幼馴染の青春

 

オレの幼馴染に彼女が出来たらしい。しかもその相手はエマの親友のだった。まあ何となく彼女は春千夜が好きなのかなと思うこともあったし、春千夜もまんざらでもなさそうだったのは薄々分かっていたものの。
実際に付き合うとは思わねえだろ。何か先を越された感満載だ。
ついこの前まではオレらと同じく、バイクやチームに夢中だったクセして、東卍メンバーでは彼女持ち第一号になりやがった。一番愛想がない男が何で?と皆も驚愕してたっけ。

「なあ、ケンチン」
「あ?」
「春千夜のバイクに何かすっげぇブサイクな猫のキャラクターくっついてんだけど…何あれ」

集会後、神社に居残り組の初代メンバーとだべっていたら、オレのもう一人の幼馴染であるマイキーが、やっと春千夜のバイクの異変に気づいたようだ。オレなんて先週から凄く気になってた。何でみんなもっと早く気づかねーの?春千代はキャラクターグッズなんて自ら付けるような男じゃねえだろ。

マイキーに訊かれたドラケンも「さあな」と首を傾げつつ、春千夜のバイクのハンドル付近に付けられた猫のキーホルダーを見ている。
キーホルダーと言っても、猫の顔の部分はキルト素材――三ツ谷が教えてくれた――で出来てるモコモコしたやつで、地味にデカい。それを恥ずかしげもなくハンドルにぶら下げてるくせに、春千夜のヤツはオレがジっとソレを見てたら「何ジロジロ見てんだよ…場地」と、あのデカい目でギロっと睨んできやがった。
つーか、春千夜はいつからあんなに生意気になったんだっけ?
昔は気の弱い泣き虫で、妹の千壽にも口じゃ勝てなかったっつーのに、東卍入ってからはいちいち道歩いてる奴らにケンカ売ってたせいか、メキメキとケンカも強くなって筋肉までついて来てるし。

(…マイキーのじいちゃんの道場でも一番弱かったアイツがなぁ…)

それだけでも驚くのに、今度は彼女まで作りやがるし、人間の成長速度ってマジで分かんねえ。
オレ達がガキすぎんのか?と思いながらマイキーを見ると、どうしても猫のキャラクターが気になったらしい。食べてたどら焼きの最後の一口を口へ放り込むと「春千夜~」とアイツの方へ歩いて行った。オレが見てただけでキレた春千夜が、マイキー相手にどう対応するのか、ちょっとだけ気になって、オレはバイクの点検をしてるフリをしながら、二人の方へこっそり視線を送った。

「何、マイキー」
「そのぶっさいくな猫、どしたん?オマエの趣味?」
「……」

知らないって怖い。人が大事そうにつけてるもんを軽くディスったマイキーを見てたら、そんな一文が頭に浮かんだ。
でも意外だったのは、春千夜が怒るでもなく普通のテンションでマイキーに答えたことだ。

「…彼女がくれた。マジでブサイクだけど、そこが愛嬌あるからオレも結構気に入ったし」
「へえ~。あっそういやのバッグにも似たようなの付いてたな、確か」

マイキーは思い出したようにポンっと手を打ったあと、ニカッと笑った。

「仲良しじゃん。ラブラブ?」

お~っとマイキーのヤツ、そこまで突っ込むか?とこっちがドキドキしちまうじゃねーか。あの見かけによらずシャイボーイの春千夜がどう応えるんだ?と、もはや二人に目が釘付けだった。
春千夜はマイキーから「ラブラブ?」と聞かれると、あの無駄にデカい目を右に左に泳がせ始めた。マスクしてっから顏半分は見えねえけど、絶対赤くなってるに違いない。

「……まあ」
「かーっ!惚気かよ!うぜ~」

おいおい…自分で聞いたくせに、そりゃねえだろ、マイキー。ったく、アイツは未だに小学生脳だな。春千夜もそう思ったのか「そっちが聞いたんだろ」と苦笑してる。その余裕の態度がオレにはカッコ良く見えてしまった。
昔ならマイキーに口答えすらしなかった春千夜が、彼女が出来たってだけで大きな男に見えるんだから不思議だ。
マイキーもそう思ったのか、複雑そうな顔でドラケンの元へと戻っていく。

「なあ、ケンチン。彼女ってどうやったら作れんの」
「知るか…オレに聞くな」

今度はドラケンに下らない質問を始めたマイキーに、オレは溜息しか出ない。マイキーは時々凄く大人だったりするけど、女のことになると、ガキみたいになるからな。あれじゃ彼女なんて夢のまた夢だろう。
なんてオレも似たようなもんだけど。

