お家デート①

 

「いらっしゃーい、ちゃん」
「こんにちは、千壽ちゃん」

春千夜くんの家に行くと、出迎えてくれたのは妹の千壽ちゃんだった。

「入って入って。ハル兄、部屋にいるよ」
「うん。お邪魔します」

千壽ちゃんに促され、わたしはいつも通り靴を脱いで上がらせてもらった。
前に来て以来、春千夜くんのお部屋でデートをするのが日課になってきて、今日もお昼過ぎから約束をしていた。外は寒いし、街中に行けば人も多い。外でデートをすると、ちょっとしたことでもお金がかかるけど、お家デートだとお菓子代くらいで済むからわたしも安心だ。
というのも、出かけると春千夜くんが何でも払ってくれちゃうからだ。割り勘でいいと言っても「に金出させんの何かやだ」と言われてしまう。だから苦肉の策としてお家デートを提案したら、そこは何故か素直に受け入れてくれた。

「ハル兄、朝からソワソワしてたから、今日ちゃん来るんだなーってすぐ分かった」
「え…そうなの?」

わたしにスリッパを出しながら、千壽ちゃんがニヤニヤしてくるのが恥ずかしい。でも春千夜くんのそういう話をこっそり教えてくれるのは嬉しかったりする。

「あ、これ、千壽ちゃんの好きなプリンも買ってきたんだ」
「え?いいの?やったー!」

袋からプリンを出すと、千壽ちゃんは素直に喜んでくれて可愛いなあと思う。わたしは一人っ子だから、千壽ちゃんみたいな妹が欲しかった。

ちゃんがハル兄の彼女になってくれて、マジで嬉しいんだー」
「オヤツ貰えるから?」

わたしが笑いながら言うと、千壽ちゃんは「違うよ~」と言いながら、チラっと春千夜くんの部屋へ視線を向ける。その意味ありげな仕草に「どうしたの?」と尋ねると、千壽ちゃんは「実はね」と声を潜めた。

「ハル兄、あれで意外とモテるみたいで、前はしょっちゅう変な女が家に押しかけてきてたんだよね」
「え…押しかけてきた?」
「うん。何か学校の女だったり、他中の女だったり。あっでも別に付き合ってたとかじゃなく。相手が勝手にハル兄に言い寄ってきてただけだから」

その話を聞いて少しホっとしつつ、やっぱり春千夜くんはモテるんだなぁと心配になってきた。

「ジブンはハル兄があのケバイ女達と付き合ったら嫌だなーって思ってたから、相手がちゃんでホっとしたんだ。ハル兄、見る目あんじゃんって」
「あ…ありがとう…」

彼氏の妹にここまで言われたら嬉しいの一言に尽きる。ちょっと恥ずかしいけど。
その時、春千夜くんの部屋のドアが開いて、彼が顔を出した。

「あ?来てたのかよ」

春千夜くんは少し驚いた様子で歩いて来た。

「あ、うん、今来たとこ」
「…千壽、オマエ、またを引き留めてたろ」

春千夜くんはジロっと千壽ちゃんを睨んだけど、千壽ちゃんは慣れてるのか「ちょっとだけだもん。あ、プリン貰って」と手に持ってたプリンを見せている。それを見て春千夜くんが今度はわたしにジトっとした目を向けてくる。

「また甘やかして…」
「ご、ごめん。でも美味しそうだったから」
「…別に怒ったわけじゃねえよ…」

わたしがシュンとして謝ると、春千夜くんが慌てたように言った。でも千壽ちゃんには「ちゃんとお礼言ったのかよ」とお兄ちゃんらしいことを言ってる。

「もちろん言ったよー」
「あっそ。じゃあ行くぞ」
「あ、うん」

春千夜くんはわたしの手を引いて部屋へと歩いて行く。千壽ちゃんがニヤニヤして手を振ってくるから、わたしも軽く手を振り返した。何かこういうのいいなあと、ほっこりした気分になる。春千夜くんと余計に距離が近づいたような、そんな嬉しさがこみ上げた。

