君にちゅーしたい




長い髪を巻いた後、ヘアピンで一束ずつルーズに止めてゆるふわヘアに。夜だからメイクは目元が映えるよう少し濃い目に、顔色が悪く見えないくらいのチークを薄っすら入れたら、口元は自然な赤みを引き立たせる透明に近いグロスを塗って艶々にする。よしっと気合を入れて、蘭さんに買ってもらったばかりのグッチのミニワンピを着れば、合コンスタイルの出来上がりだ。

「なかなかイケてるかも」

鏡に映った自分の姿に満足して、ケータイで自撮りしておいた。それを今夜一緒に合コンへ行く予定のリカちゃんに送信する。リカちゃんはいわゆるソープ嬢というお仕事をしている女の子だ。と言っても彼女が働くお店はその辺の店とはわけが違う。政治家やスポーツ選手、芸能人といった著名人が通ういわゆる高級ソープ店。もちろん梵天所有で、わたしが任されている店の一つだ。リカちゃんは同じ歳ということもあって仲良くなった。そして今夜はこのリカちゃんが医者の息子との合コンをセッティングしてくれた。しかも超イケメンらしい。梵天に入って以来、出逢いがなかっただけに、ハッキリ言ってわたしのテンションは上がっている。

「今日は蘭さんも竜胆さんもお仕事でいなかったしラッキーだったなぁ」

電話で呼び出される可能性を考えつつ、嘘のメッセージを送って念には念を入れておく。最近はいつもあちこち飲みに連れて行かれるから、それこそ今週は自由な時間もなかった。でもこのワンピを買ってもらったから良しとしよう。

「でも…蘭さんてば何で買ってくれたんだろ…」

ふと鏡を見ながら首を傾げる。

"この前チューして強請ってきただろーが"

なんて呆れ顔で言われたけど、サッパリ記憶がない。覚えてるのは友達と飲みに行くと嘘をついてバーに行った夜。そこで声をかけてきた男の子と意気投合して楽しく飲んでいた。垂れ目でなかなか可愛い顔立ちの男の子だったのは覚えてる。優しくて面白くてお酒もいっぱい奢ってくれたし、ちょっと恋をしかけてたのに、そこへ突然蘭さんが現れて「オレの女に何やってんの」なんて言い出すから、結局逃げられたんだっけ。

そのまま蘭さんと少しだけ飲んでた気もするけど、その辺から記憶が曖昧だ。そこでいつものクセが出てしまったんだろうか。
次の日、気づけば家で寝てて超二日酔いだったけど、頑張って仕事に行って、終わった頃に蘭さんが迎えに来てグッチに連れて行ってくれたのだ。いきなり好きな服を選べと言い出すから何事かと思ったけど、こんなチャンスを逃すはずもなく。ちゃっかりこの服を買ってもらった。

「ったく、とのキスは高くつくわ」

なんて蘭さんは笑ってたけど、あの夜はチューをした記憶がないのにと不思議だった。でも泥酔したらしいから、また酔っ払ってしちゃったのかもしれない。わたしもたいがい懲りない女だなと呆れる。

「ま、いっか。これ可愛いし」

黒のヒールを合わせてバッグを持つと、わたしはウキウキした気分で待ち合わせの店に向かう。まさか、その合コンであんな裏切りに合うとは思いもせずに。



++++




「へえ、ちゃんって言うんだー。めちゃくちゃ可愛いじゃん」
「えーそんなことないですよー」

なんて猫を被りつつ、目の前の男を観察する。医者の息子であり、自分も外科医を目指す医者の卵という男は、リカちゃんが言ってたように、なかなかのイケメン。でもちょっと濃い。スーツはアルマーニと少々無難。時計は今時、そこまで流行ってないロレックス。父親からのおさがりか?ちょっとオッサンぽい。

「リカちゃんの友達ってことはちゃんもソープ嬢?」
「いえ違いますー。わたしはそこの本社のOLですー」

大嘘もいいとこだけど、しっかり信じたのか「なーんだ。ソープ嬢なら通おうと思ってたのに」と笑っている。医者の息子の友達もやはり医者の息子。しかも彼は小児科医を目指してるようだ。もし自分の子供を医者に診せるとしても、こういう医者には診せたくない。スーツはドルチェ&ガッバーナ。まあまあ悪くない。でもいくらカジュアルスーツとはいえ靴がスニーカーってどうかと思う。まあ歳も若いし仕方ないか。
…なんて、周りに超ハイレベルな男ばかりいるせいで、ちょっと無駄に目が肥えてしまった感が否めない。

「悪い、遅れたー」

と、そこへ新たなメンバーが来たようだ。ふと初物チェックとばかりに、まずは着ているスーツを見れば何とサンローランのセットアップ!このスリムで斬新なデザインを着こなせるほどのスタイル。これはなかなかに好きかもしれない。ついでに時計を見ればヴァシュロンコンスタンタン。誰、このイケてる人は――!と、視線を上げた瞬間、男と目が合った。

「待ったァ?」
「――げっ」

信じられないものを見た時、人はどうして見なかったことにしたくなるんだろう。でもそんなことをしても無駄だった。にこやかな笑みを浮かべた蘭さんは、しっかりわたしの隣に座り、反対側には――。

「よー。楽しんでるぅ?」

やはりと言うべきか。竜胆さんが座った。こちらもシッカリとプラダのスーツをさりげなく着こなしている。でも顔に浮かぶ笑みはとても怖い。これがリアル"プラダを着た悪魔"かもしれない。ということは蘭さんは大魔王…?

