-03-女の本音-

 

1.

休日、朝から雨が降っていた。こんな日はやたらと眠たいのは何でなんだろう。曇天で薄暗い。肌寒い。布団の中が暖かい。
わたしの場合、そんな理由で目が覚めては微睡んでを繰り返していた。そして何度目かの覚醒を果たした時、同じく隣で眠っていた存在が「あー…腹減ったな…」と呟くのが聞こえた。

「何か作ろうか?」

そう声をかけると、隣の存在が眠そうな目を私に向けた。

「…起きてたのかよ」
「ううん。寝ては起きての繰り返し」
「オレも」

寝返りを打って、イザナくんがわたしの方へ顔を向けた。伸びてきた腕に抱きしめられて、額にちゅっと甘いキスが落ちてくる。まるで恋人にやるようなことをするな、と内心苦笑してしまった。

「気圧が重いし、この音…雨だろ」
「うん…起きたらすでに降ってた」

晴れた日なら、カーテンの隙間から暖かい日差しが降りそそぐこの東向きの部屋も、今日ばかりは夕方かと思うくらい薄暗かった。
イザナくんはこういう天気の悪い日が苦手らしい。特に雨が降っていればわたし以上にベッドから出てこない。
ただ、こんな日は100%出かけないから、わたしとしては嬉しかったりする。雨の日は余計に人恋しくなるからだ。でもそれは困ることに誰でもいいというわけじゃない。

(冷蔵庫にいくつか食材あったよね…)

未だに睡魔が残る頭で考えながら、何か暖かい物でも作ってあげようかなと思う。一人なら絶対にベッドから出ないけど、イザナくんの為だと、それが苦にならないのだから、自分でも笑ってしまう。
だけどベッドから出ようとした時、イザナくんの手によって止められてしまった。
彼は不満そうに「どこ行く気だよ」と聞いてくる。

「ご飯作るの。イザナくん、お腹空いたって言ってたじゃない」
「…いい。何もいらねーから…ここにいて」

来いよ、と掠れた声で囁かれて、わたしは再びベッドへ戻る羽目になった。「飯よりが食べたい…」と、耳殻をくすぐるイザナくんのくちびるは艶めかしくて、軽い眩暈を誘発される。
「でも…」と弱々しい声で抵抗したところで、すぐイザナくんの熱に飲み込まれてしまった。くちびるで身体中をやんわりと解される快楽に溺れていきながら、イザナくんの大きな手のひらに弄ばれ、呼吸すら忘れてしまそうになる。余裕がないのはいつもわたしで、常に主導権はイザナくんにあった。元々わたしはセックスというものに積極的な方じゃなかったから、それはそれでいいし、イザナくんの抱きたいように抱かれるのは嫌いじゃない。
毎回、たっぷりと前戯で感じさせられ、濡らされる。挿れてからもイザナくんからの甘い愛撫は止まらずに、行為中にも濡らされてしまう。恋人でもない女を、これほど丁寧に抱いてくれる男がいることじたい不思議だ。
余裕がないと言いたげに腰を打ち付けてくるイザナくんの熱い吐息に煽られながら、わたしは何度も絶頂を味わわされた。後半はもう記憶にない。



「ん…」

気怠さを感じながら重たい瞼を押し上げると、まだ室内は薄暗かった。ふと隣を見ればイザナくんが横向きで眠っているのが見える。腕はしっかりわたしの体を包んでいるから、おかげで何も身に着けていないのに寒くは感じない。
朝から何をしてるんだろうと自分に呆れつつ、イザナくんに抱かれることで、日々の疲れが癒えていくのは間違いない。

(でも…恋人じゃないんだよなぁ…)

あんなに厭らしいことをした後なのに、乱れてもいない端正な寝顔を見つめながら、その滑らかな頬へ指を滑らせる。こんなに綺麗な顔をして、イザナくんは意外に肉食系かもしれない。

「ギャップありすぎ…」

薄っすら開いているくちびるにも指で触れると、カサつき一つなく、やっぱり滑々しているんだから羨ましいと思う。

「くすぐってえ…」
「ひゃ」

突然パチッと目を開けたイザナくんが、強引にわたしの腰を抱き寄せてきた。驚いて視線を上げると、意地悪そうな笑みが見下ろしてくる。

「何だよ。まだ足りねえの」
「ち、違…そういうんじゃなくて…その…スベスベだなぁと思ってただけ」
「あ?何言ってんだよ」

イザナくんは軽く吹き出すと、わたしの額にちゅっと口付けた。彼のピアスが頬を掠めていく。セックス以外でのこうした行為を、イザナくんは惜しまず与えてくれる。でも最近はそれが…ちょっとだけ切ない。

「…どうした?」

イザナくんの胸元に頬を寄せてくっつくと、上から困惑したような声が降ってくる。

「やっぱまだシたい?」
「…ううん。こうしてくっついてるとあったかいから」

本音は言えない。くっつく理由が他にあるなんて。いつまで傍にいてくれるのか、分からない人だから。

って甘えん坊だよな、わりと」
「ごめん…ダメだった?」
「いや…全然。嬉しいけど」

イザナくんはそう呟いて、わたしをぎゅっと抱きしめた。そんな誤解してしまうような言葉は言わないで欲しいのに、それを嬉しいと思うわたしは矛盾した思いを抱えているなと思う。
良く知らない彼に、惹かれていく怖さなど気づかれたくはないから、わたし自身、そんな思いに気づきたくはないから、今日もひたすら呪文のように「好きなんかじゃない」と胸の奥で唱えるのだ。
でも今だけは、恋人同士のようにくっついて眠りたかった。
雨が上がって、太陽が顔を出す頃には、きっといつものわたしに戻れるから。ううん、戻らなきゃダメなんだ。