「あ、これ買ってきたよ」

部屋に入ってからコンビニで買ってきたスイーツ類や飲み物を出すと、春千夜くんは苦笑交じりで、缶コーヒーを手に取った。

「…そんなの買わなくていいのに」
「え、でも好きでしょ、それ」
「まあ…つーか先に来てくれたら一緒にコンビニ行けたろ」
「寒いかなあと思って…」
「またそれかよ。別にオレは平気だって」

本当は今日、春千夜くんが家まで迎えに行くって言ってくれたけど、寒いのを理由に断ったのは昨日のことだ。
だって春千夜くんに迎えに来てもらったら、またこの家に戻ることになるし、行き来する春千夜くんに負担がかかってしまう。しかも今日は気温一桁でかなり寒いのだ。こんな寒い中、春千夜くんを歩かせたくない。

「オレはほど寒がりじゃねえし」

そう言いながら春千夜くんはベッド上部の棚から何を取ると、それをわたしへ放り投げてきた。思わずキャッチすると、それは猫の顏がついたモコモコスリッパだった。しかもわたしの大好きな…。

「え、これ。わたしの好きな猫のキャラクター…」
「この前109に行ったらあったから買ってきた」
「えっ?わたしに?」
「だってオマエ、足元いつも寒そうにしてんだろ」

照れ臭そうに視線を反らした春千夜くんは鼻の頭を指でかいている。

「嬉しくねえの?」

わたしがポカンとして何も言わなかったからか、春千夜くんは心配そうにこっちへ振り返った。そこでハッと我に返り、慌てて首を振った。

「すっごく嬉しい!嬉し過ぎてちょっと放心しちゃった」

そう応えると、ほんのり春千夜くんの顔に笑みが浮かぶ。確かに寒がりだとは言ったけど、まさかそこまで考えてくれてるとは思わなかった。だからこそ素直に嬉しい。

「履いていい?」
「当たり前だろ。オマエんだし」

そんなことを言われると余計に顔がニヤけそうになる。ベッドに腰をかけた春千夜くんの隣に並んで座ると、それまで履いていたスリッパを脱いで自分の足へモコモコのスリッパを通していく。サイズもピッタリな上にすんごく暖かい。

「あーあったかい…最高かも。これ春千夜くんのは?」
「あ?オレは別に…つーか、そんなのオレは履けねえし」
「そ、そっか…」

絶対似合うのに、と思ったけど口には出さなかった。春千夜くんは可愛い物より、カッコいい物が好きらしい。

「凄く嬉しい…ありがとう」
「…おー」

モコモコスリッパを履いた脚をパタパタさせて、大好きなキャラクターの顏を堪能する。ペンギンのヌイグルミに続いて、春千夜くんから、また一つプレゼントをもらった。

「これ、可愛いね」
「いや、ブサイクだろ。何でこれ好きなんだよ」
「このブサイクなとこが愛嬌あって好きなの」

春千夜くんが驚くから、つい笑ってしまった。確かにこの猫のキャラクターは一見するとふてぶてしい顔でブサイクに見えるかもしれない。でもそこが逆に可愛いと、今、女子中高生の間で人気のキャラなのだ。
春千夜くんは理解できないのか「ブサイクなのに可愛い…?」としきりに首をかしげてるから、春千夜くんのそういうとこも可愛いと思ってしまう。

「これ、春千夜くんの部屋に置いておいていい?」
「…は?持ってかねえの?」
「持って帰りたいけど…ここで使いたい。ダメ?」

わたし専用のスリッパが春千夜くんのお部屋にあると思うと、何となく幸せな気持ちになる。そう思って聞いてみたら春千夜くんは困惑気味に頷いた。

「いやダメじゃねえけど…」
「ほんと?良かったー!ウチに持って帰ったらすぐ履きつぶしちゃいそうだし…」
「…そん時はまた買えばいいだろ」
「でも春千夜くんがせっかく買ってくれたんだから長持ちさせたい」
「………」

つい本音をストレートに口にしてしまってハッとした。春千夜くんがちょっと驚いた顔をしたからだ。何となく恥ずかしくなって頬がじわりと熱くなっていく。
ついでに春千夜くんが急に身を屈めて顔を寄せてきたからドクンと心臓が跳ねてしまった。くちびる同士がもう少しで触れあいそうな距離まで近づいてくる。
その時だった。コンコンっと軽快なノック音と共に、ドアが開き、わたしは慌てて春千夜くんから離れてしまった。

