六本木心中


※軽めの性描写あり


1.

目に映らないほどの細かい霧雨が窓を濡らすのを眺めながら、兄貴は鬱々とした表情で溜息を吐いた。さっき淹れたコーヒーの湯気が次第に失われていくことにも気づかない様子だった。こりゃ思ってたよりも重症だと、オレは熱々のコーヒーを口に運びながら気づかれないよう溜息を吐く。でも隣にいた鶴蝶には聞こえたようで「何だよ、オマエまでうっとーしい」と苦笑交じりで振り返る。ついでに出窓の床板に腰をかけたまま動かない兄貴へ視線を向けた。

「蘭のヤツ、来て早々、さっきからあんな感じだけど何かあったのかよ」
「いや、ほら。もうすぐマイキー帰国すんだろ」
「ああ、そういや今日だったな。オレも帰国してからどうも日付や曜日の感覚がズレてんだよなあ」

鶴蝶はそんなことを言いながら頭を掻いている。結局、鶴蝶はあのまま病院には戻らず完全に退院したようだ。医者の青山さんが「裏社会の人間を散々治療してきたが、銃で撃たれたのに翌日退院する人間は初めてだ」と呆れてたらしい。まあ、そんなこと出来るのは鶴蝶しかいないだろうな。

「で、マイキーが帰国するから何だって?」

と言ってから思い出したのか、鶴蝶は「あ」という顔をして視線をオレに戻した。

「彼女か…」
「そ。今朝まで一緒だったくせに、もう枯れてんの。まあ…オレとしてはもっとイライラして八つ当たりされまくるかと思ってたけど、まさかの違うパターンでビックリしてるわ」
「確かに。キレるんじゃなく黄昏てるな」
「この天気も良くないんじゃねえ?延々雨だし梅雨かよって感じ」
「オレは結構好きだけどな。ロンドンの街並みを見てるようで」
「あ?鶴蝶、ロンドン行った時、いたっけ」
「いや。オレ、あん時は彼女と沖縄旅行だったし」
「行ってねーじゃん。町並みなんて知らねーじゃん」

オレがそうツッコむと、鶴蝶は顔を真っ赤にして「オマエらの撮った写真で見たんだよっ」とキレだした。あれは去年の夏だかに突然マイキーが「本物のマフィア見に行こうぜ」とか言い出して、何故か三途がロンドン行きの便を手配した。そこで後になって「でもマフィアつったらイタリアじゃね?」って兄貴が言い出して、オレも「あ、そーだわ」ってなって、でもその時は全員飛行機に乗った後だった。だから急遽ロンドン旅行みたいになったアホな思い出だ。

旅行中、マイキーが毎日のように「あーあー本場のマルゲリータ食いたかったなあ」とか「ロンドンってゴッドファーザーいなくね」とからかい半分で嫌味を言いまくって、三途がえらいヘコんで、オレと兄貴は陰で大笑いしてたっつーオチまである。でも泊ったホテルが偶然ロンドンの裏組織の管轄で、そこの人間と親しくなった。しかもそこのトップとマイキーが協定を結ぶことで、また一歩梵天の世界進出が広がったから結果オーライってとこで三途はホっとしたようだ。アイツはマイキーと一緒に梵天を大きくすんのが夢だと、前に酔っぱらって洩らしたことがある。マイキーの危うさを知りながら、それでもなお、三途がマイキーに心酔してる理由はオレ達も分からねえけど、その夢に乗っかって行けるとこまで行ってみたいとは思う。だけど――。

「はあ…もう書類仕事ムリ、ヤダ」

そうボヤいて机に突っ伏す。オレが動けないからってココのヤツ、自分の仕事、殆ど押し付けやがって。前はに頼んでたみたいだけど、兄貴の手前、そうもいかなくなったようだ。

(鶴蝶も兄貴も本部に来たって手伝いもしねえし、コーヒー飲みに来ただけじゃねえか。ここはカフェじゃねえつーの)

隣で雑誌を読みだした鶴蝶を睨みつつ、オレは盛大に溜息を吐いた。





2.

