六本木心中



1.

かすかな雨音を聞きながら微睡みから目覚めた。室内は薄暗く、一瞬だけ自分の部屋と勘違いをしそうになった。だけど隣に温もりを感じて、ここがの部屋だということを思い出した。そっと視線を向ければ、腕の中でが気持ち良さそうに眠っている姿が見える。ガラにもなく、自然に笑みが零れた。

昨夜は二人で他愛もない会話をしながら普通の時間を過ごした。食事をして、テレビを見て、その番組内容についてアレコレ突っ込みながら笑いあう。下らないバラエティ番組に飽きたら、今度はが映画を観たいと言い出した。幸いこの事務所として使ってるマンション全室でビデオ・オン・デマンド・サービスが利用できるようで――オレは知らなかったけど――大量にある作品の中から気楽に観られるB級ホラーを何作か選んで、朝方まで観ていた。時折キスをしながら彼女を抱きしめる。たったそれだけで満足するほど、穏やかで幸せな時間だった。

その内がウトウトし始めたから寝室へ運んで、オレも隣に潜り込んだ。女と二人きりで一夜を過ごしたというのに、何もしなかったのは初めてだ。それなのに心は満たされている。何とも言えず不思議な感覚だった。

(何時だ…?)

こんな天気のせいで室内はやたらと暗い。寝たのは3時過ぎだったはずだ。を起こさないようベッドサイドのチェストに置いてあるケータイに手を伸ばす。暗証番号を入れて解除するとスマホ画面が表示され、ライトの眩しさで目を細めた。夕べ何件か九井からメッセージが来てたものの、それ以降は特に重要な連絡は入っていないようだ。ふと履歴を見れば竜胆からもいくつかメッセージや着信が入っていた。といる間、音だけミュートにしていたせいで気づかなかった。

"、大丈夫そう?今マンション?"

"検査結果でた。特に問題なしだけど退院は明日になった"

"おーい。兄貴、どこにいんのー?"

他にもどうでもいいようなメッセージが届いていて苦笑が洩れた。病院は竜胆にとって退屈な場所だろうし、今は呼べるような恋人もいない。きっと寂しいんだろう。いくつになってもそういうところは昔と変わらない。

(今日、を連れて迎えに行ってやるか)

そう思いながら時間を確認すると、まだ朝の7時をまわったとこだった。オレがこんな半端な時間に目が覚めるのは珍しい。ただ時間を見たら眠くなってくるんだからオレも昔から成長してねえな、と苦笑した。
その時、腕の中でがかすかに動いた。

「ん…蘭さん…?」
「悪い。起こした?」

オレはケータイを元の場所へ戻して、再びベッドへ横になった。は目を擦りながら「いま何時…?」と訊いて来る。その仕草が子供みたいで、ふと笑みが漏れた。

「まだ朝の7時」
「…蘭さん、起きてたの…?」
「いや…ちょっと目が覚めただけ」

言いながらの体を抱き寄せて髪にキスを落とした。

「まだ寝ろよ。疲れてるだろ」
「…ん…蘭さんは…?」
「オレも眠いし寝るよ」
「……まだ…いてくれる?」

オレの胸元に顔を埋めていたが、そう言いながら少しだけ体を起こした。スッピンで寝起きのはどこか幼く、少女のように見える。そばにいて欲しいと訴えるような表情に愛しさが増して、そっと彼女の首の後ろへ手を伸ばした。自分の方へ引き寄せると、互いの唇が重なる。彼女の長い髪がサラサラとオレの上に降ってきて、もう片方の腕を背中へ回して抱き寄せると、をベッドへ押し倒した。一瞬だけ視線が絡み合った彼女の瞳はどこか泣いてしまいそうで、胸の奥が苦しくなる。

「いるよ…ってか…オレがいたいし」
「…良かった」

本当に嬉しそうな顔で微笑むを見ていたらたまらなくなった。覆いかぶさるように口付けて優しく啄むと、かすかにの体が震える。僅かに開いた隙間から舌を滑り込ませてやんわりと絡めれば、オレの背中に回った彼女の手がぎゅっとシャツを掴むのが分かった。

