六本木心中


※軽めの注意描写あり


1.

しつこいくらいの雨音と風の鳴る音を聞きながら、オレとは何度も抱き合って、互いの熱を分け合った。これが正解なのかは分からない。一度でも抱いてしまえば想いの密度が増すことを、この時のオレは完全に失念していた。

「ん、蘭…さん…」

ベッドの端に腰を掛けて小さな唇にそっと口付けると、は気だるそうに瞼を押し上げて視線を彷徨わせている。でもすぐにオレを視界に捉えるとかすかに微笑んだ。その満ち足りた微笑みを見てオレまでつい笑みが零れる。そのまま丸みのある額にも口付ければ、ガラにもなく胸の奥が愛しさで疼いた。

「喉乾いてねえ?水持って来た」
「あ…ありがとう…」

デュベで胸元を隠して上体を起こしたはオレの差し出したグラスを受けとって美味しそうに水を飲んだ。

「…冷たくて美味しい」
「まだ飲むならそこのデキャンタにあるし、ああ、それか酒でも飲む――」

と言いながら腰を浮かしかけた時、の手に腕を掴まれ引き戻された。

「ここにいて欲しい…って言ったらダメ…?」

の腕がオレの腰に回って後ろからぎゅっと抱きしめられた。背中に彼女の体温を直に感じてドキっとさせられる。散々熱を吐き出したばかりなのに、まだ足りないとばかりに体が火照って来た。今日はとことん劣情に支配されているようだ。

「ダメじゃねえけど…また襲うかもよ?」
「…え?」

言った瞬間、腹の辺りに絡みついていたの腕がパっと離れた。それはそれで悲しくなるんだから笑ってしまう。

「んな慌てて離れなくても」
「あ、ご…ごめん…」
「いや…それオレの台詞」
「え…?」
「悪かったな。無理させて」

振り向いての白い頬に口づければ、一瞬で赤みを帯びた。オレの言葉の意味に気づいたんだろう。は恥ずかしそうに首を振った。その表情が可愛くてデュベごと抱きしめる。

「あまりに節操なしで驚いた?」
「…そ…っそんなことない…けど…」
「けど…?」

やっぱりガキみたいにがっついたのがまずかったか?と思いつつ、オレ自身、未だにあそこまで盛れるもんかと自分で驚いてるけど。に触れたら理性なんて消し飛んで溺れてしまうほど、何度でも抱きたくなる女だと思った。ただ彼女にどう思われたか心配になって顔を覗き込むと、は視線だけオレに向けながら言いにくそうに呟いた。

「他のことなら…驚いた…かも」
「…他のこと?」

何かマズいことでもしたっけ?と行為の最中のことを思い浮かべていると、は「蘭さん…もっと冷めてるのかと思ってたから」と、予想外の答えが返って来た。

「…冷めてるって?」
「だ、だから…終わった後は背中向けて寝そう…とか…最悪起きたらいなさそう…って店の子達が話してるの聞いたことがあって何となくそんなイメージが定着してたというか…」
「…は?」

気まずそうに話すの言葉を聞いて、それはどこの最低男だ、と思わず笑ってしまいそうになった。しかも店の子達ってことは…

「何だ、それ。店の子って…オレの店の?」
「う、うん…」
「チッ…アイツら…オーナーに対して好き勝手言ってんなァ」
「みんな…蘭さん目当てだったから、待機中はもっぱら蘭さんの話してたの。たまにそういった話も聞こえてきて…」
「へえ……んで…?もオレがそんな男だと思ってたってわけだ」
「え…えっと…思ってたっていうか…そうなのかなってくらいで…」
「ふーん…」

次第に声が尻すぼみになっていくを見ながら目を細めると、しゅんとした顔で「ごめん…」と謝る彼女に、思わず吹き出してしまった。

「まあ…間違ってはねえな」
「え…」
「そういうことしたことねえかって聞かれたら答えはNOだしな。でも…」

と言いながらの頬へ口付けた。

はどう思った?」
「え?」
「噂話じゃなく…実際オレに抱かれてオマエはどう思ったんだよ」
「……っ」

オレの質問にの頬が一気に赤くなった。

「ど、どうって…」
「やっぱ冷たいと思ったー?」

苦笑交じりで聞けば、は慌てたように首を振った。

「凄く…や…優しい…って思った」
「……」

やべえ、自分で聞いたクセに、こんな返しはかなり恥ずかしいことに気づいた。意識してしたわけじゃないし、自分がそうしたいからしただけだ。他の女との違いがあるとすれば、それは――。

