六本木心中




※性的描写あり



1.

霧雨の中のお散歩は、万次郎にとっていい気分転換になったようだった。来る時と同じ手順で中へ戻ると、万次郎は猫のように濡れた髪を振って水気を飛ばした。

「ダメだよ。ちゃんと拭かなくちゃ」

洗面所から大きなバスタオルとハンドタオルを持って万次郎のところへ行くと、彼はすでにベッドへ潜り込もうとしていた。

「あー足!足拭いてからじゃないと――」
「あ…」

万次郎がしまったという顔で見下ろしたけど、もう遅い。新しく替えたシーツは見事に水と土が混じった汚れで色を変えていた。

「わりぃ」

万次郎は申し訳なさそうな顔でしゅんとしてしまった。その姿が叱られた子供のようで笑ってしまう。

「いいよ。このまま拭いちゃお」

持って来たハンドタオルで濡れた足を丁寧に拭いて行くと、万次郎はくすぐったそうに身を捩った。帰りは少し雨も強まって、傘をさしていても結構濡れてしまった。ビーチサンダルだった万次郎の足も当然、地面で跳ねかえる雨粒で濡れた。しかも公園に行った時は土と混じったせいで足首まで泥が跳ねている。

「もー万次郎、子供みたい」
「……あ?子供じゃねえし」
「そうやって口を尖らせるとこも子供みたいだよ」

笑いながら足を拭いてると、万次郎はジトっとした目つきでわたしを見下ろしてスネた顔をしている。こういうところは到底犯罪組織のボスには見えない。

「はい。出来た。次は髪――」

と顔を上げた瞬間、伸ばした腕を引っ張られてベッドに転がされた。驚く間もなく万次郎が覆いかぶさってきて、開いたドアから差し込む廊下の明かりが遮断される。

「子供はこういうことしないと思うけど?」
「…ま、万次郎?」

下から見上げると、万次郎は意地悪な笑みを浮かべている。そのままゆっくりと身を屈めて、互いのくちびるが重なりそうになった時、万次郎の髪から滴り落ちた水滴が、わたしの頬を濡らした。

「冷た…」
「あ、ごめん」

わたしの声に驚いたのか、万次郎が慌てて体を離す。その隙に起き上がると、手にしていたバスタオルで万次郎の髪をわしゃわしゃと拭いてあげた。こんなことをしてると、まるで大きな猫みたいだと思う。

「ほら、ちゃんと拭かないと風邪引いちゃう」
「分かった!分かったから!」

万次郎は降参したかのように笑うと、わたしの手からバスタオルを奪って自分で拭きだした。でもやっぱり、その口はどことなく不満げに尖っている。

ってオレの母ちゃんみたいだな」
「え…お母さん?」

汚れたシーツと使ったタオルをまとめていると、苦笑気味に言われて振り返る。家族のことを口にすることは殆どない万次郎が、自分からそんな話をするのは珍しい。

「そ。オレが何かヤンチャするたび、いっつもそんな感じで笑いながらオレの世話してた」
「万次郎のお母さんって…どんな人?」

ふと気になって尋ねてしまってから後悔した。さっき万次郎は大切な人全てを捨てて来たと話していたのを思い出す。あまり家族のことは話したくないんじゃないかと思った。でも万次郎はあたしの問いかけに小首をかしげながら「何か…天真爛漫な人だったかな」と言った。

「いつも笑顔で、オレ達兄弟を愛してくれてた…まあ…オレがガキの頃、病気で亡くなったけど」
「…え…そうだったの…。ごめんね、何か思い出させちゃって」
「いや…オレもごめん」
「え…?」
の母親は…最低な親だったんだろ?」

万次郎はそう言って心配そうにわたしの顔を覗き込んで来た。彼には会った時に自分の過去を話している。もしかしたら、母親に愛されて育った自分と比べてしまったのかもしれない。

