六本木心中



※性的表現あり



1.

深夜近くになっても宴は終わる気配を見せなかった。終わるどころか次々に新たな"客"がやって来る。随分と強面の男達ばかりで、全員が梵天と同じような裏社会に生きる人物らしい。わたしはあまり話を耳に入れないよう、大広間の隅っこで椿姫さんから勧められたチーズを頂きつつ、目の前の光景を眺めていた。どんなに威厳のある大物らしき男達でも、梵天の幹部の前だと低姿勢になるようだ。どこの組も今では梵天の傘下に入っているようで、蘭さんや望月さんに大げさなほど頭を下げて挨拶をしている。見ればココはもっぱら椿姫さんと普通の商談のように裏の仕事の話をしていて、そもそも椿姫さんと万次郎を仲介したのもココらしい。

(それにしても…椿姫さんにわたしのことを洩らしたのが武臣さんの側近の人だなんて…)

その人物に視線を向けながら溜息を吐く。ただの雑談で出たようだけど梵天内では外部の人間に組織内のことを話すのはタブーとしているみたいだから、そんな些細なことでもアウトらしい。椿姫さんが武臣さんの愛人だからつい気を抜いたんだろうけど、あの人は多分、蘭さん達に始末されるはずだ。

(…岸本って言ったっけ…)

今も武臣さんの傍に立っている比較的若い茶髪の男を見ながら、以前何度か顔を合わせたことがあるのを思い出していた。言葉を交わしたことは一度もない。ただわたしを見る目つきが興味津々といった印象なのは覚えている。きっと自分達の組織のボスが唯一殺さなかった女が珍しかったんだろう。

(と言っても、まだ蘭さんにこの話は出来てないんだけど…どうしよう)

椿姫さんは来客たちの相手をしに行ってしまったが、蘭さん達も新しい客が来るたび捕まって挨拶を交わしているから、なかなか外れられないようだ。わたしは自分の役割を終えた安堵感に加えて暇なこともあり、ウエイターに進められるままお酒を飲んでいた。豪勢なオードブルも男性陣は殆ど口にしてないから、まさしく食べ放題だ。

(ほんと、このチーズ凄く美味しい…椿姫さんは美食家だってココが話してたけど、ほんと彼女の進めるお酒も食べ物も全部最高級の物ばかり…)

そこまで飲食に拘りのないわたしでも、あまりの美味しさに舌鼓を打ってしまう。となれば自然にお酒も進む。

「おーい。そんな飲んで大丈夫かー?」
「…んぐっ」

突然、背後から声をかけられ、たった今、口に入れたばかりの生ハムが喉につまりそうになった。

「ゴホッ…り…竜胆…?」

どうにか飲み込むことに成功して振り返ると、竜胆が苦笑交じりで立っている。その手には水の入ったグラスが持たれていた。

「ほら、ちゃんと水も飲めよ」
「あ…ありがと」

グラスを受けとり、言われるまま水を飲めば、思っていたよりも乾いてた喉が潤っていく。結局全部飲み干してホっと息を吐いた。

「美味しい…」
「さっきから椿姫に付き合ってシャンパン結構飲んでたろ。兄貴が心配してたぞ」
「え…」

苦笑気味に言われてふと蘭さんの方へ視線を向けると、彼はまだどこぞの組織の人達と談笑している。きっとああして相手をしながらもさり気なく見ててくれたんだろう。そう思うと嬉しい反面、ちょっとだけ恥ずかしくなった。特に今は一人で食べることに専念していたからだ。

「大丈夫か?疲れたろ」
「うん…でも毎日こういうパーティがあるわけじゃないし今日くらいは平気。って言っても日付も変わりそうだけど」
「椿姫さんが開くパーティはだいたいこっから本番って感じだからなー。帰るのはいつも朝方だし」
「え…そ、そうなんだ…」

朝方と聞いてちょっと驚いた。遅くても0時過ぎには終わるだろうと思っていたから少し飛ばして飲み過ぎたかもしれない。

「まあ疲れたならゲストルームで休めるようになってっから寝て待っててもいいしな」
「…う、うん。もう少ししたらそうさせてもらおうかな」
「オレが案内してやろーか?」
「え…?」
「ついでに添い寝してあげてもいいけど」

竜胆が身を屈めて、わたしの耳元でそんな言葉を囁くから少しだけドキッとしてしまった。彼とは何度か関係を持ったことがあるせいかもしれない。でも竜胆は蘭さんとわたしとのことを聞いているのか、前のようにわたしを抱こうとはしなくなった。

