六本木心中
※性的描写あり
薄暗い場所に押し倒されて、またくちびるを塞がれる。サラサラとわたしの頬に落ちるココの柔らかい髪が、かすかな光をも遮断して、触れ合うくちびるを隠してしまった。ココが愛用している香水の匂いが鼻腔をかすかに刺激してくる。最初にキスをされて、少しの混乱の後、自分の役割を思い出す。
――梵天幹部に逆らってはいけない。
すっかりとわたしの中に刷り込まれた言葉は、まるで呪文のように頭を支配する。でも、そんな呪文とは関係なく。ココに触れられても不思議と不快感はなく、あまりに優しく触れて来るから自然と力が抜けていく。竜胆の求めるようなキスとも、万次郎の縋るようなキスとも、わたしを追い詰めて来るような蘭さんのキスとも違う。ココのキスはただただ、優しさが伝わるような口付けだった。触れては離れ、また角度を変えてくちびるが重なる。ココの体の重みを受け止めながら、そっと背中に腕を回せば、手触りのいいシャツの感触が手のひらから伝わってきた。
「…ん…」
離れたくちびるが首筋に触れて、くすぐったい痺れがじわりと広がった。軽く身を捩ると、わき腹から撫でるように手が胸の膨らみへ触れてくる。心臓がドクンと音を立てた。
「…ぁっ」
首筋に口付けていたくちびるにちゅぅっと吸われて、ぺろりと舐められた瞬間、さっき以上に甘い刺激が襲う。着ていたワンピースのジッパーがゆっくり下ろされ、くちびるが胸元へ下がっていくと、銀色の髪がそれを追って肌を撫でていく。そこからくすぐったい刺激が全身に広がっていった。まるでココの香りを刻まれてるみたいだ。
「…いいの?」
胸の谷間に口付けながら、ココが不意に呟いた。
「このまま抱いちゃっても」
「……っ」
ふと顔を上げたココの瞳は今まで見たことがないくらいに熱を孕んでいる。本気なんだと伝わるような男特有の熱だった。
「イヤなら言えよ。別にそれでを傷つけたりしねえし」
「……え」
驚いて視線を上げると、頬にココの手が添えられた。
「どーせのことだから、蘭さんに言われたことバカ正直に守ってんだろ…?」
「……ココ…」
「そんなんでオマエを抱いたって空しいだけだし、マジで嫌なら言って」
ココは真剣な眼差しでわたしを見つめている。頬に添えられた手が優しく肌を撫でていった。
「…まあ…言って欲しくねえけど」
苦笑交じりで言いながら、ココはまた優しくくちびるを塞ぐと、軽く食むようにしてちゅっと啄んだ。
「言わねえの…?ならこのまま…ベッドにさらう」
「……」
ココの問いに一瞬だけ言葉に詰まって小さく頷いた。その瞬間、腕を引かれ体を起こされる。
「もう嫌だっつっても無駄だから」
ちょっと笑いながら、ココはわたしの体を抱きかかえて寝室へと向かった。あんなに細いのに、こういう時はやっぱり男の人なんだと実感する。
前にも一度だけ入ったことのあるココの寝室はカーテンが開いて薄っすらとした月明りが差し込んでいた。ベッドに上に押し倒されると、頭上にあの下弦の月が見えた。
「…ん…っ」
中途半端に乱れていたワンピースを脱がしながら、ココはくちびるを塞いでくる。さっきと違うのは、性急に舌が口内に侵入してきたことだ。触れ合うだけのキスとは違う、熱が絡み合うような口付けに呼吸が乱れて来た頃、ココが一度くちびるを離して上半身を起こす。着ていた高級そうなシャツを脱ぎ捨てると、前にも見た引き締まった体が現れてドキっとした。
「何で目そらすんだよ」
ココは笑いながらわたしに覆いかぶさり、頬にかかった髪を指で梳いて頬に軽く口付けた。梳いた髪は耳にかけられ、露わになった耳をなぞるように指で撫でられると、ゾクゾクと首筋から甘い刺激が広がった。
「そーいう顔されると逆効果なんだけど」
「ん…っ」
「は照れ屋だよな、基本…それとも…わざと?」
ココはそんなことを言いながら耳たぶを甘噛みしてきた。同時に背中のホックを器用に外して、緩くなった場所からするりと手が入って来る。
「…あ…っ」
