初に見ていた棚に戻ったエマは、もう一度その商品を手に取り、オレに見せてきた。ずっとこれの繰り返しだ。

「知るか。ビーサンなんてどれも似たようなもんだろ」
「そんなことないよー!それぞれデザイン違うもん」
「デザインだぁ?んな面積少ねえもんにデザインもクソもあるかよ」
「もー場地うるさい。もう少し待って」

エマは口を尖らせつつ、何足かビーサンを吟味して、やっと一つの物に決めた時は一時間も経過していた。

「お待たせ~」
「おー…マジでお待たされ」
「ごめんって。付き合ってくれてありがとね」

プレゼントが決まって満足したのか、エマはニコニコとしながら前を歩いて行く。もうすぐマイキーの誕生日だからプレゼントを買いに行きたいと、エマから連絡が来たのは夕べのことだ。ドラケンに付き合ってもらえ、と言ったら「そのドラケンは明日マイキーと海までツーリング」とのことで、そう言えばそんなこと言ってたなと思い出す。オレも誘われたが、ちょうどゴキをメンテに出してるから断ったのだ。預けたのはSS・モーターズ。マイキーの兄貴の店で、いつも割引してくれるから助かってる。ただそういった事情でエマに買い物を付き合わされる羽目になった。

「あ、ねえ。どっかでお茶してく?」
「あ?いや…」

と言いつつケータイで時間を確認すると、何とも中途半端な時間。ただお茶をしてくとなると一時間はかかるだろうし、それからだと間に合わない。

「何、場地、用でもあるの?」
「別に用ってほどのもんじゃねえけど…が買い物行くっつってたからよ」
って…場地の家に居候してるっていう女の子?」
「ああ。今お袋が旅行でいねえから食事全部ソイツがやってくれててさ。だから食材とか買い物行く時はなるべく付き合ってやろうかと思って」
「へえ~。荷物持ちしてあげてるんだ」
「何だよ、その顏は。作ってもらってんだからそれくらい当然だろ」

ニヤニヤしながら見上げて来るエマに思わず目を細めた。それ以上からかうネタを提供しない為、オレはエレベーターをサッサと降りて出口へ向かう。人混みを抜けてデパートの外に出ると途端にむわっとした熱気が全体を包んだ。

「あっち~…デパートの中が快適すぎて出たくなくなんなー」
「あ、ねえねえ。その子可愛い子なんだって?マイキーが言ってたよ」
「…チッ。余計なことを」

まだその話をするのかと思いつつ、炎天下の中を人の流れに任せて歩いて行くと、エマはオレの横に並んで歩きだした。相変わらずニヤニヤしながら見上げてくるからウザいったらねえ。

「お祭り一緒に連れてくくらい仲良くやってんだ」
「…別に仲良くねえ。ただアイツ一人残して出かけるわけにもいかねえから連れてっただけだよ」
「別に子供じゃないんだし良くない?」
「良くねーよ。アイツは一人にすると何しでかすか…」

と言いかけて言葉を切った。いや前のアイツならまだしも、今はもう変なバイトはしないか。危ない目にもあったわけだし、他のオッサンと遊びに行くようなバイトも断ってるって話してたしな。ただ、それでも夜に一人にするのはオレの中で何となく嫌だった。最近は物騒になって来てるし、前は近所でも居直り強盗的なのがあった気がする。まあ、あんな密集した団地に強盗に入るヤツはいないだろうが、それでもオレが不在の時に何かあったら…と考えてしまう。
以前も、お袋が一人の時に強引な新聞の勧誘が来たようで、断ってるにも関わらず強引に玄関まで侵入してきたらしい。ただ、お袋は強いから最後は新聞屋の男がビビって家を飛び出して行ったらしいが、もしそういう輩が一人の時に来たら、やっぱり危険かもしれない。

「ってことでオレは帰るわ」
「ふーん。随分と紳士になったもんだ、場地も」
「あ?うっせーよ」

一丁前のことを言うようになったエマに苦笑しつつ、駅に向かって歩く。でも何気にそっちへ視線を向けたのは、視界の中で急におかしな動きが見えたからだった。二人は身を乗り出すよう店の窓に顔を近づけ、オレの方を見ていた。

(は…?あれ…か?)

逆光で少し見えにくかったものの、カフェの店内からこっちを見ているのは間違いなくだった。この前の清楚な感じとは違い、今日はまた露出度の多いキャミソールワンピとかいう服を着ている。バッチリと目が合ってしまったことで、どうリアクションをすればいいのか分からず固まっていると、の向かい側にいた人物が何やらオレに向かって手を振っているのが分かった。逆光で見えづらいものの、それが男だと認識した時、自然と眉間が寄ってしまったのは、また変なバイトをしてるんじゃないかと思ったからだ。ただ目が慣れて来た頃、よく見れば手を振っていた男はどう考えてもオレらと同年代にしか見えない。

(誰だ、この男…何でと?)

