最終話...これから始まる



圭介に「好き」だと言った。圭介もわたしのことが「好き」だと言ってくれた。まさかの同時告白は凄く驚いたけど、同じ気持ちでいてくれたのは死ぬほど嬉しい。
だけど、一つ困ったのは――。

「マジで上手いわ、の作った餃子。何杯でも飯が食えるし」
「そ…そう?ありがと…」

とお礼を言いつつ、頬が引きつる。

(何でわたし、夕飯に餃子なんてチョイスしちゃったの?!)

という言葉がグルグルと回っているからだ。何が悲しくて圭介とあんなキスをした後にニンニクたっぷりの餃子を食べなくちゃいけないわけ?と自分で自分を呪う。最近は日に日に暑さを増して、お盆も過ぎたというのに熱帯夜が続いている。だから夏バテ防止にスタミナのつくものを食べさせてあげたいなぁと思ってしまった。そこでニンニクとニラをたっぷり入れてしまったことを今更ながらに後悔してしまう。ファーストキスが餃子味なんて笑えない。いや別に前にもされてるからファーストキスではないし、ついでに言えば味なんか分からなかった。さっきも何度かされたけど、ぶっちゃけテンパり過ぎて味なんて感じもしなかった。でもこの後、食事を終えて寝るまでの間に一回もキスをしない、なんてことは…ないよね、きっと。

(そう考えるとあまり食べられないかも…)

なんて思っていると、圭介がふとわたしの方を見て「あんま食ってねーじゃん。夏バテか?」と訊いて来た。圭介は何も考えてないのか、それともお腹が空きすぎてたのか、沢山作った餃子をモリモリ食べてくれている。それ自体は凄く嬉しい。やっぱり好きな人に作ったものを美味しいと褒めてもらえるのは女冥利に尽きる。でも、だけど。圭介も少しはそういうこと気にしろと突っ込みたくなった。

「別に…バテてない、けど…」
「んじゃー食えよ、もっと。オマエ、最近ちょっと痩せたぞ」
「…え、うそ。そうかな…?」

痩せた、と指摘されてウエスト周りを確認してみたが、自分じゃあまり分からない。むしろ夏休みだから夜更かしするついでにスナック菓子とかスイーツとか食べて太ったのではと思ってたから尚更に。

「まあは元々細ぇけど…さっき抱きしめた時、チータラかと思ったわ。細いのにフニャフニャしてっし――」
「な、何よ、その例え!もっと別の表現あるでしょっ」

酒のツマミみたいに言われてムカっときた。そもそもチータラなんてストンとした形じゃない。わたしも同じってこと?

「わたし、これでも出るとこは出てますから」

そう言ってぐっと胸を張った瞬間、普通に後悔した。それまで餃子に夢中だった圭介の目がジっとわたしの胸元を見ているからだ。

「な、何よ…」
「いや……別に」

圭介はハッとした様子で視線を反らす。何気に頬が薄っすら上気したのは気のせいじゃないはずだ。まさか変なこと想像されてる?とこっちまで恥ずかしくなった。こんなスタミナつくご飯にしちゃったのに、この手の話をするべきじゃなかったかもしれない。それからはお互い妙に黙り込んで黙々と夕飯を食べる羽目になった。

「ごっそーさん。ほんと美味かった」

結局圭介が殆ど餃子を平らげて、余った分は冷凍しておくことにした。

「う、うん…。えっと…片付けちゃうね」

サラリと褒めてくれるから照れ臭くて、すぐに使ったプレートや食器をキッチンに運んでいく。そこでお皿を洗っていると、圭介が隣に立った。

「オレも手伝う」
「あ……ありがと」

最近はこうして圭介も家事を手伝ってくれるようになったのが嬉しい。ただ隣にいられると少しドキドキしてしまう。無言のまま食器を洗い、それを圭介が拭いてくれる。そして洗ったお茶碗を渡した時だった。指先が触れてビクリと手が跳ねてしまった。わたしだけ意識してるみたいで頬が熱くなる。

「わ、わりぃ…」
「う、ううん…」

小学生かと思わないでもないけど、お互い初めての恋愛ということもあり、やっぱり少しぎこちない。さっきは気分が盛り上がって大胆なことを言えたけど、今は逆に些細なことでも心臓が苦しくなってしまう。

「終わったー」

数分後、全ての食器を洗い終えてホっと息を吐くと、いつものルーティンで「お風呂沸かすね」と声をかけた。昼間のうちにバスルームも掃除したから新しく沸かさないといけない。圭介は「おう、サンキュー」と言いながら洗面所で一度、食後の歯磨きを済ませてから部屋へと戻る。これもいつもと同じだ。わたしもお風呂の準備を終えると、すぐに歯磨きを念入りに施した。圭介ほど食べたわけじゃないけど、ニンニクの匂いが気になってしまうからだ。

(って何を意識しちゃってんの、わたし!)

