寝た子は起きても役立たず



1.

今日――久しぶりに女とホテルへ来た。
この前の飲み会は散々で、兄貴と「このままじゃ男としてやべーな」って話になり、それ以来、女遊びが激減した。真面目に仕事をして、金を稼ぎ、敵対している組織の奴らを何人も魚の餌にして沈めた。ついでに裏切者の下っ端をあぶり出し、冷凍庫がぎゅうぎゅうになるほど馬鹿をとっ捕まえて三途の仕事を増やすという仕事まできっちりこなし――散々文句を言われたが――1ヶ月が過ぎた頃、オレは思った。

「これじゃ、普通のリーマンと同じじゃね?」

身を粉にして会社・・の為に働いている社畜になり下がっている。これはおかしい。人間、働いた後のご褒美は必ず必要だ。そのご褒美がオレにとっては可愛い女の子とのセックスだったはず。そんな男のロマンを思い出した。
このままでは普通のその辺にいるようなモテない男と同じになってしまう。仕事に明け暮れ、気づけば歳だけ重ねて女に見向きもされない中年男になり下がる。

――ヤ〇ザはいい女を抱いてこそ一人前だろ。

前に見たVシネマのヤ〇ザ映画の幹部みたいな台詞が頭に浮かんだ。いや、オレも反社組織の幹部だけど。

それに一ヶ月もご無沙汰なんだから絶対に今日こそはその気になるはず。そう信じて自分好みの子を探すべく、夜のハンティング(ただのナンパ)に出かけた。別にナンパなんかしなくても呼びだしたら来てくれる子も大勢いるし、しっかりスマホにはグループ分けまでしてる。でもこういう場合、新鮮さが肝心だ。一度抱いた子には反応しないかもしれないし。

夜はだいたい兄貴と行動することが多い。でも兄貴は今日、別の仕事で九井と地方へ行ってて不在。久しぶりにひとりで夜の繁華街へと足を向けた。行きつけの店はそれこそ沢山ある。その中でもオレ好みの女が来そうな比較的カジュアルなバーへ向かった。そこのマスターはオレの部下だし、どうとでもしてくれるはずだ。

「いらっしゃいませー。あ、竜胆さん、お疲れ様です」

マスターがオレに気づいて気持ちのいい挨拶をしてくれる。確かにオレは疲れてるし。とりあえずカウンターに座ってビールを頼んだ。

「今日、蘭さんは一緒じゃないんですか」
「あー兄貴は地方に出張。反社が出張ってのも変だけど、九井と大阪でさ」
「ああ、この前話してた大阪の組織と手打ちってやつですか」
「そうそう。アイツら、散々イキって梵天にケンカ吹っ掛けて来たわりに事務所2~3個潰したら、ソッコーで降参しやがってさ」
「そりゃビビりますよね。一日で壊滅させられたら。やっぱり灰谷兄弟と鶴蝶さんのタッグはハンパないですよ。はい、ビール」

マスターは笑いながらオレの前にグラスビールとナッツやらジャーキーの乗った小皿を置いた。

「今度から向こうからも上納金が入るってんで、九井のヤツがウハウハしながら向かったわ」
「九井さんらしいですね」

そんな話でマスターと笑いながら盛り上がりつつ、ふと我に返る。今日はそんな話をしに来たわけじゃない。可愛い子を見つけに来たんだ。

「でーオレ好みの来てる?」

そう訊くだけでマスターは理解したのか、ニヤリとした笑みを浮かべた。(黒い)

「来てますよ。今日は週末なんでこれからもっと増えるんじゃないですか。とりあえず、奥のボックス席にリカが友達連れて来てて」
「リカが?」

リカと言うのは梵天所有の、それもオレと兄貴が三途から任されてる風俗店の女だ。彼女達も仕事が休みの時は、こうして気晴らしに組織の息のかかった店に飲みに来たりもする。

「じゃあその友達もどっかの風俗の子なんかな」
「いや、そんな感じじゃなかったけどな。かなり可愛らしい子で。ああ、ほら。今トイレから出てきました」

マスターに言われて何気なく視線を後ろへ向けた。するとよく知ってる顔と目が合う。

「あれー?竜胆さんだぁ」
「…

ほんのりと頬を染め、ほろ酔いらしいがオレを見つけて歩いて来た。と言うことは、リカが連れて来た友達ってのことか。

「珍しい~ひとりですか?」
「まあ、つかオマエ、リカと飲みに来たのかよ」
「はい。リカちゃん今日休みらしくて、ちょっと相談があるって言うから」
「オマエ、それ仕事じゃん。今日は直帰したって聞いたけど」
「ああ、さっき一通りお店を回って仕事は済ませましたけど、リカちゃんとはプライベートでも仲良くしてるので仕事じゃないです」