「お帰り、万次郎」

大きな荷物を抱えて入って来た万次郎は、わたしを見るなり手の中の荷物を全てその場に落とすと、こっちへ歩いて来た。

「ただいま、
「わ」

ぎゅっと抱きしめられて驚いたけど、少し懐かしい万次郎の甘い香りにふと笑みが零れた。きっと飛行機での移動中も甘い物を食べてたに違いない。でも顔色が良くて少しホっとした。

「疲れたでしょ?コーヒー淹れるね」
「うん。あ、そーだ。コーヒー豆、お土産に買って来た」

そう言って腕を離すと、後からこれまた大荷物を抱えて入って来た春千夜と、万次郎達を迎えに行ったココに「そのオレンジ色の袋かして」と言った。

「こっちがココので、こっちがとオレ用」
「え、これ…コピ・ルアク?」

見覚えのあるコーヒー豆の袋を見て尋ねる。この豆は以前、店のお客さんにインドネシアのお土産で貰ったことがあった。

「そ。さすが。よく知ってんな。シベットコーヒー好き?」
「うん、独特で豊かな香りよね。コクのある味わいだし。じゃあ、これ淹れる?」
「うん。ああ、三途とココも飲むよな」

万次郎が訊ねると、ココは嬉しそうに「飲みます」と言ったけど、春千夜の顔は明らかに引きつっていた。

「じゃあ淹れて来るね」

そう言って袋を手にキッチンへ向かう。万次郎は他のお土産を出すことに夢中のようだ。何を買って来たのかな、と少し楽しみにしながらコーヒー豆をコーヒーメーカーで挽いてると、そこへ春千夜が顔を出した。

「オマエ、猫のクソコーヒー飲めんの」
「え?あーうん。わたしは結構何でも飲める」

笑いながら応えると、春千夜はうげっといった顔でわたしを見下ろした。何となく春千夜はああいうの受付けなさそうだなとは思う。

「春千夜の分はこっそり違うコーヒー淹れとくね」
「………」

そう言って別のコーヒー豆を見せると春千夜は何とも言えない表情になったけど、「…頼むわ」と素直に言ってきた。

「どうも猫のクソだと思うと胸がむかむかしてくんだよ…でもマイキーに飲めって言われちゃ断れねえし…」
「好みはあるよね。わたしも飲むまでは勇気いったもん」
「だよな。あ、そーだ。オマエ、パスポートって持ってんの」
「え?パスポート…?」
「マイキーが今度オマエもフィリピン連れていきたいらしいから、ないなら――」
「パスポートはある、けど…わたしをフィリピンに…?」

ちょっと驚いて振り返る。世話係として同行しろということかと思った。

「この半年、オマエ、殆ど出かけてねえだろ。だからじゃねえの」
「…そっか」

その気持ちが嬉しくもあり、悲しくもある。一瞬、蘭さんの顔が浮かんだからだ。この数日間、濃密な時間を過ごしたせいか、今も何となく蘭さんの香りがするような錯覚まで起こす。

「何だよ。行きたくねえの?」
「え?あ…そんなことないよ」

春千夜がジっとわたしを見ていることに気づいてすぐに笑顔を見せた。蘭さんはバレても平気だと言ってたけど、それは彼に抱かれたことであって、愛情を持ったこととはまた別の話だ。春千夜は万次郎を大切に想っているから、どういう反応をするか分からない。でも春千代はそれ以上何も聞いては来なかった。なるべく普段通りにコーヒーを淹れて、リビングに戻ると、そこはすっかり南国の物で埋め尽くされていた。殆どは万次郎の好きそうなお菓子だったけど、中には変わった形のカラフルな食器やカップなどもある。

「はい、コーヒー」
「お~いい匂い」
「万次郎がこれで、ココのはこっち。春千夜はこれね」

と、春千夜の前にはいつものコーヒー豆で淹れたコーヒーを置く。一瞬だけ目が合ったら、恥ずかしそうに反らすから吹き出しそうになった。

「うま!やっぱ美味いわ、これ」

ココはコーヒーが好きだから大喜びしている。元々これを頼んであったらしい。でも他のお土産のことを訊く前に早速ココが仕事の報告を始めたから、わたしは聞かない方がいいと思った。