ちょっと恥ずかしく思いつつ、それでも3回くらい歯磨きをしっかりして最後には口腔洗浄液で口内をスッキリさせる。だってもしかしたら"お休みのキス"があるかもしれない。そんな邪なことを想像してると、ボっと音がしたのでは、と思うほどに顔が赤くなった。

(ダメだ…何かわたし、おかしいかも…)

熱く火照った頬に触れながら深呼吸をして気持ちを落ち着ける。さっきより落ち着いたと思っていたけど、やっぱり初めての告白の影響はまだ続いてるようだ。やたらとアドレナリンが出てる気がする。こうしてる今も圭介のそばにいきたいなんて思いが湧いてくるし、出来ればくっつきたいという欲求が出るんだから、恋って不思議だ。
どれくらい鏡の前でボーっとしていたのか分からないけど、突然お風呂の湧いた音がしてビクっとなった。

「あ…いけない。バスタオル用意してなかった」

ふと気づいて圭介のタオルなどを脱衣所に置いておくと、圭介を呼びに彼の部屋へ向かう。前なら平気でノックもせずに開けられたけど、今は手がかすかに震えるくらいは緊張している。意識をするなと思えば思うほど、心臓が速くなっていく。でもいつまでも突っ立ってるわけにもいかず、意を決して軽めにノックをした。

「け、圭介。お風呂湧いたよ」

そう声をかけて返事を待つ。でも数秒経っても返事はなく「圭介?」ともう一度声をかけてからそっとドアを開けた。怒られたら声はかけたと言えばいい。でも室内を覗くと圭介はベッドの上にいた。仰向けの状態で腕を顔に乗せて眠っているようだ。

「え、嘘…寝ちゃってる…?」

驚いてベッドの方へ歩いて行くと、そっと顔を近づけてみた。すると小さな寝息がかすかに聞こえてくる。もしかしたらバイクで遊び行って帰りは飛ばして帰ってくれたみたいだし地味に疲れてたのかもしれない。そこであんなにご飯を食べたならお腹いっぱいで睡魔も襲って来るか、と苦笑が漏れる。

「もー…ちょっと話したかったのに…」

なんて文句を言いつつ、それでもわたしのことを心配してバイクを飛ばして帰って来てくれたことは嬉しい。思い出すと自然に顔がニヤケてしまう。圭介の寝顔を眺めながら一人ニヤケてるなんて危ない女かもしれない。でもそこで枕元に例のメガネが置きっぱなしなことに気づいた。あんなとこに置いて間違えて潰したら大変だとばかりに手を伸ばして眼鏡を取る。それを目の前に翳すと分厚いガラスが視界に入った。どう考えても度は入っていない。けど圭介がこんな伊達メガネをかけてる姿も見たことはなく。そもそもこんなダサい伊達メガネをかけるくらいなら、もっと小洒落たデザインを選ぶだろう。

「何だろ、でもコレどっかで見た気がするんだよなぁ、やっぱり」

メガネをくるりと裏返し、正面からジっと見てみた。するとある人物の姿が脳裏をよぎる。それは違うクラスの男だった。時々廊下で見かけたりするたび、ダサい眼鏡だと笑ってしまうくらい、その男は目立っていた。というのも見た目はかなり地味ながら、高身長でスタイルだけはいい。でも長い黒髪を後ろで一つにしばっている優等生タイプの男だった。話したことはもちろんないし、常に人目を気にするようコソコソしてる空気があって何となく覚えているといった程度。この圭介のダサい眼鏡がその男のメガネと酷似しているように見えるのは気のせい?と思っていると、圭介が僅かに寝返りを打ち「ん…?」と寝ぼけたような視線をわたしへ向けた。

