100万円の女



「店長~お疲れ様ー」
「あ、さん。お疲れさまです」

いつものように各風俗店を回って最後にリカちゃんの働く高級ソープ店に顔を出す。定期的にこうして回って女の子達の悩みだったり、愚痴を聞いたりするのも大切なお仕事。でも今日はあいにく全員が接客中だった。急にぽっかりと時間が空いて、普段は足を踏み入れたことのない豪華な待合室を覗いてみると、そこには誰もいない。一般的なお店と違い、壁に女の子達の顔写真が貼ってあるわけでもなく、ひたすら高級感の漂う空間だ。革張りのソファにテーブル。全くソープ感がない。

「へえ…ここでお客さんが待ってるんだ。ねえ、店長。芸能人とかスポーツ選手も来たりするんでしょ?」
「はい。ああ、夕べは野球選手のジローとか、人気俳優のタクミが来ましたよ」
「えっ!!ほんとに?!どっちも超イケメンじゃないっ」
「へえ、さん、ああいうのタイプですか?」
「タイプってことでもないけど好きだよ。え、っていうか、誰指名してるの?その二人は!」

有名人が来てることは知ってたけど、実際誰がとか具体的なことは知らなかった。何度か見かけたことがあるのは政治家とか、タレントみたいにテレビに出てる有名会社の社長とか、おっさんばっかだったから興味も湧かなかった。
わたしの質問に店長は笑うと、「さん聞いてないんですか?リカちゃんですよ」と教えてくれた。

「えっ!リカちゃん、そんな有名人に指名されてるんだ!すごーい!」
「まあリカちゃんはウチの売れっ子ですからね。日給も一番稼いでるんじゃないかな」
「…ちなみに…おいくらほど?」

下世話な話だけど、高級ソープの売れっ子ソープ嬢はいったいいくら稼ぐんだと興味が湧いた。そもそも一応ここもわたしの職場なのに値段設定とか何も知らない。
店長もそう思ったのか、ちょっと苦笑しながらメニューを見せてくれた。

「え…?一人、8万から10万?!この店そんな高いのっ?」
「そりゃあハイスペックな子ばかり揃えてますからねー」
「ってことは…お客さん数人を接客したら一日ウン十万は稼ぐってこと?」
「ま、そうなりますか」
「……」

凄いを通り越して何か尊敬してしまう。そうか、リカちゃんは8万円の女だったのか。要は8万出してでもリカちゃんを抱きたいという著名人がいるってことだ。何かそれって本当に凄いことのように思えた。

「知性と教養はもちろん、顏、体、接客と全て完璧な子しか雇わないんで」
「そ、そうか…確かにこの店の子はモデルさんかアイドルかって感じの子が多いもんね…」

しかもお上品だし、その上あんなテクやこんなテクまで持っているんだろうから、男の人にはたまらないのかも。
そこでふと、自分はここで働けるようなレベルなのかが気になった。面接は店長がしてるのは知っている。

「ねえ、店長」
「はい」
「つかぬことを訊くけど…」
「何ですか?」
「もしわたしが面接に来たら…雇ってくれたりするの?」
「……はい?!」
「あ、も、もしもの話ね!わたしは雇ってもらえるレベルなのかなぁと、少し気になったと言うか…」

8万円の女――。何かかっこいい響きだ。
店長はわたしの問いに眉間を寄せると、上から下までジロジロと見ながら査定をしている。そして苦笑すると、

さんは文句なしに可愛いしスタイルも良いです」
「え、じゃあ…」
「でも胸はもう少しふくよかの方が…挟んだり滑らせたり、金のしゃちとかマットプレイでイロイロやれることが多いのでポイント高かったんですけどねぇ」
「……は?それはわたしが貧乳だと。そう言いたいの?」
「えっ?い、いえ!決してそんなことは…!」

