※軽めの性的描写あり



幼馴染で親友のココに、初めて本気になった恋人が出来た。
ココは随分と前に亡くなったオレの姉貴の赤音をずっと引きずってたけど、反社と知っても傍にいてくれる彼女と出会い、その子を本気で愛することが出来たココは今、凄く幸せそうだ。
延々と不毛な関係ばかり持っていたアイツを心配してたオレもやっと肩の荷が下りた気がする。

そんな親友がオレを庇って撃たれてから一カ月。
やっとココの退院する日が決まった。ついでに入院中、ココは驚くことに引っ越しを決めていた。駅前通りは便利だが、治安が良くないと思ったようだ。多分の件があったからだろう。事務所はそのままにして、住む場所だけ同じ渋谷でも、少し奥へ入った高級住宅街の一角にあるマンションへと移すらしい。当然と住むための部屋だ。

「大丈夫か?」
「ああ。サンキュ」

退院したココを迎えに行き、新居となるマンションへと送って来た。は先に住んでるようで、部屋でココが帰ってくるのを待ってるようだ。
オレは車から降りるココに手を貸しながら、目の前の高級マンションを見上げた。この場所はタワーマンションなどの高い建物は禁止されている区間だからか、それほど高さはないものの、その分横に広い。ヨーロッパの美術館を思わせるような変わった外観のこのマンションは、庭も含めてかなりの広さ。なのに部屋数はたったの4世帯というから驚きだ。ココ曰く、これも東卍の所有物件であり、管理はココがしているらしい。その関係で部屋を空けるのは簡単だったようだ。

「イヌピーも引っ越してくりゃいいじゃん。隣…つっても距離はあるけど、部屋は空けてあるから」

ココはそう言ってくれたものの、男一人で住むにはちょっと持て余す広さだけに「オレも彼女が出来たらな」と言っておいた。まあ今まではココのことが心配で、知り合った女とは恋人という関係を築くことはなかった。でもココに大切な子が出来たなら、そろそろオレも本気の恋とやらをしてみるのもいいかもしれない。

ちゃん、今日仕事は?」
「ああ、休んでくれたっぽい。退院の日が決まった時点で、店長にシフト考えてもらったって言ってたし」
「へえ、そりゃ良かったなぁ」

顔を綻ばせているココを見て、ついからかうように笑みを浮かべると、どこか決まりの悪そうな顔で「何だよ」と睨まれた。入院中も散々オレの前でイチャついておいて、今更照れんなよ。
ココに肩を貸して無駄に広いエントランスへ入ると、新築のような匂いがした。この匂いは意外と好きで、嗅ぐとオレも引っ越したくなるから不思議だ。その話をすると、ココは「も同じこと言ってたな」と笑っている。

「へえ、この匂い好きだって?」
「ああ。真新しい匂いってワクワクすんだと」
「おーそれそれ。ちゃん、分かってんじゃん」
「アイツ、本屋の匂いも好きだって言ってたし、匂いフェチかも」
「ココも図書館とか好きだったろ」

ふと昔を思い出して言えば、ココは少し寂しげな笑みを浮かべた。言ってから少し後悔したのは、ココにとって、図書館は赤音との最後の思い出がある場所だからだ。

「そういや…図書館…好きだったな」
「いや…まあ…わりぃ」

何となく思い出させてしまったように感じて、ついそんな言葉が零れ落ちる。でもココは気にした様子もなく「何謝ってんの、イヌピーらしくねえ」と笑い出した。

「オレはもう大丈夫だから」
「…ああ、そうだな」

エレベーターのボタンを押したココは、壁に寄り掛かりながらニヤっと笑みを浮かべた。きっと心を癒してくれる存在がそばにいてくれるから、ココは赤音のことを思い出に変えることができて、過去の自分さえ受け入れることができたんだろう。人を好きになるって、何気に凄いことだと実感させられる。どんなに受け入れがたい悲しみを経験しても、人はまた大切な人ができた時、過去の傷を乗り越えていけるようだ。

「ああ、この部屋だ」

ココは101号室の前で止まり、インターフォンを押した。
101と言っても建物は段差があるような造りになっている為、地下駐車場が一階、エントランスが二階部分に当たり、居住区間は三階からという形らしい。四階部分が部屋の二階に当たるとかで、マンションでも戸建てのような間取りだった。