「向こうにいってるね」

と、万次郎に声をかけてから立ち上がると、終わったら呼ぶと言われたのでリビングを出る。でもドアを閉じる瞬間、「あ?蘭が?」という万次郎の声が聞こえてドキっとする。内容はよく聞こえなかったし、蘭さんの仕事の報告かもしれない。でも万次郎が驚いたような感じだったから少しだけ気になった。幸い、皆が座っているソファのある場所からこのドアは死角になっている。そのまま閉じずに洩れ聞こえて来る会話を聞いてみることにした。

「その女はどこの誰だよ」
「ちょっと話を聞いたら自分の店で雇っていた女らしいです。まあ、とちょっとモメてクビにしたようですけどね」

ココの言葉に心臓が大きく跳ねた。わたしの名前が出たこともそうだけど、今話に出て来た女というのは、あの唯って子のことだろう。何で今更彼女の話を、しかもココが話してるんだろうと気になった。

「その女がにやられたケガのことで脅して来たようですね。だからスクラップ行きにしたとかで」
「ふーん。まあ蘭にはそーいう判断は任せてるし、蘭が邪魔だと思ったから消したんだろ。問題ねえよ」

万次郎の言葉でさっき以上に大きな音が体の奥で鳴った。
スクラップ、邪魔、消した――。
それらの言葉がどこか遠くから聞こえてくるようで、軽い眩暈がする。気づかれないよう、そっとドアを閉めると、わたしは静かに万次郎の部屋を出て自分の部屋へと急ぐ。今の話が聞き間違いであって欲しかった。心臓が早鐘を打って息苦しい。自分の部屋に飛び込んで背中越しにドアを閉めると、足の力が抜けてその場に座り込んだ。

「…蘭さん…」

その名を呟くと同時に涙が溢れた。彼はわたしの為に、きっと彼女を――。
そう思うだけで胸が痛む。
何故そんなことになったのかまでは分からない。だけど、唯がわたしとのことを蒸し返したんだと思った。あれで終わったと思っていたけど、唯はあの件で蘭さんを脅した。いつ、どこでそんな話になったのかまでは分からない。だけど、蘭さんにとって、彼女は邪魔だと判断された。スクラップの意味は分からなかったけど、言葉通りの意味だとしたら、消したという言葉と符合する。

(唯もきっとあの刑事と一緒だ…何かの目的の為にわたしにケガさせられたことを引き合いに出して蘭さんを…)

正直、彼女のことはどうでも良かった。もし蘭さんを怒らせたのだとしたら、それは彼女の自業自得だ。わたしが心配だったのは蘭さんのことだった。あの刑事は恋人も家族もいなかったし、仕事にも出てなかったようだから失踪したところで怪しむ人は少ないだろう。でも唯は違う。家族のことは知らないけど、六本木のクラブでナンバーワンを張っていた子だ。それなりにお客さんがいる。その人たちが急に唯と連絡がつかなくなったらおかしいと思うはずだ。そう思ったらいても経ってもいられなくなった。ケータイで蘭さんに電話をかける。今日は本部に行くと今朝、話してた。

――しばらく本部の方に泊るわ。
――え、本部…
――そっちにも同じように部屋があんだよ。まあ…ここにいても近くでがマイキーと一緒にいると思うとイライラしそうだし。

そんなことを言って昼頃には本部に行ってしまった。ヤキモチを妬かれるのは嬉しいと思ったけど、逆の立場だったらわたしもきっとツラくて、同じように少しでも離れようと思うだろう。

?』
「あ…」

電話をかけた瞬間、ワンコールで蘭さんが出た。少し驚いて言葉を詰まらせると、『どうした?何かあったのかよ』と心配そうな声が返って来る。

『マイキーもうそっちついたんだろ?』
「う、うん…でも今、ココと仕事の話してたから部屋に戻って来たの」
『…そっか』
「ごめんね…蘭さんもお仕事中だよね」

かけてから気づいてハッとしたけど、蘭さんは『仕事に手がつかないからサボってんだよ』と笑った。その言葉の意味が分かって胸がきゅっと痛くなる。

『で…どうした?』

何も言えなくなっていると、蘭さんはやっぱり心配そうに訊いて来た。本当は唯のことを訊こうと思った。わたしの為に彼女に手をかけてくれたのだとしたら、どうしても謝りたくなったのだ。蘭さんだって自分の店にいた女の子にそんなことをしたくなかったはずだ。でも、蘭さんの声を聞いて躊躇したのは、きっと蘭さんはわたしに知られたくないんじゃないかということだ。だからこそ、その話をわたしにしなかったんじゃないかと、そう思った。なら、この話はすべきじゃない。わたしは今まで通り知らないふりをしておこう。

