-03-きみが幸せならいいなんて言えるほど大人じゃないもの


1.

去年の夏、万次郎が東京卍會というチームを結成した。幼馴染の圭介や春千夜、小学校の時に仲良くなったドラケン。ドラケンくんの友達の三ツ谷くん。圭介の友達の一虎くん。そしてどこで知り合ったのか分からないけど花垣武道っていう年下の男の子、あと万次郎にしょっちゅうケンカを売りに来てたパーちんとぺーやん。彼らと作ったチームだ。万次郎は真にいの影響で暴走族のトップになった。
それ以来、万次郎は少し変わったような気がする。時々大人びた表情を見せることが増えて、髪を伸ばし始めた。

「…え、手作りスイーツ?」

エマが読んでた雑誌から顔を上げてわたしを見た。

「うん。もうすぐバレンタインでしょ?だから今年はチョコじゃなくて手作りのスイーツに挑戦して真にいや万次郎にあげたいなあと思って。たまには趣向を変えようかなと」
「いいね!きっとの手作りなら真にいもマイキーも喜ぶよ。ウチも作ろうかなあ。東卍の皆にもあげたいし」
「え~エマはドラケンくんだけにあげたいんじゃないの?」
「えっ?な、何で…?」

笑いながら肘でつつくと、エマの頬が赤くなってる。こういうとこ可愛いなあって思う。小学校の時に知り合ったドラケンくんは見た目はいかついけど凄く優しい男の子だ。そのドラケンくんにエマが密かに想いを寄せてるのを気づいてるのは今のところわたしだけだと思う。
エマは一つ年下だけど、お互い年頃の女の子らしく、二人で会うと自然とお洒落の話にも花が咲く。新しい靴を買ったとか、今度、一緒に服を買いに行こう、とか、可愛いアクセサリーが載った雑誌を一緒に見たりだとか。でも最近は男の子の話題も良く出るようになった。

「ドラケンくん、万次郎と中学同じになってから毎日つるんでるもんね」
「うん、毎朝迎えに来るもん」
「ふーん。エマってば嬉しそうじゃん」
「え?」

ドラケンくんの話をすると、エマはすぐに頬が赤くなる。彼のことが好きなのはバレバレって感じなのにバレてないと思ってたらしい。

「好きなんでしょ?見てたら分かるもん」
「え、そ、そんなに分かりやすい?ウチ」
「うん、まあ…」
「うー恥ずかしい…」

頬を染めて恥ずかしがるエマは本当に可愛い。恋をすると綺麗になるって聞くけど、エマを見てるとあながち嘘じゃないんだなと分かる。前よりもどこかキラキラしてる気がして少し羨ましくなった。

は?好きな人いないの?」
「好きな人…かあ。まだ良く分かんない。男の子を好きになるって、どういう感じ?」
「うーんとね。会えるだけでドキドキしたり、話せたら凄く嬉しくて、胸の奥がキューンってなる感じ」
「キューン…?」
はなったことない?」

ない、と言えばない。でもわたしだってこれでも初恋ってやつは経験済みだったりする。

「……昔は、そういうのあった気は、する」
「え、誰、誰?ウチの知ってる人?」
「ま、まあ…」

わたしの初恋は今思えば真にいだった。黒龍の総長になる前もなった後も万年フラれ男なんて周りからからかわれてたけど、わたしは子供の頃から優しい真にいが大好きだったのだ。

「あ…もしかして…真にい?」
「うん」

勘のいいエマはすぐに察したようだった。身近にいたエマなら、きっとわたしの微妙な態度の変化とかで気づいたのかもしれない。

「真にいのどこがいいんだろーって思ってた」
「…ひどい」
「うそうそ。真にいは優しいし、普段はバカなことばっかりしてるけど、ほんといざって時はカッコいいんだよねー」
「うん」

何度も女の子にフラれて落ち込んでる真にいを慰めようと「わたしが大きくなったら真にいのお嫁さんになってあげる」なんて、ませた台詞を言ってしまったことがある。てっきりガキは嫌だなんて言われるかと思っていたら、真にいは意外にも嬉しそうな笑顔を見せてくれて、その後でぎゅーっと強く抱きしめて頭を撫でてくれたっけ。

"は将来、オレのお嫁さん候補だもんなー?"