「蘭さん…?」

何も言わないせいか、がオレを見上げて来た。きっとオレの顏は赤くなってるはずだ。

「…もしかして…照れてる?」
「うるせえよ…」

体を密着させて向かい合ってるせいか案の定バレたらしい。思い切り顔を背けると、が小さく吹き出している。完全に油断してる姿に、オレは照れ隠しで彼女の肩を掴んでそのままベッドへ押し倒した。

「え、ら…蘭さん…?」
「笑う余裕あるなら、まだオレの相手、出来るよな?」
「……えっん…」

こうしての唇を塞いでしまえば、すぐに僅かな余裕さえなくなってしまう。柔らかい舌を食べつくすように絡めれば、の体がかすかに震えるのが伝わって来た。

「ま、待って…」
「待てねえ」

さっきまで節操なしの自分を憂いていたくせに、もうこれだ。が体を隠すように掴んでいるデュベを奪い去って、白い首筋にも唇を落とすと、甘い声が室内に響く。の体にはさっきオレが付けた名残が残っていて、その赤を辿るように口付けていくと、が僅かに身を捩って胸の膨らみへ伸ばしたオレの手を掴んだ。
それでもお構いなしに唇で肌をなぞっていくと、今度は弱々しい声がオレの耳に届けられる。

「ら、蘭さん…」
「ん?」
「お腹空いたから…何か――んっ」

すでに硬くなっている先端を口に含むと、可愛い声が跳ねた。

「後でいっぱい食わせてやっから…まずはオレなー?」

顔を上げて赤くなった彼女の頬へ軽くキスをしながら笑うと、潤んだ瞳がオレを見上げて来る。そんな顔を見せられたら、もっと止まらなくなるって何度抱けばわかってくれるんだか。

「…ぁ…っ」

舌先で先端を転がしながら刺激を与えていると、オレの腕を掴んでいたの手の力が弱くなったのを感じた。逆にそれを掴み返してベッドに縫い付けると、切なげな吐息がの口から洩れる。その音がオレの耳を刺激して、更に欲を掻き立てられた。

何でオマエなんだって思う。何もマイキーの為に選んだ女に惚れなくてもいいだろ。予感はあったのに、に惚れたら、どんな結末になったとしてもハッピーエンドにはならないと、分かっていたはずなのに。





2.

蘭さんと抱き合うたび、想いの密度が増していく気がした。慈しむように触れて来る繊細な指先も、熱を交換するほど深く口づけてくるくちびるも、蘭さんから齎されるもの全てが、わたしの胸を焦がしていく。
わたしの中へ入ってくる瞬間の蘭さんが愛しいと思った。少し切なげで、綺麗な顔に快楽を貪る表情を浮かべている彼は、いっそう色気を引き立たせている。いつもは涼しい顔をしているのに、今は額に薄っすら汗を滲ませていて、思わず手を伸ばしていた。それに気づいた蘭さんが「ん?」と首を傾げながら少しだけ身を屈めてくれる。距離が近くなって、そのまま彼の顏へ指先を伸ばすと、蘭さんの指に絡み取られて、手のひらにキスをされた。

「…今、に触れられたらイっちゃうじゃん。ダメだって」
「え…んぁ…っ」

蘭さんは小さく吐息を洩らして、強く突き上げて来る。

「まだ抱いていたい」
「そ…ん…」

彼の言葉に鼓動が跳ねて口を開きかけた時、乱暴にくちびるを塞がれた。互いのくちびるの輪郭も関係なく、繊細さに欠けるキスを交わしながら蘭さんは腰の動きを速めていく。理性なんてものはすでになくて、ただただ蘭さんに与えられる快楽に溺れてしまいそうだ。
これまでセックスをして、こんなにも満たされたことはなかった。求められるまま受け入れて、相手の好きなように抱かれるだけ。なのに蘭さんにはわたしから満たしてあげたいと思ってしまう。
今、この瞬間だけは、未来のことなんて考えたくなかった。ふたりだけの世界にいれば、わたしは幸せだったから――。



「…はあ…マジで節操ねえじゃん、オレ。ガキかよ」

抱き合った後で蘭さんがわたしの額に口付けながら苦笑いを浮かべた。まだ余韻の残る体を抱きしめられて、そっと蘭さんの背中に腕を回せば少し汗ばんでいる。このままだと風邪を引いてしまうんじゃないかと心配になった。

