※軽めの性的表現あり



ウォールライトだけが照らしている薄暗い室内に、ギシギシとベッドのスプリングが軋む音が響く。

「あ…っぁ…あ…っ」

わたしの口から零れる声はもはや言葉ともつかない音ばかり。最奥を暴力的な昂ぶりに抉られて、甘い快楽で足先を震わせる。

ちゃん…気持ちいい?」

艶のある声が鼓膜を震わせたのと同時に、彼の歯が耳殻を食む。そのまま耳輪を舌がなぞり、耳孔へ舌が挿し入れられた。

「ん…んっ」

ちゅくっという耳を犯す淫らな音と、チャリ…と彼の左耳のピアスの音が重なってゾクリとする。そのまま最奥をぐぐっと抉られると、目の前が弾けてチカチカとした。

「イっちゃったァ?ちゃん…」

腰の動きを緩めながら、吐息交じりの優しい声で囁き、彼はぎゅっとわたしの手を握る。骨ばった大きな手が、意外なほど繊細にわたしへ触れてきて。指を絡めて持ち上げ、手の甲にまでちゅっとキスを落とした。

「可愛い…」

一瞬だけ視線が絡む。逃がさないとその鋭い瞳が言っている。わたしは震えながらも降ってくるくちびるに身を任せた。咥内を熱い舌が舐め上げていく。

「…ん…ぅ」

くちびるを重ねたまま、僅かに彼は腰を引き、再び最奥を貫く。全身が甘美な感覚に震えて、淫らな快感が体の奥深くを蕩かしていった。

「…っコ…コ…くん…」

捕食され、貪られ、壊されそうに揺さぶられながら、喉まで出かかった言葉を飲み込む。それを言ったら終わりのような気がしてるから。
彼は九井一。関東一帯を仕切る裏社会の人間――。
東京卍會の最高幹部である彼と出会ったのは、半年前のある秋の夜のことだった。



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東京生まれの渋谷育ちのはずなのに、わたしは26歳になった今もこの街が苦手だった。今でこそ若者が集う街として有名なこの場所も、100年近く前には豊多摩群渋谷町なんて、お洒落さも感じさせないような場所だったはずなのに。今は日夜問わず大勢の人が闊歩していて、夜ともなると酒に酔った若者が大騒ぎを始める。その中を仕事で疲れた体を引きずって帰るのは億劫だった。まず人が多い。うるさい。何か臭い。繁華街は色んな匂いが混じってるから、匂いに敏感なわたしはいつもしかめっ面で歩いているかもしれない。

「うえぇぇ~い!飲んでるぅ~?!」
「ニッポン!ニッポン!」

大きな歓声と共にそんな掛け声が突然後ろで沸き起こった。また"ウエイ族"がバカみたいに騒いでるのか、と呆れつつ、歩を進める。でも人並みは徐々に増えて行き、わたしの行く手を阻むように列が乱れ始めた。

(な…何なの…?何で普段以上に人が多いの?)

まだ10月が始まったばかりだというのに、まるでハロウィンの時のような熱気が辺りを包んでいた。
渋谷区道玄坂にわたしの務める本屋がある。そこから徒歩で15分ほど行けば我が家があるというのに、人が多すぎてスムーズに歩けもしない。夜、遅くまで働いてやっと帰れると店を出て来たらこれだ。酒に酔った人達が、大きな声を上げながら騒いでるのが耳障りで、早くこの場から離れたかった。駅前や交差点はすでに人、人、人の波で溢れている。いったい何事だと視線を走らせた時、それが目に入った。

(あ…サッカー?)

