I knew

第十四幕:エキストラ4


蘭さんの冷めた声を聞いた時、殺されるんじゃないかと思った。
あんなに呆気なく竜胆くんとの関係が終わってしまうなんて許せない。その怒りのまま、噂で聞いていた彼らのタワマンへ足を運んだ。電話もブロックされていたことで、冷静さは完全に失われたのもある。灰谷兄弟が住むタワマンはクラブから比較的近い目立つ場所にあるからすぐに分かった。ただエントランスの前に立った時、怒りよりもただ竜胆くんに会いたい。そんな思いへ変わっていて、躊躇うことなく最上階のインターフォンを押す。部屋番は知らずとも最上階にある部屋は多くない。最初の二部屋は違ったけど、三度目に聞き覚えのある声で応答があった。

『もう来たのかよ』

蘭さんは誰かと勘違いしたのか、そんな第一声が聞こえて来て、どう応えようか迷う。蘭さんとは挨拶程度しか言葉を交わしたことはなく、一気に緊張感が増した。見た目の麗しさとは違い、蘭さんは竜胆くん以上にシビアで怖い。そんなイメージがあるし、蘭さん目当てのお姉さんに聞いた話じゃ、女相手でもルールを破った相手には厳しいと聞いたことがある。もちろんマンションに尋ねて行くのもルール違反。それは知ってるけど、関係があった私なら多少は大目に見てくれるんじゃないかと思った。でもその予想は大きく間違っていたようだ。私が竜胆くんの名前を出すと、蘭さんの低音がいっそう低くなった。

『あ…?オマエ、竜胆の何?』

一言、そう返されて足が震えてくる。どうにか竜胆くんと会っていたことを説明したけど、蘭さんはますます不機嫌そうな声で応えた。

『竜胆はいねえ。つーかさー。家に来るなってルール知らねえの?オマエ』

怒鳴られたわけじゃない。でもその静かな低音はハッキリと怒りが滲んでいた。これ以上、話していても無駄だと悟った私は、蘭さんに謝罪してマンションを後にした。あの様子じゃ行き先を知っていても教えてくれそうにない。結局、私は遊びの女なのだから、たかが数回寝ただけじゃ特別扱いされるはずもなかったということだ。

「悔しい…何で私がこんな惨めな思いしなきゃいけないの…?全部あの女のせいだ…」

ネイルを噛みしめながら怒りが溢れて来るのを感じた。
幸せそうに助手席に乗って笑っていたあの女。あんな平凡な女の為に私がこんな惨めな思いをさせられるなんてありえない。

「ぶち壊してやるから…」

あの女だけ竜胆くんに想われて幸せになるなんて許せない。今の私と同じ思いをさせてやりたい。心からそう思った。
どうすればあの女を傷つけられるか考える。だいたい、あの様子じゃ竜胆くんが他の女に手を出してるなんて知らないに違いない。そこに気づいた時、私はあることを思いついた。それをすれば私もきっと竜胆くんとの関係を今以上にぶち壊してしまうことになる。だけど、何もしなくても同じなら全部壊れてしまえばいいと思った。

「そうだよ…私だけこんな思いするなんて不公平だもん…」

怒りが沸々と湧いてきて、その負のエネルギーが私に力をくれる。煌びやかな六本木の街を歩きながら、全て崩壊した時のことを想像して、ふと笑みが漏れた。
これまで竜胆くんが手をつけていた女の子達のことを知れば、あの女だってさすがにショックを受けるはずだ。その時の顔を考えるだけで楽しくなってくる。

「そうだ…隠し撮りした中に何枚か証拠になりそうなのがあったっけ…」

この時の私はあの女と竜胆くんが別れればいいとしか考えられなかった。

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