『ん?どした?』
「ううん…何でもない」
『何だよ…あ、もしかしてオレの声が聞きたくなったとか?』

茶化すように言って来る蘭さんに、ちょっとだけ笑ってしまった。

「うん…そうかも…」

素直に認めると、蘭さんは意外にも言葉を詰まらせたようだった。

『…そういうこと言うなよ』
「え…?」
『今すぐ会いに行きたくなんだろ?』
「……ご…ごめん」

スネたように言われてわたしの頬も赤くなる。わたしまで今すぐ会いたいと思ってしまうんだから重症だ。さっきまで一緒にいたのに、今は少しだけ距離を感じるのが寂しい。

『じゃあ…サボってばっかもいらんねーし、そろそろ仕事してくるわ』
「あ…うん…」
も…またあんま無理すんなよ』
「分かった…」
『じゃ…』

そこで電話が切れて急に室内の静けさが戻って来た気がした。もっと声を聞いていたい、なんて我がままは言えない。そう言い聞かせながら、小さく息を吐いた時だった。手にしたままのケータイが突然震えだして「わ…」と声を上げた。

「ま、万次郎…?」

画面に表示された名前を見て、ホっと胸を撫でおろす。出てみると話は終わったから戻って来いよと言われた。この様子だとさっき話を盗み聞きしてたことはバレてないらしい。部屋に戻ってみると、すでにココは帰った後で、万次郎がソファでゴロゴロしながら「お腹空いたー」と騒いでいた。そばにいた春千夜はと言えば、万次郎が開け散らかしたお土産を片付けている。

「食事の用意なら済んでるし、もう食べる?」
「お、マジで?食べる食べる」

ゲンキンなもので、万次郎はすぐにソファから起き上がると、う~んと両腕を伸ばして立ち上がった。それを見た春千夜は集めたお土産の袋をソファに置くと、「オレはこれから本部に顔を出してきます」と言って出て行こうとする。

「え、春千夜、ご飯食べて行かないの?」
「…いい。色々と仕事があんだよ」
「そう…。あ、じゃあちょっと待って」

てっきり食べていくものだと思って春千夜の分も作ってしまったから料理の量が多い。久しぶりの日本だから和食がいいかなと思って作っておいたおかずをタッパーに詰めると、それを紙袋に入れて春千夜に渡した。ご飯はぱっぱと食べやすいようにと、おにぎりにして正解だったかもしれない。

「これ、夜食にでも食べて」
「あ?」
「いっぱい作りすぎちゃって…食べてくれると助かる」
「え…あ…」

春千夜が驚いたようにわたしを見てから、すぐに万次郎へ視線を走らせる。こういう時も彼の万次郎への忠誠心は凄いなあと感心してしまった。

「もらっとけよ。どうせ三途は放っておいたら何も食わねえんだし、ちゃんと食えって」
「…ウス」

万次郎に言われてホっとしたのか、春千夜は紙袋を受けとると、「さんきゅ」と素っ気ないながらもお礼を言ってくれた。

「じゃあ…マイキーのこと頼んだ」
「はい」
「ああ、それと…マイキーの薬がちょうどなくなったから後でオレの部屋から取って来い」

そう言いながら春千夜はポケットから部屋のキーを取り出してわたしへ差し出した。ちょっと驚いて顔を上げると、「何だよ」と睨まれる。

「え…春千代の部屋まで取りにいけってこと…?」
「ああ、そう言ってんだろが」
「入ってもいいの?」
「あ?別に見られて困るようなもんは置いてねえよ。薬はリビングの棚の引き出しに入ってる。一番上な?」
「わ、分かった…」

