I knew

第四幕:しあわせ


骨ばった手がわたしの後頭部に添えられた。ぐいっと引き寄せられて竜ちゃんのくちびるに食べられる。余裕がないと言うようにすぐ舌が差し込まれ、口蓋をざらりと舐められると、ゾクゾクっと背中に走るものを感じた。

――帰ったらいっぱいチューすっから。

竜ちゃんは言った通り、部屋につくなり、ベッドの端に腰をかけてわたしを膝の上に抱えた。そしてぎゅっと抱きしめながらくちびるを寄せてきて、甘い甘いキスをくれる。それだけで出張の疲れも、我がままな作家への苛立ちも帳消しになるんだから不思議。幸せだなぁと思う。竜ちゃんの体温に包まれてるこの瞬間が、凄く贅沢に感じた。
竜ちゃんはわたしのくちびるを吸ったり、時々舐めたり、また口内を舌で弄んだりしながら、息を乱していく。だんだんエッチなキスに変化していくから、わたしも少しずつ身体が火照っていくのが分かった。舌を絡み取られてくちびるの輪郭を無視するようなキスを繰り返されると、くぐもったエッチな声がわたしの口から洩れてしまった。ちょっと恥ずかしい。
でもそれが合図になったかのように体が後ろへ倒されて、背中がフカフカのベッドへ沈み込んだ。竜ちゃんはくちびるを離さないまま、わたしの脇腹を大きな手のひらで撫であげていく。ジャケットはさっき脱いでしまったから、今は薄手のノースリーブブラウス一枚だけで少し心許ない。その上を竜ちゃんの熱い手のひらが這い、体のラインをなぞるように動くたび、胸の奥がざわりと波立てられた。

「……っん」

ブラウスの上から胸の膨らみを包まれ、肩が跳ねる。でも竜ちゃんの手はそのまま真ん中へ移動して、指が器用にブラウスのボタンを一つ、二つと外していった。同時に熱いくちびるが離れて、それがわたしの首筋へ触れて徐々に下がっていく。くすぐったいのと恥ずかしさで、つい身を捩るのはわたしのクセだ。竜ちゃんも分かっているからすぐに引き戻されてブラウスの前を開かれた。

「…ぁ…り、竜ちゃん…」

首筋から鎖骨へちゅっと小さな音を立てながら、くちびるが吸い付く。時々チクっとした小さな痛みを伴いながらも、ゾクゾクが止まらない。そして竜ちゃんのくちびるが、ブラジャーで押し上げられた胸の谷間に触れた。そこを赤い舌先がちろっと舐めていくから、またしても変な声が出てしまった。

の味がする」
「…や、恥ずかしい…そういうの…」

胸元から僅かに顔を上げた竜ちゃんが、自分のくちびるをぺろりと舐めながらニヤリとするから、ただでさえ火照っている顔が更に熱を増した気がした。つい視線を下げてしまったことで、竜ちゃんの鋭い瞳と目が合う。いつもよりも潤んでいる白藤色の虹彩が、わたしを誘うように揺れていた。
でも、まだ覚悟が足りない。

「ん、だめ…」

ブラジャーを外そうとする竜ちゃんの手を制止すると「やっぱ怖い…?」と竜ちゃんが切なそうな顔をした。うん、と頷いたけど、本当は少し違う。怖いのもあるけど、まだ竜ちゃんがわたしだけを見ててくれてる確証を持てないのが、体の関係まで進めない一番の理由かもしれない。ガキだと言われるかもしれないけど、やっぱり初めてだから、そういう意味では少し怖いのだ。
竜ちゃんに抱かれてしまったら、わたしは今よりもっと竜ちゃんを好きになると思う。それなのにもし他の女の子と竜ちゃんが浮気なんてしてるのを知ったら、わたしはきっと耐えられない。
だから竜ちゃんがわたしを裏切ってないと確信できるまでは、どうしても抱かれることが出来なかった。

「ご、ごめん…ね」
「何で謝んだよ。オレから待つって言ったんだし、オレこそごめん…久しぶりにに触れたから暴走したかも…」

竜ちゃんは苦笑気味に言いながらも、わたしの服の乱れを直してくれた。そういう優しさが凄く好きだなと思う。ほんとは怒っても不思議じゃないのに、竜ちゃんは体の関係を拒むわたしを、絶対に責めたりしない。
その時、ドアの向こうから「ただいまー」という蘭ちゃんの声が響いて来た。

「やべ…もう兄貴帰って来たわ。、オレを止めてくれて大正解。あのまま続けてたら変なとこで止められて更に悶々とする羽目になったし」
「…竜ちゃん」

竜ちゃんはそんな軽口を叩いて、空気を和まそうとしてくれてるみたいだ。ちょっとだけ笑うと、竜ちゃんも優しい笑みを浮かべて、軽くくちびるにキスをしてくれた。でもそれはすぐに離れて体を引っ張り起こされた。