「ふははっジョーダンだって。そんなどうしようみてえな顔しなくても」

わたしが黙っていたからか、竜胆は軽く吹き出して笑っている。心の中を見透かされたみたいで思わず頬が赤くなった。

「…ご、ごめん…」
「いや、オレも兄貴に殺されたくねえよ」
「……え、ま、まさか…」
「まあオレも最初はそう思ったんだけどさー。兄貴、マジみたいなんだよなァ、オマエのこと」

竜胆は意外といった顔で苦笑すると、屈んでわたしの顔を覗き込んで来た。

「あの兄貴を本気にさせるとか、っていったい、どんな魔法を使ったワケ?」
「……っ?」
「なーんて、まあ…ちょっと分かる気もすっけど――ってことで後は兄貴に任せるかな」

その言葉に「え?」と聞き返した時、背後から「竜胆~こうたーい」という聞き慣れた声が聞こえて来て、心臓が一瞬で反応した。

「はいはい。んじゃーこれ、部屋のキーね」
「さんきゅー」
「…え…え?」

颯爽と現れた蘭さんが竜胆からキーを受けとり、いたずらっ子のような笑みを浮かべている。そのままわたしの肩を抱いて大広間を出ると、蘭さんは慣れた足取りで廊下の奥へと歩き出した。

「え、ら、蘭さん…?抜け出して大丈夫なの…?」
「酔ったを他のヤツに任せらんないだろー?何気に足がフラついてるし」
「あ、こ、これは…」
「まあオレもちょっと休憩。皆もだいぶ酔ってきてたし。――お、ここだ」

豪華な長い廊下を歩いて行くと、蘭さんはある部屋の前で足を止めた。そこにはゲストルームと彫られたプレートが埋め込まれている。まるでホテルのような造りに感動してると、その間に蘭さんは解錠してそのドアを開けた。

「うわ…広い…」

これまた高級ホテルのスイートルームかと思うような室内に驚いていると、グイっと腕を引かれて気づけば腰を抱き寄せられていた。蘭さんの指がわたしの顎にかかり、そっと持ち上げられる。至近距離で目が合うだけで自然と鼓動が速くなって、勝手に頬が熱くなってしまうのが恥ずかしい。

「あ、あの…蘭さん…?」
「早くオマエに触れたくてうずうずしてた…」
「……ん」

言うや否や、蘭さんの大きな両手が頬を包み、互いのくちびるが重なる。角度を変えて触れるだけのキスを繰り返されると、もっと触れて欲しいなんて思ってしまう。

「…はー…癒されるわ」

最後にちゅっと可愛い音をさせて離れたくちびるが弧を描き、蘭さんらしくない言葉を紡ぐから、また顔の熱が上がった気がした。癒されてるのはわたしも同じだ。なんて呑気に思っていると突然ふわりと身体が浮いて驚いた。蘭さんの手がわたしの膝裏を持ち上げ、お姫様抱っこをされてしまった。その勢いで履いていたピンヒールが脱げ落ちて、コトンという音をたてる。

「な、何…?」
「え、それオレに言わせたい?」

ニヤリと笑う蘭さんのその表情があまりに艶麗で、またしても胸の奥が勝手に疼いてしまう。蘭さんはそのまま、広い室内の奥にある大きなキングサイズのベッドへ向かうと、わたしをそっとベッドの上へ下ろして押し倒すように上から見下ろして来た。

「マジで可愛い。こういう格好、久しぶりに見たな」

蘭さんは懐かしいと言いたげな顔でわたしの頬へ指を滑らせていく。それがくすぐったくて身を捩ると、すぐに頬を捉えられて口付けられた。薄く開いてしまったくちびるの隙間に容赦なく柔らかい舌が挿入される。

「…ん……ふ…」

蘭さんの舌がわたしの舌をなぞるように刺激しながら、優しく絡めとってくる。お酒とは違う、身体の内側から生まれる熱に吐息を洩らすと、腰から背中のラインを確かめるように手が動いて、ゆっくりとジッパーを下げていくのが分かった。

「ん、…ダ、ダメ…」

解放されたくちびるから、ほんの少し残っていた理性が吐き出されたのは、ここが他人の家だということと、せっかくセットしてもらった髪が崩れてしまうという不安があったからだ。

