隠し事

Cry baby cry honey


修二と知り合って二度目の春。付き合いだしてからは初めて桜の時期を迎えた。

「へえ、まだ付き合ってたんだ、例の死神と」

そう言って驚いたのは学校の友達の一実かずみだ。元カレの雄馬にナンパされた時は一実も一緒だっただけに、その後の顛末も軽く説明してある。

「まだって…言い方」
「いや、だって噂が噂だけにねー」

一実は悪びれる様子もなく笑いながら、コンビニで買ってきたサンドイッチを頬張っている。彼女の家もウチと負けず劣らず放任主義のようで、お弁当なんてものは一切作ってくれないらしい。

「最初はもビビってたじゃん」
「まあ…そうだけど…でも噂で聞いてたような人じゃないよ。すんごく優しいし大事にしてくれるもん」
「それは聞いてビックリしたけどさぁ。でも告られて速攻で付き合うって、もやるよね、ホント。大して相手のこと知らなかったんでしょ?」
「そんなの雄馬も同じだったし…でも修二はアイツと違ってホントにいい彼氏っていうか」

確かに修二のことは付き合うまで、あまり良く知らなかった。でも恋愛において公式なカップルとしてのステータスを確立するタイミングは人によって異なる。この前バラエティ番組に出てた恋愛専門家の話によれば、2ヶ月が公式な関係を考える適切な時間だとされてるけど、わずか数回のデート後に公式にする人達もいると話していた。相手を良く知るのも大切だけど、直感的なものも必要だということだ。
わたしは修二に告白された時、この人ならと確信に近いものを感じたから受け入れたんだと思う。

「そっかぁ。でもやっぱ相手に想われてる方が女は幸せかもねー。追いかけてばかりは疲れるもん」

一実は最もらしいことを言いながら、ウンウンと頷いている。だけどわたしの手元のケータイを見て苦笑を零した。

「でも一緒じゃない時に女だけで遊びに行くの禁止は厳しすぎん?過保護過ぎって言うかさー」

わたしが修二にメールしているのを見ていた一実は少し呆れ顔だ。でもわたしは厳しいと感じてない。過保護だとは思うけど。

「去年、修二とお祭りに行った時に雄馬にバッタリ会っちゃって少しモメたんだよね。だからだと思う」
「あー…何か言ってたね。でも半間くんが全員ぶっぱしたんでしょ?」
「うん…でもそのせいで恨んでるかもしんねえって…。わたしだけの時にまた雄馬に見つかったらって修二は心配してるの」

普通はあれだけボコボコにされたら相手はビビって、例えまたその辺で会っちゃったとしても手は出してこないような気がする。でも修二は色んな不良を相手にしたきたことで、そう簡単な話じゃないと思ってるみたいだ。
ふと例のお祭り後に修二と交わした会話を思い出した。

――不良やってるような人間はメンツってもん大事にしたがんだよ。オレ一人に人数有利の自分らがボコられたとなれば尚更周りに示しがつかねえだろうしな。
――修二も…?
――オレぇ?オレは別にメンツとかどうでもいいわ。オレは自分が大事にしてるもん守れればボコられたとしても勝ちだと思ってるし。

修二は笑いながら、でもすぐ真面目な顔でわたしを抱きしめてきた。

――だからぁ、もオレが一緒じゃねえ時は一人で出歩くの禁止なー。雄馬は頭わりぃけど悪知恵だけは働くから何しかけてくっかわかんねえし。

あの時はまさかーなんて笑いつつ、修二が一緒じゃない時は出歩かないって約束をした。でもあれから半年は過ぎてるし、雄馬からは特に何のアクションもなかった。だからそろそろいいかなぁなんて思ってるけど、修二は未だに心配してるようだ。現にさっき"学校帰り、一実とカラオケ行ってもいい?"と送ったら、速攻で"ダメ"と返ってきた。だったら修二も来てよって思うけど、今日は稀咲くんと約束があるらしい。ここ最近はチームの方ばかり優先してて、あまり会える時間が取れてないのに。

「ケンカばっかりして何が楽しいんだろ」
「えー?何て?」
「…何でもない。ごめん、今日のカラオケなしね」
「えー!」

一実は不満げな声を上げて天を仰いでいる。わたしもまさにそんな気分になりつつ、修二にべぇーっと舌を出している顔文字を送っておいた。友達を大事にする修二も好きだけど、わたしとの時間も前みたいに増やして欲しい。これって我がままなのかな。

(男ってほんとチームとかケンカとか好きだよね…)

溜息を吐きつつ、修二をチームに誘った稀咲くんがちょっぴり憎たらしくなった。



△▼△



「げ!やべえ」
「あ?」

ちょうど赤信号でバイクを止めた時、からメールが届いた。すぐに確認した瞬間、目に飛び込んできたのはめちゃくちゃ拗ねてるような顔文字一つ。それだけで彼女の機嫌を損ねたことは分かる。