「…――」

ゆっくりと唇を離して、次の言葉を言おうとした時だった。チェストの上に置いたケータイのライトが点灯したのが視界の端に映る。そこには九井の名前が表示されていた。こんな朝から?とは思ったが、状況が状況だけに出ることを躊躇っていると、の方から「蘭さん、電話…」と言って来た。薄暗い室内にスマホのライトは殊の外、眩しいから着信に気づいたようだ。

「出て」
「あー…うん。悪い」

そう言って体を起こすと、は恥ずかしそうに首を振った。軽く彼女の頬を撫でて、未だに光っているケータイを取る。よく考えれば九井は大したことじゃないのならわざわざ電話なんてしてこない。少し嫌な予感がしてすぐに画面をスライドさせた。

「もしもし」
『あ、蘭さん…良かった、出てくれて――』
「あ?どうした?」

少し慌てた様子の九井に心臓が嫌な音を立てる。こういう予感は当たるんだ、昔から。案の定、次に聞こえて来た九井の言葉に息を飲んだ。

『…鶴蝶さんが撃たれました』

睡魔も、甘い空気も、消し飛んだ瞬間だった。






2.

ココからの電話の後、土砂降りの中、車を飛ばして例の病院まで向かった。蘭さんは少し動揺していたけど、わたしにも来て欲しいと言うから一緒に来た。道中ずっと蘭さんはわたしの手を握っていて、その手がかすかに緊張しているのが分かった。鶴蝶さんとは付き合いが長いと話してくれて、唯一、彼が心を許せる友人でもあるそうだ。昨日は少ししか顔を合わせていないけど、見た目の迫力と違って優しい目をしていたことを思い出す。わたしのしでかした後始末を蘭さんと一緒にしてくれたことのお礼もまだ言えてないのに、まさかこんなことになるなんて思わない。

「大丈夫。アイツがそう簡単にくたばるはずねえんだ」

蘭さんがぽつりと呟く。わたしに言ってるようで、それは自分自身に言い聞かせてる気がした。
病院に到着して、すぐに聞いていた病室へと急ぐ。そこはわたしが昨日まで入院していた部屋だった。

「あ、兄貴…!」

廊下を走っていくと、病室の前のソファに竜胆とココが座っていたけど、わたし達を見てすぐに立ち上がった。竜胆は車椅子じゃなく、松葉づえをついている。

「鶴蝶の容体は…?!」
「………」

ココと竜胆が気まずそうに目を伏せるのを見て、蘭さんの顔色が変わった。すぐに病室のドアを開けて中へ入るのを見て、わたしも後から続く。ベッドには青白い顔をした鶴蝶さんが寝かされていて、ベッドの脇には望月さんが立っていた。

「おい、モッチー!鶴蝶は?いったい何があったんだよっ?」
「灰谷…」

望月さんは蘭さんを見ると、唇を噛みしめながら「避けられなかったんだ…」と呟いた。

「椿姫がドバイの宝石商と裏取引きするってんでオレと鶴蝶はボディガードとしてその場に立ちあった…。相手は表向き宝石商だが、実際はドバイを仕切ってる裏社会のボスだ。案の定、互いの条件に違いが出てな。話し合いしたものの折り合いがつかず、次第に険悪な空気になって、そしたら相手は実力行使で金を奪いに…そこで発砲された銃弾から椿姫をかばって鶴蝶が……」