「そんなの気にしてない。もう終わったことだし。それよりシーツ替えるから、その間にお風呂に入ってきて。お湯溜まったと思うし」

と言った時、バスルームの方から"お風呂が沸きました"という音声と共に軽快なメロディーが聞こえてきた。でも万次郎は「オレが汚したんだし手伝うよ」とウォークインクローゼットに入って来る。この中の上の棚に数枚、シーツやタオルケットなどが一式置いてあった。どれもこれも高級ホテルで使うような生地のものばかりで、扱うのにも気を遣う。

「ひとりで大丈夫だよ」

と言いながらわたしが台の上に乗ってシーツを手にした時だった。

「あ」

奥にあったタオルケットまで一緒に出て来て、それを受け止めきれずに落としてしまった。でもすぐそばにいた万次郎が受け取ってくれたようだ。

「ごめんね、万次郎――って、これ…ボロボロ…?」

万次郎が手にしてくれたそれは、他のタオルケットとは違い、使い古されたもののようだった。何故新しいものの中に一つだけ古いものがあるんだろう。そう思っていると、万次郎は懐かしそうに、そのタオルケットを撫でた。

「これ…オレが昔使ってたやつなんだ」
「…え?」
「ガキの頃から使っててさ。中学に上がってもこれじゃないと熟睡できなくて…ずっと使ってた。まあ…妹にもう捨てなよって散々言われてたんだけど、結局捨てることが出来なくて」
「そう…大事なものなんだね」

ボロボロのタオルケットを大切そうに撫でる万次郎を見てそう思った。わたしにはここまで大切にしていた物はないから、少し羨ましい気さえする。あの頃の物は、わたしも全て捨てて来た。

「今は…使わないの?」
「…さすがにボロボロすぎて。これ以上、ダメんならないように三途が気を利かして新しいの買ってきてくれるんだけど…まあ熟睡はできねえから薬に頼るようんなった」
「……そっか。じゃあ大切にしまっておかないとね。あ、じゃあこれに入れてしまっておくね」

ふと思い出して寝具をしまう袋を出すと、そのタオルケットを丁寧に畳んで入れる。中の空気を抜いて、棚の一番上に置いた。

「ありがとう」

万次郎は少しホっとしたように笑みを浮かべて、それから一拍置いてわたしの手を掴んだ。

「…風呂、入ろ」
「え?」
「オレのことばっか心配してっけども手、かなり冷てーし」
「い、いいよ…万次郎の後で入るから」
「じゃあオレはの後に入るけど」
「………」
「一緒に入った方が早いんじゃね?」

ニヤリと笑う万次郎に言葉が詰まる。確信犯的なその顔を見て、わたしは降参するしかなかった。

「ほら、早く」

万次郎の手に引かれてバスルームへ入る。夕飯前にシャワーを浴びたから、万次郎はわたしが後ろを向いている間に服を脱いでそのまま湯船に浸かったようだ。

「あっつっ」
「あ…ちゃんとゆっくり入んないと火傷する――」

と言いながらお風呂場を覗いたけど、すぐに顔を引っ込めた。当然、万次郎は素っ裸なわけで、一瞬見えた逞しい裸体に顔が赤くなる。

、何してんだよ。早く来いって」
「う…うん…」

万次郎は意外とそういうところは気にしない。湯船に浸かりながら平然とわたしを呼んでいる。でもさすがに見られながら裸で入るのは恥ずかしい。いくら抱かれた相手でもそれとこれとは別問題だ。

「え、えっと…万次郎、あっち向いてて」
「は?」
「は…恥ずかしいからあっち向いてて」

もう一度言うと、中から吹き出す声が反響して聞こえて来た。

「はいはい。んじゃー目ぇ瞑っとくから早く来いって。風邪引くし」
「うん…」

そっと中を覗くと、万次郎は壁の方を向いてジっとしている。ホっとしつつ服を脱ぎ、長い髪をヘアゴムで縛ってから中へ入ると、まずは冷えた体に温めのシャワーを浴びてから湯船に入った。ここのお風呂は大きくて二人で入ってもかなり余裕がある。万次郎はまだ後ろを向いていてくれた。