手のひらで胸を包むように揉まれると、敏感な場所に軽く擦れて、肩が跳ねてしまった。あまりに優しく触れて来るから余計に恥ずかしくなってしまう。
「…可愛い。耳まで真っ赤」
耳たぶ、首筋とココのくちびるが下りていく。鎖骨から胸の膨らみまで、舌先で軽く刺激されて、最後に突起を舐め上げる。強い刺激と快楽で声が跳ねた。気づけば下着一枚の姿にされて脚の間にココが体を入れて来た。胸の突起を指で優しく擦るように刺激しながら、くちびるがお腹をなぞっていく。ココの髪が肌に触れるたび、くすぐったさが襲って来る。ココはおへそへ舌を伸ばしてペロリと舐めながら、最後の一枚をゆっくりと脱がしていった。
「…ん、あ…ゃ…」
膝裏を持ち上げられ、恥ずかしさで思わず閉じようとした。でもココはそれを許してくれない。
「見せて」
「や…は、恥ずかしい…よ…」
両脚を押し広げられ、その間にココが顔を埋めるのが見えた時、彼の頭へ手を伸ばした。でも何の抵抗にもならず、内腿へ口付けられると、また甘い疼きが下腹部の奥にも広がっていく。
「…ひゃ…」
濡れ始めてる場所をぬるりと舐められた。あまりに強い刺激に腰が跳ねる。でもココの腕が巻き付いて腰を抑えつけられた。
「んぁ…ゃ…あ…っ」
恥ずかしいのに、ぬるぬると動く舌に体が素直に反応してしまう。じゅっと吸われただけで快感が突き抜けて、さらにその場所を濡らしていく。そのうち中に指が挿入されて、中を何度も擦られた。中と外を同時に刺激されて、勝手に快楽を引きずり出されていく。
「…ゃ…あ…ココ…ダメ…ぁっ」
「のイクとこ見せて…」
「…や…ゃあ…」
ココの望むものが何かを知って、羞恥で身を捩ろうとした。でもその前に陰核を舌で舐められながら指先で奥の部分を激しく刺激され、そこから足の指先まで快感の波が突き抜けていった。
「ぁぁ…ああ…っ」
背中がのけ反り、一気に体内の熱が噴出していくと、その後に倦怠感が全身を襲う。両手を投げ出し、肩で息をしながら薄っすら目を開けると、いつの間にか覆いかぶさっていたココと目が合った。
「イった時の、可愛い」
「…そ…そういうこと…言わないで…」
恥ずかしさで顔を反らすと、頬にちゅっと口付けながら、ココが笑った。
「そうやって照れるとこ見たいのかも。オレ、ヤバい?」
「…か、からかって…る…?」
梵天の人達は皆がこういうことに慣れていて、女の扱いが上手いから変に勘違いしそうになる。それが少し怖かった。それまで張りつめていた糸が切られてしまいそうな恐怖だ。あまり人と関わらないようにしてきたわたしは、夜の仕事をしてたわりに男性経験は少なかったりする。こんな風に肌を合わせる恋人は、それこそ二人しかいなかった。時々襲って来る孤独に耐えきれない時期があって、どちらもそんな時につき合った人だ。でも二人ともわたしが夜の仕事を続けることを嫌って、口論が増えていったせいで結局は長く続かなかった。自己中な人達だったけど、わたしも同じだ。自分の目的の為に、彼らの望みを受け入れなかった部分では。でもそれで良かった。一時、寂しさを紛らわせてくれるなら。だから――。
「いや…マジで可愛いと思ってる」
こんな風に優しく抱かないで欲しい。
「……んあっ」
気怠い足を持ち上げられ、何の前触れもなく急に中へ挿入された瞬間、余韻の残っていた場所から、また快楽の波が上って来て、思わずココにしがみついた。
「ごめん…せっかちで…限界過ぎたわ…」
最奥まで貫きながら、ココの口から吐息が洩れる。
「つーかそんな締められたらすぐイっちゃそうなんだけど…ガキかよ、オレ」
「…ん…ぁっ」
苦笑交じりで言いながらも、ゆるゆると動き出したココが切なそうに眉間を寄せる。わたしの中に未だ余韻があるせいで、中を擦られるたびゾクゾクとしたものが背中を駆け抜けていく。
「…またイキそう?」
「…ゃ…あ…」
少しずつ動きが速くなって奥を突かれるたび、疼きが大きくなる。互いの肌が触れあって、どちらの熱かも分からない。そのままくちびるを塞がれて、抽送を繰り返されるとくぐもった声がココの口内に飲まれてしまった。恋人でもないのに、恋人だった男よりも優しく抱いてくれる男がいるなんて笑い話にもならない。