そこまで話すと、望月さんは「う…」と言って顔を手で覆った。黙って聞いていた蘭さんは「ウソだろ…?」と呟きながら、フラフラとベッドの方へ歩いて行く。

「…鶴蝶…!テメェ、何やってんだよ…!撃たれたって…どうせ前と同じで生き返るんだろ…?目ぇ開けろよ、鶴蝶…!」

蘭さんが鶴蝶さんの肩を揺さぶる。望月さんは黙って肩を震わせていた。彼らにとっても大切な人なんだろう。蘭さんが悔しそうに拳を握り締めた。

「……ふご…っ」
「―――?」

その時だった。てっきり亡くなったのだと思っていた鶴蝶さんの口からイビキのようなものが聞こえて、蘭さんの動きがピタリと止まる。驚いて隣に立つ望月さんを見上げると、肩を震わせ泣いているものだとばかり思っていた彼は、肩を揺らして笑いを噛み殺していたらしい。ついに我慢出来なくなったと言わんばかりに笑い出した。

「ぶあっははっは…!む、無理…もう我慢できねえ…は、灰谷の顏…!ぶははは…っ」
「テ、テメェ…騙したのかよっ?」

突然爆笑しだした望月さんにギョっとしたように振り返った蘭さんは真っ赤な顔で怒りだした。そこへ竜胆とココが病室に入って来ると、「上手くいったー?」などと言って笑っている。それにはわたしも唖然としてしまった。

「はあ?オマエらもグルかよ?」
「い、いや…オレはやめといた方がいいって言いましたよ…でも竜胆さんが――」

と言葉を切ってココは隣にいる竜胆を見て溜息をついている。どうやらこれを仕組んだのは竜胆だったようだ。騙したのが自分の弟だと知った蘭さんは更に目を吊り上げて「竜胆、テメェ」と彼の胸倉を掴んだ。

「いったい、どういうつもりだよ…?」
「い、いや、軽いジョークだって…」
「は?ジョークになんねえだろが!こんな朝っぱらから人を呼び出しておいて――」
「あ、いや違う!撃たれたのはホントだって!」
「あ?」

蘭さんはそこでココと望月さんを見た。望月さんは目尻に浮かんだ涙を拭きながら「ああ、マジで撃たれてんだよ、コイツは」と肩を竦めた。

「撃たれたって…じゃあ、さっきの話はマジかよ」
「ああ。まあ、弾は鶴蝶の腹を貫通したけど、医者の話じゃ内臓には傷がついてねえそうだ。悪運だけは昔から強いからな、鶴蝶も」
「……ったく…ふざけやがって」

蘭さんはそこで力が抜けたようにしゃがみこんだ。ホっとしたら一気に疲れたみたいだ。わたしも彼の友達が無事でホっと胸を撫でおろした。

「じゃあ鶴蝶は単に寝てるだけか?」
「ああ。傷口を処置した時の麻酔でな。夕方には起きるだろ」
「…あっそ。はー疲れた…」

蘭さんはボヤきながら立ち上がると、今ではココの後ろに隠れている竜胆を睨みつけた。

「で?こんな茶番にもならねーこと、何でしたんだよ。兄ちゃんを脅かした罪は重いぞ、竜胆」

拳を鳴らしながら脅す蘭さんを見て、竜胆はますます青ざめながらココを前面に押し出した。

「ちょ、やめて下さいよ。竜胆くん…」

とココも蘭さんの迫力に口元を引きつらせて、背中を押す竜胆に抗議をしている。

「まあ悪かったけどさー。鶴蝶は兄貴の代わりに行ったって聞いて、なのに今頃兄貴はとイチャイチャしてんのかと思ったらムカついたから、ちょっと驚かそうと…」
「はあ?」

竜胆の言い分に蘭さんはふとわたしを見た。まさかの理由に思わず赤くなる。

「メッセージ送っても既読にすらなんねーし、どうせと一緒にいんだろーと思って」
「……だからって、こんな下らねえ嘘つくんじゃねえよ…だって疲れてんのに」
「わ、わたしは平気だよ」

急に話を振られ、慌てて首を振ると、竜胆が「ごめんな。まさか兄貴がまで連れて来るとは思わなかったし」と頭を掻いている。その時、鶴蝶さんがまた「ふが…っ」とイビキをかいたのを聞いて、全員が顔を見合わせ、その後一斉に吹き出した。

