第六話



初めてイザナの腕枕で眠った夜が、わたしの人生の中で一番幸せだったかもしれない。そう思ったけど、思い出の中のイザナとの時間は、いつだってキラキラしていて、その瞬間はきっと、いつも幸せだった気もする。結局、わたしはイザナといる時がいつも"一番幸せ"なんだろうな。彼の寝顔を見つめながら、ふと思った。

これまでの"ありがとう"と、用意しておいた離婚届を置いて、わたしは早朝、家を出た――。



1.

「ったく…その状況でどうして家出するかなっ」

結局、小中高と友達らしい友達が出来なかったわたしは、幼馴染の紀香ちゃんのところへ行くしかなかった。なのに――。

「何で…温泉に行くの?」

説教モードの紀香ちゃんをスルーして、窓の外の流れる景色を眺める。暑い夏も終わって短い秋も終わりそうな冬の入り口の時期に、わたしと紀香ちゃんは電車で観光地へ向かっていた。

「イザナさんなら絶対ウチに来るでしょ?幼馴染なの知ってるし、お店同士の付き合いもあるしね」

紀香ちゃんの家は昔からある"街のおつまみ専門店"だ。繁華街に並ぶ、いわゆる飲み屋と言われてる店は、大抵紀香ちゃんの家からおつまみなどを注文していた。当然ウチの店も紀香ちゃんの家と仕事上のつき合いがあり、その縁で同じ歳の紀香ちゃんとわたしは姉妹みたいに育った。

「離婚届まで置いて来たってことはイザナさんに…見つかりたくないんでしょ?」
「……」
「なら少し気分転換にと思って温泉付きのホテル予約したの」
「…ありがとう。紀香ちゃん」
「わたしはまだ納得はしてないけどね。イザナさんがやっとキスしてくれたっていうのに。聞いてる感じだとお店目当てじゃない気がしてきたし」

紀香ちゃんは車内販売で飲み物を買うと、わたしに「はい」と手渡した。何でも思ったことをきちんと言ってくれる紀香ちゃんには、本当に感謝しかない。

「ありがとう…」
「ほんとならビールでも飲みたいとこだけどねー。それは温泉入った後の楽しみにとっておこ」

そんなことを言いながら、紀香ちゃんはコーラを美味しそうに飲んでいる。わたしも手にしたコーラを開けると、一口喉に流し込んだ。ピリピリとした炭酸が、喉の痞えを取ってくれればどんなに楽なんだろう。

「イザナは優しいから…お店がって言うより…お父さんに任されたわたしのことをいつも気にかけてくれてるんだと思う」
「それだけでキスなんかするー?」
「……わたしがもの欲しそうな顔してたのかも…イザナ、女の子の心理に敏感そうだし…」

再びず~んと重たい気持ちになって落ち込んでいると、紀香ちゃんが「そういうマイナス思考なのはの悪いクセだよ」と苦笑した。確かにそうなのかもしれない。だけど昔からイザナを見てたからこそ余計に、イザナの優しさがホントはわたしに向けられていないんじゃないかと思ってしまう。

初めて会ったあの時から、イザナは特別な人だった。世間からみれば不良だったけど、わたしにはイザナが孤独な寂しがり屋に見えてた。ほんとは寂しいのに、ひとりで強がって周りを遠ざけようとする。だけど本当は誰より孤独を嫌ってた。不器用で素直じゃないけど、人一倍愛情に飢えてたのはイザナだった。だから親以上に自分のことを心配してくれるお父さんの気持ちに気づいた時、イザナは変われたんだと思う。イザナを救ったのはわたしじゃない。お父さんだ。