ちっぽけな夢と、ちっぽけなプライド。それがわたしの選んだもので、過去にわたしを抱いた男への愛なんて、どこにもなかったのかもしれない。ココに抱かれながら、ふとそう思った。
を抱きしめながらウトウトしていた時、腕の中でかすかに動く気配がして目を覚ました。上体を起こして覗き込むと、も一瞬だけ寝落ちをしてたのか、ふと目を開けて何度か瞬きをしたあと、オレを見上げた。
「大丈夫…?」
「…ココ…」
オレと目が合うと、は少し恥ずかしそうに視線を反らした。とてもさっきまで抱き合ってた子には見えない。
「何だよ。ヤった後も恥ずかしいわけ?」
「そ…それは…だって…」
は何やらモゴモゴ言いながらもシーツで顔を隠してしまった。その少女かよって突っ込みたくなる行動に軽く吹き出しながら、それも仕方ないかと思う。オレ達は恋人同士でも何でもなくて、衝動的に――主にオレが――抱き合っただけの相手だ。事が終わって冷静になれば…いや、からすればオレなんて赤の他人なわけで、こうして裸で一緒に寝てるのは気まずいのかもしれない。これまでの子とは全然タイプが違うし、はこういうことに慣れていないのは抱いてみて分かった。でもオレとしてはそういうが可愛いと思ってしまってる。正直ヤバいなとも。抱いた後にまさかここまで後悔するとは思わなかった。
「……顔、見せて」
「…ダ、ダメ」
「え、ダメ…?」
ここまで拒否られると思ってなかった。今じゃシーツを被ってミノムシみたいになってるにだんだんジワってくる。多分、マイキーにだって抱かれてるはずなのに、毎回これをやってんのか?と思うと、ちょっと妬ける。いや、この思考がヤバいんだけど。
「何でダメなんだよ」
「メ、メイクはげてるし」
「スッピンも知ってるけど」
「……ふ、普段とはその…違うから」
「なかなか強情だな」
苦笑しながら一向に顔を見せようとしないに、オレもちょっとだけムキになってきた。彼女の被ってるシーツを思い切り引っ張ると、包まってた体がコロンと転がって、ちょうど向き合う形になる。と至近距離で目が合うと、彼女はギョっとしたように目を丸くした。
「もう見ちゃったけど」
「な…そんな強く引っ張らなくて…も…ん、」
のくちびるを塞ぐと、それ以上何も言わせないよう啄みながら、ゆっくりと覆いかぶさる。角度を変えながら触れるだけのキスをしていると、また抱きたくなってしまう。本気でマズいな、と頭の隅で思うのに、逆にキスを深くしていく自分を止められない。でもその時、そんなオレを戒めるかのように、ケータイが鳴り響いた。
「…誰だよ、こんな時間に…」
「…は、早く出て」
「んな追い出そうとしなくても」
グイグイと背中を押してくるに苦笑しながら、ガウンを羽織ってベッドから下りた。ケータイはリビングに置きっぱなしだ。
「ちょっと待ってて。まだ寝んなよ?」
「……ね、寝ない…けど」
顔を赤くして再びシーツに包まりだしたに吹き出しながらリビングに戻る。久しぶりに気分が良かった。といる時間がオレにとって癒しになっていると、ハッキリ自覚したせいかもしれない。でも、このいい気分をかかって来たこの電話で一変させられることになるとは、オレも想像すらしていなかった。
「蘭さん…?」
表示された名前を見て首を傾げる。こんな時間にかけてくるのは大きな仕事がある時以外では珍しい。今夜は誰かを消すような仕事はなかったはずだ。そう思いながら通話ボタンをタップした。
(まさかのことじゃねえよな…)
一瞬そんなことが頭を過ぎる。
「もしもし――」
『…ココかっ?』
珍しいのは深夜の電話だけじゃない。あの蘭さんがこんな風に取り乱した声を出すことじたい、オレは初めて聞いた。嫌な予感がした。
「何かあったんですか」
すぐに頭を切り替えて尋ねると、蘭さんは一言――。
『…竜胆が……刺された』
危うくケータイを落としそうになった。