真昼間のカフェでお茶する二人は、どう見てもデートをしているように見える。男も茶髪のどこかチャラそうな外見をしていて、何となく見たことがあるような気もしたが思い出せない。そこへエマが「どうしたの、場地」とオレの腕を掴んできた。

「いや別に…」

そう応えたのは、さっき話に出てきたがそこにいるとエマにバレれば、また面倒なことになると思ったからだ。

「あ、そーだ。あともう一件付き合ってよ」
「…あ?」

に気を取られていると、エマが勝手に腕を絡めてくる。これはお願いじゃなく、強制連行らしい。

「どこ行くんだよ」
「そこのケーキ屋さん美味しいから買ってくの。場地にも付き合ってくれたお礼に買ってあげるから」
「あ?いらねーよ、オレは」

グイグイとオレの腕を引っ張っていくエマに言いながらも、の方へ視線を向けたが、結局その場所を離れる羽目になった。何となく悶々としてくる。

「別に場地が食べなくても、その同居人の子にあげればいじゃない。ほら、行こ!」
「…ったく。オレはそれで帰るからな」

そう言いながら、もしがさっきのチャラ男とデートをしてるのなら帰りは遅いのかもしれないと思う。なら買い物もアイツに付き合わせるかもしれない。

(ってか、デートするような同年代の男いたのか。誰だよ、あの男は…)

何となく引っかかりを感じながら、エマとケーキ屋に向かう。つい後ろを振り返ったものの、すでに二人の姿は見えなくなっていた。






ユウタと別れて午後4時過ぎには家に帰って来たわたしは、お見舞いに行ったついでに持って来たママの洗濯物を洗おうと洗濯機へ入れて電源をオンにした。これを洗っている間にスーパーへ買い出しに行こうと、すぐに玄関へ引き返す。でも靴を履いて出ようとした時、向こう側からドアを開けられた。

「あ」
「あ」

開けたのは圭介で、一瞬言葉に詰まる。先に反応したのは圭介の方だった。

「なんだ…帰ってたのかよ」
「そりゃ…買い物あるし。圭介こそ…早いね」
「別に遅くなる理由ねえし」
「ふーん…」

ついデートしてたのに?と言ってしまいそうなのを堪えつつ「じゃあ…」と言って出て行こうとした。でも不意に腕を掴まれ、ドキっとする。

「オレも行く」
「…え?」
「買い出し。オマエ一人じゃ重たいだろ」
「あ…うん…ありがとう」
「別に礼なんかいらねえ。飯作ってもらってんだし」

圭介は変なところで律儀だ。帰って来たばかりだというのに、その足でスーパーにつき合ってくれるらしい。

「あ…ありがと」
「だからそれはこっちの台詞」

圭介は苦笑気味に言うと、手にしていたケーキの箱らしきものを下駄箱の上に置いて「ほら行くぞ」と歩いて行く。わたしもすぐに玄関の鍵を閉めると、その後を追いかけた。太陽が傾き、すっかりオレンジ色に染まっている空は、雲と滲んで絵画のように幻想的だ。そのオレンジに包まれた道を圭介と並んで歩いていると、ふと先ほど彼の隣にいた女の子の顔が浮かぶ。小柄で柔らかい雰囲気の子だった。ああいう子がタイプだったのか、と思いつつ、隣の圭介をそっと見上げた。でも同時に圭介もわたしを見るから、さっきのようにバッチリと目が合う。

「な、何…?」
「あ?別に…」
「………」
「………」

そこで何も言えず互いに黙り込む。変な空気になって少しだけ気まずい。さっき目が合って互いに認識したんだから、普通にあの子は誰って聞けばいいのに、何となく聞きにくかった。圭介に彼女はいないと聞いてたし、そう思い込んでたけど、もしかしたら夏休み中に付き合うことになった子なのかもしれない。でもうちの学校では見かけない子だった。

(あんな可愛い子なら学年が違っても絶対に噂になるはずだけど…知らないってことは別中?)

やけに気になって色々聞きたいのに聞けない。圭介も何となくわたしをチラチラ見ている気配はするから、彼女を見られたことを気にしてるのかと思った。

(別に…わたしには関係ないけど…)

これはただの好奇心だ。ユウタのアレと一緒。だから深い意味はないんだし、さくっと聞けばいいのに。終始そんなことを考えながら気まずい空気のまま買い物を済ませたわたしと圭介は、帰り道もそんな感じだった。

「手伝うわ」

夕飯を食べ終わった後、圭介がキッチンに来て隣に立った。使った食器をわたしが洗って、圭介がそれを拭いて行く。いつものことなのに今日ばかりは何となくドキドキして、普通に会話が出来ない。いや、さっきからそうなんだけど。圭介も同じことを思っていたのか、最後のお皿を拭き終わった後「オマエ、何か大人しくね?」と苦笑いを浮かべた。

「え…そ、そう?」
「いつもの倍は大人しいだろ。何かあったのかよ、アイツと」
「…アイツ?」

冷蔵庫から食後のケーキ――帰りに買って来たらしい――を出していると、背後から手が伸びて来てそれを奪っていく。え?と思ったら圭介はニヤリと笑って「これオレのな」と笑った。同じ物だから別にいいけど、背後から取るのはやめて欲しい。あまりに至近距離過ぎて心臓が跳ねてしまった。

