六本木心中


※注意描写あり


1.

「いいんですか?」

部下に肩を借りて車に乗り込もうとした時、背後から九井の声が聞こえて立ち止まった。つかさず別の部下がオレの上に傘を傾ける。

「あ?」
に蘭さんを任せるってことは、竜胆さんも諦めるってことですよね」

そんなことを言いながら、九井は走り去っていく兄貴たちの車を見送っている。オレも釣られて雨の中に消える車のテールランプを見送っていたが、ふと九井に視線を戻した。何となく九井の言い方が気になったからだ。

「オレも…ってことはココも?」
「え?」
「ココってと何かあったわけ?」
「……いや…ない…と言えば…ない、あったと言えば…あった…?」
「は?どっちだよ。ってかオマエ…」

急に視線を泳がせる九井を見て、そこは何となく察した。でも九井は一切手を出さないってわけじゃないけど、身近な女に積極的に手を出すような男じゃないだけに、そこは気になった。やっぱりと一緒にいると抗えないものがあるんだなと改めて実感してしまう。しかもタチの悪いことに遊びというより本気といった方が、この感情に当てはまるんだから困りものだ。九井もその甘ったるい罠に落ちたのかもしれない。そんな顔をしてる。そして逆に彼女が本気になった相手が誰かということも気づいてるんだろう。九井はバカじゃないし、その上梵天の誰より優しいから、の気持ちを一番に汲んであげたのかもしれない。

「…お互い損な役回りだな」

と九井の肩へポンと手を置くと、一瞬目を丸くした九井は、すぐに苦笑いを浮かべた

「竜胆さんのその一瞬でアレコレ見抜く鋭さは嫌いじゃないっす」
「長いこと、あの兄貴の弟やってるから察するの得意」
「あー…」

オレの言葉に九井も何かを察し、小さく吹き出す。コイツも兄貴の性格は理解してるようだ。でもオレには一つ心配な点があった。

「ま、今はまだいいけど…マイキーが帰国した後が怖ぇよ」
「ですね…。まあ蘭さんもオレや竜胆さんに手を出すなって言えてもマイキーくんには言えないだろうし」
「そりゃマイキーの為に自分がを連れて来たからな。ってかココも兄貴にそれ言われたのかよ」
「あ…まあ」

九井はしまったといった顔で頭を掻いている。そうなると、いよいよ兄貴も本気ってことだ。

「は~…でもそうなるとマジで兄貴に八つ当たりされまくる不吉な未来しか見えねえ」
「…ですね」
「つーか…マイキーまでに惚れてるってことはねえよな…?」
「さあ…気に入ってるのは分かってますけど、惚れてるとなるとさすがに…聞けないっす」
「だよな…。あ、三途なら何か聞いてそうじゃね?」
「確かに…ずっと一緒にいますからね」
「帰国したらその辺三途から聞きだしてみるかなー」

と言って、あの男が素直にマイキーのことをペラペラ話すとは思えない。
出来れば平和に過ぎていって欲しいと願うばかりだ。だけど…人の心は理屈じゃねえし、まして愛情という話になるとそこまで人の感情は軽くない。今までみたいに誰と共有しても何も気にならない女とはワケが違う。オレも人のこと言えた義理じゃないけど、何で兄貴も分かっていて本気になるかな…って思ったりもした。でも、だからこそ兄貴の本気が透けて見える。

「何ごともなきゃいいけど…」

吹き荒れる雨を眺めながら、溜息交じりで独り言ちると、今度は九井がオレの肩にポンと手を乗せた。






2.

マンションについて、少し強めに手を引かれながら部屋まで戻って来た。でもそこはわたしの部屋じゃなく、初めてここへ来た夜、連れて来られた蘭さんの部屋だった。室内に入った途端、あの夜の出来事が脳裏を過ぎる。突然「ウチの組織で働かないか」と蘭さんに言われた夜のことを。
思わず彼を仰ぎ見ると、蘭さんのくちびるが降って来た。優しく重ねられただけなのに、身も心も震える。あの夜とはまた違う、優しいキスだった。

「…わ」

いきなり膝の裏を持ち上げられ、背中を力強い腕が支える。突然体が浮いた感覚に驚いて縋りつくように蘭さんの肩に手を置いた。

「ら、蘭さん…?」

彼は無言のままわたしを抱えて歩き出した。向かった先は一度も入ったことのない寝室。昼間だというのにカーテンの開け放たれた室内がぼんやりと見えるくらいに薄暗い。窓には相変わらず激しい雨が打ち付けていた。

「……ぁっ」

蘭さんはそのままわたしをベッドのシーツに縫い付けて、上から見下ろして来た。バイオレットの虹彩に射抜かれるだけで、頬の熱が上がっていく。その火照った頬に、蘭さんの冷んやりとした手が触れた。