「…何だよ。どうした?」

青信号になった瞬間、脇道にバイクを寄せてエンジンを切ったことで稀咲が怪訝そうな声を出した。

が拗ねてる…」
「ああ…彼女か。何でだよ」
「友達とカラオケ行っていいかっつーからダメつったら、じゃあ修二も来てって言われたんだけど、オマエと約束あるって返したらこれだけ送られてきたんだよ」

溜息交じりで説明しながら、彼女からの顔文字を見せると、稀咲の鋭い目が僅かに細くなった。どうせ呆れてんだろうけど。

「意味分かんねえな。オマエら毎日会ってんだろ」
「でもそれも夜ちょっと彼女んち寄って、外で一時間くらい話すだけだし、最近デートっつーデート出来てねえからかも」
「…ってか、まだ彼女に例の件、話してねえのかよ」

オレが項垂れていると稀咲は呆れ顔のまま溜息を吐いた。まあ言いたいことは分かる。きちんと今の状況をに説明すれば、こんな風に揉めることもないってことくらい、オレでも分かる。けど、それ以上にを怖がらせたくなかった。
というのも、去年、オレが稀咲に誘われて東卍へ入ったすぐ後、あの雄馬がオレのいなくなった新宿を仕切りだし、その辺の悪を集めてチームを作ったらしい。その情報を拾ってきたのは稀咲で、稀咲の話じゃ雄馬がオレを必ずボコると新宿界隈で言いふらしてるとのことだった。オレにとってそんなことは日常茶飯事だが、心配だったのはのことだ。彼女の家は新宿区内にあるし、その辺出歩いて雄馬に狙われないとも限らない。だからこそキツくオレがいない時は出歩くなと言ってあった。でも事情を説明すれば怖がらせるだけだし、その辺は適当に祭りの揉め事が理由と説明してあるが、すでに半年が過ぎてもそろそろ大丈夫なんじゃないかと思い始めてるようだ。危険は忘れた頃にやってくることが多いのは嫌というほど知ってるだけに、どうしたものかと頭を抱えた。実は今日も稀咲が雄馬のチームのアジトらしき場所を耳にしたというので、これからそこへ向かうところだった。

「やっぱオレ達だけじゃ無謀じゃねえの。マイキーに相談した方が――」
「いや、これはオレ個人の話だし、チーム巻き込むわけにもいかねえじゃん」
「そりゃ最初は個人同士の揉め事だったろうが、あっちだってチーム作って動いてんだろ。だったらこっちもチームで動いた方が得策だって言ってんだよ」

稀咲の言いたいことは分かる。けど、アイツとのことはオレだけでケリをつけたい。の為にもそんな思いがどこかにあった。それが稀咲にも伝わったんだろう。不意に溜息を吐くと苦笑を漏らした。

「ったく…意外と頑固だな、半間も」
「…ばはっ。確かに」
「ハア…マイキーが参戦してくれりゃ楽勝で潰せんのに。そんな出来立てのチーム」
「マイキーの手を借りるまでもねえよ。オレだけで潰してやるわ。アイツのチームなんか」

ポケットから出した煙草を喰わえると、稀咲が無言でライターをオレに差し出す。それで火をつけると、煙はゆっくりと青い空へ舞い上がった。それを眺めながら稀咲がふっと笑みを浮かべる。

「ってか一人じゃねえだろ。オレもいる」
「…稀咲?」
「何だよ。オレじゃ不満か?」

苦笑気味に振り返る稀咲は、どうやら本気で言ってるようだ。

「いや、そういうわけじゃねえけど…オマエ、ケンカすんの好きじゃねえだろ。オレは頭の方で動くっつってたじゃん」
「ま、そうだけど、半間一人でやらせたらタケミチに叱られそうだからな」
「…ああ、タケミっちか。まあ…アイツは弱いクセにやたらと仲間思いだもんなー。ウケる」

稀咲とは小学校からの付き合いだという花垣武道を思い出して苦笑が漏れる。そもそも東卍に入ったのも、その花垣からの誘いだったらしい。

「ま、オレは別にいいけど。足は引っ張んなよ?」
「分かってるよ。オレがいい作戦考えてやっから」
「やっぱ頭脳担当じゃん」

オレが突っ込むと稀咲が楽しげに笑う。コイツと知り合って一年足らずだが、何となく前から一緒にいるような、そんな感覚になることがある。

「ってことで…今日はを迎えに行っていい?」

雄馬をボコすことも大事だが、それ以前にの方がもっと大事だ。この様子だと、そのうち一人で出歩いてしまうかもしれないと心配になった。稀咲もその気持ちを察したのか――ホントに年下かよ――溜息交じりで肩を竦めて見せた。

「分かったよ。じゃあアジトを確認に行くのは明日な」
「マジ?サンキュー、稀咲」

稀咲の了承も得たことで、オレは早速へ電話をかける。
でもこの時点では、あと一歩遅かったことなどオレは知る由もなかった。