「ダメっていうのがダメ~」
「…え…」

わたしの首筋にも口付けて、蘭さんは笑いながら背中に回した手で容易くジッパーを下げていく。

は今からオレに気持ち良くしてもらって、パーティが終わるまでここで休んで、終わったらオレが迎えに来るから、そしたら一緒に帰ろうなー?」
「な…勝手にそんな…ぁっ」

抗議する間もなく、するするとドレスを腰まで脱がされ、下着の付けてない胸を蘭さんの瞳に晒してしまう。背中がシースルータイプのカップ付きドレスだったから下着は身に付けなかったのが仇になってしまった。いや、もしかしたら蘭さんのことだから、これも狙って選んだんじゃないかなんて思ってしまう。

「…んんっ」

片方の胸をやわやわと揉みながら、もう片方の先端に吸い付かれ、ビクンと腰が跳ねる。酔っていて鈍くなってるはずなのに、やけに厭らしく動く舌の感触がハッキリと脳まで駆け抜けた。なのに手足は気怠くて、一度横になってしまうと動くのさえ億劫に感じる。こういう体勢になって自分がかなり酔っているということに気づいた。頭がふわふわして、視界がぐわんと回る気がする。

「ぁ…ら、蘭さん…」
「かーわい。酔ってとろんとした顔してる」
「…んっ」

ドレスの裾をたくし上げられ、内腿を撫でられると、ゾクリと甘い刺激が走る。

は黙って横になってろよ」
「ん、…ふ…ぁ…」

蘭さんは何もかも分かってるみたいに笑って、上体を下げると押し開いた内腿にちゅっと口付けた。それだけで次は何をされるのか理解して下腹部がジンと熱くなるのが恥ずかしい。

「ここ…濡れての形がハッキリ分かる。エロ過ぎ…」
「…んぁ…や…ぁ」

ショーツの上から生暖かいものが這う感触に溜まらず声を上げる。でもそんなものは何の抵抗にならず、脱力した身体を蘭さんに委ねるしかわたしには選択肢がない。

「ら…んさ…」

全身が火照って熱い。縋るように蘭さんに手を伸ばせばぎゅっと握られ、指を絡められた。もう片方の手でネクタイを緩めた蘭さんが、再び脚の間に顔を埋めていくのを視界の端に捉えながら、胸が苦しくなるくらい心臓が早鐘を打つせいで小さく息を吐き出した。その瞬間、ショーツを片寄せされ、ぬるりとした柔らかい舌が、今度は直接恥ずかしい場所を舐め上げて来る。

「…ぁっ…ん…」

小陰唇をこじ開けるように舌先が動き、すでに膨らんでいる陰核を甘噛みされたり吸われたりされると、視界が快楽で滲んでいく。溢れ出てきた愛液を舐めとられて刺激されるたび、子宮が疼いて痺れるような快感が全身を覆う。どろどろに溶かされたそこへ蘭さんの指が一本、二本と埋められてナカを擦られるたび、その動きに合わせるように声が跳ねた。次第に速くなる指の刺激で、奥のある部分を突かれると、そこから波紋が広がるように快楽の波が全身へと押し寄せてくる。

「…んあ…ぁあっ」

蘭さんの手に押し開かれた脚がかすかに震えて意志とは関係なしに絶頂を迎える。胸が上下に波打ち、乱れた呼吸を整えている間に、カチャカチャとベルトを外す音が聞こえてきた。睡魔にも似た揺らめくような余韻に浸っていた次の瞬間、太腿をぐっと押し上げられる感覚に息を飲む。

「…ぁっ…っ」

狭い場所を広げるように緩慢と挿入されていく圧倒的な熱量に、小さく息を吸い込んだ。

「…く…のナカ、トロトロで気持ち良すぎ…」

たっぷりと泥濘の如く濡れ切ったわたしのナカを堪能するように、蘭さんはゆっくりと抽送を繰り返す。それは激しく揺さぶられるよりもどこか卑猥で。わたしの体をじっくりと愉しんでるように感じて普段以上に羞恥心が煽られた。

「…ら…んさん…ぁっ」
「んー?もっと欲しい?」
「……んっ…」

緩慢な動作でぬるぬるとナカを擦られていたかと思えば、一気に奥まで突かれて背中が反りかえる。蘭さんはわたしの膝裏を押し上げ、覆いかぶさると、何の意味もなさい声を洩らすくちびるへもちゅっと口付けた。その間も腰の動きを止めないまま、胸の先端をペロリと舐めて刺激して来る。同時に性感帯を攻められたことで、さっきの余韻が再び呼び戻されていった。

「…ぁ…ぁっ」
「……またイキそう?」

緩慢だった動きが次第に激しい律動へ変わり、喘ぐこともままならない。ただ揺らされてナカで何度もイカされて、意識が飛び飛びになる。蘭さんの腕に必死でしがみつきながら全身が快感の波に沈んでいく時、わたしは半分意識がなかったかもしれない。足の先まで痺れていく感覚に身を委ねながら、蘭さんの熱を自分の中に感じていた。




2.