「ここからやり直したい」
「…え?」

何のことかと視線を上げたわたしのくちびるに、蘭さんは軽くキスを落とした。

「本当なら、あの夜に戻ってやり直したいって思う。オマエを傷つける前に。でも…それは無理だからな…」

そう呟いた蘭さんの瞳が悲しげに揺れた。あの夜とは、わたしが最初にここへ連れて来られた日のことだろう。あの日のことを蘭さんは後悔しているように見えて胸の奥が何かに掴まれたように苦しくなった。後悔してくれるほどに、蘭さんの心がわたしに向けられているようで、酷いことをされたのは確かなのに、そんなことはどうでも良くなるくらいに嬉しかった。思わず首を振ったわたしに、蘭さんはふっと笑みを浮かべた。

は綺麗だな…」
「…え…?」
「誰に抱かれても…汚れない…綺麗なままだわ」

頬を撫でていた手が瞼、額へと動いて。綺麗な指先が前髪を梳いていくと、身を屈めた蘭さんは、露わになったわたしの額に口付けた。あまりに優しい動作に、泣きそうになる。

「今日は途中でやめたりしねえけど……いいの?」

蘭さんのくちびるが耳へ触れて、そんな囁きが鼓膜を震わせる。一気に心臓から血が巡るように全身が熱くなって恥ずかしくなった。それでも自然に頷いてしまうわたしがいて、蘭さんは優しい笑みをその綺麗な口元に浮かべながら、上体を起こすと着ていたシャツを脱ぎ捨てた。前にプールでも見たことのある鮮やかなタトゥーが視界に広がって、鼓動が僅かに跳ねる。初めて見た時も思ったけれど、普通なら怖いと思うようなそれが、更に蘭さんの色気を引き立たせていて、頬が自然に熱くなった。触れてみたくて無意識に伸ばした指先で腕の模様をなぞると、不意に手首を掴まれた。

「…煽ってんのかよ」
「え…?」
「そんな風にに触れられたら止められなくなんだけど…」

言った瞬間、掴まれた手首を顔の横に固定されて、声を上げる間もなく、くちびるを塞がれた。

「…んん…っ」

熱い舌が口内へ滑り込んでわたしのと深く絡み合う。少し強引なキスを仕掛けてきたのに、優しい舌の動きに体が素直に反応していく。同時に蘭さんの指先が、わたしの背中のファスナーをゆっくりと下げて、そこから直に肌を撫でるようにしながらホックへ指が引っ掛けられた。器用に片手だけで外す慣れた動作が、蘭さんの女性経験の多さを物語ってる気がして胸の奥がチリチリと痛くなってしまう。

でも彼の年齢を考えればそれは当然のことだ。わたしにも過去があるように、蘭さんにもわたしが知らない過去があって、これまでもこんな風に女の人を抱いて来たんだろうし、そんなことにまで嫉妬するなんて愚かとしか言いようがない。わたしだってここへ来てからすでに3人に抱かれている。そのことを蘭さんも知っていて、相手のことも分かっている。なのに、嫉妬という感情は理屈じゃないんだということを知った。顏すら知らない蘭さんの過去の恋人だけじゃなく、彼が触れた女性全てが憎たらしく思えるくらいに嫉妬してしまう。

「ん…っ」

蘭さんのくちびるが耳たぶに触れると、そのまま口内に含まれ舐められた。鼓膜に直に響く水音が卑猥で、首の辺りにゾクリしたものが走る。そのまま耳を軽く甘噛みされてビクリと体が震えた。気づけばワンピースも腰まで脱がされていて、上半身は何も身につけていない。耳に這わせていた舌先が少しずつ下りて、首筋に吸いつくように口付けられた瞬間、全身が粟立った。

「…やっぱ敏感すぎ」
「…ん…あ、」

言いながら肩を撫でていた手がするすると下がって胸の膨らみを包まれた。すでに硬くなった場所に蘭さんの手のひらが掠めて、それだけで感じてしまうのが恥ずかしかった。

「どこが気持ちい?」
「…ん、」

髪を片寄せられ、無防備になった首筋にくちびるを押し付けながら、指先で胸の先端をきゅっと摘まむようにされると小さく肩が跳ねた。

「ここ?」
「…ぁ…や…ぁ」

蘭さんはわたしの反応を確かめながら硬くなった場所を指の腹で擦り上げる。その間も絶え間なく首や頬、くちびるへ口付けが降って来る。

「…感じてる、マジで可愛いわ」

ちゅっとくちびるを啄んだ後、蘭さんが呟く。一瞬視線が絡み合った時、愛欲を孕んだ彼の鮮やかなバイオレットが、愛おしそうに細められた。

「その顏…すげーそそられる」
「い…言わないで…んっ」
「可愛いからイジメたくなんだよ」

かすかに笑いながら、蘭さんのくちびるが首筋から鎖骨へと下がって胸の先端を舌先で舐められると背中が反るように跳ねてしまう。

「んん…ぁ」
「ここ好き?」

恥ずかしい問いかけに首を振っても無駄だった。逆にそれが合図のようになって、敏感になっている胸の先端を舌で転がされたり吸われたりすると声が短く跳ねてしまう。同時に蘭さんの大きな手が、わたしの肌の上を滑るように撫でていった。