「入ったー?」
「うん」

きちんと肩までお湯に浸かって、でも恥ずかしいことには変わりないので万次郎に背中を向けて座る。じんわりと冷えた体が温まっていく瞬間が気持ちいい。

「ひゃ」

お風呂の温かさでホっと息を吐いた時、後ろから両腕が伸びてきてぎゅっと抱きしめられた。そのまま万次郎の脚の間に座らされ、彼の胸に背中を預ける。これじゃ恋人同士がお風呂に入ってるような光景だ。でも残念なことに、わたしは恋人という存在とこんな風にお風呂へ入ったことは一度もない。なのに恋人でもない男とお風呂に入って密着しているという事実が、どこか非現実的にも思えた。

「体に力入ってる」

耳元で万次郎の声が聞こえる。含み笑いをしている声だ。25にもなってこういった免疫が殆どないせいか、時々万次郎にからかわれることがある。

「リラックスしてよ」
「う、うん…」

また万次郎の腕に力が入ってぎゅっとされる。普段と違うのは直に肌と肌が触れあうことだ。だから余計に恥ずかしいと思う。お風呂場はある種、独特の場所で何となくいつもみたいに話せない。

「まーだ力入ってんじゃん」

万次郎は笑いながら、わたしの耳たぶを唇で食むんできた。その感触にビクリと肩が跳ねてしまう。

「さっきの照れてる、すげー可愛かった」
「…か…からかってるでしょ」
「いや、マジで。裸見られんのそんな恥ずかしがる女、あんまいなかったし」
「え…嘘」
「マジで。だってベッドの上じゃもっと大胆なことしてんじゃん。なのに風呂入る時だけ恥ずかしいの?」
「そ…そういうこと言わないでよ…」

万次郎の声がすぐ耳元で聞こえるから余計に心臓に悪い。時々熱い吐息を感じて酷く落ち着かなくなる。確かに体の関係がある相手なら次第に慣れていくんだろうけど、わたしはあの行為とこういう触れあいは全く別ものだと思ってるから、男の人の感覚と同じにはなれなかった。

「オレ、のそういうとこ好き」
「…え?」
「恥じらいっていうの?女ってそういうのなくなったら何かダメな気がする。見てるとそう思った」
「…べ、別に恥じらってるわけじゃ…ほんとに恥ずかしいんだよ」
「だーから、そういうシャイなとこが好きっつってんの。こっちまでドキドキするし」

苦笑気味に言った万次郎はわたしの項にちゅっとキスを落とした。何の警戒もしてなかったせいで、今度こそハッキリと肩が跳ねた。

「な、何…?」
「風呂入る時に髪をアップにしてんの色っぽいなーと」
「…ん、ちょ…っと…」

お腹に巻き付いていた万次郎の手が容易く胸の膨らみへと触れて来る。戯れるようにやんわりと揉みしだきながら、親指で先端を擦られた。くすぐったいようなむず痒さを感じて抗議するように体を捻る。でも同時に首筋をペロリと舐められて、つい声が洩れてしまった。

「ま…まんじろ…くすぐったい…」
「くすぐったい?気持ち良くねえの?」
「…んっ」

今度は耳輪を舌先で舐められ、じわりと甘い感覚が広がっていく。その間も、万次郎の指が戯れるように胸の先端を弄ってきた。逃げようにも器用に足を使ってわたしの脚を広げてくるから身動きが取れない。

「ま、万次郎…やめ…ひゃ…」
「でも…濡れてる。お湯の中でも分かるし」
「や…んんっ」

広げられた脚の間に万次郎の右手が入り込んで、指先が直に中心を擦ってくる。そのうち中へ侵入してきた指がゆっくりと抽送を始めて、そのたび風呂の湯が波立つ。

「気持ちいい?」

万次郎は耳元で囁きながら、首筋にちゅうっと吸い付いたり、舐めたりしてくる。そのたびゾクゾクとしたものが走って体は勝手に昂っていく。今では指が二本に増やされ、ゆっくりだった動きが少しずつ激しくなってきた。