「そう思うの気持ちも分かるけどさ。まだイザナさんとそういう深い話はしてないんでしょ?なら分かんないじゃん」
「……聞いてもイザナは本心なんか言ってくれないよ。わたしを傷つけるようなことは言わないもん」
「それもお父さんの為だって?」
「実際…あんなに荒れてたイザナがお父さんに説得されて家に帰って来るようになって…あんなに人に媚びるのが嫌いなくせに、店舗の中でも一時傾きかけたホストクラブで少しの間、働いてくれたのはお父さんの為だったし…」
「ああ、よその店に引き抜きにあった時かー」
「うん…次々人気のホストがよそに移っちゃって、お父さんも困ってたんだけど、その時、ふとイザナが"黒龍もやめたし暇だから人足りねえならオレ出てやろうか"って言いだして、お父さんもノリノリになっちゃって」

あの時のお父さんを思い出して、ちょっとだけ笑ってしまった。イザナがホストをやってくれるから嬉しかったんじゃなく、お父さんはイザナが自分の為に苦手なことをしてくれようとしたのが嬉しかったんだと思う。結局イザナのおかげで店は前以上に人気が出て、売り上げも凄いことになった。でも店が盛り返して来た時、イザナは「やっぱ性に合わねえ」なんて言って急に店を辞めちゃってたけど。でも今思えばあれは、もう店は大丈夫だと安心したからかもしれない。

――オレにはやることがある。

あの時、そう言って家も出て行っちゃったけど、お父さんとは定期的に連絡を取りあってたみたいだった。わたしにはメッセージすら殆どくれないのに、とスネたこともあったっけ。

「それくらいイザナはお父さんが好きだったんだろうし、きっと今もそうだと思う。感謝してるって言ってたし…」
「そっか…」
「でもあの頃のイザナは自分が家にいると迷惑かけると思ってたみたい。お父さんが前にチラっとそんな話をしてて…"家族なのに迷惑かけたくないなんて水臭い"って怒ってた」
「まあ、でもイザナさんからすれば昔からの仲間もいて、結局は別のチーム作ったわけでしょ?そういう気持ちも分かるけどね。ああいう世界のことはよく分かんないけどさ」
「イザナはね。チームというより、信頼できる仲間と一緒に、自分と同じような孤児たちの為に将来何か手助けになることをしてあげたいと思ってるみたい。その足がかりに天竺作ったって、お父さんに話してたみたいだし。ちょっと驚いたんだけどね」
「へえ…いい人じゃない。ただの暴走族じゃなく、チームにはちゃんと意味があったんだね」

紀香ちゃんはそう言ってわたしの頭を撫でた。わたしに向けられた意味深な笑みを見てると、素直になれって言われてる気がする。でも、イザナは自分の夢の為にも自由になって頑張って欲しい。寂しいからって、イザナにわたしの人生まで背負わせるようなことはしたくない。

「あ、。温泉街、見えて来たよ」
「ほんとだ!久しぶりだし楽しみになってきたかも」
「ほら、温泉にして良かったでしょ」

紀香ちゃんはそう言って笑いながら「どこ見てまわろうか」なんてガイドブックを見ている。わたしは降りる用意をしながら、ふと時計を見た。ちょうどお昼を少し過ぎた頃で、つい考えてしまうのはイザナのこと。もう起きて、わたしがいないことに気づいたはずだ。リビングのテーブルに置いて来た離婚届にも。

(驚かせちゃったかな…。ごめんね、イザナ…)

ふとイザナが慌てて探している光景が目に浮かんで、泣きそうになった。でも、わたしはやっぱり妹の代わりにはなれない。

(わたしのお守から解放してあげなくちゃ…)

この先のことを考えると、少しだけ喉の奥が痛くなった。





2.

朝、幸せな気分で目が覚めたのに、隣のいるはずの存在がいなくて、一気に地獄へ突き落された気分だった。気持ちが通じ合ったと思ったのは、どうやらオレの方だけだったらしい。


「――は??来てねえけど」

の行きそうな場所は全て探して、最後に天竺のアジトとして使っている店にやってきた。でもそこに泊まり込んでいた蘭と竜胆にそう言われて、一気に全身の力が抜けていく。ソファに座り込んで息を吐き出すと、蘭が酷く驚いた様子で隣に座った。