「早く顔見せねえと兄貴、入ってくっかも」
「そ、そうだね」

そんなことを言われると急に恥ずかしくなった。慌ててベッドを下りようと竜ちゃんから離れる。でもすぐに「あ、ちょい待ち」と腕を引き寄せられた。

「ここも止めておかないと、これ見つかるから」
「え…?」

竜ちゃんはわたしのブラウスをきっちり上まで止めた後、耳元に口を寄せて「キスマーク」と苦笑した。いつの間に?と慌てて首元へ触れると「もう隠れたから平気だって」と笑っている。こんな他愛もないやり取りも、何気に幸せで頬が思わず緩んでしまった。
その瞬間、部屋のドアがドンドンっと叩かれた。

「おい、竜胆!シューマイ買ってきたぞ」
「今、行くー!」

竜ちゃんが返事をすると、蘭ちゃんは気を遣ったのかドアは開けてこなかった。竜ちゃん曰く「兄貴がそうなったのはと付き合いだしてから」だそうで、前は誰が来てても勝手に部屋まで入ってきたようだ。
何かそっちの方が蘭ちゃんっぽい気がするから、ちょっと笑ってしまったけど。

「兄貴にの好きな崎陽軒のシューマイ買って来て貰ったんだよ。食べる?」
「え、食べる!お腹ペコペコだったの」

出張先でもあまり食べる時間すらなく、今日は帰りの新幹線でも取材したものをまとめていただけに、お弁当すら買えなかったのを思い出す。

「ありがとう、竜ちゃん」
「いや、それ兄貴に言ってやって。喜ぶから」
「うん」

頷いて、今度こそベッドから下りると、リビングに顔を出す。蘭ちゃんは着替えていたのか、ちょうど部屋から出てくるところだった。

「おー。お帰り~」
「蘭ちゃん、ただいまー」

駆け寄ると、すぐに大きな手でわたしの頭を撫でてくる。蘭ちゃんはモデルさんみたいに背が高いから、わたしなんかいつも子供扱いだ。

「わ…っ」

突然、体が宙に浮いてびっくりした。蘭ちゃんがわたしの脇へ手を差し込み、ひょいっと持ち上げたせいだ。これじゃますます、あやされてる子供と変わらない。

「マジ、久しぶりじゃね?元気だったー?」
「う、うん…っていうか蘭ちゃん、下ろして」

浮いてる足をジタバタさせると、蘭ちゃんはその美しいご尊顔をやんわりと綻ばせた。

「かわいー。照れてんの」
「だ、だって…」

薄っすら赤くなったのを見抜かれてたらしい。だいたい蘭ちゃんは綺麗すぎるから、あの瞳に見つめられると誰でも恥ずかしくはなると思う。女のわたしより肌がつるつるなんだから羨ましい限りだ。
蘭ちゃんはわたしの頼みを聞いてくれて、そのまますとんと下ろされた。でもホっとしたのもつかの間、今度はぎゅーっと抱きしめられた。

「相変わらずちっせーしかわい~♡」

マーキングの如く、ぎゅうぎゅうと抱きしめられて息苦しい。蘭ちゃんからはかすかに煙草の香りがするから、もしかしたら天竺の人と会ってたのかな、と思った。

「あっ!兄貴、何してんだよ!」

そこへ竜ちゃんがやってきて、慌てたようにわたしを蘭ちゃんから引きはがす。今度は竜ちゃんにぎゅううっと抱きしめられる羽目になった。

「ったく油断も隙もあったもんじゃねえ」
「あ?べっつにハグしただけだろ。あ、の好きなシューマイ買ってきたんだけど食べる~?」

竜ちゃんに文句を言われてもどこ吹く風で、蘭ちゃんは相変わらずマイペースだ。でもこの兄弟はこんなノリがデフォルトらしいから、わたしもだんだん慣れてきた。

「食べる!ありがとう、蘭ちゃん」

張りきって応えると、蘭ちゃんも竜ちゃんも嬉しそうな顔で微笑んで「ビールも飲むか」とキッチンへ歩いていく。こういう時は息がピッタリで仲がいいのもいつものことだ。
大好きな彼氏と、優しいお兄さん。そんな二人から大事にされて、幸せだなァとシミジミ思う。不良ってもっと怖いイメージがあったけど、二人ともわたしの前じゃそんな素振りを一切見せないし、ちっとも怖くない。むしろ優しすぎるくらいだし、ほぼ甘やかされてる感じしかしない。

(やっぱり…浮気なんて考えすぎだよね…)

竜ちゃんからかすかに匂った煙草の香りも、さっき蘭ちゃんからした煙草の香りと同じで、きっとそんなに変な意味はないはずだ。
クラブで女の子がくっついてたっていうのも、きっと竜ちゃんのファンの子か、仲のいい友達だと思いたい。

(わたしは竜ちゃんから初めて告白されたれっきとした彼女なんだから…)

自分を奮い立たせるように、その言葉を繰り返す。
だけど…なにぶん経験値の浅いわたしは、男の性やその本質について、まだまだ理解なんてできていなかったんだと思う。

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