「そもそも鶴蝶が撃たれたのが悪いんじゃねえ?」

と蘭さんが鶴蝶さんの額をパチンと叩いている。でも本人はむにゃむにゃしながら再びイビキを掻いて眠ってしまった。それを見て「言えてるな」とまた皆が笑う。

「これじゃ起きそうもねえし…ひとまず今は帰るか」
「そうだな」

望月さんが欠伸を噛み殺しながら言うと、蘭さんも苦笑交じりで頷いた。

「そういや…その後はどうなったんだよ。取り引きは失敗か?」
「いや、それが鶴蝶のヤツ、撃たれたくせに相手の兵隊、全員ぶっ飛ばしてよ。残ったボスがビビって椿姫さんの言い値で取り引き成立した」
「マジで…?」

蘭さんは呆気に取られた顔で寝ている鶴蝶さんを見下ろした。

「あげくそのボスが鶴蝶にウチで働かないかってスカウトまでしてて笑ったわ」
「は…ウケる。ったく、鶴蝶はどこまでいっても鶴蝶だなー」
「ま、椿姫さんも取り引き上手くいってホクホクしてたし、報酬は最初の倍は払うってんで、九井もホクホクだよなァ?」
「お二人には感謝しかないですよ」

ココが満面の笑みを浮かべている。本人が前に言ってた通り、お金に関することは何より嬉しいらしい。わたしは完全に部外者なのに、そんな裏取引きの話を聞いてていいんだろうかと思ってしまう。すると竜胆が「、ごめんな」とわたしの方へ歩いて来た。

「休んでたんだろ?」
「え?あ…ううん、ちょうど起きたところで…」
「そっか…オレら、いっつもこんなノリだからさ。驚いたろ」
「うん、まあ…でも鶴蝶さん無事で良かった」

蘭さんの大切な存在は誰一人として欠けて欲しくない。そう思った。そこへ蘭さんが疲れた様子で歩いて来た。

「帰るぞ、
「あ、うん」
「竜胆も、サッサと帰る用意しろ」
「あ、そーだ。オレ、退院だったわ」
「ったく…オマエの下らねえ嘘に振り回されて、こっちは寝不足だっつーの」

安心したら睡魔が襲って来たのか、蘭さんは欠伸をしながらわたしの手を引いて病室を出た。その後から竜胆くんが追いかけて来たけど、松葉づえだから歩きにくいみたいだ。

「大丈夫?」

蘭さんの手を離して腕を支えると、「平気だって」と竜胆が苦笑した。

「でも…車まで」
「あー…いや…いいよ。オレよりあそこで仏頂面してる兄貴のこと頼むわ」
「え…?」

そう言われて振り返ると、蘭さんが見たこともないような不機嫌そうな顔でこっちを見ていた。

「兄貴、見た目の通り我がままだし頼むわ。オレは部下の手を借りて別の車で帰るし、は兄貴のそばにいて」
「う、うん…分かった…」

何となく恥ずかしくなって竜胆の手を離すと、ふと彼が真剣な顔でわたしを見た。

も……兄貴のこと好きなんだな…」
「…え?」
「そんな顔してる」
「…っ」

いきなり指摘されてドキっとした。慌てて「まさか…」と首を振ったけど、竜胆には何もかも見透かされてる気がした。

「いいよ、隠さなくて。兄貴がを連れて来たあの夜から、何となく分かってたっつーか…」
「…え、」
「兄貴がのことオレに任せるって出て行った時、、泣きそうな顔してたし…」
「……竜胆…」
「…それでもオレに振り向かせる自信はあったんだけど――」