「お、同じケーキだから」

言いながらもフォークを二つ持って茶の間のテーブルにつく。隣の圭介にフォークを渡すと「サンキュー」と受け取って美味しそうにケーキを食べ始めた。

「んで?何でオマエは元気ねーんだよ」
「え?」

不意に圭介が口を開き、顏を上げる。そう言えばさっき「何かあったのか、アイツと」と聞かれたのを思い出す。アイツって誰だ?と首を傾げたものの、昼間一緒にいた幼馴染の顔が浮かんだ。わたしが圭介の彼女を見たように、圭介もわたしとユウタを見たんだろう。すなわち、圭介の言うアイツがユウタのことだと気づいた。

「え、別に何もないけど」

あるはずもない。ユウタとは保育園の頃から一緒で家も隣。すでに家族みたいなものだ。一年会っていなくても、あのノリで話せるくらいの。

「フーン…。つーか…オマエさぁ…」

圭介は軽く首を傾げながらわたしの顔を覗き込んできた。それが意外と近くてドキっとする。

「な、何…」
「また変なバイトとかしてねーよな」
「え?し、してない…何で?」
「………」

急に黙りこむ圭介に、今度はわたしの方が首を傾げる。すると圭介はわたしから視線を反らした。

「いや、さっき男といたから客かと思って。でも若いし違うよな、やっぱ。ってことは――」
「…って…ことは?」
「彼氏…とか?」
「…えっ?」

あり得ないワードが圭介の口から飛び出したせいで、思った以上に大きな声が出たかもしれない。わたしのリアクションに今度は圭介の方がギョっとしている。というか、何だ彼氏って。

「そんなはずないでしょ?ユウタは…ああ、さっきのアイツは隣人でわたしの幼馴染だよ」
「………あ?幼…馴染…?」
「うん、そう。今日はママのお見舞いに行ったんだけど、ユウタも行きたいって連絡来たから一緒に行って来ただけ。さっきはその帰りだったの」
「……あ……そう」

わたしの説明を聞いていた圭介はポカンとした顔をしていたものの、不意に小さく吹き出した。

「何だ…幼馴染ね。はは、なるほどな」
「な、何笑ってんの…?」
「いや…別に」

よく分からない圭介のリアクションに自然と眉間が寄ってしまう。でもまさか彼氏と思われてたなんてムカつく。ユウタなんて同じ歳だけど手のかかるチャラい弟くらいの感情しかない。でもその時、この流れならあの女の子のことを聞けるんじゃないかと思った。

「そっちこそ…」
「あ?」
「さっき可愛い女の子と一緒にいたじゃん。彼女でも出来たの?」
「……………」
「……(あ、あれ…?)」

まさかのノーリアクション?というか固まってる圭介を見て驚いていると、徐に顔をしかめた圭介が「ハァ~~?」と呆れたような声を上げた。

「彼女って…エマのことかよ?ないない…!アイツは幼馴染でマイキーの妹!彼女とかありえねえ~っ!」
「え…っ?」

圭介は大げさなほど手を振って言い切ると、そのうち一人で笑いだした。あり得ないを連呼してるとこを見れば、本当に幼馴染らしい。しかもあのマイキーくんの妹なんて驚きだ。

「もうすぐマイキー誕生日なんだよ。んで、エマに誕生日プレゼントを買うの付き合えって言うからさ。あれはその帰り。ああ、エマってのはアイツの名前な」
「そ……そっか。良かった…」

真相がわかり、あの子は彼女じゃない、と理解したら何故かホっとして笑みが零れた。でもすぐそんな自分に驚く。

(良かった?良かったって何…?)

何でホっとなんかするんだと疑問に思ったけど、あの子が圭介の彼女じゃなかったと分かって、明らかにわたしはホっとしていた。それも無意識に。
そんなわたしを見て、圭介が訝し気に目を細めたのが分かった。

「何だよ…良かったって」
「へ…?あ…な、何でもないっ」

ひょいっと顔を覗き込む圭介にギョっとして慌てて身を引くと、更に怪訝そうな顔をされてしまった。でもマズい。今、わたしの顔は赤いかもしれない。じわじわと熱が顔に集中していくのが自分でも分かる。

「おい、…どうした?オマエ…顔赤いぞ。熱でもあんじゃねーの」

そう言って圭介が手を伸ばしてわたしの額に手を置く。たったそれだけなのに心臓がおかしな音を立てた。

「あっつ…大丈夫かよ」

相当火照ってたんだろう。額に触れた圭介が驚いたように手を離した。でもわたしは胸にこみ上げた感情を処理するのに必死で、まともに圭介の顔が見れない。

「だ…大丈夫…」
「大丈夫って…顔じゃねえだろ…それ」

そんなの自分でも分かってる。きっと今のわたしは耳まで真っ赤だ。目だって勝手に潤んでいくし、ドキドキが凄くて息苦しい。どんな顔になってるのかなんて怖くて自分じゃ確認できない。でもどうしてそうなるのか、その理由に気づいてしまった。
わたしは、多分。ううん、きっと。圭介のことが好きだ――。