振り返ると後ろに見たことのある青いユニフォームらしき服装の若者が集団で飛び跳ねながらタオルを振り回して何やら歌っている。その姿を見て眩暈がした。

(そう言えば…今朝、店長が今夜はサッカーの試合があるから帰り気を付けてって言ってたような…)

今頃になってその忠告を思い出した。今日も一日あれこれと忙しく走り回ってたせいで、すっかり忘れていた。今夜はサッカー日本代表の試合が横浜の競技場で行われていたはずだ。何故か代表の試合後は渋谷に集まり、サポーターと呼ばれる人種が大騒ぎをする。最近はそんな風習が出来つつあった。

「嘘…じゃあ、これからもっと人が集まってくるわけ…?冗談じゃない…」

ここまで人が集まり、それも半分以上が酔っ払いだ。だいたいいつも何かしらのトラブルに発展して次の日の朝、ニュースになることが多い。歩いてるだけで巻き込まれるのはごめんだとばかりに、どこへ向かうでもないグチャグチャの人の流れをかき分けて進む。だけど156センチと小柄なわたしは体重も軽いのか、すぐ人の動きに身体を持って行かれそうになる。足はすでに踏まれまくって、お気に入りのパンプスなのに、と泣きたくなって来た。それでも頑張ってどうにか人の塊から抜け出すと、やっと人がまばらの場所へ出る。ホっと息を吐きつつ、大通りから反れて、途中大きなビルが立ち並ぶ場所へと出た。このビルの裏に続く住宅街を進めば自宅マンションがあるのだ。この時のわたしはとにかく人混みから抜け出せたことで安心しきっていたかもしれない。だから後ろからついて来てる人達がいたなんて、全く気づかなかった。

「ねえねえ、彼女~」
「―――ッ」

不意に背後から声をかけられ、ビクリと肩が跳ねた。慌てて振り返ると、上半身裸の男3人がわたしを追いかけるようにして歩いて来る。手にはそれぞれ缶ビールを持ち、酔っているのか目がとろんとしている。

「何で帰っちゃうのー?これから盛り上がんのに~」
「…な…何ですか…」

いきなり馴れ馴れしく話かけてくる男に心臓が嫌な音を立てる。こういう悪ノリした若者は大の苦手だった。

「かーわい。さっき目の前通り過ぎてく彼女見つけてさ~。ちっこくてオレのタイプだなーと思ったんだよね~」
「オレらと一緒に祝杯上げようぜ~」

首に日本代表の応援タオルを引っかけた男が、そう言いながらわたしの腕を掴む。いきなり知らない人間に触られるのは怖い。つい「離して下さいっ」と大きな声を出してしまった。

「っだよ。ノリわり~なぁ。一緒に祝杯あげようって言ってるだけだろ」
「い、いいです…!わたし、サッカーとか見ないので…!」
「ハァ?彼女、非国民じゃん~!そりゃダメでしょ。絶対」
「お仕置きいっちゃう~?」
「な…?ちょっと…離してよっ」

酔っ払って気が大きくなってるのか、男達はわたしの腕をグイグイ引っ張り、目の前のビルの大きな駐車場へと連れて行く。そこは外灯もあまり届かない、薄暗い一画。ゾっとして足を踏ん張ってみたものの、3人とも大柄でわたしよりも遥かに大きい。あげくわたしを囲むようにして逃げ道を塞いでいる。

「ヤ、ヤダ…!離して…っ」
「い~から飲めって。楽しもうぜ」
「…や…んう」

男の人がわたしの顎を掴み、口へ缶ビールを持ってくると、わたしに飲ませようとしてきた。ツンとしたビール特有の匂いが鼻腔を刺激して、ますます怖くなる。顔を背けたいのに、大きな手でガッチリ顎を掴まれているせいで、身動きが取れない。無理やり口内にビールが流し込まれ、思い切り咽てしまった。

「ん、ゲホッゲホ…ッ」
「あ~あ~ちゃんと飲まないから服まで濡れちゃったじゃん」

全て飲み込めなかったせいで、顎から冷たいビールが首や胸元に伝って行くのが気持ち悪い。男達はそんなわたしを見て楽しそうに笑っていた。

「ひゅ~!白いシャツ、透けちゃってね?」
「……っ?」

男の一人に指摘され、慌てて自分の服を見下ろすと、確かに半分以上は零れたビールでびっしょりと濡れてしまっている。あげくシャツの下に着ていたキャミソールが透けていた。

