六本木心中



※性的表現あり



1.

そこは六本木にある高級ホテルの一室だった。キラキラと光る大きなシャンデリアが、高い天井から三つも下がっていて、二階部分は寝室やバスルーム、サウナがあるらしい。聞けば上下の部屋を丸ごとスイートルームにしてるという話だ。生まれて今日までこんな豪勢な部屋に入ったことはない。海外の大統領も泊まるという部屋はちょっとしたキッチンやトレーニングルーム、シアタールームまで完備されていて、まるで子供に戻ったかのようにはしゃいで見て回った。

「気に入った?」
「万次郎…」

二階部分にある寝室の窓から六本木の街を見下ろしていると、万次郎と春千夜が上がってきた。

「うん。広いし見て回るの楽しい」
「ガキかよ」
「…む」

万次郎の後ろにいる春千夜が鼻で笑うから思わず睨む。春千夜はサっと視線を反らしてそっぽを向いた。

「何か必要なもん出たら三途置いてくからコイツに頼め。不在の時は他の幹部に連絡しろ。あとは…これが部屋の鍵。出かけたいなら廊下の部下に声をかけろ」
「分かった…万次郎は?」
「オレはいつもの病院に行く。ちょうど検査入院しなくちゃいけない時期だしな。その後は別のアジトに行く」
「…そっか」

最近はゴタゴタ続きでまた少し不調らしく、万次郎はどこかわたしを避けているような感じだった。
万次郎からカードキーを受けとり、貴重品の入れてあるポーチにしまう。今日から一週間、わたしはこの部屋で過ごすことになる。

逃げていた裏切者を捕まえてから半月。その人達から聞きだした情報の漏洩先に、蘭さん達が恐れていたマスコミがあったらしい。マスコミ連中は密かに梵天という組織を調べていたようで、一昨日テレビのニュースで初めて万次郎の姿を捉えた映像が流れるという事態になった。顔は映っていなかったものの、首の後ろのタトゥーはバッチリと映っていた。そこで警察も重たい腰を上げたようだ。椿姫さん経由でこれまで抑えられていたものが、世間的に認知されてしまったことで警察も動かないわけにはいかなくなったらしい。建前上、渋谷と六本木の事務所に家宅捜索が入ることになった。それを事前に知らせてきたのも警察だ。要は形だけ調べるからヤバいものは今のうちに隠しておけよ、ということらしい。そこでわたしの存在は何かとややこしくなると判断した春千夜が、一時この避難場所を用意してくれたのだ。

「…オマエ、旅行気分だろ」

万次郎が出かけて、一通り部屋を見て回った後で持って来た着替えを寝室のクローゼットにしまっていると、万次郎を送っていった春千夜が戻ってきた。わたしが浮かれているのが分かったのか呆れ顔で笑っている。

「そ、そんなことないよ…」

内心ドキっとしつつ応える。でも半分そんな気持ちもあったかもしれない。マンションも豪華で色んな設備があって退屈することはない。だけどこういうホテルに泊まるのもなかなかに新鮮な気持ちになるのだ。

「ほんとかよ」

春千夜は笑いながらベッドへ座ると、そのまま両手を広げて寝転んでいる。ここ数日は忙しかったのか、少し疲れてるようだ。

「大丈夫…?あまり眠れてなさそう」
「…ラットのせいで色々根回しすんのに動いてたからなァ」

軽く息を吐いて春千夜は片腕で顔を隠すようにしながら目を瞑った。洩れた情報は梵天が前に取り引きなどで使用していたアジトの類だったり、好んで出入りしてる店、梵天のフロント企業の類の一部、傘下の組織一部、ボスである万次郎の存在、そして世話係のわたしの存在だ。

「岸本ははした金の為に武臣を裏切り、下っ端はそれに踊らされてた。敵対してる組織と組んで長いこと時間かけて梵天を弱体化させようとしたらしいが、早々にバレて怖気づいたようだな。この前捕まえた下っ端の二人も、あの安宿に潜伏しながら偽造パスポートと身分証が届くのを待ってたようだ。どうせ海外に逃亡しようとしてたんだろうが…」