「何かあったのかよ」
「…がいなくなった」
「は?いなくなったって……」
「今朝、起きたらコレがリビングにあったんだよ」

そう言ってスーツの内ポケットから目にしたくもない一枚の紙きれを取り出し蘭に見せた。

「こ…これはかの有名な…り…離婚届じゃねえかよ」

あの蘭が頬を引きつらせてるし、さすがに初めて見たようだ。まあ、オレもだけど。

「やっぱ蘭にもそう見えるか…」
「いや、幻と思いたい気持ちは分かるけど…しっかりしろよ。夕べ何があった?」

すっかり目が覚めたらしい蘭はオレのことをジトっとした目で見て来る。その無言で責めるような顔を見て、オレはもう一度深い溜息を吐いた。

「キスしたこと謝って…でも、怒ってなくてむしろ嬉しかったって言ってくれたんだよ。だからつい…」
「だから…つい?」
「……またキスした…かも」
「は?」
「いや、オレも一応、いい?って聞いたし!も頷いたからな?!」

蘭に何かを言われる前にきっちり説明すると、ますます目を細めて睨んで来やがる。この目はぜってー疑ってる。オレが無理やりしたんじゃないかって顔だ。つーか竜胆まで隣で同じ顔すんな。

の行きそうな場所は?」
「全部探した。大学も、店も一つ一つ行ってみたけどいねえ…」
「他に心当たりねえのかよ。の行きそうな場所!仮にも旦那だろ?」
「仮にもって何だよ。オレは正真正銘、の――」

と言いかけた時、ふと思い出した。

「あ」
「あ?」
「幼馴染…」
「幼馴染…?」

昔、の家に世話になり始めて少しした頃、に紹介されたことがある。

――幼馴染の紀香ちゃん。可愛いからって手は出しちゃダメだよ。

なんて言われて「出すかよ、あんなブス」と返したら、にひどく怒られたっけ。でもあの頃のオレの"可愛い"は全部に向いていた。だから他の女に手を出すと思われたことが、ちょっとだけムカついたのかもしれない。
世の中にあんな素直で綺麗な笑顔を見せてくれる女の子がいるのかよって驚くほどに、はオレにとって汚せない唯一無二の領域だった。

「なのにオレは結婚したからって調子に乗ってに手を――」
「はいはい。反省はそこまでにして、行くぞ~大将」

蘭にいきなり腕を掴まれ、驚いた。

「は?どこに」
「だーから、その幼馴染のとこ!大将の話だと、家の仕事のせいで昔から親しい友達出来なかったんだろ?だったら十中八九はその幼馴染の家にいると思うけど?」
「…そうか」

動揺してすっかり忘れていた。探すならまずはあの幼馴染の家だ。オレはすぐにケータイを出すと、の幼馴染、伊藤紀香の実家の住所を調べた。彼女は確か店で出すつまみを取り扱った店の娘のはずだ。社長とも長い付き合いで、当然オレもその情報は引き継いでいた。

「ウチの近所だな」
「じゃあ竜胆に車出させるわ」

蘭が天竺の下っ端に車を用意させている間、オレはもう一度へ電話をかけた。でもさっきまで鳴っていたコール音も、今は即留守電に切り替わってしまう。

(何で離婚なんだよ…夕べは分かりあえたと思ったのに…)

手の中の離婚届を握りつぶすと、オレはそれをゴミ箱へと放り投げた。



「え…っと…カンパニーの新オーナーさんが直々に来店なんて…どうしたんです?」

車を走らせ、の幼馴染、伊藤紀香の家に行くと、父親が引きつった顔で現れた。イライラが頂点のオレと、その後ろにいるデカい三つ編みと派手なメッシュの兄弟を見てビビってるようだ。

「…、来てませんか?」

開口一番、オレが訊ねると、伊藤さんはますます頬を引きつらせて首を振った。

「い、いえ、うちには――」
「本当に?」

ぐいっと詰め寄って見下ろすと、「は、はい…」と青ざめながらも頑なに認めようとしない。でも何となく嘘をついている匂いがした。ガキの頃から色んな大人の汚い部分を見て来たから、嫌でもそういう匂いに気づいてしまう。この様子だと応えてくれないかもしれない。かといって、このまま引き下がるわけには――。

