-02-オレだけの女の子
を単なる幼馴染じゃなく、ひとりの女の子として大切に想って来た。我がまま放題のオレの言うことを、真一郎やエマは聞いてくれなくなったのに、だけは違う。
ありのままのオレを見てくれて、受け入れてくれる。たったひとりの女の子――。
朝、散々文句を言われたのにも関わらず、オレは夜になってまたベランダを乗り越え、の部屋のベランダへ侵入した。ケンチンとこに遊びに行く前に、に借りていた映画のDVDを返そうと思ったからだ。玄関から来いとは言うけど、いちいち遠回りするより、ベランダからなら秒での部屋に行ける。時短だし、と心の中で言い訳しながら、の部屋の窓を開けた。
「あれ、鍵かかってねーじゃん」
カーテンは閉まっていたものの、鍵はいつも通り開いている。結局もそういうとこが雑だから、オレとしては助かってるけど。
「おい、。いるー?」
カーテンを開けて部屋の中を見渡すと、返事こそなかったもののはベッドにいた。まだ寝るには早いし、服を着たままなのを見れば、うたた寝といった感じだ。見ればの顏の下には雑誌が広げたままだから、見ている内に寝てしまったのかもしれない。オレは遠慮もなく部屋に入ると、持っていたDVDを机の上に置いた。
「なーんだ。感想言ってやろうと思ったのに」
に面白いからと勧められて見た映画だったけど、ホラーサスペンスというわりに何故そうなるのかってオチというか理由がよく分からないまま終わってしまった。何事もハッキリさせたいオレの性格上、そこが気になっていまいちだったから、その辺はどう解釈してるか聞きたかったのに。
ベッドに腰をかけての顔を覗き込むと、小さな寝息が聞こえて来る。
こんな時間から寝ちまったら後で寝られなくなるんじゃねーの?と思いながら、しばらくその寝顔を見ていた。ふと目についたのはの爪に塗られたマニキュアだ。去年まではこんなもの塗ってなかったのに、中学に入った途端、エマと一緒になってお洒落をするようになった。マニキュア以外にも口紅やらアイシャドウやら、つけまつげだとか、メイクにまでこり出して、すっかり今時の女子中学生ってやつになっていってる。部屋の中もがらりと変わって白で統一された女の子らしい部屋になってきてるし、ふわふわのラグマットもいつの間に買ったんだか。
女の子の方が心の成長は早い、なんて真一郎が言ってたけど、本当みたいだ。
「もそのうち彼氏なんか連れて来て紹介されんじゃねーの?いいのか?マンジロー」
真一郎にからかわれて、その時は「関係ねー」なんて言っちまったけど、実際そうなったら凄く嫌だと思った。エマが彼氏欲しいなんてことを言い出した時は笑ってられたけど、が彼氏欲しいなんて言い出したらオレは笑える自信がない。に彼氏が出来たら、オレがこんな風に部屋へ来ることも出来なくなるんだろうか。朝ご飯を一緒に食べたりも出来なくなるのか?そう考えたら凄く不愉快な気持ちになった。
今日までオレだけの女の子だったのに、後から知り合った男のものになるなんて、そんなの変だろ。物心ついた時から一緒にいて、これからもずっとオレの傍にいる存在なんだと、根拠もないのにそう思ってるから、どっかの知らない男に盗られるとかありえねえ。オレの知らない男にが触れられてるところを想像するだけでムカついて来る。さっきのような下着姿をソイツにも見せる時が来るかもしれない。そんな想像するだけで胸の奥が焼けるように痛んだ。あんな姿を他の男に見せるとか許せねえだろ。
「…他の男に盗られない方法ねーのかな」
そんな答えの出ないことを考えつつ。の頬にかかった髪をそっと避けてやると、色白な首元が見えてドキっとした。
「ん…」
くすぐったかったのか、はかすかに顔を動かし何やらむにゃむにゃ言っている。それが可愛くてオレは笑いを噛み殺しながら、の口元に耳を近づけた。
でも何を言っているのかまでは聞き取れない。その時、がオレの方に顔を向けた。長いこと一緒にいるけど、こんな間近での顔を見たのは初めてだ。
つけまつげなんかしなくたって長いまつ毛が目の前に見える。それにふっくらと美味しそうな唇も。そこに口付けてみたくなるのは、男の本能ってヤツだろうか。今なら数ミリ近づくだけで互いの唇が重なる距離だ。でも、これって勝手にしちゃいけないよな、とオレの中の理性がブレーキをかける。でも触れてみたい欲求は増幅していくばかりで、オレは間をとって指での唇に触ってみた。
「柔らけぇ…」
ぷにっとした感触が指から伝わって来て、また心臓がドキドキうるさくなってきた。
「女の子のくちびるって、こんな柔らかいんだ…」
その感触に少しばかりビビりながらも、ゆっくりと唇を近づける。唇で触れたら、それはもっと気持ちがいいような気がした。
「…ん…」
その時、の顏が動いて、オレはハッと我に返った。危ない。もう少しで勝手にキスをしてしまうところだった。
「…ん?…まんじろ…?」
「…お、おう」
が薄っすらと目を開け、オレを見上げている。まだ少し眠たいのか、その瞳は気だるそうに何度か瞬きをした。今のオレにはその表情ですら、簡単に理性が崩される。
「あ…また勝手に入って来て…」
は欠伸を噛み殺して上半身を起こすと、今朝のようにまた文句を言って来た。
「だって鍵が開いてたし」
「だからって入って来ないでよ…」
は不満げに唇を尖らせてオレを睨んでる。でもオレはその唇を見て、触れた時の感触を思い出し、ドキっとしてしまった。触れたいのに触れられない今の関係は、オレの気持ちを少しだけ憂鬱にさせた。オレはと、どうなりたいんだろう。
そう考えた時、幼馴染よりも少し先の関係を想像してみた。脳内で、とキスをする光景が浮かんだ瞬間、一気に耳まで熱を持つ。
「万次郎…?どうしたの?耳もホッペも赤いけど」
「…別に…何でもねーよ」
肩越しに顔を覗き込まれて、うるさい心臓が余計に跳ねた気がした。頬に触れるの髪がやたらといい匂いがするのも反則だ。
「万次郎、何か変…」
「変じゃねぇって…ちょ、近い…」
顏だけ向けた瞬間、またしても至近距離にの顏があってギョっとする。も驚いたのか、その大きな目を更に大きくして、照れ臭そうに視線を反らした。そんな反応をされるのは、今のオレには良くないかもしれない。
「あんま近寄んな…犯すぞ」
「…な、何言ってんのっ?」
冗談半分、でも少しの本気を混ぜた言葉をぶつけたら、背中を思い切り殴られた。
「いってーな…力任せに殴んなよ」
「万次郎が変なこと言うからでしょっ?どこで覚えたのよ、そんな台詞」
「ケンチン」
「はあ…ドラケンくんの悪影響か…。万次郎がどんどん悪い子になってく」
「は?ガキ扱いすんな。同じ歳のくせに」
にガキ扱いされると、やたらとムカつく。オレだって男なのに、こうして体が密着しててもコイツは何も感じてない気がする。
幼馴染ってヤツは、案外厄介かもしれねえな、とこの時、しみじみ思った。