春千夜はまるで独り言のように話している。岸本という人は全ての情報を相手に与えるのでなく、保険をかけて少しずつ小出しに梵天の情報を渡してたようで、それが不幸中の幸いだったとココが言っていた。その後、存在が明らかになったフロント企業は全て解体し、今では痕跡すら残っていないそうで、情報の漏れた傘下の組織もそれぞれ解散、組員は別の傘下組織へばらけて移ったようだ。それら全てをここ数日の間に終わらせてしまうのだから梵天の組織力は凄いと思うし、幹部への負担は大きかったはずだ。

「少し寝たら?」

とベッドに倒れ込んだままの春千夜に声をかけた。最近も忙しかったけど、普段から万次郎の代わりに色々動いているせいで、春千夜はあまり休めていないように見える。本来なら万次郎が病院の時もそばについているのに、今回は来なくていいと言われたようだ。きっと万次郎も春千夜に休んで欲しくてそう言ったんだろう。本人は不本意そうではあるけど。
春千夜は今にも寝てしまいそうに見えたけど、わたしの言葉を聞いて、ふと顔に置いていた腕を外した。

「いや…今から出かけなくちゃなんねえ。今、渋谷と六本木の事務所を片付けさせてるが、最後の確認はオレや他の幹部の仕事なんだよ」
「…そっか」
「建前上での家宅捜索でも違法なもんが見つかるのはヤバいからな。下っ端の刑事どもは自分とこの上層部とオレらのずぶずぶの関係を知らねえし、些細なもんでも見つけられて変に張りきられても困る」

クローゼットを閉めてベッドへ腰を掛けると、春千夜は欠伸を噛み殺しながら起き上がった。並んで座る形になり、どちらともなく顔を向けると、眠そうな春千夜と目が合う。こういう時の春千夜は薬に頼りがちになるから少し心配だった。

「何だよ…ジロジロ見て」
「春千夜、何時頃に戻るのかなと思って」
「あ?…あ~寂しいのかよ」

途端にニヤリとした笑みを浮かべる春千夜に「ち、違うから」と首を振った。出来ればサッサと確認を終えて体を休めて欲しいと思ったのに、彼はすぐこうやってからかってくる。

「…ここキッチンあるし何か食事でも作っておこうかと思ったの」
「ハァ…?オマエ、ホテルに来てまで仕事する気かよ」
「え、だって…他にすることないし…」
「どっか出かけたらいいだろが。この周りには映画館やショップがあんだし、このホテル内にもスパやプールも完備されてる。このすぐ下にはバーもあるしな」

確かに周りには色々と暇をつぶせそうなものは沢山ある。だけど――。

「一人じゃつまんないもん…」
「あ?ガキかよ」
「…む」

鼻で笑われて思わず目を細めると、春千夜の手がいきなり頬に触れてドキっとした。前に一度関係をもって以来、春千夜はこうして時々わたしに触れてくることがある。あ、と思った時には春千夜の顏が近づいてきて、キスをされそうになった。でも寸でのところでくちびるが止まって、至近距離で目が合う。

「…目…閉じろよ」
「ヤ…ヤダ…」
「ヤダ…だぁ?」

春千夜の口元がピクリと引きつった。マズい空気になりそうで、ついそんな言葉が口から飛び出し、もっとマズいと思った瞬間、ベッドに押し倒されていた。春千夜の綺麗な顔がまた至近距離にまで下りてくる。互いに視線を合わせたまま見つめ合うのは心臓に悪い。

「じゃあ…オマエは目を開けたまましたいってことだな?」
「ち…違……んぅ…っ」

春千夜にはわたしの小さな抵抗なんか関係なかったみたいだ。視線を合わせたままくちびるを塞がれて、ついぎゅっと目を瞑ってしまった。さすがに恥ずかしくて、結局わたしの方が根負けさせられたようだ。