「あ、起きた?圭介」
「うぉ!な…何してんだよ、オマエ…っ」

圭介はベッドの端っこへ座っているわたしにビックリしたのか、慌てたように飛び起きた。そんな驚かなくても、と思いつつ「お風呂湧いたから呼びに来たの」と説明した。寝込みを襲われるとでも思われたかなと、少し落ち込んだものの、圭介は特に怒った様子もなく「ああ、風呂か」と苦笑している。どうやら普通にビックリしただけみたいだ。

「オマエは?入ったのかよ」
「わたしは後でいいよ。圭介、先に入っちゃって」
「…おう。んじゃーだりいけど入るか…髪が海水で濡れたからゴワゴワしてっし」

圭介はそう言いながら下ろしてる髪を手で一つにまとめるように指を通した。その時「え」という声が漏れたのは、未だ手の中にあるメガネと、目の前の圭介が重なったからだ。今一瞬、髪を上げた圭介と、さっき頭に浮かんだ男が脳内で一致した。いや、でもまさか。と半信半疑ながらマジマジと圭介の顔を見入ってしまった。

「あ?何だよ、変な顔して」

わたしにジっと見られて圭介は怪訝そうに眉を寄せている。でもわたしは手の中にあるメガネを素早く圭介の顏へ装着した。

「うわ、何だよ…って何でこれ…って何して――」
「ジっとしてて」
「は?」

驚く圭介の髪へ手を伸ばして、それを縛る時のように後ろで一つにまとめてみる。そして――驚愕した。

「…え?ウソ…」
「……あ?」

メガネをかけて髪を一つにまとめた圭介は、まさにあのダサい眼鏡男ソックリになった。いや、ソックリと言うかこれはもう…本人だ。

「…圭介もしかして…学校じゃこの恰好してる…?」
「……っ?」

わたしの質問に圭介はギョっとしたような顔で眼鏡を外す。でもジトっとした目を向けると、さすがに観念したのか苦笑しながら溜息を吐いた。

「バレたなら仕方ねーな…。まあ…だから別にいいけど…」
「は?え?どういうこと…?」

認めたことはさておき。何故圭介がこんな格好で学校に行ってるのか理由が気になった。コスプレ趣味があるわけじゃなし、不良の圭介が優等生風の恰好をする意味が分からない。そう問いただすと、圭介は困ったように頭を掻いた。

「だから…もうダブれねーし極力学校じゃ地味にしてんだよ、今は」
「え…じゃあ学校で圭介を見かけなかった理由はこれ…ってこと?」
「ああ。とは何度もすれ違ってっけどなー」
「だ、だって分かんないよ、そんな恰好されてちゃ」
「仕方ねーだろ?こっちの方が何かと教師の受けはいいし、診断書・・・にも響かねえかと思ったんだよ」
「……診断書?内申書じゃなく」
「―――ッ!」

やっぱり間違っていたらしい。圭介の頬が僅かに赤くなった。

「診断書って…病院じゃないんだから」
「…うるせぇな。ちょっと間違えただけだろがっ」

ムキになって言い返してくるのが面白くて思い切り吹き出すと、何笑ってんだと頬をつねられた。

「だ、だって診断書って…もしかして圭介って…天然?」
「あ?何だ、天然って!つーかメガネ返せ」
「やーだ。ね、コレかけてみて」

再び奪ったメガネを圭介の顔にかけようとすると「やめろ、バカ」と抵抗された。ちょっとした攻防になったものの、お互い途中からただのじゃれ合いみたいになってきてる。圭介の動揺する姿が面白くて顔に手を伸ばすと、反撃に出てきた圭介に手首をガシっと掴まれてしまった。その手の力にドクンと胸の奥が跳ねる。

「け…圭介…?」
「ったく…オマエといると飽きねーわ」
「え…」

顔に影が落ちたと思ったらくちびるが重なっていて、驚きのあまり目を見開く。そんな空気なんて少しもなかった気がしたのに、と焦ったものの、角度をかえて触れてくる圭介のくちびるが気持ちいい。身を任せるようにしながらキスを受けていると、少しずつ体温が上昇していくのが分かる。その内ゆっくりと体が傾いて、最後にはベッドへ寝かされてしまった。