「や…や…だ…こんな…とこで…」

万次郎の指の動きに合わせて水音が跳ねるたび、羞恥心に襲われる。なのにどうしようもなく体が疼くのが嫌だった。

「最初に抱いた時もここだっただろ」
「ん…ぁっ」

指がある部分を突いてジワリと甘い痺れが生まれた。万次郎は分かっているかのようにその場所を刺激して来る

、ここが弱いよな」
「…ぁ…あっ」
「…可愛い」

耳に口付けながら呟いて、また後ろからぎゅっと抱きしめられた。さっきから腰に当たっている万次郎の熱が、わたしから理性を奪っていく。

…」

名前を呼ばれ、顎を持ち上げられると彼の方に向かされる。何かを言う前に吐息ごと飲まれるようにくちびるを塞がれた。動作は強引なのに、やんわりと絡めて来る舌の動きは優しくて次第に身体の力が抜けてきた頃、お風呂のお湯を抜かれる音が聞こえてハッと我に返る。

「な…万次郎…?」

驚いて後ろを仰ぎ見ようとした時、腰を持ち上げられ、前に体を倒された。慌てて両手をつくと同時に後ろから貫かれる。

「…んあ…ぁっ」
「…く…締めすぎ…力抜いて」
「…んっ…ん…っ」

体を支える両手に力が入らないほど後ろから突かれる。腰を打ち付ける音が反響して鼓膜を揺さぶるたび、頭の中が沸騰してるのかと思うほどに熱くなった。いつもと体勢が違うだけで強い刺激が全身に伝わって、快感のスイッチを押されるようにピンポイントで彼のモノがそこを突いてくる。

「…あ…ぁっダ…ダメ…」
「イキそう?いいよ、イって」

わたしの背中に口付けながら、万次郎が甘い声で囁く。後ろから手を伸ばして優しく胸を揉みしだきながら、先端をこねるように擦ってくる万次郎に、いっそう快感の渦が沸き上がってすぐに限界がきた。

「…んん…ぁあ…っ」

深いところを突かれて背中が反りかえると同時に達してしまった。ぎゅうっと締め付ける中を強引にこじ開けるように万次郎が再び腰を押し進めてくる。形を覚えさせるかのようにゆっくりとした動きで、もう一度奥深くを突かれると、またしても快感が波紋のように全身へ広がっていく。

「やぁ…まんじろ…う、動かな…いで…」

すでに支えている両腕は限界で、殆ど力が入らない。それでも一度達しただけでは許さないとばかりに腰を打ち付けて来る万次郎は、切なげな吐息を洩らして首を振った。

「は…っ…むり…だって…気持ち良すぎて止まらねえし…っ」
「ぁあ…っあ…ん、ぁ…っ」

奥を何度か突かれてまたイってしまった。万次郎の熱に貫かれ、奥まで突き上げるように中を擦られると喘ぐことしか出来ない。

…」

吐息交じりの万次郎の声が厭らしく鼓膜を揺らすせいで意識が朦朧としてきた。風呂場にたまった湯気と、互いの熱で逆上せてしまいそうだ。
その時――万次郎が耳元で何かを呟いた。

「…も…オマエはオレのそばにいろ」
「…?…ぁあっ…」

よく聞き取れないまま、一度引き抜かれて奥まで貫かれたと同時にまた達してしまった。そこでわたしの意識は途切れた。





2.