「お帰りなさい!」

インターフォンを押してすぐドアが開き、が顔を出した。モニターで応答するのも惜しいという様子で、この日を待ちわびていたんだと体全体で表している。ココのことが好きで仕方ないといった様子だ。こういうところが彼女の可愛いとこなんだろうなと笑みが零れた。ココはまあ、言わずもがな。彼女の笑顔を見た途端、支えていたオレの腕を解いて彼女を抱きしめている。ココには本来、こういう一途で純粋な子が合ってると思う。

「ただいまー。荷物はもう片付いた?」
「うん。ココくんが入院してる間に全部やっておいた」
「前の部屋はもう引き払ったのかよ?」
「うん。荷物は先に全部ここに運んだから、昨日、管理会社立ち合いで確認してもらって鍵を返してきたよ」
「そっか」

彼女の話を聞いたココはホっとしたように微笑んだ。
ココからすると、まず元カレとの思い出のある部屋に住まわせておくのは嫌だったのと、仕事場である本屋から前の彼女のマンションまでは駅前通りを歩かなきゃならず、夜ともなると酔っ払ったガキどもが溢れてくるからその辺が心配だったようだ。以前、大学生の男達に絡まれたこともあるだけに、今回の引っ越しの件を急いだのもそういう理由があるんだろう。

――はめちゃくちゃ可愛いから、また変な男がついてくっかもしれねえし。

それを聞いた時はどんだけ恋人バカなんだ?と思わないでもなかったが。

「今、コーヒー淹れるから待ってて」

部屋に入った後、彼女は休む間もなくキッチンへ歩いて行く。
オレとココは綺麗に片付けられたリビングのソファに腰を下ろし、室内を見渡した。どこの高級スイートだと聞きたくなるほどモダンでお洒落な室内だ。家具やカーテンなどの類はどこぞのハイブランドのオンラインショップにて、ココとが二人で選んだらしい。大きな窓にかかっているのもそれかもしれない。裾にレースのあしらわれた真っ白な遮光カーテン。前のココの部屋は黒で統一されていたが、この家はの趣味の方が多く反映されてるようだ。

「はい、コーヒー。ココくんはブラックで、乾さんはお砂糖とミルク一つずつ」
「ありがとう」

オレの好みまで覚えてくれてることに少しのむず痒さを覚えつつ、コーヒーの中に砂糖とミルクを混ぜていく。

「つーか乾さんじゃなく、普通に呼んでくれ。青宗でもいいし」
「え…」
「それはダーメ」
「あ?」

つかさずココが口を挟み、隣に座ったの肩を抱き寄せた。

「オレも名前で呼ばれてねーのに、イヌピーの名前なんか呼ばせるわけねえじゃん」
「……はいはい」

分かりやすい嫉妬を向けられ、思わず吹き出した。別に変な意味で言ったわけじゃねえのに。

「イヌピーはイヌピーでいいから」
「え…イヌピー?」
「ああ、それでいいよ。彼氏・・がヤキモチ妬くから」
「うっせえな」

少しの嫌味をぶつけると、すぐにココもムキになるんだから面白い。彼女は照れくさそうに「じゃあイヌピーくん」と笑いながら言った。まさかあだ名で、しかも今度はくん付けされるとは思わなかったけど、彼女らしいから、まあいいかと思う。

「あ、二人ともお腹空いたでしょ。今すぐ用意するね」
「え、引っ越し蕎麦?」
「ううん。今日はココくんが食べたがってた物だよ」

はそう言ってキッチンへと戻っていく。ココが食いたがるのは彼女の作った物は何でもだろうと思う。
病院食はマズくもないが美味くもない。そんな感じでウンザリしてたようだから、入院中は彼女に散々強請ったんだろうなと安易に想像できてしまう。

「んじゃあ、飯が来るまでちょっと飲んでる?」
「は?オマエ、病み上がりなのにいいのかよ」

ココがソファから立ち上がったのを見て、手を貸そうとしたら「大丈夫。一人で動けるって」と苦笑された。
傷口は塞がったものの、出血多量であと少し遅かったら死んでいたと言われるくらいには重症だったココは、長い間ベッドに縛り付けられることになった。そのせいで体力がかなり落ちたとボヤいていたが、リハビリの甲斐もあって、一人で歩けるくらいまで体力も戻ってきたようだ。

「病み上がりだから飲みたいんだよ」

そうココが言った時だった。が「これでも飲んで待っててね」と、トレーの上にビールグラスと缶ビール。簡単なツマミを乗せて歩いて来た。さすがココの欲しいものはちゃんと分かってるようだ。