「ん…」

今度は上から圧し掛かるようにキスを仕掛けられ、徐々に苦しくなってくる。キスの仕方なんて知らない。ジっと息を殺し、圭介にされるがままだ。一瞬、もしかしてこのまま…なんて考えも過ぎったけど、まだ早いという気持ちと、初めては圭介がいい、という気持ちが綯い交ぜになり、理性と本能の間で揺れ動く。圭介は今、何を思ってわたしにキスをしてるんだろう、なんて考えた。

「…ん、」

その時、触れあっていたくちびるにぬるりとしたものが掠めて肩が跳ねた。それが圭介の舌だと気づいた時、更に心臓が速くなっていく。触れ合うだけのキスでいっぱいいっぱいのはずなのに、自然と口を開けてしまいそうになった自分に一番驚いた。これが人間の本能ってやつかもしれない。きっと圭介も同じだと思う。だけど、そんな大人のキスは恥ずかしい。そう思った瞬間、すぐ近くで電話が鳴りだし、お互いにビクンと体が跳ねた。

「…チッ。家電っつーことかお袋だな…」
「え…?」

上体を起こした圭介が、机の上にある子機を取ったのを見て、わたしも慌てて起き上がる。三日に一度くらい涼子さんから電話がかかってくるのだ。圭介は溜息交じりでわたしを見ると「静かにしてろよ」と人差し指をくちびるに当てた。それを見て無言のまま頷くと、圭介が通話ボタンを押す。涼子さんは相変わらず元気のようで、今日はお土産何がいい?という電話だったらしい。

(そっか…明後日には帰って来るんだ…)

ふと壁にあるカレンダーへ目を向けて、あれから10日近くも経ったのかと驚いてしまう。まさか二人きりのこの時間で、圭介とこんな関係になるなんて思ってもみなかった。

(あ…そう言えば…涼子さんが帰って来たらどうしよう…)

ずっと隠し通せるはずもない。圭介と付き合いだしたって言ったら、涼子さんは何て言うのかな。
そんなことを考えながら、楽しそうに電話をしている圭介を見ていた。







「よぉー!ただいまやでー」

後日――。アホみたいな関西弁のノリで帰宅したお袋を見て思わず目が細くなる。隣にいるも少し呆気にとられた顔で「お、お帰りなさい」と笑顔を引きつらせた。この日の午後、休暇を終えたお袋が帰宅。また場地家は一気に賑やかさが戻ってきた。

「元気にしてたー?ケースケ、ちゃん!お土産いっぱい買ってきたからねー」
「わあ、ありがとう、涼子さん」

お袋は手にしていたバッグをオレに押し付けると、自分は土産袋だけを持ち、の手を引いて茶の間へ向かう。オレは軽く舌打ちしながら重たいバッグをお袋の部屋まで運んでやった。ったく、帰って早々人使いの荒い母親だ。

「はーい。これレンジでチンして食べられる明石焼きでしょー?それとゴーフルに、たこ焼きスナック…」
「ほぼ食いもんじゃねーか」
「え、何よ、ケースケ。ビリケンさんのキーホルダーとか欲しかったりした?」
「いらねーよ!」
「えー?何でよ。せっかく買って来たのに」
「買って来たのかよっ!」

すっとぼけたことを言うお袋に思わず突っ込むと、「さすがケースケ。関西人も顔負けのナイスツッコミ!」とはしゃぎだした。頭がいてえ。しかも買ってきたのはキーホルダーじゃなく、ケータイ用のストラップだった。しかも何故かとお揃いだ。

「ほら、これ二人でケータイにつけてね」
「ハァ?何でだよ」
「だってお揃いって可愛いでしょーが。カップルみたいで♡」
「「…………」」

お袋はウキウキした様子で多分からかっただけだろう。でもオレとは当然のように無言になってしまった。ついでにの顏はハッキリ分かるくらい赤くなっていて。勘のいいお袋は案の定、その微妙な空気との赤面顔にすぐ気づいた。

「あれあれ~?何か二人、前と違わない?」
「…っあ?」
「まさか…わたしのいない間に何かあったとか?」
「「―――ッ」」

マジで怖いくらいに言い当てて来るお袋にはぐうの音も出ねえほど心臓に負担をかけられた気がする。も同様なのか、それとも夕べ夜更かしして二人で映画なんて観ちまったせいか。突然口を押えて「う」と言ったままトイレまで走って行ってしまった。