「……ん…ふ…」

最初から深く口付けられて、舌をねっとりと絡み取られると、ビクンと肩が跳ねてしまう。春千夜の体の重みを感じて、あまり身動きも取れないまま、口内を散々弄られていた。男の人は疲れがピークに達すると女を抱きたくなる、なんて話を聞いたことがある。以前、店のお客さんが酔っ払ってそう話してた。春千夜もそれなんだろうかと思いながら、甘んじてキスを受けていると、静かな部屋にケータイの着信音が鳴り響いた。驚いてビクっと体が跳ねた時,口内から春千夜の舌が出ていく。わたしと違って呼吸すら乱すことなく、春千夜は体を起こすとケータイをポケットから取り出した。

「…ああ。今向かう」

たった一言だけ告げて電話を切ると、春千夜は起き上がったわたしに視線を戻してニヤリと笑った。いつもの意地悪な顔だ。

「キスしただけで顏、真っ赤」
「え…っ」

指摘されて両手で頬に触れると、確かに顔が熱い。でもあんなキスを仕掛けられたら誰だって――と思いながらも恥ずかしくて視線を反らす。春千夜は時々こうしてわたしに触れてはからかってくるのだからタチが悪い。

「今から渋谷と六本木の事務所に行って来る。帰りは…まあ…今日は灰谷兄弟が出張でいねえし人不足だから少し遅くなる」
「…分かった」
「ああ、別に飯の用意とかいいから真面目な話、どっか息抜きでもして来いよ。映画くらいなら一人でも観れるだろ」
「…うん…まあ…」

とは言ったものの。一人で映画を観れても、その後に感想を話せるような相手が欲しいなんて思ってしまう。前はどこへ行くにも一人で行動してたわたしが、すっかり変わってしまった。梵天に関わって、常に誰かといるのが当たり前になってしまったせいかもしれない。万次郎じゃないけど、一人の時間が時々無性に寂しくなることがある。

「…
「え?」

呼ばれれてふと顔を上げると、寝室を出て行きかけた春千夜がわたしの前に歩いて来て、不意に身を屈めた。顔に影が落ちたと思った時にはくちびるが重ねられていて。言葉もなく目を見開いた同時に、それは離れていった。

「寂しいなら夜は添い寝してやろうか?」
「…っ…け、結構です…っ」

いきなり意地悪な顔に戻った春千夜を見て、慌てて顔を反らす。何か心を見透かされたみたいで恥ずかしくなった。

「…あっそ。じゃあ行くけど…ああ、一応出かけるならオレのケータイにメッセージ送れ。いいな」
「…うん…分かった」
「じゃーな」

最後に春千夜はわたしの頭をぐりぐりして階段を下りていく。ベッドから立ち上がって下を覗くと、春千夜は待機してた部下を連れて部屋を出て行くのが見えた。ああしてるとNo2らしく見えるのに、と思いながら撫でられたことで乱れた髪を直した。

「自分だっていじめっ子気質の子供みたくなるくせに、人のことばかり子供扱いして…」

そりゃ確かにいい大人が一人じゃ寂しいなんて言うべきじゃなかったけれど。

「映画…かぁ…どうしよう」

時計を見れば、まだ昼にもなっていない。春千夜が言ってたように、蘭さんと竜胆はそれぞれ九州や関西方面に昨日から出張のようで、今回の裏切者が出た件の経緯と結果などを報告をしに行っているという話だ。でもそれは建前みたいなもので、本当はこれ以上ラットが出ないように傘下組織への威嚇といった目的もあるようだ。結局、裏切ってもすぐに特定され、処分されると思わせることが裏切者を減らす一番の近道だと、春千夜は話していた。