「ハル兄、洗濯物ここに置いとく……って、何で二人して別々に本なんか読んでんの?」

部屋に顔を出した千壽ちゃんがキョトンとした顔で、わたしと春千夜くんを交互に見てる。
というのも、わたしはベッドから飛び降りて床に寝そべり、その辺の雑誌を手に取って見てるフリ、春千夜くんはベッドに寝転がりながら近くにあった漫画を――逆さまだけど――読んでるフリをしていたからだ。
千壽ちゃんは中まで入ってくると、わたしの方をひょいっと覗き込んだ。

「へえ~ちゃんはそんな雑誌も読むのかー」
「え?」
「うっせぇぞ、千壽!勝手に入ってくんじゃねえよっ」
「む…何だよ。せっかく持って来てやったのにっ」

いきなり怒鳴られた千壽ちゃんはくちびるを尖らせると、手に持っていた洗濯物をベッドの方へ放り投げた。それが見事に春千夜くんの顏にヒットして、きちんと畳まれていたTシャツがハラハラと散らばっていく。

「テメェ、千壽…!」
「べーだ!あ、ちゃん、ごゆっくり~♡」

思い切り舌を出した千壽ちゃんが、そそくさと部屋から退散していく。頭に被さったTシャツを放り投げた春千夜くんは、妹の態度に口元を引きつらせながらも、ふとわたしの方へ視線を向けた。

「何笑ってんだよ…」
「だ、だって…ビックリしちゃって…春千夜くん本も逆さまだったし」
「…チッ。そういうオマエも…その雑誌はヤバいだろ」
「…え?」

そう言われて、改めて手元の雑誌を見下ろした途端、裸の女の人が視界に飛び込んできて、一瞬で顔が茹蛸のように熱くなった。それは世間でエロ本と呼ばれる代物だったから慌てて雑誌を閉じる。
通りで千壽ちゃんがニヤケてたはずだ。恥ずかしい!
というか何でこんな物が春千夜くんの部屋に?
まさか春千夜くんが買ったとか――。

「な…何でこんな物があるの?」
「あ?オレんじゃねえし。この前ドラケンが忘れてったやつだよ」
「ド…ドラケンくん…こんなの読むの…?」
「いや。真一郎の部屋からくすねてきたマイキーに貰ったとか言ってた」

真一郎とはマイキーくんのお兄さんだ。確かに成人してるお兄さんなら、エッチな雑誌を読んでいてもおかしくはない。でもドラケンくんは大人っぽいとこがあると思ってたけど、やはりそっちの意味でも大人だったらしい。ついつい表紙を見下ろし――表紙は水着姿のお姉さんだ――てしまった。
でも春千夜くんのじゃないと分かって、少しホっとする。

「何…オレが買ったとでも思ったのかよ」
「う…だ、だって…」

この雑誌はベッドの下から適当にとったものだ。隠すように置いてあったし、そう勘違いしても不思議じゃない。
春千夜くんは「ったく…」と呆れたように溜息を吐いた。

「オレにはがいるんだから、そんな本なんか買うわけねえだろ…」
「……え?」
「何だよ…」

ビックリして顔を上げると、春千夜くんが不機嫌そうに顔を反らす。でもわたしは更に顔の熱が上昇していく気がした。
わたしがいるから――。
そんな風に思ってくれてるんだと少し驚いたけど、自然に顔がニヤケてしまう。

「へへ…」
「…だから何笑ってんだよ」
「だって…嬉しいから」

照れ臭そうに睨んで来る春千夜くんの隣に座り直して素直に言うと、不意に彼と目が合ってしばし見つめ合う。何となくそんな空気になってたのかもしれない。だけど恋愛初心者のわたしは、その甘い空気に気づかずに、ちょっとだけ気になってたことを口にしてしまった。

「でも…春千夜くん、あの雑誌一度も読まなかったの?」
「…………」

素朴な疑問を口にすると、さり気なく顔を近づけて来ていた春千夜くんは、何度か瞬きをしたあと、ゆっくりと目を反らしていく。その顏を見た時、やっぱり春千夜くんも男の子なんだ…と変にドキドキしてしまった。