「え………」
「………あ?」

そのまさかの行動にオレ、そしてさすがのお袋も唖然としている。そして何を思ったのか、お袋は今までの笑顔から一変。ジロリと悪魔もビビるほどの形相でオレを睨みつけた。

「…っケースケ!アンタ、ちゃんと避妊はしろって――」
「ハァ?舌も入れねえキスでデキてたまるかっ!!つーか10日やそこらであんなんならねーだろ!」
「……な……っ」
「あ……」

売り言葉に買い言葉。つい言い返してしまったせいで、お袋が驚愕といった顔をしている。この時のオレはとのこと話す前に変な形でバレたということで地味に焦っていた。なのにお袋は途端に眉尻を下げると、同情するような目でオレを見た。

「えぇ…アンタ達…まだそんな感じなの…」
「あぁ?!何だ、そのリアクション!親として激しくおかしいだろっ」

怒鳴りつつ、具合の悪そうなが心配でトイレに行こうとしたオレを、お袋が慌てて止めた。

「待って!ちゃんもアンタには見られたくないでしょ。わたしが面倒見るからケースケは薬箱持ってきて」
「…う…わ、分かった…」

急にまともな親に戻り、オレは呆気にとられつつも言われた通りに薬箱を取りに行く。少しするとはお袋に支えられて戻ってきた。

「おい…大丈夫かよ…顔色わりーぞ」
「ご、ごめん。何か気持ち悪くて寒気がするし胃がむかむかする…」
「気持ち悪いって…変なもん食ったっけ?」

本気で具合の悪そうなを見てますます心配になっていると、お袋がオレの足をガンと蹴って来た。

「いてーなっ」
「いいから早くあたしの部屋に布団を敷いて。気が利かないったら…」
「…チッ。分かったよ」

帰って早々理不尽全開な母親にムカつきながらも、やっぱりが心配で、オレは言われた通り、お袋の部屋に布団を敷いた。はパジャマに着替えてから布団に入ると「だんだん寒くなってきた…」とボヤいている。見れば何気に頬が熱い。

「オマエ、熱あんじゃん…風邪じゃねえか?」
「そう言えば…今朝起きた時ちょっと喉が痛かったかも…」
「あー…夕べ二人で寝落ちしたからエアコンつけっぱだったしな…」

目が覚めた時、茶の間で二人してごろ寝状態だったことを思い出す。目が覚めた時はエアコンの風ですっかり体が冷え切っていた。もしかしたらそれが原因かもしれない。

「悪い…オレが気を付けてりゃ良かったな」
「…え、圭介のせいじゃないよ。わたしもお風呂上りで暑いからって、ずっと薄着だったし」

顏半分まで布団に潜りながら、が恥ずかしそうに呟く。そっと額に手を置くと、熱が上がって来たのか結構な熱さだった。そこへお袋が薬と水を運んできた。

「ほら、これ飲んで」
「あ…ありがとう…涼子さん」

が少し上半身を起こすのを見て背中を腕で支えてやると、お袋がすぐにニヤニヤし始めた。

「へえ、ホントに二人、付き合ったんだねー」
「…あ?」
「あ、あの涼子さん…」

自分の親にこういうツッコミをされると妙に照れ臭い。でも別に隠そうと思ってたわけでもなかったし、オレとしては手間が省けたと言った感じだ。

「いいよいいよ!わたしと多香子の望み通りになったし嬉しいわー」
「え…お母さん…?」

薬を飲み終えたを再び寝かせて布団をかけていると、お袋は一人盛り上がっている。聞けばを預かる時に二人でそんな話を冗談交じりに話していたらしい。息子と娘のことを勝手に「くっつけちゃう?」と話すとか、マジで何つー母親たちだと飽きれたものの、結果的にオレもに惚れてんだから何も言えねえ。

「ってことであたしは早速多香子に報告がてら見舞いに行ってくっから、ケースケはしっかりちゃんの看病してろよ?」
「あ?何だそれ…つーか、言われなくてもやるよ」
「千冬が誘いに来たからって出かけたら承知しないからね」
「…だから分かってるって!だいたい熱出して寝込んでるコイツを置いてけるわけねーだろ」