は言いながら、奥の席に座ってるリカに手を振った。リカもオレの存在に気づいたのか、軽く会釈をしてくる。オレも片手を上げると、がとろんとした目をオレに向けた。

「あ、そっか。今日は蘭さん大阪だから一緒じゃないんだー」
「オレだっていつもいつも兄貴と一緒じゃねえっつーの」
「ふーん。あ、じゃあナンパとか!」
「……オマエに関係ねえだろ。ってかオマエ、だいぶ酔ってる?」

ほろ酔いかと思ったけど、よく見れば足元がフラフラしてる。さりげなくオレの腕に捕まるから、少しドキっとしてしまった。

「んーそんな酔ってないですよー。今からリカちゃんと"Guys"に行くんですー」
「そこもオレと兄貴の店じゃん」
「え、そーなんですか?じゃあタダで入れたり…」
「オレの名前出せよ。そしたら入れてくれんだろ。つかオマエもこのタトゥー入れたら顔パスだかんな」

言いながら喉元のタトゥーを見せると、は「え、ほんとですか!」と目を輝かせた。どうもはタダって言葉に弱いらしい。

「それ、わたしも入れたいです!」
「じゃあ今度連れてってやるよ」
「やったー!約束です」

言うや否やは少し背伸びをすると、オレの頬にちゅっとキスをしてくる。ギョっとして一瞬フリーズした後に振り返ると、すでにはリカと一緒に店を出て行くところだった。

「アイツ…」

がキス魔だというのは少し分かって来たものの、酔っ払うとそれが加速するからタチが悪い。あんな状態でクラブに行くとか、大丈夫か?と一瞬思ったものの。いかんいかんと首を振る。本来の目的は自分を癒すことだ。

「あの子、梵天なんですか」

まだの存在を知らなかったらしいマスターが驚いたように訊いて来た。

「ああ…マイキーの従妹」
「えっ!じゃあ幹部ってことですよね。今度挨拶しとかないと…」

グラスを拭きつつマスターが言うのを聞いて、「あんま近づくなよ?」と忠告はしておく。のことだからタダ飲みするのにマスターにまでキスをしかねない。でもマイキーの従妹と知ってビビったのか、マスターは「分かってます」と真顔で頷いた。
その後、オレはバーに来る女を物色してたものの、何となく興が削がれ、声をかける気分でもなくなってしまった。せっかくオレ好みの女が隣に座っても、全くその気になれない。

(はあ…がまたホッペにちゅーとかするからだ…)

たったアレだけでドキっとさせられた方が、巨乳の女よりインパクト強いってどうなんと苦笑しつつ、いや…待てよ?といいことを思いついた。
何故か知らねーけどに反応するなら、これまでみたいなタイプの女じゃなく、のような子を相手にすればいいのでは、と思った。ちょうどその時――「隣、いいですか?」という声がして、ふと顔を上げれば、のような細身の可愛らしい子がはにかみながら立っていた。当然、オレが断るはずもなく、今まで何百人と女を落として来た必殺スマイルで「どうぞ」と応えると、彼女は嬉しそうに隣のスツールに腰を掛けた。




2.

「ん…竜胆くん…」

隣に座って来た子は心美ここみちゃんという大学生の子だった。最初からオレに目をつけてたらしい。誘ったらすぐに乗って来たから、そのまま近くのホテルに連れ込んで、早速ベッドへ押し倒し、服を脱がせていく。いつも通り簡単だったのは面白くもないが、何となく普段選ぶ子と違うタイプということで、気分だけは盛り上がっていた。なのにその盛り上がった気分を裏切るほど、オレの身体は冷静だった。ドキドキもしなければ体温も平熱のまま。コーフンしたら、こう体とかあちこち体温上がって熱くなってくるはずなのに、オレは汗一つかいてない。に似た雰囲気と体型な子だけに、下着を脱がしたらごくごく平均的なサイズの胸が現れた。CかDか、とにかくオレの手にすっぽり隠れるくらいの大きさだ。

(うーん、やっぱ物足りないような…)

揉んでみても、この前の谷間を見た時のようなドキドキ感は一切なく、やっぱEカップ以上は女じゃねえと思うオレがいた。

「…竜胆くん…どうしたの?」

オレの動きが止まったせいで、心美ちゃんが怪訝そうにオレを見上げて来る。そもそも名前もちょっと萎える。"ここみ"なんて、どっかの釣り目の男の顔が脳裏にチラつくからだ。ってか「み」をとったら、それはもうココじゃねーか。そんなことを考えてたら本気で萎えそうになった。でもホテルまで来て女を抱かないのは男としてどうかとも思う。

