六本木心中


※性的描写あり



「…ん…っ」

ホテルの部屋に入った途端、腕を引かれて口付けられた。この前された強引なキスよりも随分と優しく啄むから徐々に鼓動が速くなっていく。健全なランチデートだったはずなのに、何でいきなりこんなことになってるんだろう。ランチをすると言っていたホテルに着いた途端、このスイートルームに連れて来られた。

「ちょ…」

くちびるを解放されたと思った瞬間、いきなり抱き上げられて驚いた。竜胆はそのまま寝室に行くと、ベッドの上にわたしをそっと下ろして上から見下ろしてくる。その鋭い瞳には淡い熱が孕んでいて、自然と頬が熱くなった。

「ランチ…じゃないの…?」
「元々この部屋で食事する予定だったし」
「え…?」

ニヤリと笑う竜胆に呆気に取られた。

「…最初からこういうことする気だったの…?」
「いや…まあ…がその気になってくれたらあわよくば…くらいは思ってたけど、それが目的じゃない。あくまでただのデートのつもりだった」
「…じゃあ……何で…」
「今度は…ちゃんとと認識して抱きたくなった。ダメ?」
「……っ」
「イヤならやめる。この前のお詫びに連れて来たのに、また同じことしちゃ意味ねえしな」

竜胆が真面目な顔でそんなことを言うから言葉に詰まった。嫌だと言えば竜胆は本当に何もしないだろう。ただ今を回避したところで結局わたしの立場は変わらない。彼らにとって、わたしはただの人形。どうにでも出来る存在だ。それ以上でも以下でもない。見せかけの優しさに頷いて、わたしは彼らの望むものを与えればいい。

「竜胆の…好きにして」
「それってどうでもいいって聞こえんだけど…」
「そうじゃないけど…逆らうなって蘭さんに言われてるから」
「ふーん…潔いじゃん」

竜胆は僅かに目を細めてわたしを見下ろした。その視線から逸らすように顔を背けると、不意に両腕を引っ張られて上半身を起こされた。そのまま背中に腕が回ってぎゅっと抱きしめられる。

「どこまでその虚勢が続くかな」

と竜胆が耳元で囁く。わたしは覚悟を決めて強く、目を瞑った。
背中に回った彼の手が、アップにしていた髪を解いて、首のラインをなぞるように動いた。首元に指がかかったと思ったら、今度はドレスのジッパーを下ろしていく。背中に少し冷んやりとした空気が触れた。

「今回は…合意って受けとるけど、いいのかよ」

竜胆の言葉に、わたしは小さく頷いた。この前はいきなり蘭さんから強引なことをされて、戸惑っている内に竜胆がやってきた。だから襲われた時は少しパニックになったけど、今は違う。されることをちゃんと理解している。大丈夫。そう自分に言い聞かせた。

「…ん…」

するりと背中に侵入してきた手に肌を撫でられ、ゾクリとした。手慣れた感じでホックを外し、ゆっくりとドレスを脱がしながら、それを追うように竜胆のくちびるが肌をなぞっていく。胸もとへ口付けながら、彼は再びわたしをベッドへ押し倒した。床へ投げ出していた足からヒールが落ちる。

のその恰好エロ…」
「あ、あまり見ないで」

中途半端に上半身だけ脱がされたドレスが、腰の部分で止まっている。竜胆に上から見下ろされ、両手で胸元を隠した。

「隠すなよ」

竜胆は笑いながらいとも簡単にわたしの手を外してひとまとめに頭の上で固定した。この前と同じような体勢になったせいで羞恥で頬が熱くなる。

、顔赤い。恥ずかしい?」
「あ…当たり前でしょ…?」
「今日は…優しくするから」

わたしにまたぐように圧し掛かって来た竜胆から目を反らす。恋人以外、許したことのなかった身体を竜胆に一度は暴かれたとしても、こんな風に組み敷かれることに慣れるわけじゃない。やっぱり少し怖いし、それ以上に恥ずかしい。でももう逃げられない。合意してしまったんだ。竜胆に抱かれることに。

「真っ赤になっちゃって…可愛い」
「…は?…ん、っ」

竜胆は背中を丸めるようにして身を屈めると、胸の膨らみにくちびるを押し当てて吸い上げる。チクリとした痛みが走ったと思ったらその場所を優しく舐められた。ぞわっとしたものが首元から下へ走るのを感じて、軽く身震いする。そっと膨らみに触れて来た手に胸を揉まれ、先端をきゅっとつままれた瞬間、今度はハッキリと身体が震えた。