――オマエのことは世話係という存在として知られたが、名前も顔も漏れてはないから心配すんな。

てっきり名前くらいはバレてると思っていたわたしも、この前、蘭さんがそう言ってくれたからホっとした。岸本は幹部である武臣さんの側近ということで深い内情を知れる立場だった。それを利用して調べた情報をデータ化してたようだ。でもそれは主に梵天の資金源だったり、幹部の個人情報だったりで、世話係のことは大きな情報じゃないと思われたんだろう。まあ確かに家政婦同然の世話係の情報なんて洩らしたところで何の利益にもならないはずだ。おかげで外出を禁止されることはなかったし、今だって外へ出かけていいと言われたのだから気にすることもない。

「…でもこの部屋シアタールームあるんだっけ」

二階の奥の部屋にそれはあった。大きなスクリーンにゆったりとしたソファ。ここなら好きな物を飲み食いしながら寛いで映画を観られる。

「わざわざ他人に囲まれる映画館に行かなくてもこれでいいかなぁ…」

観られる映画は山ほどある。もちろん新作以外ではあるけど、現在ロードショーをしてる映画で特に観たくなるような作品はなかった。ならこの部屋でノンビリ観たい作品を好きなだけ観てる方がいい。

「幸いこの部屋にはお酒だけはいっぱいあるし…」

一階に下りて少し大きめの冷蔵庫からビールとチーズを出して、再び上へ戻る。マンションにいれば、まだやることはあったものの、ホテルともなると本当に何もすることがなく。本気で時間を持て余したわたしは、昼間からお酒を飲んで映画鑑賞をすることにした。

「これで良し、と…」

周りに飲み物とおつまみなどを用意して、後は映画を選ぶだけ、というところでわたしのケータイ音が寝室の方から聞こえてきた。

「あ、いけない。置きっぱなしだ…」

一応いつ連絡がきてもいいように手元に置いておいたはずが、忘れてしまってたらしい。すぐに寝室に戻ると、ベッドの上に置かれたままだった。

「もしもし、蘭さん?」

かけてきたのは蘭さんだった。つい笑顔になって出ると、通話口から眠そうな蘭さんの声が聞こえてきた。蘭さんは人の数倍は寝起きが悪いらしい。一緒に過ごしてる時はあまり感じないけれど。

『…?おはよ~…』
「おはようって…もうお昼だよ」

欠伸を噛み殺してるらしい蘭さんにそうツッコむと『夕べ接待で飲まされすぎて二日酔い…』らしい。

は…?ホテルついた?』
「うん、さっき。万次郎は病院で、春千夜は事務所の最終チェックに行ってる」
『あー病院…そっか…。クソ…だったらと一緒にいれるチャンスだったのに何で出張とか…』

蘭さんはブツブツ言いながら溜息を吐いている。でもわたしも蘭さんが出張と聞いた時は同じ気持ちだった。普段はあまり二人で会う時間など取れないから余計にそう思う。でも出張なら仕方ない。最近まで裏切者のせいでゴタついてたし、まだ全ては終わっていない。

「蘭さん…いつ帰って来るの…?」
『んあ~…明日の…夜、かな。名古屋にも寄るから』
「そっか…」
『そんな分かりやすく落ち込むなって。可愛すぎだろ』
「…え?」

落胆したような声を出したせいか、蘭さんはそう言って苦笑を零す。途端に恥ずかしくなって頬が熱くなってしまった。そんなに分かりやすかったんだろうか。

「ご、ごめん…」
『何で謝るんだよ。オレからしたら嬉しいしかねえけど?』
「…嬉しい?」
『そりゃがオレに会えなくて寂しいと思ってくれてるなら…嬉しいだろ』
「………」

更に恥ずかしくなって言葉を詰まらせていると、蘭さんの背後からノックの音が聞こえてきた。部下の人が来たようだ。

『あー…そろそろ出かける用意するわ。これから博多に移動しなくちゃならねえし』
「あ…うん。気を付けてね」
『おー。また連絡する』

そこで電話は切れた。てっきり今夜あたりにでも帰ってくると思っていただけに少しがっかりしたものの。こうして声が聞けたことは嬉しい。
とりあえず、このゴタゴタが落ち着けば、また前のように皆も落ち着くはずだ。