「ら…蘭さ…」
「…ん?」

蘭さんの繊細な指や舌の動きですでに中心が熱く疼いていた。こんな風になるのは初めてで恥ずかしいくらい濡れているかもしれないと思うと、ワンピースを脱がされた時、最後の一枚を脱がされることに抵抗を感じた。だからつい蘭さんの手がお腹の辺りまでおりた時、思わずその手を掴んでしまった。

「…何だよ」
「あ、あの…」
「言ったよなぁ?今更ダメって言われても無理だし」
「…う…」

僅かに目を細められ、言葉に詰まると、蘭さんは小さく吹き出して、「んー」っと擬音付きで頬にキスをしてきた。

「恥ずかしがるオマエも可愛いけど…」

と今度はくちびるを塞いでくる。その甘いキスでまた酔わされそうになっていると、下着の中へ何の躊躇いもなく蘭さんの手が滑り込んで来た。

「ん…っ」
「今日は止めてやんねぇつったろ?」
「…ぁ、あ…っ」

再び頬にキスをしながら、蘭さんは膝で器用にわたしの脚を開いてたっぷりと濡らされた場所へ指を伸ばす。

のここ、すげー濡れてる」
「…ゃ…あ…っ」

敏感になっている陰核を軽く擦られただけで強い刺激が全身に駆け抜けた。蘭さんに触れられただけで、こんなに乱れてしまうのが恥ずかしいのに、体は勝手に反応していくのが怖い。

「…もうイった?」

蘭さんが少し驚いたように笑う。かぁっと頬に熱が集中した。なのに蘭さんは「可愛すぎ」と微笑んで、指の動きを止めてくれるどころか、更に潤みを帯びた場所を何度も往復させてくる。

「ぁ…ダ、ダメ…イっちゃ…」
「いいよ。イった時の、すげー可愛いから見せて」
「…ぁあ…や…ぁ」

陰核を擦ると同時に、指が中へゆっくりと埋められていく刺激に背中が跳ねた。ゆるやかに出し入れされてるだけなのに急激に体が絶頂へと駆け上がってしまうのを止められないほど、感じさせられていて。そんな自分がはしたなく感じて恥ずかしくなった。なのに理性が飛びそうなほど頭の中まで蕩けている。蘭さんの思惑通り、また達したせいで呼吸が苦しくて涙が溢れて来た。

「…大丈夫?」

蘭さんは優しく問いかけながら額に口付けを落とすと、目尻に浮かんだ涙をくちびるで掬ってくれた。

「…ら…蘭さんに…」
「ん?オレに…何?」
「触られると……おかしく…なりそう…」
「………」

優しい動作に胸が苦しいくらい蘭さんが好きだと思ってしまった。だからついそんな本音が口から零れ落ちる。蘭さんは少し驚いたように目を見開いて、すぐ目を細めたように見えた。

「オマエ…オレを煽る天才だな」
「……あ、煽ってるわけじゃ…」
「もう少し可愛がってやろうかと思ったけど…我慢も限界。もう挿れる」
「え?あ…っ」

言った瞬間、わたしの腰を掴んで、蘭さんは自分の方へ引き寄せると、硬く勃ち上がった部分をイったばかりの場所へ押し付けた。その感触にまた頬が熱くなる。

「その顏だよ」
「……っ?」
のその顏が…いつもオレを煽ってんだよ」

焦がれるほど綺麗な彼の瞳がわたしを射抜いて、見惚れていた瞬間、体を貫かれた。僅かに甘い吐息を漏らした蘭さんの声があまりにも色っぽくて、勝手に体の中心がぎゅっと締めつけられていく。蘭さんは切なげに眉を寄せて、わたしの頬を手で優しく撫でた。

「はぁ…やべ…蕩けそう……少し力抜ける?」
「…ん…ぅん…」

出来るだけ体の力を抜いた瞬間だった。腰を掴まれて一気に奥まで突き上げられる。

「ぁ…あ…んっ…!」

強い快楽に飲み込まれそうになりながら、必死に蘭さんの腕にしがみついた。その間も容赦なく腰を打ち付けられて、さっきイったばかりの体はすぐに押し上げられて何度も達してしまう。身も心も濡らされて、全身が蕩けてしまいそうだ。

「……」

蘭さんから与えられる快楽に身を任せていると、不意に口付けが降って来た。甘く柔らかい舌を絡み合わせながら夢中でそれを受け止めるのが精一杯で、キスの合間に「好きだ…」と漏らした吐息交じりの彼の声を、飛びそうになる意識の隅で聞いていた。

男の人に抱かれることがこんなにも幸せだと感じる日がくるなんて思いもしてなかった。ただの本能的な行為だと、どこかで冷めていたのかもしれない。蘭さんに抱かれながら死ねたらいいのに、とバカなことを思う。それが究極の幸せのように感じた。
人の心は移ろいやすいから、絶対も永遠もわたしは信じてない。なら、わたしは彼に愛されてる時に、この命を終わらせたいと思ってしまった。
このまま貴方と熱を混ぜ合って、溶け合って、燃え尽きてしまえればいいのに――。