ジロリと睨めば店長が真っ青になった。今ここにチャカがあったら確実に発砲事件が起きてたはずだ。命拾いしたな、店長(!)
でもふと聞き慣れない言葉があったことを思い出す。

「ちなみに…その金のなんたらって何のことよ」
「え?ああ、金の鯱はマットプレイの一つで、うつ伏せになったお客さんの腰を浮かせて、女の子は下から足を潜り込ませます。お客さんの腰を自分のほうに引き付け、おっぱいをお尻に当てて刺激を与えるプレイのことですよ。お尻に当たるおっぱいの感触がたまらないとかで――」
「へ、へえ…それがどういう状態か全然よく分からないけど…わたしのおっぱいじゃダメってこと?」
「…そ……いうわけでは…」

店長の顏がどんどん青ざめていく。やはり8万円の女になるにはそれなりのテクとおっぱいが必要のようだ。言われてみればリカちゃんはFカップだと言ってた気がする。でもこれは本人に聞いたわけじゃなく、竜胆さんが言っていた。何であの人はこう…あれなんだ。

「そ、それにもしさんがここで働いたら…」

と不意に店長が困ったような笑みを浮かべながらわたしを見た。

「…働いたら?」

次はどんな失礼なことを言う気だと身構えていると、店長は苦笑交じりで肩を竦めた。

「それこそ蘭さんと竜胆さんが毎日のように通って来ちゃうじゃないですか」
「…………え?」
「あのふたりなら8万円と言わず、さん指名できるなら100万でも出してくれそうですけどね。まあエグイこと要求されそうですけど」
「…………」

ということは…わたしは一回のエッチで100万の女になるということ?それもなかなか……いややいや。相手が蘭さんと竜胆さんはあり得ない。あのふたりにさっき聞いたようなマットプレイをしろと言われたら困る。そもそもわたしにそんな高度なテクはない。

「オレはなら正常位で十分だけど」
「え、兄貴、普通じゃん。オレは後ろから突きたいわ」
「―――ッ?!」

突然、背後からニヤケた声がしてギョっとした。振り返れば案の定、蘭さんと竜胆さんがニヤニヤしながら立っている。軽い眩暈がした。

「な、ななな何で二人がここに…」
「いや、一応ここのオーナーだし」
「今日は月一回の定期報告受ける日なんだよ」
「あ…」

そんなことがあったのをすっかり忘れていた。よりによってこんな会話してるとこに鉢合わせしちゃうなんて最悪だ。

「でー?はここで働きたいと。そういうこと?」
「は?」

蘭さんがニヤリと笑いながら、わたしの顔を覗き込む。

「まあでも…もしそうなるとオレ専用になってもらうしかねえなあ」
「ちょ…」

竜胆さんの腕が肩に回された。とてつもない圧を感じて顔が引きつってしまう。でも次の瞬間、蘭さんにむぎゅっとホッペをつねられた。かなり痛い。

「って、んなわけねーじゃん。オマエを働かせるわけねーだろ」
「まあオレはワンチャン、専用なら働いて欲しいけど」
「は?もしが働いてもオマエじゃなくオレ専用にするわ」
「え、何ソレ。ズルくね?」
「ズルくない。はオレ専用の方がいーだろ?優しく抱いてやるから安心しろ」
 「え」
「いや、オレだって優しく抱くわ」
 「は?」
「ハァ?オマエ、さっきバックでやりてーって言ってたじゃん」
「あれはあの場のノリだし。やっぱの顔見て抱きたいわ」
「あの…!勝手に抱くとかバックとか言われても困ります」

いつもの言い合いが始まり、思わず口を挟む。この流れで行くと、どうせまた――。

「で、はどっちに抱かれたいんだよ」
「いい加減、ハッキリさせようぜ」

予想通りの質問が飛んで二人がわたしを同時に見る。そろそろ本気でわたしの操が心配になってきた今日この頃。
でも100万円の女にしてくれると言うなら――考えてあげてもいいかな。