「な…ななな何でふたりがここに…」

と言いながら、ふと幹事のリカちゃんを見ると、彼女は申し訳なさそうに両手を合わせている。え、まさか、ここへ来てこんな裏切り?そう思っていると、蘭さんが笑いながら自分のケータイをわたしに見せて来た。そこにはさっき家で自撮りしたわたしの写真が――。

「え、リカちゃん、嘘でしょ」
「ごめん!蘭さん達に問い詰められて仕方なく…」
「教えたの…?合コンのこと…」

わたしの問いにリカちゃんは左右に目が泳いでいる。そこで気づいた。リカちゃんの今日のバッグは彼女が前から欲しいと言っていたボッテガのカセット。さっき「遂に買ったんだ」と言ったら、少し様子がおかしかった。あの時も今みたいに視線を泳がせてたし。そこで隣の蘭さんを見ると、澄ました顔で勝手に注文したシャンパンを飲んでいた。

「あのーまさかとは思いますが…リカちゃんを買収…」
「さて?どうだったっけ、竜胆」
「さあ?記憶に御座いません」
「………(買収したな)」

すっとぼけた顔の二人を見て、がっくりと肩を落とす。すると今度は向かい側に座っていた医者の息子二人――まだ名前も聞いてない――が、怪訝そうな顔でこっちを見ていた。

「ってか誰…?その二人」
「ケンとジュンヤはどーしたんだよ」

医者の息子の片割れ――とりあえずBくんと呼ぼう――が後ろを見渡し、蘭さんと竜胆さんを睨んでいる。

「ああ、その二人なら店のトイレで寝てたな、確か。なあ?竜胆」
「そうそう、寝てた寝てた」
「「…は?」」

この空気、絶対気絶させたな?どうせ竜胆さんが首でも絞めて落としたに違いない。ああ、今夜の楽しい合コンが修羅場になっていく。

「さっきから何言ってんだよ、オマエら」
「ってか部外者は出てってくれる?」

医者の息子、AくんとBくんが騒ぎ出し、わたしは「やめておいた方が…」と一応は忠告した。なのに「ってか、コイツら、オマエの男かよ」と言い出した。

「合コンに男呼ぶとか信じらんね――」

とAくんが立ち上がった瞬間、パリンっとグラスの割れる音がした。え、蘭さん、素手でグラス割っちゃう?何てチャレンジャーなの。危ないじゃない。

「オマエらさぁ…医者の息子だっけ」
「…だ、だったら何だよ」

すでにBくんは今の威嚇で怯んでいる。ってか蘭さん手から血が出てるってば。

「じゃあ今夜は治療される側になってみるー?」
「…は?」

自分の手から流れた血を舐めながら蘭さんが笑った。ある意味ホラーだ。血を舐めるのが似合う男って蘭さんくらいだと思う。

「竜胆、先に救急車呼んどけ」
「りょーかーい」
「ひ…な、何だよ…!オレら何もしてねえだろっ」

竜胆さんがケータイを出した瞬間、AくんとBくんは個室を飛び出していく。それを見て楽しそうに笑っている二人は、やっぱり大魔王と悪魔だった。っていうか気づけばリカちゃんもいないんですけども。

「さーてと、邪魔者もいなくなったことだし、飲み会の続きでもすっか」
「え、あ、あの…」
「つーか、オレの買った服着て合コンとか、もなかなか大胆なことやるなァ」
「う…」

蘭さんが怖い笑みを浮かべて肩に腕を回してくるから顏が引きつってしまった。

「ったく、どこがばあちゃんの法事だよ。ここは寺か?」

と、今度は竜胆さんが頬杖をついて顔を覗き込んで来るから冷や汗が垂れた。何でそんな嘘メッセージを送ってしまったんだろうと激しく後悔する。
いや、でも待って。別にわたしが合コンをしようと二人には何一つ関係ないはずだ。だって彼氏じゃないんだから。

「というか蘭さんも竜胆さんも何で邪魔するんですかっ」

冷静になって考えてみれば、上司の二人が部下の合コンを邪魔するのはおかしい。少し強気になって文句を言えば、二人は苦笑しながら顔を見合わせた。

「何でって、そりゃあ…」
が変な男に引っかからないようにするためだろ」
「幸せだなー?は。オレ達みたいないい男に心配してもらえて」

蘭さんはニッコリ微笑んで、わたしのグラスにシャンパンを注いでくれる。納得いかないけど、ドンペリニヨンヴィンテージに罪はない。そこは美味しく頂いた。

「美味しい」
「だろ?アイツらじゃーこんないい酒、飲ましてくれねーだろうしなー?」
「え、で、でも医者の息子だし…」
「バーカ、医者の息子ってだけで、まだ研修医とかだろ。親の金で飲ませてもらったとして、そこにドキドキは生まれないんじゃね?」
「そうそう」

蘭さんが得意げに言えば、竜胆さんも大きく頷く。確かに親のすねかじりみたいな男は嫌かもしれない。そう思いながら目の前のシュワシュワを見つめていると、蘭さんが甘ったるい顔でわたしを見つめていた。

「な…何ですか」
「やっぱその服似合ってる」
「え、ほんと?」
「ほんとー。今すぐチューしたいくらい可愛い」
「………」

ヤバい。そのたった一言でドキドキがきてしまった。

「うん、チューしたいくらい可愛いわ」

竜胆さんの方が可愛いのでは、と思うような微笑みでわたしを見つめる。どうしよう。ダブル可愛い頂いちゃいました。
これ以上、わたしをドキドキさせてどうする気なんだ、この兄弟は。
とりあえず合コンはなくなったから、今夜はカリスマ兄弟に甘えてみようかな。