「おじさん。イザナ…彼は本当にのことを心配して探してるんだよ。もし何か知ってるなら応えてやって」

見かねた蘭までが口添えをしてくれて、伊藤さんは視線を泳がせた。少し迷っている空気に変わった気がする。

「この唯我独尊の王さまがこーんな顔してんだよ?かわいそーじゃん」
「…う…」

竜胆までがそう言いだして――ひどい言われようだ――伊藤さんは今度こそ、ハッキリと何かを言いたそうにオレを見た。

「お願いします…。もし少しでも何か知ってることがあるなら…教えて下さい」

これまでの人生の中で、オレが初めて人に頭を下げた瞬間だった。後ろで蘭と竜胆の驚愕する気配がしたが、そんなものに構っていられるほど、オレは冷静じゃない。早くを見つけて本心を聞きたかった。
伊藤さんは頭を下げたオレを見て小さく息を吐くと、タブレットを持ってある画面を見せてくれた。

とウチの娘がこれを見て何か話してた気がするなぁ…」
「…これ…。――ありがとう御座います」

伊藤さんにお礼を言って店を出ると、オレはすぐに自分のケータイで二人が行ったらしいその場所を調べた。

「迎えに行くのか?大将」
「ああ…はここの温泉に行ったかもしれない」

さっき見せてもらった温泉街を検索して蘭に見せる。

「じゃあ早く迎えに行ってやれよ。駅まで送るから――」
「オマエらもつき合え」
「「は?」」

サッサと車に乗り込む蘭と竜胆にそう言うと、二人は呆気に取られたような顔でオレを見上げた。

「マジで言ってる?」
「大マジだ。こんな観光地じゃ一人で探すより三人の方がいいに決まってんだろ」
「いや、そうだけど…」
「オレ、夜はデートが…」
「あ?オマエら、オレの言うこと聞けねえの」

後部座席に乗り込んで前の二人を睨むと、盛大な溜息と共に「分かったよ…」という声が聞こえて来た。

「じゃあ、今度大将の店で酒おごれよなぁ」
「そんなもんでいいのかよ」
「お、マジで?じゃあ店のキャバ嬢、全員つけてもらお」

蘭と竜胆はさっきのやる気のなさから一転、やけに張り切りだした。

「ホテル予約取れたし、オレらも温泉入ろうぜ」
「いや、オマエら入れねえだろ。タトゥーしてんだし」
「だから温泉付きの部屋とったんだよ」
「……観光に行くんじゃねえんだぞ」

ちゃっかりしてやがると呆れていると、運転手の竜胆が「オレらだってのことは心配なんだよ」と一気にスピードを上げて高速に乗る。

「だいたい二人は夫婦なのに、何かすれ違ってる気がすんだよなぁ」
「結婚もしたことねえ竜胆に分かんのかよ、そんなこと」
「いや結婚したことなくても何となく…わかんだよ。は大将にどっかで遠慮してるっつーか…」
「おい、竜胆。余計なこと言ってんじゃねえ」

オレが黙ると、蘭がつかさず弟を諫める。でもが遠慮してると言われてドキっとした。昔からは自己主張の強いタイプじゃなかったし、そんなに気にしたことはなかったが、確かに言われてみると、いつもオレのことを優先してくれていた気がする。から唯一「我がまま言ってごめんね」と言われたのは、「一緒に寝ていい?」という、オレからしたら可愛らしいお願いだけだ。あんなの我がままでも何でもない。
オレは…知らず知らず、に我慢をさせていたんだろうか。あの甘えたの彼女が結婚した途端、昔みたいにあまり甘えて来なくなったのも、オレに遠慮していたからだとしたら…オレは夫失格だ。

「とにかく急ぐよ…」

竜胆の声が、やけに遠く聞こえた気がした。





3.