(でも…大丈夫なのかな…。後ろ姿だけとは言え、万次郎が民放テレビのニュースに流れちゃうなんて…)

これまでベールに包まれていた犯罪組織ということで、連日ニュースでも取り上げられていたのを見た時は、やっぱり少し怖くなった。警察の上層部とは繋がってるから大丈夫だと万次郎は話してたけど、何事も絶対はない。小さな綻びがキッカケで大きな問題に発展することもある。もし皆に何か良くないことが起こったら、と思うと心配は尽きない。

(何て…わたしなんかが考えたところで仕方ないんだけど…)

とりあえずケータイを持ってシアタールームに戻ると、観たい映画をいくつかピックアップした。何か不安を感じている時は、こうして映画の世界に没頭すれば忘れられる。でもさすがに没頭しすぎたようだ。缶ビールの他に赤ワインにまで手を付けたせいで、気づけば映画を観ながら眠ってしまっていた。




2.

「三途さん、つきました」

その声でハッと目を開けた。どうやら帰りの車の中でウトウトしてしまったらしい。気づけばホテルの地下にある駐車場だった。オレが目を覚ましたのを見た部下の一人が助手席を降りて後部座席のドアを開ける。

「お疲れ様でした」
「…おう。見張りの奴だけ残して後は帰っていいぞ」
「はい」

車を降りて、部下が呼んでいたスイートルームへ直通のエレベーターへ乗りこむ。酷く瞼や身体が重たい。エレベーターの扉が閉まるのと同時に小さな欠伸を噛み殺した。

(思ったより時間かかったな…)

建前上の家宅捜索が入る前に事務所内を全て確認して、法に触れるものは別の場所へと移させた。武器や薬、フロント企業の書類や裏帳簿、別名義で所有してる物件や土地の情報書類等など、見つかって困るものは山ほどある。組織の弱点になり得るものはどんな些細なことでも排除しなければならない。
だがこんな時に限って人手が不足していた。部下がどれだけきっちり仕事をしようと、オレ達幹部がそれをチェックしなければならず、本拠地にしている渋谷と、同等の支部として用意した六本木の広い建物内を、くまなくチェックするのは殊の外、大変だった。でもそこまでしなければ、梵天の解体を虎視眈々と狙っているマル暴どもは煙に負けない。いくら上が抑えようと、餌を与えてしまえば後々どこかで綻びが出るのは明らかで、それをさせないためにも自身でキッチリと確認しておきたかった。

(今回の家宅捜索を乗り切れば後は上がどうとでもしてくれるだろう…見返りは求められるだろうが…)

比較的早く到着したエレベーターを降りると、酷く喉の渇きを覚えた。昼間、睡魔を飛ばすのに飲んだ薬のせいだろう。依存してるつもりはないが、疲れを感じると手をつけたくなる兆候は少し前から出ていた。

――薬はダメ!

ふと、生意気にもオレに説教をしてくる女の顔が浮かんだ。オレが出かける際、少し寂しそうな表情を浮かべていて、ガラにもなく傍にいてやりたいと思ってしまったことを思い出す。

(いや…オレがそばにいたかったのかもしんねえな…)

目まぐるしく過ぎていく日々の中で、疲れを感じた時に傍にいて欲しいと思う温かみのある女だ。きっとマイキーも彼女のそんなところに惹かれて傍に置いてるんだろう。
ふと時計を見れば午前1時を過ぎていた。もう寝てるかもしれないと思いながらドアのロックを解除して、静かに中へ滑り込む。案の定、一階は電気がついていない。広いリビングを月明かりが照らしている。吹き抜けになっているところを見上げれば、二階も明かりは点いていないように見えた。やっぱり寝てるようだ。