事あるごとにそんなことを言っては抱っこしてくれて、わたしもそれが凄く嬉しくて、本当に真にいのお嫁さんになりたいって思ったのも覚えてる。真にいは子供の私に合わせてそんなことを言ってくれてたんだろうけど、それでもわたしにとっては初めてのドキドキをくれた人なのだ。でもよく考えたら真にいが10歳年下のわたしを選んでくれるはずもなく。一昨年の夏、やっと彼女が出来たなんて嬉しそうに報告されてしまって、初恋は初恋のままで終わった。

「まさか万年フラれ男の真にいがあんな可愛い彼女出来るなんて思わなかったなー」
、大丈夫?」
「うん。もう平気。そのうち真にいより素敵な人見つけて、真にいがヤキモチ妬くくらいラブラブカップルになってやる」
「あはは!そうだねー!真にいはのことめちゃくちゃ可愛がってるから、きっと悔しがるよ」
「真にいが嫉妬するくらい素敵な人、誰かいないかな」

そう言って笑いながら、ふと自分の周りにいる男たちを思い出す。でも頭に浮かぶのはイケメンだけどヤンチャが過ぎる幼馴染たちと、東卍のメンバーくらいだ。

「身近にマイキーしか男いないもんねー
「え、その限定やめて。万次郎は幼馴染だし傍にいるのは当たり前になってるもん」
「ふーん。でも今年はバレンタインに手作りスイーツをあげるんでしょ?それって…」
「べ、別に深い意味は…」
「そっか。あ、ウチもドラケンに甘いもの好きかどうか訊いてみよ」

エマは嬉しそうにケータイを出してドラケンくんにメールを送っている。いつの間にメアドを交換したんだと思った。

「でもマイキー以外で言えば…やっぱ東卍メンバーくらいだよね。傍にいる男の子って」

メールを打ちながら、エマが笑った。

「うーん…やっぱ万次郎とか東卍のメンバー見てるから、学校の男子っていまいち弱そうって思っちゃうのがいけない…」

別にケンカに強ければいいというわけじゃなく。頼もしさというか、強いからこその自信とか、そういうものをクラスの男子には感じられないのだ。そもそも万次郎の幼馴染という理由で、わたしは何気に周りから敬遠されている。万次郎を筆頭につるんでいるのは不良といった目で見られてるから仕方ないことだけど。

「そうだよねー。それ分かる!ウチも似たようなもんだし、子供の頃から黒龍のメンバーとかも見てるから…って、あ、じゃあ黒龍のメンバーは?若くんとか、ベンケイさんは……ないか」
「それ酷くない?」

何気に失礼なことを言うエマに笑ってしまう。真にいが今も仲のいい黒龍の初代メンバーはしょっちゅう佐野家に来てはバカ騒ぎをしてる。

「その前に若くんもベンケイさんも大人だし、私みたいな子供なんか相手にしてくれないってば」
「まあ、そっかー。23歳だもんね…。じゃあ、東卍のメンバーは?三ツ谷くんとか、優しくていいんじゃない?面倒見良さそうだし」
「あーそうかも。子供にも優しいもんね」
「それか…あと場地とか春千夜はどうなの?にとって。小さい頃からマイキーとよく4人で遊んでたじゃん」
「圭介は彼氏って感じはしないかなぁ。春千夜は昔から弟キャラって感じ」
「そうなの?と場地って仲いいのに。春千夜は何となく分かる!最近ケンカっぱやくなってヤンチャに拍車がかかってるけど。まあ…でもが場地を選んだらマイキーがそれこそブチ切れるだろうしなぁ」
「え…何で?」
「何でって…そりゃ…」

エマは笑いながらモゴモゴと言っていて何を言ってるのかまでは聞き取れない。その後に話を変えられて、エマが何を言おうとしていたのかは分からずじまいで。
結局、一番身近で彼氏に向いてるのは三ツ谷くんということで落ち着いた。





2.