「蘭さん…シャワー浴びてきて。風邪引いちゃう」
「ん~…もう少しこのままでいてえかも…」

そう言いながら、蘭さんはわたしの頬にちゅっとキスを落として隣に寝転がった。さっきも言ったけど、抱き合った後まで蘭さんがこんなにも優しいなんて思ってもみなかった。

「さすがにすぐは動けねえ…」
「え…」

わたしの頭を抱き寄せながら、蘭さんが笑った。その意味を考えるとかなり恥ずかしくて、彼の裸の胸に顔を押し付ける。

「でもオレ、こう見えて意外と淡泊な方なんだけど…なら何回でもできるかも」
「ら、蘭さん…?」

グイっと肩を押されて視線を上げると、蘭さんがわたしを見下ろしていた。まさか、と思ったのが顔に出ていたのか、蘭さんが軽く吹き出している。

「いや、そんな不安そうな顔しなくても。しねえよ、今すぐなんて」
「え、べ、別にそんなこと…」

見透かされた気がしてかあぁっと頬が赤くなる。そんなこと思ってないって言い訳をしようとしたら、くちびるが重なった。触れるだけの優しいキスなのに全身が粟立つ感覚に驚く。何度も角度を変えて触れるだけのキスをされると、揺さぶられた感情の波が落ち着いて、幸福感で満たされて行く気がした。

「はあ…もう夕方かよ」

ちゅっと軽く啄んで離れたくちびるに、名残惜しい思いを感じていると、蘭さんがスマホを手にとって小さく呟いた。気づけば外は真っ暗で、雨音も少し静かになっている。

「今…何時…?」」
「午後6時過ぎたとこ」
「え…もう?」

午前中にここへ帰って来て、それからずっとふたりで寝室に籠っていたことになる。でも時間を聞いた瞬間、わたしのお腹と蘭さんのお腹が同時に鳴って、互いに顔を見合わせた。

「ぷ…っ…そりゃ腹減るよな…朝から何も食わずに出かけてそのままだったし…」
「そ、そうかも…」
「飯も食わねえでオレと半日以上もエッチなことしちゃったなァ?は」
「……っ」

ニヤリと笑みを浮かべて蘭さんは意地悪なことを言って来る。でも実際そうだから急に恥ずかしくなってきた。こんなことをしたのはさすがに初めてだ。

「あ、あの…わたし、何か作るね」

言いながら上半身を起こして、床に散らばっている服をかき集めた。一度自分の部屋に戻ってシャワーも浴びたい。

「あー…でもオレの部屋、何もねえかも」
「あ、蘭さんシャワー浴びたらわたしの部屋に来て。食材はいっぱいあるし」
「マジ?じゃあ、そうしようか」

体を起こして蘭さんは言いながらも、服を着ようとしたわたしを後ろからぎゅっと抱きしめて来た。

「ん…」

首筋にキスをされて僅かに肩が跳ねると、蘭さんが苦笑交じりで「これじゃいつまで経ってもベッドから出られなくなるか」と腕を離した。でも振り向いた瞬間、くちびるを塞がれて、軽く啄まれる。

「でも…少しの時間も離れたくねえと思ったのはだけだわ」
「……蘭さん…?」

額を合わせて微笑む蘭さんは、少し寂しげに見えてドキっとした。本当はわたしも一秒だって離れたくない。でも現実を思えばそんなわけにはいかなくて。こうしている間も、時は刻まれていく。蘭さんは何も言わないけれど、きっと万次郎が帰国したら前の日常に戻らなければいけないんだろう。蘭さんは梵天の幹部で、わたしは組織のボスの世話係。ただ、それだけの関係に。

「部屋に戻ってるね」
「ん」

わたしがそう言うと、蘭さんは小さく頷いて、もう一度くちびるへキスをしてくれた。これが最後にならないように、何度だって触れて欲しい。そう思うのに言葉には出来なくて――。

大人になれば大人になるほど、本心を上手く隠してしまう。目の前の現実は動かしがたく、自分の思ったようにはいかない。十代の頃は時間も、自由も、無限にあるような気がしたのに、それはただの錯覚で。限りある時間の中で、人は苦しみ、悲しみ、迷い続けていくように出来てる。もっと大人になったら、あの時した選択が良かったのか悪かったのか、少しずつ見えて来るのかもしれない。でもわたしは蘭さんを好きになったことだけは、きっと何があっても後悔しない。
いつか死んで あなたの腕の中で灰になれたらと思うよ。