-04- どれだけそばにいても僕のものじゃないなら意味がないんだ




「じゃあホントにありがとう、三ツ谷くん」
「いや、あれくらいオレで良ければいつでも言って」

カフェを出て、再度お礼を言うと、三ツ谷くんはニコニコしながら頼もしいことを言ってくれた。

「じゃあ、また――」
「あ、送ってこうか?」

歩きかけた時、三ツ谷くんが振り向いた。

「もう暗いし」
「でもまだ7時過ぎだし大丈夫だよ。本屋にも寄りたいから」
「そう?でも気を付けてなるべく早く帰ってな」
「うん、ありがとう」

三ツ谷くんは最後まで優しい。笑顔で手を振る彼にわたしも手を振ると、本屋に向かって歩き出した。
三ツ谷隆くんは原宿の方でも有名な不良って話だけど、ドラケンくんと変な縁で知り合って以来の友達らしく、中学に上がった頃には万次郎ともよくつるむようになっていた男の子だ。普通にしてたら正統派のイケメンなのに、髪をパープル系に染めて左耳にはピアスまでしてる。(大人だ!)
なのに手芸が趣味で――聞いた時は凄く驚いたけど――まだ小さな妹たちを面倒見てる優しいお兄さんの一面も持っている不思議な男の子だ。だからなのか同じ歳なのに凄く落ち着いてる気がする。わたしもあんなお兄さんが欲しかった。

「さむ…」

この時間ともなるとかなり北風が冷たくて、マフラーくらいして来れば良かったと後悔する。駅から家路につこうとしている人混みに紛れつつ、目的の本屋へ入ると、そこはしっかり暖房がついていて天国のような暖かさだった。冷えた手を擦りながら、三ツ谷くんにすすめられた手芸の本を探した。

「えーと…あ、あった。これだ」

目当ての本を見つけて手に取ると、中をパラパラめくってみる。簡単な裁縫で出来るものばかりで、さすが三ツ谷くんだと感心した。これなら初心者のわたしでも作ってみようかなって気になるし、実際ミシンさえあれば手軽に色々と作れそうだ。

「やっぱり買おうかなー。一冊あるとだいぶ便利だし」

そう決心してレジに向かう。元となる生地は買ってあるから、後は縫うだけだ。

「万次郎、喜んでくれるかな」

支払いを済ませてお店を出ると、また吹き付ける北風に顔をしかめつつ、ふと幼馴染の顔が浮かぶ。この前、バイクで走ってた万次郎が「首が寒い!」と連呼してたのを思い出して、バレンタインにネックウォーマーなるものをプレゼントしようと思ったのだ。売っているのを買おうかとも思ったけど、今年のバレンタインはスイーツも手作りのものをあげようと決めたし、ならプレゼントも手作りであげたいと思った。そこで思い出したのが三ツ谷くんの存在だ。彼は不良なのに学校では手芸部だと前に話してたのを思い出した。そこで教えてもらってたものの、一度も送ったのことのないメッセージを三ツ谷くんに送った。三ツ谷くんは東卍の特攻服も作るくらい裁縫も上手いから、色々と教えてもらおうと思ったのだ。

――オレでいいなら喜んで。

そう返事がきて今日の夕方、会う約束をした。おかげで色々と話も聞けたし、実際に三ツ谷くんが作った妹たちのバッグなどを見せてもらって、わたし的には満足だった。もしネックウォーマーが上手く出来たら、他の物も何か作ってみたい。そんなことを考えながら家の近くまで来た時、角のコンビニ前に数人の学生服を着たガラの悪そうな男の子たちがいて、その中の一人と目が合ってしまった。学区の違う制服を着ている彼らはこの辺の住人じゃない。でも東卍のメンバーでもなかった。見たことがない顔ぶれだ。

(困ったなァ…あの角を曲がらないと家に帰れないのに…)

わたしや万次郎の家は、コンビニ横の道を曲がって真っすぐ行った先にある。でもその不良達はわたしを見ると、何やらヒソヒソ話しだして嫌な感じだ。絡まれませんように、と願いつつ、その不良達の横を通り過ぎる。でも案の定「なあ、彼女ー」と不良の一人が声をかけて来た。仕方なく足を止めて振り返ると、声をかけて来たらしい男が一人でわたしの方へ歩いて来る。東卍のメンバーは慣れているものの、やっぱり知らない不良は普通に怖い。いったい何の用だと思っていると、目の前まで来た男がわたしの制服を指さして言った。