「ここ、硬くなってきた…気持ちいい?」

恥ずかしさで首を振ると、竜胆はかすかに笑ったようだった。首筋へ舌を這わせ、指先で硬くなった乳首を擦られると、次第に身体の熱が上がっていく。この前の荒々しい感じではなく、やけに優しく触れるから自然と身体が反応してしまう。硬くなった場所を軽くつまみながら、少しざらざらした指で乳首を撫でつけられるたびに、身体がビクビクと震えた。

「っあ…ん…んっ」
「この前と全然、反応が違うし…やっぱ可愛い声出してくれるとたまんねーな」

言いながらも、わたしのくちびるを塞いでやんわりと舌を絡めてくる竜胆のキスは、まるで恋人にするようなキスだった。そのせいで少しずつ身体の緊張がほぐれていく。

「……ぁっ」

離れたくちびるが下降して、ツンと主張している乳首を口に含み、舌でざらりと舐め上げる。更に舌先で転がされ、また口に含まれると、そこから背中まで甘い刺激が走り抜けた。

「んんっ…ゃあ…っ」
「そうそう。その声、もっと聞かせてよ」

久しぶりに触れられる身体は素直に竜胆の愛撫に反応していく。それが怖くて少しだけ身をよじろうとした時、彼の手がスカートをたくし上げ、その中に潜り込んだ。

の肌、綺麗だな。スベスベ」
「…あっ…や……」

竜胆の手が内腿を撫でながら、脚を押し開こうとする感覚に、つい力が入る。

「だめ。力抜いて」

乳首を舌先で弄びながら、合間に囁く。

「だめ、…や……っ」

絶え間なく与えられる刺激に耐え切れず、脚の間に自らの身体を入れてくる彼の手を掴んだ。でも殆ど力の入らないそれは、制御の意味をなさなかった。内腿を撫でていた手がショーツの淵へ辿り着いて布越しにゆっくりと撫でてくる。

「…んっ」

割れ目に沿って上下に動いていた指が、主張し始めている部分を掠めただけで、じわりと快感の波が下腹部に走った。

「やべ…何かすげー興奮すんだけど……」

竜胆は吐息と共に呟くと、覆い被さるようにキスをしてきた。性急に舌を絡みとられ、指先で一番敏感な部分を攻められる。呼吸が出来なくて息が苦しい。

「……」

一度離れたくちびるがわたしの名前を囁いたと思った瞬間、下着の中に手が滑り込んで、竜胆の指が直接そこへと触れた。

「…ひ…ゃ…っ」
「…濡れてる…気持ちいいんだ」
「…んぅ…んっ」

彼の指を濡らしているのが分かるくらい、膨らんだ場所をぬるぬると擦られる。その内、つぷっと中へ指を挿入され、かすかに腰が跳ねた。目にじわりと涙が浮かび、呼吸が勝手に乱れていく。

「この前は分かんなかったけど…感度いいな、は…」

気づけば竜胆の息も乱れていて、彼が興奮しているのが肌で伝わって来た。恥ずかしいのに、次から次に与えられる快楽の波で、全身の力が抜けていく。乳首を舌で舐られながら指を抽送されるたび、肌が粟立つ。気づけば指は二本に増やされていた。中を解すように動かされ、そのたび中から蜜が溢れて来るのが分かる。静かな室内に卑猥な音が響いて余計に羞恥心が煽られた。

「ダメだ…も…挿れたい」

そう呟いた竜胆はずるりと指を引き抜き、スーツのジャケットとシャツを脱ぎ捨てた。その瞬間、狂暴な図柄のタトゥーがわたしの視界に入る。首元のタトゥーは知っていたけど、身体に入っているのは初めて見た。身体の右半分に変った模様が彫られている。怖いというより、彼によく似合っていると思った。
竜胆は脱ぎ捨てた上着のポケットから何かを取り出すと、それを自分の口へ放り込み、わたしのくちびるを塞ぐ。次に舌で唇をこじ開け、わたしの口内へ錠剤のようなものを押し込んで来た。

「な…何…?」

思わず飲み込んでしまい、何か危ない薬かと思ってドキっとした。違法な薬物を服用してたらしい春千夜さんの顔が浮かぶ。でも竜胆はわたしの頬にちゅっと口付けながら「心配すんな。アフターピルだから」と言った。
普通の"ピル"はわたしも前に飲んだことがある。でもそれはお店のイベントでお客さん達とゴルフをする日に、ちょうど予定日が来そうだったので生理を遅らせる為に飲んだだけだ。実際こういう場面で飲んだことはない。アフターピルは性行為後、72時間以内に飲めば高い確率で避妊が出来るというものだ。飲むのは早ければ早いほど確率は上がる。

「これの部屋に置いてあるから…必要な時に飲んで」
「…必要な…時…」
「あー…まあ…マイキーとする時とか…っつーか、その辺、兄貴から聞いてねえの…?」
「き…聞いてない…」
「マジ…?じゃあ夕べはどーしたんだよ…マイキーと…その…寝たんだろ…?」