「お、サンキュー」
「でも飲みすぎないでね。体がビックリしちゃうから」
「分かってるって」

そんなやり取りの後、またはキッチンへ。ココは受け取ったトレーをテーブルに置くと、グラスにビールを注いでオレの前へと置いた。

「何ニヤニヤしてんだよ、イヌピー」
「いや…。何かすっかり夫婦みたいだなーと思ってただけ」
「……夫婦…いい響きかも」
「オマエもニヤケてんじゃねえよ」
「うっせえ」

互いにいつものノリで言葉を返しながら、グラスをカチンと合わせた。

「退院おめでとう、ココ」
「サンキューな、イヌピーも色々と」

それはオレの台詞なのに、ココは何ともないような顔をして笑う。その顔を見てたら、次こそはオレがココを守らないといけねえなと思った。
とりあえずココがいなかった間の組織の動きや、襲ってきた連中の末路などを簡単に報告していると、キッチンの方からすげえいい匂いが漂ってきた。

「あー腹減ってきた…」
「オレも。何か久しぶりだわ。家庭料理の匂いって。ずっと消毒液の匂い嗅いでたし」

三本目の缶ビールを開けたところで、オレとココの腹が情けない音を上げて。互いに顔を見合わせたところで吹きだした。
そこへが「お待たせしました」と、さっきよりも少し大きめのトレーを運んでくる。その上には和食屋で出て来るような蓋のついた丼ぶりとお椀、漬物が乗った小皿が乗っていた。はそれらを丁寧にテーブルへ並べていく。高級そうな割りばしを可愛いウサギの形をした箸置きに置いたところで、彼女はココの隣に座って「ココくん退院おめでとう」と微笑んだ。ココも嬉しそうに微笑み返すと「食っていい?」と早速箸へ手を伸ばしている。

「食べて食べて。イヌピーくんも」
「じゃあ…頂きます」

お言葉に甘えてオレも箸を手に取ると、丼ぶりの蓋を取る。その瞬間、ふわりと出汁のいい香りが鼻腔を刺激して、またしても腹の音が鳴った。

「え、これ…」

丼ぶりの中身を見て少し驚いた。ココは分かっていたのか「前に話したやつだよ」と笑っている。

「マジか…ってか噂通り美味そ~っ」

以前、ココに「の作る親子丼が絶品だ」と自慢され、その時からずっと食いたいと思っていたもの。それが目の前にある親子丼だ。
あれ以来、外食先で見つけるたびに食べてみたが、せいぜい普通に美味いといった程度で、ココの言うふわふわのトロトロ感はあまり感じなかった。
どうやらココはオレが彼女の親子丼を食わせろと言ったことを覚えててくれたらしい。

「うま…」

一口食べてココの言っていたことが本当だと実感した。出汁の効いた甘じょっぱさと、トロトロの卵の絡み具合が絶妙で、そこにアクセントとしてふわふわの鶏肉がマッチしている。これまでどの店で食べた親子丼より、一つ二つ頭が抜きん出ている美味さだった。

「いや、マジで美味い。ちゃん、天才?」
「え、大げさだよ…」
「んなことねえよ。の作る飯は何でも美味いって。店出せるレベル。あ、でもダメ。他人に食わせたくねえし」

ココは一人で勝手に盛り上がっていて、が照れ臭そうに笑っている。そんな仲のいい二人を見てると、オレも本気で恋人が欲しくなってきた。

も飲めよ」
「え、でも片付けあるし…」
「んなの後でいいって」

ココは彼女にも強引にビールを注いで乾杯している。まあココの場合は外傷ってだけだから、傷が塞がってる今はアルコールを摂っても問題はないが、久しぶりに飲んだということで、たかがビールでも軽くほろ酔いしてるみたいだ。腹も膨れた後は、子供みたいに彼女の膝の上でうたた寝してしまった。