「ん…」
「…?」

ふと意識が戻った時、すぐそばで万次郎の声が聞こえて、わたしはゆっくりと瞼を押し上げた。見覚えのある天井が見えて、わたしを覗き込む万次郎の顔も視界に入った。薄暗いけど、ここが寝室だと分かる。

「万次郎…?」
「大丈夫…?」
「え…?」

万次郎はひどく心配そうな顔でわたしの頬を撫でた。一瞬何のことか分からなくて何度か瞬きをすると、万次郎は「風呂場で意識失ったろ」と言いながら眉をへにゃりと下げた。

「え…お風呂…」

そう言われてふと思い出した。雨で冷えた体を温める為に万次郎とお風呂へ入ったこと。そしてそこで抱かれたことも。

「あ…」
「悪い…理性ぶっ飛んでやり過ぎた」
「え…わたし…」

申し訳なさそうな万次郎の顔を見ている内に、行為の最中の記憶がところどころ飛んでいることに気づく。連続して絶頂を迎えたことで最後は意識を飛ばしてしまったらしい。思い出したら顔が真っ赤になってしまった。

「熱…、オマエ顔が熱すぎ。たぶん風呂場でヤったせいで逆上せたのもあると思うんだけど…あ、ちょっと待ってて」

万次郎はそう言って一度寝室を出てくと、すぐに冷えピタを手に戻って来た。

「い、いいよ。わたしなら平気だから――」

と体を起こすと、はらりと真新しいタオルケットが落ちて裸の胸が露わになる。バッチリ万次郎に見られたことで「きゃっ」と声が出てしまった。お風呂に入ってたのだから当たり前だけど、わたしは素っ裸で寝かされていたらしい。

「いや、もう何回も見てるって」
「そ、そーいう問題じゃないもん」

慌ててタオルケットに包まると、万次郎は苦笑気味にベッドへ上がって来た。

「ほら、これでオデコ冷やせよ」
「へ、平気だってば…」
「平気じゃねえじゃん。熱いって」

そう言いながら万次郎がわたしの頬に触れて来る。確かに顔が火照ってる感じはするけど、心配するほどクラクラはしない。

「ダメだって」

それでも万次郎はわたしの額に冷えピタをペトっと貼ってホっとしたように息を吐き出した。どうやら本気で心配してくれてたらしい。

「あ…ありがと」
「いや…オレも…ごめん」

タオルケットごとわたしを抱きしめながら。万次郎が首元に顔を埋めて呟いた。

「体…大丈夫か?」
「うん…ちょっと怠いくらい」

全身が気怠いのは行為の後の余韻みたいなものと、湯気で逆上せたことも原因かもしれない。まさか行為の最中に意識を飛ばすなんて思わなくて本気で恥ずかしくなった。きっと万次郎がお風呂場からわたしを抱えて寝室に運んでくれたんだろう。素っ裸のまま運ばれたのかと思うと、また恥ずかしさで顔が熱くなった。

「…ほんとごめん。が可愛いからついエロい気分になった…つーか」
「……な、なにそれ…」

どこに可愛い要素があったのかサッパリ分からない。ただお風呂に入ってただけなのに。そう思いながら万次郎を見上げると、苦笑交じりで頬に口付けてきた。

がずっと恥ずかしそうにしてるから最初はちょっと意地悪したくなって…色々してたらつい……ごめん」
「い…意地悪って…ひどい…」
「仕方ねえじゃん…。そーいう時もあんの。男は」

今度は万次郎が頬を赤らめてそっぽを向いた。男のそういう心理はあまりよく分からないけど、一つだけ思ったのは――。

「もう…お風呂でしないでね…」
「……わ、わかった」

ふと見上げてお願いすると、万次郎は恥ずかしそうに視線を泳がせた。その表情に思わず笑みが零れる。彼の赤くなった頬へそっと手で触れると、万次郎は顏を傾けてくちびるを重ねてきた。その優しい口付けを受けながらも、ふと蘭さんの顔が浮かんだ。抗えない熱に身を任せてしまった自分に罪悪感が押し寄せて来る。でも、結局この高い塔の上で囚われている身でしかないわたしは、許されたこの場所で、ただ誰かに流されて泳ぐだけのちっぽけな存在なんだろう。