「…あ…?いない…?」

静かに階段を上がり、目の前のキングサイズのベッドを確認して、オレは眉間を寄せた。そこにの姿はない。一瞬出かけた?と思ったものの、彼女のバッグは置きっぱなしになっていて、中には財布が入っている。ということは――。

「…あそこか」

オレは奥に続く廊下を歩いて、突き当りの部屋を押し開けた。途端に賑やかな銃声音が鼓膜を攻撃してくる。

「うるせ…」

どうやら彼女は退屈を紛らわせるために映画を観ていたらしい。目の前の壁にかけられたスクリーンには主役らしい男が数人の追手に向かって銃の腕前を披露している。少し前にヒットしたアクション映画だ。

「ったく…観ながら寝てんじゃねえよ」

ソファの上に横になりながら目を瞑ったまま動かない彼女を見つけて、思わず苦笑が洩れた。とりあえず大音量は疲れた脳に響くからプロジェクターのリモコンで停止ボタンを押す。途端に薄暗い部屋が真っ暗になり、静寂が戻ってきた。廊下から差し込む明かりを頼りに、ソファ周りを見てみれば、酒を飲んだ後があった。大方、酒を飲みながら映画を観て、途中で酔っ払って寝ちまったってところだろう。

「ったく…世話の焼ける女…」

仕方ねえな、とボヤきつつ、横向きで背中を丸めるように眠っている彼女をどうにか腕に抱きかかえた。寝ている人間というのは小柄な女でもそれなりに重たい。

「何でオレが…」

と思いつつ、でも腹が立ってるわけでもなく。腕に抱えても起きる気配のないを見下ろしながら、何故か笑みが零れた。

「ガキかよ…」

綺麗な形をした唇が薄っすら開いているのを見て、ついそんな言葉が零れ落ちた。どんだけ飲んだんだと思いながら、寝室のベッドへそっと寝かせると、彼女は気持ち良さそうに寝がえりを打つ。長い髪が白いシーツの上に広がり、それが月明りに生えて、素直に綺麗だと思った。

「とりあえずシャワーでも浴びるか…」

ジャケットを脱ぎ捨て、そのまま二階にあるバスルームへ向かう。早く眠りにつきたかったが、外から戻って風呂に入らないと気持ちが悪い。スーツのベストやシャツ、ズボンを全て脱ぎ、クリーニング用の袋へ畳んで入れると、すぐに熱いシャワーを浴びる。梅雨が近いせいか湿度が高く外は蒸し暑くて肌がベタベタしてる気がした。髪を念入りに洗い、全身の汗を流すとサッパリして、ホっと息を吐く。軽く髪を拭いてバスローブを羽織り寝室へ戻ると、放り投げたままのジャケットからケータイを取り出した。寝てるかもしれないが、とりあえずマイキーに最終チェックが終わった旨を報告すると、まだ起きていたのか、すぐに返信がきた。

『お疲れ。三途もゆっくり休め』

そんな労いの言葉が嬉しい。今回、病院を隠れ蓑にしてしばらく入院という形をとると言い出したのはマイキーだった。てっきりと一緒にこのホテルへ滞在するものだとばかり思っていたが、今はなるべくの傍にいない方がいいと判断したようだ。あの衝動がまた色濃く出てくる時があるからだろう。しばらく治まっていたようだが、例の殺されかかった件以来、少しずつその症状が出て来てるのは、また沢山の人間を手にかけたからかもしれない。

(罪を犯せば犯すほど、黒い衝動はマイキーを飲み込む速度を加速させていくのか…?)