竜胆は聞きにくそうに訊いて来た。でもわたしはギョっとして思い切り首を振った。

「…え…」
「ま…万次郎とは一緒に寝たけど……そういうことはしてない…」
「………マジで?」
「…うん」
「じゃあ…オマエを抱いたのって……オレだけ?」
「…そ…そういうことまで言わなきゃいけないの…?」

だんだん恥ずかしくなってきて見下ろしてくる竜胆を睨む。でも彼は酷く驚いた様子で口元を手で覆った。何でそんなに驚くんだろうとこっちが驚かされる。でも不意に竜胆が覆いかぶさって来て、また唇を塞がれた。でもそれは軽く啄むだけで離れていく。

「やべ…何か嬉しーんだけど…」
「……な、何が…?」
「いや…まあ…ずっとこのままってことはねーだろうけど…つーか、こんな時にそんな話は萎えるからなし!」
「え?ん…っ」

竜胆は急に脚の間に自分の身体を入れて覆いかぶさって来た。散々弄られた場所に、熱のある硬いものを押し付けられ、ドキっとする。ゆっくりと視線を上げれば、最初に会った時のからかうような顔とも、さっきまでの明るい顔とも違う竜胆と目が合った。ゆらゆらと揺れる淡いバイオレットは蘭さんの瞳とよく似ていて何故か恥ずかしくなった。

「挿れんぞ」

言うのと同時に、質量のあるものがゆっくり入ってくると、竜胆が切なげに息を吐いた。

「あんま締め付けんなって…イっちゃいそう…力抜いて」
「…ん…っうん…」

苦笑を零す竜胆に何とか頷いて身体の力を抜く。すると奥まで一気に入れられ、声が跳ねた。この前のレイプまがいな行為を抜きにしたら、こんな風に男に抱かれるのは久しぶりだった。しかも恋人ですらない相手に。だから余計に変な力が入ってしまう。何度も揺さぶれながら、歪んだ表情を見られないように唇を噛んで顔をそむけると、竜胆はわたしの顔の横に肘をついた。

「こっち、見て…」

彼の指が頬に落ちた髪を避けて優しく触れて来る。この前とは全然違うゆったりとした動作で抽送しながら、頬へもキスをしてくる竜胆をそっと見上げた。ふと目が合った瞬間、彼のものがピクリと動いたのが分かった。

「…やば…見ながらだと、マジでコーフンしてイっちゃいそう」
「…っ?へ…変なこと…言わないで…んぁっ」

竜胆は上半身を起こしてわたしの脚をつかみ広げさせると、お腹に押し付けるように太腿の裏側を手で支えて腰を突き上げてくる。急に余裕のない動きに変って、その激しさで短く声が跳ねた。ズンズンと奥に響くくらい刺激されると、彼のものがある部分に当たって急激に快感がこみ上げてくる。

「…んっ…ぁっああっ」

じわじわと広がっていく疼きにたまらず身を捩りそうになった。でも最後にそこを突かれた時、一気に快感の波が弾けて頭が真っ白になる。背中が跳ねて無意識に竜胆の身体にしがみつくと、強引にくちびるを塞がれる。達した後も中を擦り上げられ、また軽く達してしまう。それを感じた竜胆がツラそうに息を吐き出した。

「オレも…イク…っ」

くちびるを離した時、そう呟いた竜胆の動きが急に激しくなり、何度か腰を打ち付け、わたしの中で果てたようだった。




「…ん…」

背中に何か触れるのを感じて、微睡みから目が覚めた。うつ伏せのままゆっくり瞼を押し上げると、薄暗い室内が見える。一瞬どこだろうと思ったけど、背中に身体の重みを感じ、ここがホテルのスイートルームだというのを思い出した。

「…起きた?」
「竜胆…?」

また背中に柔らかいものが触れ、ちゅっというリップ音が聞こえた時、キスをされたんだと気づいた。

「大丈夫…?」
「…ん…わたし…寝ちゃってた…?」
「うん。まあ…オレも寝てたんだけど」

寝返りを打ち、竜胆の方へ顔を向けると、すぐにくちびるが塞がれる。それは軽く触れるだけですぐに離れて行った。

「今…何時…?」
「んあー…午後の4時になるとこ」
「え…そんなに寝ちゃったんだ…」

ここへ来たのはお昼だったのに、もう夕方と知って少しだけ驚いた。あれから何度か抱かれ、久しぶりの行為で少し疲れたのかもしれない。

「いーじゃん、今日はも自由なんだしゆっくりしてけば」

慌てて体を起こすと、背後から腕が伸びて、再びシーツに沈み込むように倒された。竜胆はわたしを抱き寄せると額にキスをしながら「すげー良かった」と微笑む。それが何を指して言っているのかに気づき、顏が赤くなった。