「……側近?って…アイツか。岸本」
「うん…椿姫さんがそう言ってた」

情事のあと一瞬だけ意識を飛ばしたわたしが気が付くと、隣に蘭さんがいてくれてホっとしたのと同時に、大事なことを思い出した。蘭さんが戻って来たら話そうと思っていたのに、お酒に酔ったあげく、そのまま勢いで抱かれてしまって報告するのを忘れていたのだ。

「ごめんね、言うの忘れてて…」
「いや…それはオレもわりーじゃん。ガキみてーにがっついちゃったし」
「………」

わたしの頭を抱き寄せて額にキスをしながら蘭さんが苦笑するから、恥ずかしさがこみ上げる。がっついたというなら途中からはわたしも同じだったかもしれない。

「…すーぐ赤くなるしかわい」
「か、からかわないでよ…」

こめかみにちゅうっと長いキスをされて、ますます顔が熱くなる。出会った頃の蘭さんとは違って、今の蘭さんは甘すぎるくらい甘いから、その優しさに溺れてしまいそうだ。

「調べるべき対象がハッキリしてりゃ後は簡単だ。助かったよ」
「ううん…。さり気なく椿姫さんに状況も聞いたけど、やっぱり雑談程度に口を滑らせたっぽいから裏切者かどうかは分からないけど…」
「ま、相手があの椿姫だからな。誘導尋問されりゃ話しちまう可能性も強いし一概にも裏切者とは決められねえけど、武臣の側近までやってる男だ。その辺の流し方を心得てるはずだけどな…」

蘭さんはそう言いながら何かを考えるように天井を見上げた。でもふと顔をわたしに戻すと「やーめた」と笑う。

「せっかくとベッドで二人きりなのに、こんな話すんのもったいねえわ」
「え…ん、」

急に体を起こした蘭さんにくちびるを塞がれた。すぐに舌が絡みついて軽く吸われると、頭の後ろがジンジンと熱くなっていく。やっぱり少しアルコールを摂取しすぎたらしい。

「ん、ら、蘭さん…?」
「そういやさぁ」

くちびるは解放されたけど、蘭さんのくちびるはそのまま耳元へ移動していく。そこで話されると首筋がゾクゾクして、つい首を窄めた。

「さっき竜胆となに話してたんだよ」
「…え?」
「オレが行く前、竜胆のヤツ、に耳打ちしてたろ」
「…んっ……」

わたしの耳をペロリと舐めながら、蘭さんが意地悪な顔でわたしを見つめて来る。ちょっと驚きながらも何を言われたんだっけ、考えてから、すぐに思い出した。

「あ、あれは…酔ってるみたいだから部屋まで案内してやろうか…って…」

話してる最中、少しずつ蘭さんの目が細くなっていくから、わたしの声もだんだんと尻すぼみになっていく。これじゃ白状してしまったようなものだ。といって特にやましいわけでもないけれど。

「ほんとに~?」
「ほ…ほんと」
「フーン…」
「って、ちょ、蘭さん…?!」

蘭さんは不満そうな顔をしてたものの、いたずらな手がわたしの太腿を撫でていき、せっかく穿いたショーツを再び脱がそうと中へ入りこんで来る。それにはギョっとして思わず手首を掴むと、指先だけが動いて指の腹で陰核をやさしく撫でられる。さっきの行為のせいで未だに敏感になっている場所を刺激され、ビクンと腰が跳ねてまた子宮が疼くのが分かった。

「ん…っダ、ダメだってば…そろそろ戻った方が…」
「まだ平気だって。アイツら酔ってたし。それに…もう一回くらいオレにご褒美くれてもいいんじゃね?」
「ご、ご褒美って…何の…」
「んー?それはさあ…普段を抱くの我慢してるオレに」
「ズ、ズルい…そんな言い方…」
「ズルくねえって。マジの話」
「…ぁっ」

蘭さんは魅惑的な表情で微笑みながら、わたしの体を甘く支配してくるんだから、怖い人だと思う。なのにわたしは彼のその麻薬のような支配から逃れる術を知らない。どんなに抵抗したところで、彼の美しい瞳に見つめられれば心ごと身体を差し出すほかないのだ。誰に咎められても、今更この甘い毒を手放すことは、出来そうにない。