(彼女からのプレゼント…ねえ…)

まだまだ小学生の延長かと思ってたが、オレ達もそんな年頃になってきてるんだということを、まさか春千夜に気づかされるとは思っていなかったし、彼女持ちと彼女なしの差が、ここまでデカいとも思っていなかった。バイク乗り回してチームのみんなとバカやってりゃ楽しくていいと思ってたけど、幸せそうな春千夜を見てると何故か羨ましく感じてしまう。

「もしもし。ああ、さっき終わったから帰るとこ。は?まだ起きてんの」

春千夜は一人になると急にケータイを取り出して、誰かと電話で話し始めた。まあ誰かって彼女のだけど。
コソコソ彼女と電話なんて、一人で青春しやがってムカつく。

「は?まだ親帰ってねーの?また仕事かよ…。おっせーんだな、相変わらず」

春千夜はオレが聞いたこともないような優しい声で話してるから誰だ、アイツ?ってちょっとビビった。
でも――そうか。春千夜はといる時はあんな感じで接してるんだ。かなりマジってことじゃん。意外すぎてからかう気も起きねえ。

「…じゃあオレ、行こうか。うん。いや、平気。通り道だしオレ、バイクだから。うん」

話の流れからすると、今からの家に寄っていくらしい。まだ午後八時とは言え、こんな時間に彼女の家に寄るとかエッチにもほどがあんだろ。

(ってか…春千夜のヤツ、とどこまでいったんだろうな…)

思春期真っ盛りのオレは、やっぱ彼女が出来たと聞くと、そんなエロい発想しか出てこない。
まさかすでに脱童貞してるとか?男としてはそっちが気になるところだ。

(いや、いくら何でもあの相手じゃ、そこまでは早ぇか…照れ屋だしな…)

つーか、オレも地味にのことは可愛いなと思ってたのに、春千夜のヤツがサッサと告って付き合いだしたとか聞いた時はマジで何の冗談かと思った。オレらがバイクやケンカに明け暮れてる隙に、春千夜はちゃっかり恋を謳歌してたってわけだ。

(…クソ。何か男として負けた気分になんのは何なんだ…)

と楽しそうに話してる幼馴染の声を聞きながら、ふと見れば春千夜のバイクにぶら下がっている、とてつもなくブサイクな猫の飾りが、やけに誇らしげに揺れていた。



△▼△



冬休みの宿題を終えてチェックをしていると、遠くからブォォンという聞きなれたバイクの音が聞こえてきて自然と笑顔になった。すぐにノートを閉じて立ち上がると、窓を少しだけ開けて外を覗く。冷んやりとした冬の空気が、暖かい室内に流れ込んできて、思わず首を窄めながら、エンジンの音が聞こえる方へ顔を向けた。
すると暗い中にヘッドライトが光って、それが少しずつこっちに近づいてくるのが見える。春千夜くんだ。
今夜は集会だと話してたから会えないと思ってたけど、親がまだ帰ってないと話したら、帰りに少しだけ寄ってくれると言ってくれたのだ。

――こんな時間に一人なんて危ねえだろ。

なんて、心配してくれたのが嬉しすぎる。わたしもちょっと寂しいなって思ってたから。
だんだんバイクの音が近づいてきて、わたしは部屋を飛びだした。寒くないようしっかりコートを羽織って、マフラーも巻いて、モコモコのハーフブーツを履くと、静かにドアを開けて外を覗く。案の定、バイクのエンジン音は少し手前で聞こえなくなった。
春千夜くんはバイクでウチに来る時は、近くの公園に止めるからだ。一応、近所の目を気にしてくれてるらしい。だから毎回わたしが公園まで春千夜くんに会いにいくことになっていた。

「うわ、さむ…」

外に出ると冷たい北風が吹きつけてくるから、マスクもすれば良かったかなと思った。でも部屋に戻る時間も惜しい。早く春千夜くんのところへ行きたかった。
深夜ではないから帰宅する人の姿もチラホラある中、急ぎ足で公園に向かう。こんな寒いのに待たせてしまうのも嫌だった。

「あ…いた」

家から一分もかからない公園につくと、暗がりに明るい金髪が見えて笑顔になった。

「春千夜くん」
「おー。ちゃんとあったかくしてきたかよ」
「うん」

白い息を吐きながら駆け寄ると、春千夜くんはいつもの黒いマスク姿に特攻服の上からはコートを羽織っていた。これも特攻服じゃ目立つから、と彼なりの配慮らしい。普段は寒くてもコートは着ないというから、ビックリするけど。