少々呆気に取られつつキーを受けとると、春千夜は玄関まで歩いて行く。その後を追いかけて「キーはどこに置いておけばいい?」と尋ねた。

「あ?あ~じゃあ、ここに置いとけ。こっちに戻ったら取りにくっから」

と、玄関のシューズボックスを指でトンっと叩いた。

「分かった」
「じゃー忘れんなよ?」

春千夜はそれだけ言うと本部へと出かけて行った。とりあえず手の中にあるキーは持ち歩くのも不安なのでシューズボックスの上に置いておく。まさか、あの警戒心の塊みたいな春千夜に部屋のキーを預けられるとは思わない。それだけ信用されたのかなと思うと、少し嬉しくなった。

~腹減ったぁー」

その時、リビングの方から万次郎の声が聞こえて、慌てて戻る。聞けば帰りは機内食も食べずに寝てたようで、かなりお腹が空いてると言っていた。

「今、用意するね」

リビングに戻ると万次郎がソファでゴロゴロしていた。食事は出来てるから軽く温めるだけなのですぐに出せるようになっている。急いでキッチンへ行こうとした。その時、不意に腕を掴まれた。

「…万次郎?」

突然、掴まれた腕を引き寄せられて万次郎の膝の上に乗せられると、万次郎は胸に顔を埋めて「あーホっとする」と呟いた。

の匂い、好きなんだ」
「に…匂い…?」
「んー。花の匂い?みたいないい香り」
「あ…トリートメントかな…」

ぎゅっと抱きしめられてドキっとしつつ応えると、万次郎がふと顔を上げた。

「ドキドキしてる…?」
「え?えっと…」

どことなく意地悪な笑みを浮かべた万次郎はわたしの背中をなぞるように撫でていく。そのくすぐったさで身を捩ると、空いてる方の手が脚を撫でてスカートをまくっていく。

「ま、万次郎…」
「…ん?」
「お、お腹空いてるんじゃ…」
「空いてる。つーか飢えてるかも」

そう言って笑うと、お腹にあったもう片方の手が胸の膨らみに上がって来て、服の上から軽く揉まれた。その弱いともいえる刺激にビクリと腰が跳ねて頬が熱くなる。万次郎はからかうように胸の先端を指で刺激してくるから彼の肩につかまってる手に力が入ってしまった。

「…感じてる?」
「ち、違う…それより放して――」

と言いかけた瞬間、視界が回って気づけばソファに押し倒されていた。

「万次郎…?」
「やっぱ先にが欲しい」

上から見下ろしてくる万次郎の顔は、さっきまでのからかう表情とは違って真剣だった。本気なんだと気づいて、心臓が大きな音を立てる。脳裏に蘭さんの顏が、浮かんでは消えた。





3.

の肌へくちびるを這わせながら、前とは違う反応に気づいていた。オレのいない間、誰かに抱かれたのは反応で分かる。でも、それでもかまわなかった。彼女の肌は滑らかで、手に吸い付く感じが気に入っている。触れているだけで、全身が熱くなっていくのが分かった。たっぷり濡らした後に挿入すれば、の体は素直にオレを受け入れる。今回向こうでは女を抱かなかったから、随分と久しぶりだった。しっとりとした肌に口付けながら腰を打ち付ければ、の口から艶のある声が漏れて、オレの耳を刺激して来る。それほどセックスに対して思い入れのないオレでも、を抱いている時はうっかり溺れそうになるほど気持ちがいい。脳が焼け付くほどに夢中で攻め立てながら、とろんとしたの瞳を覗き込む。

「…気持ちいい?」
「…ん…ぁ…っ」
のそういう顔…すげーそそる」

頬を赤らめ、涙で潤んだ瞳を快楽で歪ませながら喘ぐ姿は死ぬほど色っぽい。最初に抱いた頃は、そんなに経験が多くないと感じたが、今日はやけに反応がいい気がする。

「オレのいない間…誰かに抱かれた?」
「ん、ぁ…」

オレの問いに泣きそうな顔で首を振るがいじらしく見える。別に本当のことなんてどうでもいい。抱かれていても、抱かれていなくても。だけど、オレに抱かれながら他の男との情事を想像させるようなことを言わない彼女は、やっぱり優しいんだろう。

「……嘘つきだな、は」

でも、こうして腕に抱いている間、彼女はオレだけのものだから。