「は?三ツ谷?」
「うん。彼氏にするならやっぱ三ツ谷くんが一番、優しくて頼りがいありそーだねーって結論で終わった」

エマはニヤニヤしながらオレの顔を覗き込んで来る。その挑発的な態度がムカついて思い切り鼻をつまんでやった。

「いたたたっ痛いよっマイキー!」
「そら痛くしてっからなー」
「もぉー!女の子の顔を何だと思ってるの!そんなんじゃにフラれるからねーだっ」
「はあ?もっかい鼻つまんでやろーか?!」
「べーだ!」

エマは思い切り舌を出して夕飯の準備をしている真一郎の後ろへ隠れた。こういう時、エマはすぐに兄貴を頼るからムカつく。

「おい、万次郎。あんまエマをイジメんなよ?女の子の顔に乱暴すんな」
「女の子ってガラじゃねえじゃん、エマなんてまだガキだし」
「自分だってガキだろー?」
「……む」
「もっと女の子に優しくしねえと、エマの言うようにも他の男に盗られちまうぞ」
「うっせーなぁ。何でいちいちの名前出すんだよ」
「え、だってオマエ…好きなんだろ?のこと」
「……ぐ…」

鍋をかきまわしながら真一郎がさも当たり前のように言ってきた。そりゃのことは好きだし大切な存在だ。でもそんな話をした覚えはないのに何でバレてる?

「あれ、オマエ、バレてねえと思ってたのかよ」
「…あ?」
「オレはもちろん、ワカやベンケイまで気づいてっからな?」
「…チッ。"大人組"かよ…」
「ウチはすーぐ気づいたけどねー」
「エマはませてっからなー」

真一郎は笑いながらエマの頭を撫でてる。そこへじいちゃんまで顔を見せて「ワシも知ってた」と笑うから嫌になる。何なんだ、佐野家!

「みんなしてうるさい。オレとは好きとかフラれるとかそーいう次元じゃねえから」
「何よ。じゃあ、どーいう次元なの」

エマが頬を膨らませて睨んで来る。一丁前に兄ちゃんを睨むとか、生意気なのは昔とちっとも変わらねえ。そんなことを思いながら今の質問に答えてやった。

「アイツはオレのもんだし、他の男に盗られるとかの次元じゃねえってことだよ」
「出た~。マイキーの唯我独尊発言…これだからマイキーは…って、どこ行くの?」
「ホーク丸で流してくるだけだよ」
「おい、マンジロー!もうすぐ夕飯できんぞー」
「すぐ帰って来るよ!」

イライラした気分を吹き飛ばさないと夕飯を食う気にもなれない。そう思いながら外に出ると愛機のホーク丸にまたがってエンジンをふかす。チラっとの部屋を見上げれば、まだ暗いままだった。

「アイツ…こんな時間までどこほっつき歩いてんだよ…」

ふと電話してみようかとケータイを出す。もし帰って来る途中なら迎えに行ってやろうかと思った。

「…何で出ねえの?」

呼び出し音は鳴るのに一向に出る気配がない。いったん切ってケータイをポケットに突っ込むと、オレはホーク丸を走らせた。どうせこの時間アイツが行く場所は決まってる。近所のコンビニか、本屋とDVDレンタルがくっついた店で立ち読みしてるかのどっちかだ。オレはそのまま目的地のある大通りに向かった。バイクで行けばほんの五分。でも、もう少しで目的地ってとこで信号に引っかかった。

「チッ…早く青になれよ…」

そうボヤきつつ、すれ違いにならないよう駅前通りに視線を走らせる。でも歩道を歩いている奴らの中にの姿はない。そう思って信号へ視線を戻そうとした時だった。見覚えのあるパープルカラーの髪をした人物が視界に入って、すぐに視線を戻した。

「…三ツ谷?あんな店で何やって…」

そこはお洒落なカフェだった。その店の窓際の席に三ツ谷がいて、誰かと楽しそうに話してるのが見えた。

「は…?」

驚いたのは、三ツ谷が笑顔を向けてる先にいたのがだったからだ。ふたりは向かい合って座りながら、何やら楽しそうに話していた。

――彼氏にするならやっぱ三ツ谷くんが一番、優しくて頼りがいありそーだねーって結論で終わった!

さっきエマに言われた言葉がぐるぐると頭の中を回って、心臓が嫌な音を立てた。まさかすでに三ツ谷と?そう思うだけで胸の奥がキリキリ痛みだして不快なものがこみ上げて来る。はオレのなのに、他の男と笑いあってるなんて悪夢でしかない。

"ほらー言わんこっちゃない"

頭の中でエマが意地悪く笑ってる。視界がぐにゃりと曲がって、オレの中で何かが崩れていく音が聞こえた気がした。