「えっろ~。やーば」
「や、やめてっ。大声出しますよ…っ」

いきなり胸元に手を伸ばしてきた男の手を振り払うと、一歩一歩と後ずさる。だけど駐車場の壁に阻まれてしまった。逃げるには脇をすり抜けなくちゃいけないけど、男3人に囲まれ、それもかなわない。

「なーんか、この子見てたらエロい気分になってきたわ」
「涙目で睨んじゃって、むしろそそる~」
「つーか、このままそこのホテル連れてかね?」
「―――ッ」

相当酔っているのか、とんでもないことを言いだした男達のニヤケ顔を見ていたら足が震えて来た。ただの酔っ払いだと思っていたけど、だからこそ平気で理性を捨ててしまう彼らはやっぱり危険だ。

「マジ、君、ちっさくて可愛いねー。アソコも狭いのかな?」
「……っ」

男の一人がわたしを覗き込んで嬉しげに言った。明らかにわたしより年下なのに言うことはいっぱしの大人のそれだ。背筋が冷たくなって血の気が引く。いくら男性経験がなくても、今の言葉の意味くらいは分かる。カッと頬が熱くなって「誰か――!助けて!」と思わず大きな声で叫んでいた。

「ひゃはは!助けてーだって、かっわいいの」
「みーんな、祝杯に夢中で聞こえてねえよ」

すぐ近くでは未だに人が騒ぐ声が聞こえてるというのに、DJポリスと呼ばれる警察官たちだっているはずなのに、その歓声にかき消されてわたしの声は届かない。しかもこのビルの周りは極端に通る人が少ないのだ。このまま近くのホテルに連れ込まれてしまえば終わりだ。嫌な汗が背中を伝っていくのが分かった。
その時――カツン…と革靴の音が聞こえたと思った瞬間だった。わたしの正面にいた男がぐいんっと後ろへ引っ張られていく。上半身裸の男はそのままコンクリートの地面へ引き倒され、なおかつ何者かに無防備だった腹を踏みつけられた。ドゴっという鈍い音がして男の情けない悲鳴が上がる。

「おいおいおい…ウチの事務所の駐車場でナニやらかしちゃってんだよ…」
「……な、何だ、てめえ!」

仲間を一人やられたからか、一人が威勢よく怒鳴っている。その時、またカツンと革靴の音がして、見知らぬ誰かが近づいて来る気配がした、その時。またしてもボスっという鈍い音と共に怒鳴り返した男が、お腹を抑えるように身体を前に折り曲げ、地面に膝をつく。どうやら思い切りお腹を蹴られたようだ。驚いて目を凝らしても大通りから薄っすら届く外灯を背にしているせいで、その人物の姿が見えない。

「威勢がいいのはいいが、相手選べよ。クソガキが」
「ひ…ひぃぃっ」

残された男は仲間二人があっさり倒され、うんうん唸っている姿を見て完全に酔いが冷めたらしい。二人を置いてサッサと大通りの方へ逃げて行ってしまった。

「何だァ?仲間見捨てるとか、オマエらのツレは薄情だなー?だせぇ」
「…うぐぐ……」

倒れている男2人は足をガクガクさせながら立ち上がると、その人物から距離を取ってよろけながらも元来た道を走って行く。それを見送っていたらしいその人物は「チッ。ああいう奴らが一番ムカつく」とブツブツ文句を言いだした。そして取り残された形になったわたしは、やっぱり怖くて動けない。助かったのかどうかさえ謎だ。塀に張りついた体は震えが止まらず、一歩も動くことは出来ない。突然現れたこの人物がいい人であるかどうかは分からないからだ。一発で2人の若者を沈めたところを見れば、どう考えてもヤバい類の人だろう。