温泉街に着いてから、紀香ちゃんとあちこち観光して回った。名産物のお蕎麦を食べたり、観光名所で写真を撮ったり、そうやって紀香ちゃんとはしゃいでると、一時だけイザナのことを忘れることが出来た。

「紀香ちゃん…」
「ん?」
「ありがとね。わたし一人だったらどうしたらいいか分かんなかった…」

ホテルに向かって歩いていると、眩しいくらいの夕焼けが辺りをオレンジ色に染めていく。イザナと結婚してから初めての外泊だな、とふと思った。

「何言ってんの。飲み屋のオーナーの娘とおつまみ屋の娘、生まれた時からの仲でしょーが」
「…うん。そうだね」
「ま、私が彼氏できたら今度はに相談乗ってもらうから」
「うん。何でも聞くよ」
「まーいい男がなかなかいないんだけどさー。あ、帰って温泉でも入ろうか」

紀香ちゃんは明るい笑顔でホテルに入っていく。その後を追いかけながら、もう一度夕焼け空を見上げた。イザナは今頃どうしてるんだろう。

(わたしがいなくなって少しは寂しいって思ってくれてるのかな。それとも…お守から解放されてせいせいしたと思ってる…?)

わたしはやっぱり、イザナがそばにいないと寂しい。そっと薬指に光る指輪に触れると、やけに安心した。離婚届を置いて来たくせに、未練たらしくまだイザナからもらった指輪をしているなんて、どうしようもない。

、誰もいないよ。貸切風呂みたい」
「ほんとだ」

ホテルに戻って早速、紀香ちゃんと大浴場にやってきた。久しぶりに入る温泉にホっと息を吐く。本当なら、イザナとも温泉に来てみたかった。

――新婚旅行、行けなくてごめんな。

結婚してすぐ、イザナが申し訳なさそうに言ってきたのを思い出す。それはお父さんから引き継いだお店のことで色々と忙しくなったからだ。

――落ちついたら二人でどっか行こうか。

素っ気ない素振りでも、そう言ってくれたのが嬉しくて泣きそうになったことも、まるで昨日のことのように思い出せる。

「ねえ」
「え?」

ボーっと夜空に光る星を見上げていると、紀香ちゃんがふとわたしを見た。

「前から聞いてみたかったんだけど…」
「うん」
はさ。何でイザナさんに好きになってもらえないと思うの?」
「……っ」
「結婚したんだし、ちょっとは期待したっていいと思うけどな。イザナさんにのこと妹として見てるってハッキリ言われたわけでもないんでしょ?」

紀香ちゃんは不思議そうな顔で首を傾げながら黙ってわたしを見ている。確かにイザナにハッキリ言われたわけじゃない。でも…

「イザナね…わたしには好きって言ってくれないの…」

以前、街を歩いてたらイザナを見かけた。隣に綺麗な女の人を連れていて、その人に「イザナ、大好き」と言われて、イザナも「オレも好きだよ」と言ってるのが聞こえた。彼女かと思ってショックを受けたけど、そのすぐ後、その女の人はタクシーに乗って行ってしまって、その後イザナは一人でどこかへ歩いて行った。だからわたしはイザナの後を追いかけて声をかけた。

――あの人…彼女?
――?こんな場所、一人で歩くなって。危ねえだろ。
――お父さんのお店に行くだけだもん。それより…さっきの人、イザナの彼女なの?」
――さっき?ああ、全然ちげーし。オレのスポンサーみたいなもん。
――スポンサーって…じゃあ好きじゃないってこと?それ知ったらあの人、傷つくんじゃないの…?好きでもないのに好きって言うのは…。
――上手くやってるからバレねえよ。それに…安心しろよ。には言わないから。

そう言われた時、イザナの中でわたしはそういう対象じゃないんだって、気づいた。

「あの時から…いつかイザナに特別な人が出来るのが怖かった。わたしと離れて自由になって欲しいって気持ちも本当だけど…。でも本音はね。このまま傍にいて、いつかイザナに特別な人が出来るのを間近で見るのが怖いの…凄く怖い…。それが嫌でわたしは…逃げたのかも…」

好きになってもらえないって、最初から分かってたのに。