「ごめんね。寒いのに寄り道してもらっちゃって」
「別にオレから言い出したんだし、が気にすることねぇよ」

春千夜くんは苦笑気味に言うと、ポケットに突っ込んでた手を出して、わたしの髪を軽く撫でてくれた。そしてもう片方、出した手にはホットミルクティの缶。それをわたしの頬へとくっつけた。

「あつっ」
「はは、冷えすぎてんだよ、のホッペ。ほら」
「あ、ホント…そんな熱くない」

手に持たされた缶は程よい温度であったかい。心地のいい温もりが少し冷たい指先に染み渡った。わたしが来る前にそこの自販機で買ってくれたみたいだ。春千夜くんのそういうさり気ない優しさが嬉しい。

「ありがとう…あったかい」
「あ、あとカイロな」
「え、あ…ありがと」

春千夜くんは再びポケットからカイロを出すと、それをわたしのポケットの中へと入れてくれた。外で会う時はこうしていつもわたしを暖かくしてくれるのだ。
いつもケンカばかりしてるし、不良だって言われてるけど、春千夜くんはこんなにも優しいところがあるのを、わたしは知ってる。

「あ…あれ付けてくれてるの…?」
「あ?あー…まあ」

公園の端っこに止められてる春千夜くんのバイクには、わたしがあげたお守りがぶら下がっている。お気に入りのキャラクターを模して作ったお手製のお守り袋だ。あのキルトの中には神社でもらってきた交通安全の本物のお守りが入っている。

「付けなくていいのに。恥ずかしいでしょ…」

あれはポケットとかにコッソリ持っててくれればいいかなと思ってあげたものだ。でもまさかバイクに付けてくれるなんて思わなかった。

「別に…まあ…マイキーとか場地とかにジロジロ見られはしたけど恥ずかしくはねえよ。がオレの為に作ってくれたもんだし」

春千夜くんのその言葉を聞いた瞬間、胸の奥でぶわっとしたものが吹き出すような感覚になった。それは感動に近い嬉しさだったかもしれない。

「ああ、三ツ谷が褒めてたわ。良く出来てるって――…な、なんだよ」
「…な、何でもない」

感動しすぎたあまり、泣きそうになって目が潤んでしまった。それを見た春千夜くんが、ギョっとしたような顔で引いている。こんなことくらいで泣くなんて恥ずかしい。

「何で泣くわけ…」
「ご、ごめん…」
「オレ、何かしたかよ」
「違う…ただその…嬉しくて…」
「…嬉しい?」

春千夜くんは困ったような顔で首を傾げながらも、わたしの頬に指先を伸ばした。

「お守り…付けてくれたから」
「そんなことで泣くなよ…焦んだろ」

かすかに濡れた目尻を指で拭ってくれた春千夜くんは、ホっとした様子で息を吐き出している。でもふとわたしを見ると、口元のマスクを指に引っ掛けて下ろした。綺麗すぎる顔の全貌が現れてドキっとした瞬間、冷えた頬に春千夜くんのくちびるが押しつけられる。その感触にドキドキして、寒いはずなのに今は暑いくらいに体温が上がってくるのが分かった。春千夜くんはくちびるを離すと、再びわたしの頬を手で包んでくれた。

「…すげー冷たくなってんじゃん」
「…だ、大丈夫…」
「大丈夫じゃねえだろ。風邪引きそうだし、オレはもう帰るから、オマエはちゃんと体あっためろ」
「え…帰っちゃうの…――」

寂しくなって春千夜くんの腕にしがみついた時、今度はくちびるにキスが落ちてきた。一度目は軽く啄まれてすぐに離れたけど、二回目は頬を両手で持ち上げられて、押し付けるようなキスをしてくる。鼓動がうるさいくらいに速くなって、包まれてる頬が一気に熱を帯びてきた。

「これ以上一緒にいたら帰りたくなくなるから…今のうちに帰るわ」

最後、くちびるを軽く甘咬みされて、ビクリと肩を跳ねさせたわたしを見て、春千夜くんがかすかに笑った。今のわたしはきっと耳も、マフラーに隠れている首まで真っ赤だと思う。この公園が暗くて良かった。
でもまだ一緒にいたいと思ってしまうのはわたしも同じだ。その思いが通じたのか、春千夜くんは軽くわたしを抱き寄せてくれた。

「明日…何も予定ねーんだけど…うち、来る?」
「……うん、行きたい」
「ん。じゃあ…起きたら電話しろよ」
「うん…すぐする」

そう言って顔を上げると、春千夜くんはわたしの額にもちゅっと口付けて、嬉しそうに微笑んでくれた。
春千夜くんのことを好きになりすぎて苦しいくらいにドキドキする。
今夜はあまり眠れそうになかった。