「ん?あれ…彼女、大丈夫?」
「……っ」

逃げて行った男達を見送っていたその人物が不意にわたしの方へ振り返る。相変わらず顔は見えないが、細身の男というのはシルエットで分かった。再び革靴の音を響かせ、男が近づいて来る。すでに喉はカラカラで叫ぶ元気すらなかった。

「おーい。生きてる…?」
「…ひっ…」

目の前まで歩いて来たその男はひょいっとわたしの顔を覗き込んで来た。暗がりで見えたのは、男の鋭い瞳と、左耳に揺れる金色のロングピアス。チャイナのようなデザインのジャケットを羽織り、黒に白のメッシュが入った髪を右へ流し、短い左側頭部は何本か線を入れるように剃られている。その男は一目見て一般人とは違うと分かる空気を持っていた。

「んなビビんなくても…オレは何もしねえよ。ってかケガは?」
「だ…だい…だいじょ…ぶ…です…」
「声震えてんじゃん…よっぽど怖い思いしたんだなぁ?かわいそーに」

その男は苦笑気味に言いながら屈めていた上半身を起こすと、わたしの頭へポンポンと手を乗せた。その手が意外にも優しいから、一瞬呆気に取られてしまう。わたしがここまでビビっているのは半分はこの人のせいなのに、本人はちっとも気づいていないみたいだ。

「えーっと…大丈夫?一人で帰れる?」
「…へ?…あ…ははは、はい…」
「ホントに大丈夫かよ。声震えてるし、足も何か生まれたての小鹿みてえになってんじゃん」
「…え、そ…そんな…はずは…」

男に軽く吹き出され、自分の足元へ視線を向けると、なるほど。確かに見た目でもハッキリ分かるほど、ガクガク震えていた。でもいつまでもここにいるわけにもいかない。ゆっくり歩き出そうとしたその時だった。大通りの方から「お巡りさん、こっちです!」という声と共に、さっきの男達が制服警官2名を連れて戻って来るのが見えた。全く意味が分からず固まっていると、男達はわたしの目の前に立っている人物を指さし「アイツです!」と叫んでいる。そこで理解した。さっきの男達は乱暴されたことをお巡りさんに訴えて、報復の為にこの場へ連れて来たのだ。

「ハァ…だる…」

目の前の男はそれでも慌てた様子はなく、心底面倒そうに溜息を吐いた。そこへ警官が走って来る。

「君!彼らが君に蹴られたと言ってるんだが――って、オマエ……東京卍會の…!」
「どーもー」

突然、警官2名が驚いたように後退したのを見て、驚いてしまった。警察官なのに、明らかに目の前の男にビビっている。

(東京…まんじかい?)

その聞き慣れない名前に首を傾げたものの、それでも今ここでわたしがすべきことは分かっていた。あの3人の男達はわたしに酷いことをしようとしたクセに、自分が蹴られたらお巡りさんに泣きつくなんて許せない。というかズーズーしいにもほどがある。

「九井、だったな。東京卍會のオマエが素人に手を出したのか」
「あ?ソイツらはウチの事務所の敷地に無断で侵入。あげくこの子に乱暴しようとしてたんスよ。それ助けただけだけど」

わたしを助けてくれた九井と呼ばれた男は、事実だけをお巡りさんに告げた。でもお巡りさんは「何…?それは本当ですか?」と疑いの目でわたしに確認して来る。何で嘘を言わなくちゃいけないんだと思いつつ「か、彼の言ってることは本当です…」とハッキリ言った。

「わたしが帰宅しようとしてたら、そこの3人に絡まれてこの駐車場に連れ込まれました…無理やりビールも飲まされて服もビショビショになって、あげくホテルに連れ込むと言われました…悪いのは彼らの方です!」

説明しているうちにだんだんと腹が立ってきて、最後は思わず怒鳴ってしまった。お巡りさん二人は困惑したような顔で九井という男と後ろでヤバいといった顔をしている男3人を交互に見ている。だけどいくら口頭で言ってもハッキリしない為、結局わたしと彼らは近くの交番に連れて行かれてしまった。