「あ~あ。ココのヤツ、締りのねえ顔しやがって」

食事を終えた後、ちゃんと軽く飲みながら話していたが、ココが甘えるように彼女の腰へ抱き着くのを見て苦笑が漏れた。案の定、彼女は物凄く恥ずかしそうな顔をしている。

「ああ、じゃあオレはそろそろ帰るよ」
「え…帰っちゃうんですか?」
「せっかく退院したんだし、二人きりの方がいいだろ」

からかうように言えば、は更に頬を赤らめている。

「じゃあ飯、ごっそーさん。マジで美味かったわ」
「いえ…あの、またいつでも夕飯食べに来て下さいね。今度はイヌピーくんの好きな物も作るんで」
「そりゃ楽しみだ」

なんて言いつつ、その時はまたココにブツブツ言われそうだと内心苦笑が漏れた。あんな素直なココを見るのはガキの頃以来かもしれない。

「じゃあ、ココのこと頼むな。地味に寂しがり屋だから、たまに甘えさせてやって」

玄関まで送ると言うを制止して言えば、彼女は恥ずかしそうに頷いて「でもわたしの方が甘やかされてます」と笑っている。その幸せそうな笑顔を見て、オレも本当の意味で安心した。
ココも、そしても幸せなのが一番いい。
二人の仲睦まじい姿を見て、どこか心があったかくなったオレは、ほっこりした気分で部屋を後にした。

「ハァ~。どっかで飲み直すか…」

部下の運転する車へ乗り込みながら、ふと考える。
思いがけず、人恋しい夜になってしまった。



△▼△


「ん…あれ…オレ、寝ちゃってた…?」

イヌピーくんが出て行ったすぐ後、ココくんがかすかに寝返りを打って目を開けた。どうやらドアの閉まる音で目を覚ましたらしい。

「30分くらい寝てたよ」
「マジ…え、イヌピーは?」

軽く目を擦りながら体を起こしたココくんは、さっきまでいた彼の姿がないことに驚いたようだ。

「今ちょうど帰ったとこ」
「は?帰ったんかよ、イヌピーのヤツ…起こしてくれればいいのに」
「退院したし二人きりの方がいいだろだって」

苦笑気味に教えると、ココくんも同じように苦笑いを浮かべて「物わかり良すぎだよな、アイツ」と言いながらわたしを抱き寄せた。

「まあ、早く二人きりにはなりたかったけど」
「え…ん…」

ドキッとした瞬間、口づけられて、思わずココくんのシャツを掴むと、ゆっくり後ろへ倒されていくのが分かった。背中がソファに沈み、ココくんの体重を受け止める。
何度も縫うようなキスをされて、頬に添えられていた手が首の後ろへ差し込まれると、それだけでゾクリとしたものが走った。

「部屋整えるの大変だっただろ」
「…ううん。結構楽しんでやれたよ」

キスの後、ココくんは改めて室内を見渡している。正直、荷物の受け取りから設置、全部の部屋を整えるのは時間がかかったけど、ちっとも大変だと思わなかった。むしろこの部屋でココくんと住めるのかと思うだけで幸せで、前の部屋を早く引き払いたくて仕方なかった。こんな高級ホテルみたいなマンションに住めるなんて、未だに信じられない。

「今日から宜しくな、
「…こちらこそ」

額を合わせながらココくんが微笑むから、わたしも自然に笑顔になる。またくちびるが触れあって、それは少しずつ啄むものへと変わっていく。久しぶりにこんなに長く触れあうから、すぐに体が熱を放ちだして、ココくんの体からも火照りを感じた。彼の指が繊細に動いて、わたしの肌を暴いていく。胸の膨らみも、少し平らな腹部も、敏感に硬くなった場所も。丁寧に這う手のひらが愛しい。
すっかり潤んだ場所に侵入してきたココくんの細くて骨ばった指が、ナカで厭らしく動くたび、わたしの脳は熱で溶かされていくような感覚になった。すっかりココくんじゃないとダメな身体にされてしまってる。余裕のない様子でわたしのナカへ入りたがるココくんが凄く愛おしくて、彼の首へ腕を回せば、長いピアスがくちびるを掠めていった。

「……可愛い。もうイった?」

夢中で腰を動かしながらもココくんが息を乱して囁く。艶のある声にゾクゾクして、また好きだという気持ちが溢れてしまうのを止められない。

だから――わたしは知らないふりをする。
寝室にしまったココくんの荷物の中に、元カレのパスポートを見つけてしまったことを。
あれがなければ海外へ逃げることは出来ない。それを見た時、何故か全てが腑に落ちてしまった。
でも、わたしは結局、それを見て見ぬふりをした。
ココくんの――共犯者になる為に。

「…好き…」
「…オレもが好き」

一ミリの隙間もないくらい体を繋げあって想いを口にすると、ココくんも切なげに吐息を洩らす。この瞬間があれば、過去なんてもうどうでもいい。
ココくんさえいれば、わたしはそれで十分幸せで、二度目の恋がココくんで良かったと思う。
身も心も、ココくんの罪と一緒に堕ちていきたい。
それがわたしの選んだ幸せだ。



※親子丼+番外編、リクエストありがとう御座いました🥰