オレはそんなマイキーに心酔して傍にいる。だけど壊れて欲しいわけじゃない。共に歩んでいきたいだけだ。

(マイキーを正気に戻せる人間がいるとするならば…)

そこで今もベッドで眠っているへ視線を向けた。
彼女が傍にいることでバランスを保てているなら、丁度いいのかもしれない。白と黒。それを共存させるにはが必要だ。チェスの駒のように、マイキーの中の怪物・・を調整してくれるクイーン――。

(梵天に必要な女だ…)

ベッドへ手をつけば。柔らかいスプリングがかすかに音を立てた。未だに無防備で眠っている彼女を上から見下ろすと、かすかに顔が動いて上を向く。身を屈めて、その薄っすらと開いた唇を塞ぐと、かすかに赤ワインの香りがした。その場所へ舌を差し込むと、オレまで酔わせるような濃厚さが伝わってくる。味わうように咥内を弄れば、小さな喘ぎにも似た声が彼女の喉から洩れて、オレの身体に火をつけた。疲れていたはずの脳は覚醒し、男の欲望だけが満ちてくる。

「…ん…」

彼女の小さな舌を絡めとりながら、羽織っていたシルクのガウンをはだけさせ、ブラウスのボタンを外していくと、白く滑らかな肌が月明りを反射して艶やかに光る。躊躇うことなくそこへ口付け、下着の肩紐を指でゆっくりと下げていけば綺麗な胸の膨らみが露わになった。薄っすらと色づいた場所を舌先で転がすだけで、オレを誘うようにツンと勃ちあがる。思わず喉が鳴った時、刺激で目が覚めたのか、がかすかに身を捩った。

「ん…春千夜……?」

至近距離で目が合ったというのに、の瞳は未だにとろんとしている。頬が赤いのはアルコールのせいだろうが、やけに艶めかしい。

「な…何して…」
「何って…分かってんだろ」
「…え、…や…っ」

状況を理解したのか、は力のない手でオレの胸を押そうとしてくる。その両手を容易く拘束すると、シーツの上に縫い付けた。

「抵抗すんじゃねえって…言ったろ?前にも」
「……で、でも…」
「…オマエを抱きたい」

強引に抱こうと思えば抱けた。だけど、力づくでは嫌だった。オレの言葉にの瞳が戸惑うように揺れて、それからゆっくりと目を伏せた。それを承諾と受け取り、彼女の唇を塞ぐ。再び舌を忍ばせ、歯列を優しくなぞれば、耐えきれないとばかりにの口が開く。口腔まで舌を差し込み、逃げ打つの舌を絡めとる。やわからで淫靡な感触に、全身の血が下半身へと集中していった。胸を揉みしだき、硬くなった乳首を指でやんわりと刺激すれば、の鼻から甘い嬌声が洩れていく。

「…ん…ぅ…ふ」

苦しげな唇を解放し、首筋から胸の膨らみまで口付け、すっかりと勃ちあがった乳首を口へと含む。咥内で転がせば、の背中がビクリと跳ねて、腕の中でその身を震わせた。そのままスカートをまくり、ショーツへ手を忍ばせる。その性急な動きにが慌てたように身を捩った。だがオレの指は容易く湿った場所へ届く。何度か往復させれば指先にぬるりとした蜜が絡みついて、余計に劣情を煽られた。

「…っあ…ん…」
「……もう…我慢出来ねえ。挿れんぞ」

愛撫をそこそこに切り上げてショーツを剥ぎ取ると、硬く屹立したものを濡れた場所へ押し付けた。その瞬間ビクンと跳ねたの腰を掴み、半ば強引にナカへ押し込む。

「ンぅ…ぁあ…っ」
「…く…」

解していないにも関わらず、彼女のナカはうねるように絡みついてきたものの、やはり狭くてキツい。その場所をこじ開けるように強く腰を打ち付ければ、彼女の白い背中がのけ反った。ナカが蕩けるように熱い。
最初に強張っていた身体は次第に脱力しはじめ、今はオレに大人しく揺さぶられている。思ったよりも酔っているのかもしれない。前に抱いた時ほどではないが、彼女のナカのいいところを突けば、甘い声がより高く上がって乱れ始める。本当はの本意じゃないんだろう。それはさっき抵抗しようとしていたの表情で分かっている。でもはこうして身体を投げ出すほかなく。梵天にいる限り、オレ達には逆らえない。そのことを身体に覚えさせるように激しく奥まで貫いた。