お袋の言い草に呆れつつ言い返せば、「へえ」とウザい笑みを浮かべながら「ラブラブじゃん♡」とこっぱずかしいツッコミをされて顔が熱くなった。

「うっせえな。行くならサッサと行け!」
「はいはい。邪魔者は消えますよ。ああ、帰りは買い物してくっから夜は美味しいお粥作ってあげるね」
「あ…ありがとう…お母さんには大丈夫って伝えて」
「はいはい。じゃーね、ケースケ。頼んだよ」

お袋はそれだけ言うと、土産を手にの母親が入院する病院へウキウキしながら出かけて行った。それを見送った瞬間、ドっと変な汗が噴き出してくる。

「ごめんね、圭介…」
「あ?何が」
「速攻でバレちゃったし…」
「いやまあ…別にちゃんと話すつもりだったし別に…」
「え…」
「何だよ。隠して欲しかったか?」

が驚いたようにオレを見上げるから僅かに目を細めると、彼女は小さく首を振った。

「違う…何か嬉しいなあと思って…」
「…嬉しい?」
「だって…ちゃんと涼子さんに話してくれるってことは……本気ってことでしょ」
「あたりめーだろ。ってかオレが遊びでオマエに好きだなんて言う男だと思ってたワケ」
「お、思ってないよ…」

はどこか恥ずかしそうに目を伏せながら、また布団で顔を半分を隠している。普段とは違う少し弱々しい姿を見て、また心臓が音を立てた。とこうなってみると、何で気づかなかったんだと思うことが沢山ある。出会ってからそれほど時間が経ったわけじゃないのに、誰かを好きになるのに時間なんて関係ないんだなと思い知らされた。と会うまで女とどうこうなる自分を想像すら出来なかったというのに、随分と本気にさせられたもんだと苦笑が漏れた。

「な、何…?」
「ん?いや…オレもただの男だったんだなーと実感してただけ」
「何それ…」
「いいから寝てろ。眠そうだ」

薬が効いて来たのか、の瞳がとろんとしてきた。そっと頭を撫でてやると「気持ちいい」と呟いて目を閉じる。

「…圭介…そばにいてくれる…?」
「ああ」

そっと伸ばしてきた手を握ると、は安心したように微笑む。それが可愛くて、つい顔を近づけ、唇を重ねた。

「ん…圭介…移っちゃう…」
「移せよ。そしたら早く治る」
「で、でも…ん――」

何かを言いかけた口をまた塞げば、のまつ毛がかすかに震えた。額と同じく、唇も燃えるように熱い。顔の横に手をついて、少しずつキスを深めていくと、自然と次の欲求が出てきてしまう。力なく薄っすら唇が開いているせいだ。その隙間から舌を滑り込ませると、驚いて引っ込めようとする彼女の舌へ自分のを優しく絡めた。こんなキスは初めてなのに、自然と出来るものなんだなと変なことに感心しつつ、の柔らかい舌を堪能するように吸い上げた。おかげでそんなつもりはなかったはずなのに腰の辺りがズンと重くなる。これ以上はダメだ、と思いながら唇を離そうとした時だった。ピンポーンというチャイム音と、ガチャリとドアの開く音。そして「場地さーん!ペケJ来てないっスか~?」という千冬の声が聞こえてきて、オレは慌てて飛び起きた。

(お袋のヤツ、鍵を閉め忘れたな?!)

と思いながら「今いく――」と言いかけたが、ふと彼女をを見ればいつの間にか眠っていたようだ。こてんと顔を横に向け、スース―と小さな寝息が聞こえた時、つい笑みが零れた。

「キスの最中に寝るなよ…ったく」

なんてボヤいたものの、その寝顔が可愛くて火照った頬にも軽く口付ける。

「この顔はどう見ても悪女には見えねーな…」

子供のようにあどけない寝顔を見て苦笑すると、最後にキスを唇へ一つ。今はこれで十分に満足で。オレ達の時間はこれから始まっていく。そんな予感がしていた。





END...





場地くん連載これにて終わります!本当は10話もない予定だったのに気づけば超えててビックリです笑
他愛もない日常を一緒に過ごしながら少しずつ惹かれ合っていく感じの青春ものを描きたかったんですが、私の力不足で思ってたものにはなりませんでした泣
拙いお話でしたが、最後までお付き合い下さった方がいましたら、本当にありがとう御座います!

By.HANAZO...23/09.21