キミが大切

 

とは幼馴染のマイキーの家で知り合った。エマの初めての親友とかいう前触れで、あの男勝りで生意気なエマと友達になれるってどんな奴だと、そこから少し興味はあった。
いつものように学校が終わってマイキーの家に遊びに行った時、彼女はいた。茶の間で万作じいちゃんやエマと楽しそうにお喋りしながら、テーブルの上に広げられてた色んなオヤツを美味しそうに食べてて、オレと目が合うと金縛りにあったように固まった。
別に睨んだわけでもないし、あの時はマスクもしてなかったからビビられる意味が分からなかったっけ。
エマの友達なんてしてたら、兄貴がどういう人間かなんて知ってるだろうし、今更だろ。そう思った記憶がある。
マイキーが話してた通り、は色白で全体的に華奢な、いかにも女の子って感じの可愛らしい子だった。同じ学校のはずなのに見覚えがなかったのは、オレが学校へ行っても殆どの時間を旧校舎の図書室で過ごしてるせいだろう。夜通しバイクを走らせてりゃ眠くもなるし、学校には寝に行ってるようなもんだ。だからを見かけたことがないのも当然だったかもしれない。
初めて顔を合わせた時はまだエマの友達って認識しかなかった。でも次第に意識をし始めたのは、会うたび何度か目が合うようになったからだ。ただオレが気づくと反らすから、最初はきのせいかと思ってた。でも何度かそれが続くとさすがにおかしい。
彼女に見られてる――。
ハッキリとそう感じるようになった。理由は分からないけど、あまりに見られるとこっちもだんだん照れ臭くなってきて、その頃には目が合うとオレから反らすようになった。きっと態度も素っ気ないものになってたかもしれない。後で気づいたけど、それはオレがを限りなく意識するようになったからだった。

――春千夜ってのこと嫌いなの?

あの夜、こっそりエマに訊かれた。皆でマイキーんちに泊った日だ。突拍子もない質問に、オレは「は?」と心底驚いた。

――、気にしてたからさー。嫌われてるんじゃないかって…

エマの言葉を聞いて、胸の奥の方がざわりと音を立てた。
嫌いなはずがないし、そんな風に思われてたのかよって少し焦ったオレは、そこでを酷く意識してたことを自覚したのかもしれない。そしてが何故オレを見てたのか、その理由にも。
彼女がオレのことを好きなのかハッキリは分からない。でも嫌われてると気にしてくれる程度には意識してくれてたんだと思ったら、すぐに誤解を解きたくなった。
ただ言葉より先に行動に移してしまったのは自分でも驚いたけど――。

「…春千夜くん?何笑ってるの?」

に声をかけられ、我に返った。彼女は不思議そうにオレの顔を覗き込んでいて、大きな瞳がぱちぱちと何度か瞬きを繰り返す顔が可愛い。

「…いや、ちょっと思い出しただけ」

つい苦笑いが零れて、それをに見られたようだ。彼女はますます不思議そうに首を傾げた。

「何を?」
「大したことじゃねえよ」

全然余裕のなかったあの夜の自分の姿を記憶から消し去りたくて、思わず顔を背けると、彼女は「何で照れてるの」と明るい笑顔で笑い出した。

「照れてねえよ…」
「だって春千夜くんのホッペ赤い…」
「………」

思い切り動揺が顔に出てたらしい。つい目を細めてを睨みながらも、自分の唇を彼女に近づける。そうするだけで彼女の白い頬も淡く染まった。

「オマエも赤くなってんじゃん」
「だ、だって…近い…」

はオレがこうするたび恥ずかしがる。それが可愛くてわざと意地悪したくなんのは何なんだろう。小学生じゃあるまいし。

「クソ可愛い…」
「…っ」

言葉は悪いが、思ったことをそのまま口にすると、の頬がますます赤みを帯びていく。そこへ寄せた唇をつけると、彼女の熱を感じて笑みが零れた。
今日は千壽も友達と出かけてて不在。武臣は帰って来やしねえから当然のように不在。親父も然り。
だからってわけじゃねえけど、を家に呼んで何をするでもなく、のんびりと過ごしていた。
付き合う前からコイツが可愛い女だということは分かっていたが、付き合ったらそれが倍に膨れ上がった。オレに声をかけてくる学校のケバイ女どもより、はスッピンでも数倍可愛い。なのにエマの影響なのか、はオレと会う時、薄いけどメイクをしてくるようになった。今日もの唇はハチミツでも塗ったのかってくらいプルプルしてるから、何となくキスをしづらい。だから指でそっと拭ってみた。