そう言いながら、竜胆は笑みを浮かべてわたしの頬に軽く口付けた。

「ま、兄貴に飽きたらオレんとこ来いよ」
「……な…」

ドキっとして口付けられた頬を手で隠すと、いきなり「なーにしてんだよ、竜胆!」と蘭さんが怒ったように歩いて来た。

「オマエ、今のほっぺにちゅーしたろ」
「いいじゃん、ほっぺにちゅーくらい」
「いいわけねえだろっ。言ったよなァ?コイツに手は出すなって」
「そこまで怒る?今まで女のことでオレに怒ったことなかったじゃん」
「今までのとか言うな。誤解されんだろーが」
「誤解じゃねえだろ」
「あ?」
「何だよ」
「ちょ、ちょっと二人とも…ケンカしないで」

突然兄弟ゲンカが始まって驚いた。慌てて間に入ると蘭さんは不機嫌そうな顔でわたしの手を掴む。

だ。コイツに甘い顔すんな」
「え、甘いって…」
に怒るなよ。オレが勝手にしただけだし」
「怒ってねーよ」
「怒ってんじゃん」
「だ、だからケンカしないでってば」

またしても言い合いになりそうなところへ、竜胆の部下の人が荷物を持ってやってきた。

「退院の手続き終わりました。車を回してるんで行きましょう」
「おう…」

竜胆も蘭さんに負けず劣らずの仏頂面で部下の人の手を借りて歩いて行く。でもふと立ち止まって振り返ると、わたしにニッコリ微笑んだ。

、明日は朝ご飯よろしくな」
「え?あ…うん」

思わず頷いたものの、その瞬間に蘭さんの額がピクっと動いたのが分かった。竜胆は確信犯的な笑みを浮かべると、蘭さんに向かって舌を出している。(!)

「テメェ…いい度胸だな。兄ちゃんにケンカ売るとか――」
「ら、蘭さん…わたし達も帰ろ?」

竜胆を追いかけようとする蘭さんの腕を掴んで引き留めると、無言で見下ろされてドキっとした。でもすぐ溜息をつくと、掴んでいるわたしの手を引いて病院を出る。外は未だ大雨で、朝以上に強く激しい雨が降っていた。車の前で待機していた太一くんは蘭さんとわたしが濡れないよう車のドアを開けてから、こっちに傘を差しだしてくれる。最初にわたしを乗せた蘭さんも隣に乗り込むと、太一君はすぐドアを閉め、運転席へと戻っていった。

「凄い雨だね――」

僅かに濡れた腕や髪に触れながら車内に用意されていたタオルを手にした時、不意に腰を掴まれ引き寄せられた。驚いた拍子に掴んだタオルが足元に落ちる。

「ら、蘭さん…?」

気づけば膝の上に乗せられ、彼の胸に背を預ける形で後ろから両腕に抱きしめられた。僅かに残る香水の香りがわたしを包むように、彼の腕に力が入る。その時、車が静かに走りだした。こんな風に抱きしめられてることが恥ずかしいけど、運転席と後部座席の間の仕切りは閉じられている。激しい雨が窓に打ち付けるせいで、曇りガラスが目隠しをしてくれてるから、この空間には蘭さんと二人きりだ。だから余計に鼓動が速くなってしまう。

…オレが触れるたびにドキドキしてんな」
「…だ、だって……んっ」

蘭さんが肩越しに顔を埋めてくる。首筋に彼のくちびるが触れてゾクリとしたものが走った。くすぐったい感覚と、甘美な疼きが同時にその場所から生まれて、全身に回っていくような気がした。耳に蘭さんのくちびるが触れる。

「ん…蘭さん、くすぐったぃ――」
……」
「…な、何?」
「抱きたい」

耳元で呟かれた言葉に鼓動が跳ねた。蘭さんはいっそう腕に力を込めて抱きしめて来る。その熱が伝わって来て頬が熱くなった。本当は怖い。これ以上、蘭さんに惹かれてしまうのが、凄く怖い。未来さえ見えないふたりだから、彼の腕に溺れてしまわないよう、自分を保っていたかった。
だけど、きっとわたしも願っていたのかもしれない。蘭さんの腕に抱かれたいって――。