(あ…そーだ。アレをこの子に言ってもらえばワンチャン…勃つかも)

イイことを思いつき、オレは彼女の体を起こすと「心美ちゃんにお願いあんだけど…」と蠱惑的な笑みを向ける。心美ちゃんは瞳を潤ませながら「なぁに?」と可愛く首を傾げてくれた。その表情を見たらとだぶって見えて、これはいけるかも、と期待が上がる。

「悪いんだけど…その角度からオレの首に両腕を回して"竜胆さんにちゅーしたい"って言ってみてくれる?」
「…えっ?」

心美ちゃんが驚いたような声を上げて、それから「ふふ…」っと笑った。変な性癖があると思われたくせえ。でも実際それで勃ったらオレはそういう性癖なのかもしれないとも思う。いや、これまでそんなことなかったけど。

「分かった。じゃあ言うね」
「…うん、頼むわ」

ベッドの上で互いに膝立ちをし、向かい合っている状況。心美ちゃんがオレの首に両腕を回し、潤んだ瞳で見上げて来た。服ははだけておっぱい見えてるし、絵的にはかなりエロい。

「竜胆くんにちゅーしたい」
「…あ、そこ竜胆くんじゃなくて、竜胆さんで言ってくれる?」
「……いいけど」

この状況でかなり冷静なオレの指摘に心美ちゃんは更に怪訝そうな顔をした。オレはAVの監督かっての。それでも心美ちゃんは気を取り直し、軽く咳払いをしてからもう一度――。

「竜胆さんにちゅーしたい」
「………」
「…竜胆…くん?」

オレが何も反応しないからか、心美ちゃんは今度こそ眉間を寄せて、オレを見上げて来た。

「…やっぱダメか」
「え?」

全く心に響かなかった。っていうか言い直す前に、それは何となく気づいてはいたけど。

「全然そそられねえ…」
「……は?」
「っていうか、全然勃たねえ。見て?オレの、寝たまま――」

と言いながら自分の下半身を指させば、バチン!という派手な音と頬に衝撃が走った。

「失礼だろ、テメェ!そっちから誘ったクセして勃たないだぁ?!ちょっと顔がいいからって女舐めんなっ!」

さっきまでは虫も殺さないような顔をしてた心美ちゃんが、突然ヤンキーみたいな言葉遣いになってオレの方が驚いた。口の悪い女は嫌いだし、すぐに手を上げる女も嫌いだ。当然、速やかにお引き取り頂いた。服を着ながらも暴言を吐きまくってた心美ちゃんは、最後オレに向かって「死ね、イ〇ポ野郎!」という下品な捨て台詞を残し、ガニ股で部屋を飛び出して行った。っていうかあの豹変ぷりはさすがに怖い。助けて、兄ちゃん…って、兄貴は大阪か。今頃大阪で食い倒れ中かな。オレも行けば良かった。兄貴のことだから関西弁の可愛い子を引っかけて、先に"心のED"から脱出してるかもしれない。

「はあ…ってかオレはイ〇ポじゃねーっつーの!オマエが魅力ねーだけだろっ!」

ひとりになった途端、苛立ちが増して、オレはベッドに仰向けで寝転がった。モヤモヤを消化する目的が、余計にモヤモヤ+イライラまで追加され、どっと疲れが溢れてくる。

「ってか風の女で同じ台詞を言われてもダメって、どーなん、これ」

殴られた頬をさすりながら溜息を吐く。でもふと、にちゅっとキスされた感触を思い出した。その瞬間、殴られた痛みが引いて、同時にムクムクっと――。

「……何で今起きる?」

思わず視線を股間に向ける。自分の身体の一部なのに謎過ぎる。

そういや、よく父ちゃんが自分のを"オレの息子"なんて呼んでたけど、その時のオレは「父ちゃんの息子はオレだろ」とアホ丸出しで突っ込んで父ちゃんのチ〇コにヤキモチ妬いたりしてたっけ。可愛いかったな、ガキの頃のオレ。この話を兄貴にしたら大爆笑してたっけ。

いや、でもそんなことより。コレが父ちゃんの言ってたように、ほんとに"オレの息子"ならば…なんて親不孝な息子だろう。肝心な場面で爆睡をかましてるクセに、どうでもいい時に起きるんだから愚息すぎだろ。

「…帰ろ」

無駄に気分だけ盛り上がったあげく、抱けないばかりか最後は女にビンタされるという情けない記憶を誰か抹消して欲しい。
仕方ないから、今夜は鶴蝶でも誘って飲み明かすとするか。