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「あ、あの…本当に何から何まで…ありがとう御座いました」

やけに小柄な彼女――と名乗った女は、家まで送ってやったオレに深々と頭を下げて来た。聴取も終わり、ついさっき交番を出てきたところだ。

「いや、オレも助かったよ。ちゃんの証言のおかげで無罪放免になったし。っつーかアイツらも見逃されてんのがムカつくけどな」
「でも実際ホテルに連れ込まれそうになったわけじゃないし…服がビールで濡れてただけじゃ証拠にならないって…」

はあの人混みの中を帰ってきたということで、そこでビールを引っかけられて服が濡れたのか、アイツらに無理やり飲まされそうになって濡れたのかまでの判断は出来ないと言われた。使えねえお巡りだ。オレ達裏の人間にはガンガン来るくせに、一般人だって理由であのクソどもを見逃すとか、何ともムカつく話だ。たかが一発蹴っただけでお巡りに泣きつく情けねえ野郎ども。煩わされた礼はキッチリと支払ってもらう。

「あー…やべ…オレ、行かなきゃ」

ふと時計を見れば約束の時間が大幅に過ぎている。脳裏にしかめっ面の親友の顏が浮かんでヒヤリとした。

「あ、あの…!九井さん」
「え?」

歩きかけた時、不意に呼び止められて足を止めると、彼女が小走りで走って来た。目の前に来た彼女を見て、マジでちっせーな、と苦笑が洩れる。26歳と言ってたが身長だけで言えば良くて中学生くらいだろう。頭2つ分は違うかもしれない。

「あの…今度お礼をさせて下さい」
「お礼…?」
「九井さんは会社の敷地に入ってきた彼らを排除しようとしただけかもしれないけど…結果的に助けられたのは変わりません…。だからその…お礼がしたいんです」
「………」

必死に言葉を繋ぐ彼女を見て少し驚いた。さっきのお巡りからオレが反社組織の人間だと聞いたはずなのに、お礼がしたい?どんだけお人よしなんだ、この子。きっと真面目な性格なんだろうな、と思いながら、ふと懐かしい笑顔が脳裏をよぎる。目の前の女は、何となく彼女・・を思い出させた。柔らかそうな色素の薄い髪をふわりと肩まで垂らして、教えてもらった年齢よりも随分と若く見える。派手な美人ではないが、ほんわかした可愛らしさが、やっぱり似てる。その子からお礼がしたいと言われりゃ、少しは邪な思いが芽生えてくるのも仕方のないことかもしれない。

ちゃんさぁー。オレがどういう人間かは聞いたよな」
「え…えっと…東京…卍會…?の人というのは聞きました…」
「それってどういう団体か知ってる?」
「…え…どういう…って…」
「まあ…いわゆる反社ってやつ。世間から見ればオレは裏の住人だ。ちゃんだって怖いだろ?」

さっき彼女がオレに対しても怯えていたのを思い出し、敢えて尋ねた。でも彼女は唇をきゅっと引き結んで左右に首を振った。可愛らしい顔をして、なかなか意志の強いところがあるみたいだ。なら、彼女の気持ちに甘えてみてもいいかもしれない。

「怖くありません…」
「フーン…度胸あんね」
「え、あの――」

再び歩き出したオレを見て、彼女が慌てたように追いかけてこようとしたのを手で静止した。

「明日、迎えに来る。何時がいい?」

余計なことは言わずに端的に尋ねると、彼女の顔にパっと花が咲いたような笑顔が浮かぶ。

「明日は早番なので…午後8時には帰ってます」
「んじゃあーその時間に来るわ」
「はいっ」

素直に頬を誇らばせる彼女を見ていたら、蜘蛛の巣にかかった蝶々が頭に浮かんだ。無防備すぎるんだ、何もかも。