「い…いちいちそーいうこと言わないで…」
「何で?大事なことじゃん、身体の相性も。オレ、久しぶりに連続でしたわ」
「………」
「って、耳まで赤いけど…マジ?」

キョトンとしたように顔を覗き込まれ、慌ててシーツを被った。あまりにあっけらかんと言われると、どうしようもなく恥ずかしくなる。お店で仕事してる時はお客さんの下ネタも軽く交わせたのに、ことプライベートになると、まして自分のことで言われると、どんな顔をしていいのかが分からない。とにかく恥ずかしい。これが恋人ならセックスのあとの甘い時間なんだろうけど、わたしと竜胆はそんな関係でもない。言ってみれば主従関係みたいなものだ。そんな男に抱かれたあと、どう接するのかなんて、わたしのこれまでの経験には一切入ってないから困ってしまう。

「照れ方、少女か」

竜胆は何かツボに入ったようで、隣に寝転んで笑っている。バカにされようと恥ずかしいものは恥ずかしいし、この終わった後の空気が嫌だ。

「なあ」
「……何?」
「いや、顏くらいだそーよ」

竜胆は笑いながらシーツをツンツンと引っ張って来る。さすがに子供っぽいことをしてると思って渋々目だけ出すと、竜胆はまた軽く吹き出した。

「そーいう可愛い反応やめて」
「…何言ってるの…」

バカにされた気がして目を細めると、竜胆は笑いながらシーツごと抱きしめて来た。

「ちょ…なに…」
「マジ、が無事で良かったわ…。じゃなきゃ、こんな時間もなかったし」
「…またそれ…。何を心配してるの…?」

そう尋ねながらも、ふと蘭さんに言われたことを思い出した。

"それは竜胆に聞いて"

あれってどういう意味だったんだろう。そう思っていると、竜胆は少し困ったような顔でわたしを見下ろした。

「いや…マイキーが時々おかしくなることがあるって…聞いたろ?」
「…不安定になるって話?」
「そう。一度そうなるとマイキー自身、止められないし、次の日には記憶もないから自覚もそんなないと思う」
「…え、記憶がない…って…万次郎…そうなったら…どうなるの?わたし、殺されるってこと?」
「まあ…最悪な。でも…今までの女とオマエは違うみたいだから…マイキーの機嫌そこねなきゃ平気だとは思うけど、一応、頭に入れておいて。気をつけろって言っても難しいと思うけど、ヤバそうだと思ったらオレか兄貴の部屋に逃げろ」

最後の言葉は真剣な顔で言ってきた。そこでふと夕べ万次郎が言っていたことを思い出す。

"一分後にはオマエのことも殺すかもしれない"

そう言っていた時の万次郎は、どこか泣きそうな顔をしていた。微笑んではいたけれど、でもわたしにはそう見えた。

「…逃げて…いいの?」
「え?」
「もし…万次郎がそうなったとして…逃げても同じなんじゃない?それにもし殺されるなら、それだけ気に障ることをしてしまったってことでしょ?」
「あ、いや、そーなんだけど…ってかマイキーは次の日覚えてねーから、その場をしのげば何とかなるかもしんねえって話」
「そっか…」
「まあ…オレはがそこまでマイキーを怒らせるようなことはしないと思ってるけどな。兄貴がマイキーもを気に入ったみたいだっつってたし」

彼がわたしの何を気に入ったのかなんて分からない。でも万次郎が孤独と戦ってることだけは分かる。

「つーかさ。は…何でそんなに死にたがるの…?」
「…死にたがってる?わたしが?」
「これまでの発言聞いてると、そうとしか思えねえけど」

竜胆は苦笑交じりでわたしを見つめると、そっと抱きしめて来た。

「死にたいわけじゃないよ。ただ…覚悟してるだけ」
「その覚悟を出来る女なんてオマエくらいだって。怖くねーの?」
「…死ぬのは怖くないって言ったらウソだけど。ただ…このまま生きてても幸せになれる気がしないだけ。そっちの方が…怖い」
「…そんな寂しいこと言うなよ」

と竜胆は笑って、それから優しいキスをくれた。
寂しい――そうなのかもしれない。
これまで本気で誰かを愛したこともないわたしは、きっと寂しい人間だ。でもわたしには秘密があって、本当の自分を見せられる人がいなかったのだから仕方ない。

でもこんなわたしでも、何かひとつだけでいい。確かなものが欲しかった。
ささやかな幸せなんかいらない。そんな小さな愛では―――。