「その制服…マイキーってやつと同じ学校のだよなあ?」
「…え?」

いきなり万次郎の名前を出されて驚いた。この不良達は万次郎の友達かと一瞬だけ思ったけど空気的にそんな感じもしない。

「な…何ですか…」
「マイキーんちってこの辺って聞いたんだけどさぁ~。オマエ、知ってる?」

男はニヤニヤしながら訊いて来た。彼らはどう見ても上級生に見える。そんな人たちが年下の万次郎にある用事なんて一つしか思い当たらない。

「万次郎に何かする気なの?」
「あ?オマエ…マイキーの知り合い?ああ、もしかして彼女?」
「ち、違います!…っ痛…」
「嘘つくなよ。怖い顔しちゃって」

いきなり腕を掴んできた男は、更にニヤニヤしながらわたしの顔を覗き込んで来る。彼の体からはかすかに煙草の匂いがした。

「へえ。よく見りゃすげー可愛いじゃん。どう?オレ達とイイことしない?」
「な…は、放して…っ」

振りほどこうと必死に腕を動かしても力じゃ敵わない。ズルズルと引きずられ、足を踏ん張ってもあまり意味がなかった。

「なあ、ここで待つより、この女さらって呼び出した方が早くね?」
「いいねえ。ついでに輪姦まわしちゃおうぜ。オレらの後輩ボコった罪はソイツの女で支払わせりゃいーんだよ」
「……っ」

男達の会話にギョっとした。いくら呑気なわたしでも意味くらいは分かる。顔から血の気が引いて足が震えてきた。上級生とはいえ、ホントに同じ中学生の言うことかと驚いてしまう。言動だけはいっぱしの大人のソレだ。

「やだ!…放してってばっ!」
「静かにしろよ!」

幸いここはコンビニ前で人通りもある。大げさに大きな声を上げて騒いだ。でも大人達はこっちをチラチラ見るくらいで、助けてくれる気配がない。

(あの時と同じだ…)

ふと怯えた顔で通り過ぎていく大人たちを見て、5年前のことを思い出した。当時小学校低学年だったわたしは学校帰り、特攻服を着た男数人に声をかけられた。

――ねえ、君さあ。この辺に佐野って家があると思うんだけど場所知ってる?

あの時もそんな質問をされて、子供だったわたしはつい頷いてしまった。真ちゃんのお友達かと思ったのだ。当時は真ちゃんも現役で黒龍の総長だったし、特攻服を着たお兄さんたちが真ちゃんの家に出入りしていた。だからてっきり彼らも仲間の人なんだと勘違いをしたのだ。わたしが頷くのを見た彼らは「じゃあ案内してくれるかなー」と言って、いきなりわたしの手を掴んで歩き出した。いきなり知らない人に手を引っ張られ、驚いたのと同時に多分怖くなったんだと思う。つい大きな声で叫んでしまった。

――やだ!放して!

叫ばれたことで男達も焦ったのか「うるせえ!」と突然怒鳴って来た。ますます怖くなったわたしはジタバタしながらも近くを歩いていた大人達に助けてって言った。でも明らかにこっちを見ていたはずの大人たちは一斉に視線を反らした。あの時の絶望感は言葉では言い表せない。

"もし危ない目にあった時、近くに大人がいたなら大きな声で助けを求めなさい"

そう話していた学校の先生は、無視をされた時の対処法までは教えてくれなかった。でもその時、たった一人だけ、わたしを助けに入ってくれたのが――。

「おい!そこのニキビ面!」
「あ?」
を放せ!」

――万次郎だった。

「…ま…まんじろ…」

万次郎は乗っていたホーク丸を乗り捨てると、真っすぐこっちへ走って来た。そのせいでホーク丸が傾き、道へと倒れてガシャンと派手な音を立てる。なのに万次郎は意にも介さず、地面を蹴り上げるとわたしの腕を掴んでいた男のこめかみに右足をヒットさせた。凄い勢いで男が吹っ飛び、手を掴まれていたわたしまでが一緒に倒れそうになる。でも後ろから伸びて来た腕に引き寄せられて、気づけば万次郎の顔を見上げていた。

「…大丈夫かよ」
「ま…万次郎…」
「ちょっと待ってろ。アイツらボコしてくっから」

万次郎はそれだけ言うと「テメェが無敵のマイキーかっ?!」と殴りかかって来た男3人の攻撃を上手く交わして次々に倒していく。ケンカが強いのはもちろん知っていたけど、小学生の頃の比じゃない。昔も小学生の万次郎が高校生くらいの暴走族たちを圧倒的な強さで倒してしまって驚いたけど、あの頃よりもますます強くなっている気がした。結果、ものの数秒で男達は全員、地面に倒れていた。顔を見れば白目を剥いて完全に伸びてしまっている。

「行くぞ」
「え、え?」

唖然としているわたしを横目に歩いて行った万次郎はホーク丸を起こすと手で押して家の方へと歩いて行く。わたしは伸びてる不良達をどうしようかと思っていたけど、コンビニの店員が警察に通報しているのが見えて、慌てて万次郎を追いかけていった。

「あ、あの…待って、万次郎…!」

怒ったようにずんずんと前を歩いて行く万次郎は、何故かわたしの方を見ようとしない。でも最初より歩く速度を落としてくれたようで少しだけ距離が近づく。その背中を見てると、やっぱり不機嫌そうだった。また似たような状況になってたことを呆れたんだろうか。でも昔のあれも今の人達も結局は真ちゃんと万次郎のとばっちりを受けたようなものなのに。