「…ん…は、春千夜…くん…?」

驚いてる彼女の唇に軽くキスをすれば、更に瞳が見開かれて、すぐに恥ずかしさで潤みだす。こういう顔は他の誰にも見せたくねえって思うのは、相当ハマってしまってる証拠かもしれない。とキスをしてると気持ち良すぎて、軽くイケそうな気さえする。
は真っ赤になってすぐ俯こうとするから、両頬を手で包んで上げさせて、またすぐに唇を奪う。触れる、離れる、啄む。何度か繰り返していると、は苦しそうに薄っすら唇を開けた。キスをする時、息を止めるクセはまだ直らないようだ。そういうところも可愛い。

「噛むなよ…?」
「…ぇ?」

その感情のまま、このチャンスを逃すまいと初めて唇の隙間から舌を忍ばせてみた。案の定、が驚いたようにオレの胸元へしがみついてくる。小さな手がぎゅっとオレの服を掴むと、心臓まで鷲掴みされた気分だ。
怖がらせないよう、優しく舌を絡ませてやんわりと吸えば、の口内からくぐもった声が漏れてくる。それがいっそう、男の欲を煽られた。の口蓋を舐め上げて何度も舌を絡ませていると、くちゅりと卑猥な音が耳を刺激して、さっきから疼いてた腰の辺りから下半身にかけて、熱が集中し始めた。それを合図にゆっくり唇を介抱すると、自然に小さなリップ音が鳴った。そっと顔を覗き込むとは首まで真っ赤になりながら深呼吸を繰り返していた。

「…大丈夫かよ。顏真っ赤だぞ」
「だ…だい…じょうぶ…」

触れるだけのキスでもいっぱいいっぱいのには、やっぱりまだ早かったか?と心配になったものの、目が合うと彼女は恥ずかしそうに微笑んでくれた。

「ご、ごめん…慣れてなくて…」
「……(可愛い…)」

真っ赤になりながら視線を泳がせる姿を見て、心臓を撃ち抜かれたような衝撃がきた。ついでに、さっきのキスでベースが出来ていた下半身にもぐぐっとくるものを感じる。マズいと思ったオレは慌てて彼女から離れた。

「春千夜くん…?」
「…何か飲み物とってくる」

なるべく自然に言って部屋を出ると、思い切り息を吐いた。

(ダメだ。最近ちょっと暴走気味かもしれねえ…)

一瞬浮かんだエロい想像を打ち消し、リビングに向かう。好きでもない女に迫られても何の感情も湧かなかったのに、相手だとこうも反応すんのか、と自分で自分にビビる。
触れたい欲求が強くなればなるほど、怖がらせて嫌われたくないと思う小心者のオレがいるんだから笑える。

――もうエッチしたのかよ。

なんて昨日からかってきたドラケンやマイキーの顏が浮かんで、思わず舌打ちをした。あの二人のせいで余計に意識してたのも良くない。
正直言えば、彼女に触れてみたいと思う。もっと深いところまで。だけど、付き合ってすぐ手を出すのもそれ目的みたいだし、そう思われるのは死んでも嫌だ。
まあ、付き合う前にキスをしたオレが言うのも何だが、付き合ったからこそ、大事にしたいなんてガラにもないことまで考えるようになった。

――げ、春千夜、らしくねえこと言いだしたぞ!

案の定、思ったことを口にしたらマイキーにバカにされたけど、らしくなくても何でも、好きな子を大事に出来る男になれんなら何を言われても平気だし、むしろオレはそういう男になりたい。