「オマエ…」
「…え?」

やっと口を開いてくれたと思って顔を上げると、立ち止まった万次郎は仏頂面でわたしを見ていた。

「何で三ツ谷に送ってもらわねーんだよ」

いきなり三ツ谷くんの名前を出されて驚いた。

「…え…何で…知ってるの?三ツ谷くんと一緒だったこと…」

一瞬、三ツ谷くんが万次郎に電話でもしたのかと思った。でも万次郎は「さっき見かけた」と言ってぷいっと顔を反らす。

「さっきって…あ、カフェにいたこと?」
「……デート?」
「え?」
「三ツ谷と…デートしてたのかって聞いてんの!」
「デ、デート?違うよ!」

いきなり何を言い出すのかと驚いていると、万次郎は「ほんとかよ」って怖い顔で睨んで来る。仮に三ツ谷くんとデートだったとしても何で万次郎が不機嫌なのかが分からない。

「ちょっと手芸のことで教えて欲しいことあって教わってただけだし」
「…あ?手芸…?」
「そう、三ツ谷くん東卍の特攻服とか作ってたからね。それで」
「………」
「万次郎…?」

急にトーンダウンした万次郎の頬がほんのりと赤くて「寒いの?」と聞いたら「ちげーよ!」とまた怒り出した。情緒の激しい男だ。

「でも…さっきはありがとう」
「……別に。はオレのもんだから助けんのは当たり前だし」
「またそんな勝手なこと…」

万次郎は真顔でそんなことを言って来る。昔からこういうところは変わらない。オレのものはオレのもの。オマエのものもオレのもの。まるでリアルジャイアンだ。

「つーか遅くなんなら三ツ谷に送ってもらえ…いや…やっぱ今のなし!オレに電話しろ」
「え、どうして?」

不機嫌そうな顔でわたしを睨むくせに電話しろって何で?と思っていると、万次郎は白い息を吐きながら呆れたように目を細めた。

「迎えに来てって言えば…オレが行くって言ってんだよ」

また北風が強く吹いてきて、寒さのあまり首を窄めた。万次郎のサラサラの髪が風になびいてる。相変わらずの薄着で寒くないのかなって思ったけど、外灯に照らされた万次郎の顔はやけに真剣で、寒さなんか感じてないように見えた。

「何…で?」
「心配だからに決まってんだろ?」
「………」

不意打ちすぎてドキっとしてしまった。口を尖らせてる辺り、表情と台詞が合ってないけど、そういうとこは万次郎だなぁって思う。なのに何でわたしはこんなにドキドキしてるんだろう?

「か、彼氏みたいなこと言わないでよ」
「あ?彼氏じゃなきゃ心配しちゃダメなのかよ」
「そ…そういうわけじゃない…けど…」

と言いながら顔を上げると、万次郎がわたしの方へ歩いて来た。その瞬間、腕が伸びて来て肩を掴まれたと思った時には抱き寄せられていて。万次郎の肩の辺りに顔を押し付けられた。いったい何が起きたの?と驚きすぎて言葉を失った。

「だったら彼氏になるわ」
「……え?」
「オレがの」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。いつもみたいに「冗談だよ、ばーか」ってすぐに笑い出すんじゃないかと思ってたけど、いつまで経っても万次郎は笑わなかったし、今の言葉の撤回すらしなかった。背中に回った腕の強さが、少しずつ増していく。こんな時なのに、万次郎の身長が少し伸びたな、とか、こんなにガッチリしてたっけ、なんてどうでもいいことが頭を掠めて。さっきまで寒いと感じていた北風が気持ちいいと思うくらいに、頬が火照っていることに気づいた。ドキドキしてるのは自分なのか、それとも万次郎なのか、分からなくなるくらいに互いの体温が混ざり合ってきた頃、「何か言えよ」と万次郎が呟く。

「な…何か…って…」

万次郎がわたしの知ってる万次郎じゃない。ゆっくり顔を上げると、至近距離で目が合う。黒目の大きな鋭い双眸がわたしを射抜くように見つめている。冗談でも何でもなく、本気なんだと驚くくらいに、万次郎の目は真剣だった。

「何で…彼氏…?」
「あ?」
「万次郎、わたしのこと…好きなの?」

ドキドキしながら訪ねると、万次郎はキョトンとした顔をした。

「好きだよ、昔から。んなもん当たり前だろ」
「え…」
もオレのこと好きじゃん」
「そ、そりゃ…そうだけど…でもそれは――」

と言いかけた時、万次郎の顏が更に近くなって、えっと思う間もなくくちびるに柔らかいものを押し付けられる。その行為の名前は知っていたけど、まさか何の前触れもなくファーストキスを経験することになろうとは思わなかった。しかも、相手があの万次郎だなんて夢にも思わない。声を出すことも出来ないまま固まったわたしを見て、万次郎はニヤリと笑った。

「幼馴染は卒業な」